愚者の舞い 2−4
「先ほどあの人が魔物がと言っていましたが・・・今は平和ではないのですか? 俺はてっきり80年も過ぎたから、統一国家か平和が訪れているものと思っていたんですが・・・。」
プリはちょっとキョトンとすると、苦笑いを浮かべた。
「変わらないわ、何も。 ただ、元ライヒが近隣国を支配下に収めて一大勢力になり、帝国と名を改めて覇を唱えているけどね。 それでも、大陸統一には至っていないわ。 元々野心が強かった一族だから、あまり信用されていないし。 でも、80年前に即位した皇帝と、現皇帝であるその息子は優秀でね。 3大国に肩を並べる領土にまで広げたわ。」
「80年前・・・。 そう言えば、国王が危ないかもとは聞いていましたが・・・。」
「でも、今以上に領土を広げるためにはクラスのように強力な力を持った協力者が必要だから、ああして毎日顔を見せに来ているのよ。 あの子はあまり、乗り気じゃないようだけどね。」
「クラスって、あのエルフ?」
「ええ。 クラスィーヴィが本当の名前なんだけどね。 本当の意味で英雄よ。 魔王を倒した一人で、レジャンドと共に魔獣討伐にも貢献した。 性格が合わないんだけど、どうも巡り合わせがパパに近いらしくて、しょっちゅう顔を合わせるのよね。」
そう言って苦笑いを浮かべる。
クラスィーヴィにとって、アラムは天敵に近い。
強い敵と戦う時、必ず味方か敵でいるのだから仲良く出来る筈も無い。
聖魔戦争の時は敵の親玉、魔王戦争の時はそのもの魔王として降臨したので直接戦い倒し、魔獣討伐時は仲間として。
世界の節目となるような戦いに、クラスィーヴィが引き寄せられるように参加し、画策するのがアラムなのだから当然と言えば当然なのだが・・・。
「そんな英雄が補佐にいたら、そりゃ、心強いですね。」
「でも、クラスはそういう人間同士の争いに興味無いから。」
「ところで今更ですけど、この町に冒険者の宿は無いんですか?」
「無いわよ。 今作っている宿も普通の宿。 この国には冒険者の活躍する場所が無いのよ。 遺跡や洞窟があるわけでもないし、魔物討伐は騎士が率先してやるし。 私達もそれなりに協力しているしね。」
確かに、魔王討伐を成し遂げたクラスィーヴィにその仲間のプリがいるだけで、かなりの戦力になる。
その上あのリョウと言う若者。
同い年くらいに見えるが、身のこなしからかなりの手練れなのは間違いが無い。
交易も盛んでなければ護衛もそんなに必要ではないし、確かに出番はないかもしれない。
「さてっと、私は今晩クラスの所に泊まるから、今日はここに泊まって。 ちょっと用事があって遅くなるから。」
「そ、そんな追い出すような事できませんよ!」
「あら、私に夜のお相手をして欲しいの? 命がけになるわよ?」
「そうではなくて、女性を追い出してまで屋根の下に寝たいとは思いません。」
「真面目な性格ねぇ。 気にしないでいいわ。 本当に夜遅くなってしまうし、クラスも一緒だからそのまま泊めてもらうのよ。 それにあなた、その辺に寝てると騎士にしょっ引かれるわよ?」
いわくつきな身分なだけに、ぐうの音も出ないルーケであった。
80年前と何も変わっていないと言っていたプリの言葉はだいぶ違った。
街道はかなり整備され、行き交う人の数も大幅に多くなっている。
あの時、このくらい街道が整備されていたら、あの馬車のような悲劇は起きなかったのに。
ルーケは改めて、世界に平和は必要だと感じた。
ゴブリンになぶり殺されたあの幼い男の子の、絶望と苦痛に満ちた眼差しは、忘れる事が出来ない。
力は元魔王であるアラムにだいぶ鍛えられ、十分に強くなったと思う。
あとは、この力を生かして英雄になるだけだ。
「・・・それで、ルーケさんは、なんで冒険者に成ろうと思ったんですか?」
「え?」
少女、メレーナの話を聞いているうちに自分の考えに深く沈みこんでいたルーケは、まったく話を聞いていなかった事に気が付いた。
「も〜! 人に聞いておいて、聞いて無いなんて!」
そう言えば、ペイネを出てすぐに何で冒険者になりたいか尋ねたんだっけと思い出す。
「ごめんごめん。 ちょっと、昔を思い出しちゃってね。」
「昔過ぎです。」
「ハハハ・・・。 俺が冒険者に成りたかったのは、世界に平和をもたらしたかったからさ。 シーフギルドの構成員として、養い育ててくれた事には感謝している。 でも、非道な行いにはどうしても納得できなかった。 だから、あんな悲劇が起きない世界にしたかったんだ。」
「・・・また、遠大な夢ですね・・・。」
「でも、やる価値はあるだろう?」
「そうですね! 私もそんな冒険者になりたいな〜。」
成人したてのメレーナには、なんでも真新しい世界に見える事だろう。
「スライム倒しても有名に成れないですしね〜。」
「スライム? あの洞窟に生息する?」
「ええ。 ペイネと隣のノウム(南の王国領)の間にある山に、生息する場所があるそうなんですが、被害が無いから放置されているんです。 ノーブルスライムって珍しいスライムもいるそうですけどね。 でも、所詮はスライムと思われますし。」
「へぇ〜、でも、そんな珍しいスライムなら、有名に成れるんじゃないの?」
「そんな有名に成れるなら、とっくに誰か倒していますよ。 なかり昔から住んでいるそうですから。」
「それもそうか。」
それにしても、と、ルーケは思う。
腰にショートソードを差しただけで、普段着と変わらないこの娘。
冒険者に成ると言うのは本気なのか冗談なのか。
見たところ、鎧も荷物も持たない手ぶらである。
そんなこんなで半日以上歩き、結局魔物に襲われる事も無く帝都についたルーケは、あまりの変わりように目を見開いた。
まず人の多さ。
記憶にあるライヒに比べ、3倍は多い。
それにあちこちに散見される店。
あの頃は中央にある市場でしか商売できなかったのに、今では建物内に店を構えている人が多く、中央の市場はかなり廃れていた。
そんな市場を横目に見て、懐かしき冒険者の宿に辿り着き、建物を見上げる。
80年前、冒険者を志して来た時は、建物など気にしなかった。
そんな心の余裕などなかったからだ。
その後も特に気にしていなかったから、どこか変わったかと聞かれても違いが分からない。
ただ、寂れた感が否めなかった。
そんなルーケに構わず、メレーナは宿の戸を開けて入って行った。
「マスター、いますか〜?」
宿の主人に手紙を渡すメレーナを一応気にしつつ、ルーケは壁に付けられた依頼票を眺めてため息をつく。
内容的には80年前と変わらない、ルーケにしてみれば下らない内容ばかり。
だが、その数は半分以下だ。
「ルーケさんはどうするんですか?」
登録し終えたメレーナがそう聞くと、ルーケは首を横に振った。
「・・・俺はとりあえずいいや。 暫く旅をする事にする。」
「そうですか? 宿泊はどうしますか?」
「今日は泊まるよ。」
登録してから別の町で登録し直し、そこを拠点にしてもなんら問題はないのだが、何となくルーケはやめた。
ただ、宿泊費が割高になるのがちょっと難点だが。
「じゃあマスター、二人部屋を一つ。」