愚者の舞い 2−40
見つめ続けるミカの目を、アクティースは静かに見つめ返していたが・・・。
やがて、痺れを切らしたか、口を開いた。
「わらわが憎いか? 契も結ばず、ただ囲っているだけのわらわが。」
おもむろにズバッとそう聞かれ、流石にミカに迷いが生じ、目が辺りを彷徨う。
ルーケは部外者だし、クーナ達はアクティースの真意が分からないので、黙って推移を見守る。
「憎みたければ憎むがよい。 じゃが、お前が死ねば、わらわは契約より解放され、人間の王国を守る義務も無くなるのぉ。 それでも良ければ死ぬがよい。」
「「アクティース様!?」」
あまりと言えばあまりな言い様に、思わずクーナとルーケの声が重なった。
ルパとメレンダに至っては、驚きのあまり声も出ない。
だが、そんな外野など眼中にないと言うように、アクティースはあくまでミカの目を見詰め続けていた。
「お前はわらわの生贄として差し出され、わらわはそれを受け取った。 お前の意見を聞き入れ、翌年から人ではなく食料へと貢物も変えた。 お前はわらわに仕える事を条件として、そう契約を結ばせたじゃろう。 それを勝手に破棄するならば、わらわも契約を守る必要があるまい。 違うか?」
ぐうの音も出ないとはこの事だが、言い負かして生きる気力が湧くかと言えばそんな事はあるまい。
だが、ルーケは部外者であり、何を言っても始まらない。
だから、2人のやり取りに関与せず、行動に移した。
「ミカさん。 俺は君の事を特別な女性とは思っていない。 それは恋人にしたいとか、そういう強い気持ちと言う事だけど、決して嫌いと言う訳じゃない。 知り合った以上、助けられる君をむざむざ死なせたくない。 この癒しの玉は、ある人から命と引き換えに受け取った物。 使い方がいまいちわからないけど、これを使えば君を癒せる。 俺の気持ち、受け取ってくれ。」
優しく諭すようにそう言うと、ルーケはミカに向かって癒しの玉をそっと突き出した。
その癒しの玉に、クーナがそっと手を添える。
「私の気持ちも受け取って下さい、ミカさん。 私は結婚した事も無ければ、子を産んだ事もありません。 でも、あなたを娘のように愛おしいと思っています。 生きて下さい。」
クーナの愛情と優しさが、ルーケにも感じ取れた。
癒しの玉を通して、2人の気持ちが交わっているからだ。
「クーナちゃんずるい! ミカちゃんを愛しているのは一緒なんだから!」
ルパがそう言いながら、クーナの手に自分の手を重ね、その上にメレンダも手を重ねる。
重い、と、ルーケは思ったが、口には出さない。
流石に3人も手を重ねると、けっこうな重さになる。
だがそれは同時に、3人の気持ちの重さでもあった。
「生きるんだ、ミカさん。 人は1人では無力で無知だ。 でも、心を一つに出来ればいろんな事が出来る。 君はまだ若い。 可能性があるんだ!」
ルーケがそう言った途端、ミカが口から吐血した。
「ミカ!」
クーナが思わず叫ぶが、ミカは悲しげに先輩巫女達を見つめ返すだけだった。
4人の心、しかし、ミカはそれを受け入れなかった。
深い悲しみと戸惑いが、温かい心を感じながらも、受け入れる事を拒絶していた。
それほど悩み、傷付き、疲れ果てていたのだ。
その壁となる心を癒しの玉を通じて感じ、ルーケは無力さに絶望を感じ始めていた。
癒しの玉は、互いの心を交流させて癒しの力を作り上げる。
だが、交流自体を拒絶されてしまっていては、どうにもできない。
(何とか出来ないか!? なんとか!!)
