愚者の舞い 2−5
「あいよ。」
メレーナの言った言葉にギョッとし、平然と答えるマスターに驚き振り返る。
「ちょっと待った! 一緒に寝る気か!?」
「え? 当り前じゃないですか。」
女性であるメレーナがそう平然と答え、マスターもルーケの驚きように訝しげな顔をする。
一緒にここまで来たとは言っても、見知らぬ二人なのである。
ルーケには信じられないが、二人の態度を見る限り、それが普通に成っているのかもしれない。
(そう言えば、冒険者は異性と気にしてたら冒険者をやってられないって言ってたな・・・。)
「・・・私じゃ嫌ですか?」
物凄く悲しげにそう言われ、慌てて全身で否定した。
「いやいやいやいやそうじゃなくって!」
「じゃあいいですよね・・・?」
見上げるようにそう言われると、ルーケとしては断る理由も無い。
「俺は構わないんだが・・・。」
「じゃあ2人部屋でおねがいします。」
コロッと態度を変えてそう言うと、宿の主人は物凄く不安そうな顔に成るが、メレーナが平然とそう言うので頷くしかなく、とりあえずメレーナに部屋の鍵を渡した。
「新人だから一応言っておくが、ここは冒険者の宿だ。 荒くれ者も多いから、心しろよ。 トラブルがあっても知らんからな?」
「はい! 父と母にその辺は良く教えられています!」
「まあ、メレーナは慣れたもんだからな。」
そう言うと、苦笑いを浮かべる宿の主人である。
「ルーケさん、まだ夕飯まで時間がありますが、どこか行きますか? ある程度なら案内できますけど?」
「そうだな・・・いや、ちょと一人で出歩いて来る。」
「そうですか? じゃあ、マスター、私の装備一式出してもらえますか? 点検しないといけないので。」
「あいよ。 裏の倉庫だから。」
そう言いながら裏口から店主は出て行き、メレーナも付いて行くが不意に振り返り、
「ルーケさん、夕飯は一緒に食べましょう! 帰って来たら、部屋に寄って下さいね! あ、そうだ、マスターちょっと待っててね。」
外の主人にそう断わると、メレーナはルーケに駆け寄って来て、そのままの勢いで飛び付いて来た。
「うおっと!?」
「合言葉は『愛してる』ですよ。」
耳元でそう囁くと、メレーナは再び駆け戻って裏庭に消えた。
「・・・なんだそれ?」
ルーケは小首を傾げつつも、宿を出て、町をふら付く事にした。
町の中は冒険者風の者は少なく、その代り傭兵らしい姿が散見された。
ルーケが予想した通り、この町では冒険者はあまり必要とされていないらしい。
依頼の数でなんとなく予想出来たので、別の町に行こうと思ったのだ。
ブラブラとしつつ、結局前と同じく孤児院の方へ来てしまった。
あの少女を預けた孤児院は改装されて、前よりも綺麗に成っていた。
それから、プレシャス邸へと足を向け、門の見える所まで来てから足を止める。
プレシャス邸とその周辺は、80年前と何ら変わりが無いように見える。
館の主人であるプレシャスはいるかどうかは分からないが、今更顔を合わせるのも面倒だし、知り合いがいる筈も無い。
ガードの墓参りでもしようかとちょっと思ったが、80年も前に亡くなった守衛の墓など、今の守衛が知る筈も無いだろう。
やはり、80年という年月は、あまりにも多くのものを失わせるに十分だ。
その事を肌身に感じて実感すると、ルーケは宿に戻るべく歩き出し、すぐに足を止めた。
目の前に、見慣れたメイドの姿があったから。
「・・・プリン・・・さん?」
「あら・・・。 お久しぶりですの。 でも、変な事言ったら殴りますの。」
「うそ・・・なんで??」
「ここで詳しい説明は出来ないですの。 館に来て下さいですの。」
そう言うと、問答無用でルーケを引っ張って行った。
が、驚いたのは守衛である。
「おお!? 珍しいじゃないかプリン! お前が男を連れ込むなんて!?」
「勘違いしないで下さいですの! ご主人様の弟子ですの!」
プリンが不機嫌そうにそう言うと、守衛の顔が真顔になった。
「なに? お前がルーケか?」
「無駄話は怒られますの! 通しますの!」
「ああ。 急いでな。」
二人のやり取りで猛烈な不安がこみ上げて来るが、プリンは既に推察しているようで、
「ご主人様は今はいないですの。 安心して下さいですの。」
「え・・・なんで・・・。」
「あんな馬鹿な事をしたら、私でも分かりますの。 とにかく早く入って下さいですの。」
そう言うと、問答無用で屋敷に引っ張り込み、客室の一つにルーケを押し込んだ。
「ちょっと待ってて下さいですの。 お茶と荷物を持って来ますの。」
そう言うと、返事も待たずにプリンは出て行った。
「・・・な、なんなんだ・・・いったい・・・。」
ルーケは頭の中がゴチャゴチャだった。
80年の年月が経った実感は、あちこち見て分かった。
なのに、エルフのクラスィーヴィならともかく、プリンは全然年を取っていない。
なんだかこの屋敷だけ時が止まっているような錯覚を覚えたが、南の王国の屋敷に再就職したと言っていたではないか?
それに守衛もまったく違うから、時は流れているのだろう。
「あ〜! わけわからんっ!」
考えれば考えるほど訳が分からなくなり、そう叫んだ瞬間戸が開いて、お茶セットを持ったプリンが荷物を持った男と共に戻って来た。
「忘れ物の荷物ですの。」
そう言って荷物持ちの男を指し示されて見て、それはれいのサーバントだと思い出す。
荷物を受け取ると、プリンはサーバントを人形に戻し、近くのテーブルの上に置いた。
「プリンさん。 あなたは・・・何者?」
「私の正体を知ってどうしますの?」
「どうって・・・。」
お茶を入れつつ、平然と逆に聞かれて戸惑う。
確かに知ったところで何がどうなるわけでもない。
寿命の無い種族も長寿の種族もそれなりにいる。
だが、それらはどれもこれも特徴的な容姿が必ずある。
エルフなら美しくほっそりとした体形で、耳が長く尖っている。
小人族は背が小さいし、ドワーフは横幅がある。
だが、ルーケの知るどの種族にも、人間と全く同じ容姿で長寿の種族はいない。
知らないだけかも知れないが。
「もし私が魔物だったら、殺しますの?」
お茶を差し出しながらそう聞かれて、その可能性がある事に思い至った。
ルーケの師匠は元魔王。
その配下は当然魔物。
人間そっくりの魔物は知識にある限り知らないが、容姿は魔法で変える事が出来る。
それが魔族なら、歩くより簡単に変えられるだろう。
「・・・いや、聞かない方がいいね。 君と敵対したくない。」
「それが利口ですの。 それと、私の事は誰にも話さないで欲しいですの。 じゃないと、私・・・あなたを殺さなければならなくなりますの。」
「物騒な話ですね。 ですが、俺はどのみちこの町を明日出て行きます。 この町に、俺は居場所が無い。」