自分の無力さに、苛立ちと怒りがこみ上げてくる。
その異変を察知したクーナが、空いている右手をルーケの太ももに添えた。
ハッとしてクーナを見ると、無言でわずかに首を振った。
(いかん、落ち着け俺。 癒しの玉に、負の感情を入れてはいけない。 でも、どうすればこの状態を打開できる? こんな事なら、もっと知識を得れば良かった。)
今更だが、勝手に飛び出した自分を呪いたくなる。
だが、今、どんなに後悔しても、どんなに望んでも、力と知識が手に入るわけではない。
今ある全ての知識と力を使って、望む結果を出す努力を全力でするしかない。
「本当に、愚か者じゃなお前は。」
いつの間に来たのか、ルーケのすぐ背後から、頭越しにミカを見下ろしていた。
「わらわはお前に生きろと言っておるのじゃ。 それも分からぬ愚者か。 お前をいらぬと思っておるなら、とうの昔に喰らっておるわ。 それさえも悟れぬ馬鹿者か。」
そう言ったと思うと、ルーケの頭にズシッとした重く柔らかい物を乗せ、メレンダの手の上に手が重ねられる。
「愚か者が。 わらわの気持ちも受け取れぬなら、本当にくたばるがよい。 わらわに尽くせぬ巫女などいらぬ。」
(お・・・重いっ! なんって重い物を乗せ・・・って、まて。 後ろにいたのはアクティース様だけ。 って事は・・・まさか・・・。)
しかも、手には何も持っていなかった。
となると、重くて柔らかい物は、頭上から腕を伸ばすアクティース本人の体しかない訳で。
(こんな重い物をいつもぶら下げているなんて・・・女性って大変だなぁ・・・。 それにしても柔らかい・・・。)
「こんな時に、盛るな馬鹿者。」
「盛るってそんな!?」
そう言い返しつつ、ミカを除く女性全員に白い目で見られている事に気が付き、二の句が出て来ないルーケである。
(癒しの玉・・・恐るべし・・・。)
なまじ感情を互いに感じ取れるだけに、感情限定とはいえ丸分かりなのは諸刃の剣だ。
「って、そう言うならどけて下さいよアクティース様〜。 一応俺も男なんですから〜。」
困りつつも嬉しいがそう思う訳にもいかず、ルーケが情けない声でそう言うと、
「仕方があるまい? お前の上しか空いておらんのだ。」
まあ確かに、ルーケの右脇にルパが立ち、左には座ったクーナ、その上からメレンダ。
アクティースが癒しの玉に触れようと思ったら、ミカ越しか座ったルーケの上しかない。
(ええい、心頭滅却! ミカさん! 受け入れろ!!)
ルーケの戸惑いのため、暫し混迷を極めた感情。
だがそれも、圧倒的な温かさがミカへと導いた。
(なんだ、人とは違うって言いながら・・・。)
ルーケはクスッと笑うと、改めて意識を集中した。
(こんなに思ってくれる人がいるんだ。 生きろ、ミカさん・・・!)
心と心、思いやる気持ちがやがて1つになり・・・。
死にたい死にたい死にたい死にたい
死んで楽になりたい死んで楽になりたい死んで楽になりたい死んで楽になりたい
ミカの心は、病の苦しさとアクティースへの不満・疑問への心労で、それしか考えられなくなっていた。
ルーケの言葉など最初から聞く耳さえなく、クーナ達の言葉は虚しく素通りしていく。
それどころか、やがて嫉妬から逆恨みし、ルーケやクーナ達を憎く思い始めていた。
そんな時にぶつけられた暖かな心。
到底受け入れられるものではない。
いらないくせに 私なんていらないくせに
温かい心を拒絶し、撥ねつける想い。
そこへ、蛇のような熱い心がぶつかって来た。
「わらわはお前に生きろと言っておるのじゃ。 それも分からぬ愚者か。 お前をいらぬと思っておるなら、とうの昔に喰らっておるわ。 それさえも悟れぬ馬鹿者か。」
暖かな心と、一見冷たく言い放たれた言葉が、閉ざした心の壁を、打ち砕く。
(あ・・・。 温かい・・・。)
「信じる心は力となる。 答えが出るまで揺るがない事だな。」
不意に、始原の悪魔が言った言葉が思い出される。