愚者の舞い 2−39
スイスイと、宙を滑るように移動しながらムロン草を摘んで行くアクティースを見下ろしながら、ルーケは雨に打たれつつしょぼんとして見守っていた。
やがて、籠をいっぱいにして戻って来たアクティースと共に洞窟に戻ると、ルーケは急いで適量の薬草を炒める。
それから沸きっ放しのお湯を注ぎ、飲み薬を作り、小川で鍋ごと冷やし、ミカに飲ませようとして・・・動きが止まる。
既にミカの意識はなく、普通に飲ませられなくなっていたのだ。
「どうしました?」
クーナが不審に思って見ると、
「・・・口移しじゃないと、飲ませられそうにないんだけど・・・。」
そう言われ、クーナがチラッとアクティースを見ると、もげそうなほど猛烈に首を横に振って拒絶していた。
「分かりました。 私がやります。」
クーナはそう言って軽く口に薬を含むと、そっとミカに唇を重ねた。
ミカは微かにコクンと喉が動くと、飲み込んだようだった・・・が。
唇を外したクーナは、美人台無しな物凄い顔になっていた。
「だ・・・大丈夫です・・・か?」
恐る恐るルーケが聞くと、クーナはなんとも言えない顔をしつつも、無言で軽く頷く。
だが、大丈夫では無い事は、見ているだけで分かる。
それほど猛烈に苦いのだ。
かと言って、男であるルーケの前でおう吐するなど、クーナのプライドが許さないため、必死に耐えているのだ。
そんなクーナの女としての戦いを眺めつつ、アクティースは苦笑いを浮かべていた。
以前、薬草学か何かで口に含んだ事があり、その時は3日ほど苦味が口の中から消えなかったものだ。
もっとも、アクティースはクーナと違って吐き出すのを堪えはしなかったが。
クーナは貴族の子女として厳しく育てられたため、この手のプライドは人一倍強い。
ともかく、僅かな量でも効果が現れたのか、ミカの呼吸がだんだん落ち着いて来た。
「ふぅ。 なんとか間に合ったようですね。」
「お主のおかげじゃ。 なんと感謝したものか。 何か欲しい物はあるか? 出来るだけ希望に沿う・・・お前の腰にある物はなんじゃ?」
珍しくホッと安堵した顔で、更に珍しく感謝の言葉を言い、しかももっと珍しく、男嫌いのアクティースが男であるルーケに言うのだから、メレンダとルパは驚愕に目を見開いた。
アクティースにとって、やはりミカは大事な巫女と言う事が良く分かった。
それで何故契を結ばないのか、2人には分からなかったが。
だが、ルーケの腰から強い力を感じ取り、そちらの方に興味が移ったらしい。
ルーケはアクティースの言う物が何か暫し分からず、腰に手を触れてやっと思い出す。
「これはこの間、ある方に頂いた癒しの玉ですが・・・それがなにか?」
そう聞いた途端、アクティースがゴンッと、脇にあった柱によろけて頭を打ち付けた。
「だ、大丈夫ですか? アクティース様!」
「あ〜・・・気が付かなんだわらわもわらわじゃが・・・。 お前の無知さにも呆れるのぉ。 癒しの玉があって、なんで延命処置なのじゃ。」
「え? なんでって言われても・・・癒しの玉って、持っていると安らぐ以外に使い道があるんですか?」
なんとも言えない湧き上がる思いに身もだえしつつ、アクティースは柱に抱き付いて、ガリガリと爪で削り取る。
「貰い受けた時に、お前は使い方も聞かぬのか!?」
「それがその・・・相手は・・・死んでしまったもので・・・。」
流石に、殺したとは言いにくい。
奪い取ったように受け取られるからだ。
アクティースは思いっきりため息を付くと、柱から離れ、
「その癒しの玉は相手への想いを力に変え、相手の生きる意志と混ぜ合わせ、魔王など待たぬとも、どんな病気も怪我も治せるのじゃ。」
「・・・そんな力が・・・。」
「心優しきニンフしか持てぬ、優しさの結晶なのじゃ。 癒しの玉を手に持ち、強く相手を想うがよい。 それが使い方じゃ。」
「相手を強く想う・・・。」
ルーケは腰の袋から癒しの玉を手に取ると、ミカに向けて念じてみた。
(治れ・・・治れ・・・!)
だが、癒しの玉はなんの反応も示さない。
アクティースを振り返ると、真剣な眼差しでルーケを見詰めていた。
「念じるのではない。 想いを込めるのじゃ。」
「・・・それなら、俺ではなくアクティース様の方がよろしいのでは? 俺はミカさんに強い感情を持ち合わせていません。 ですが、アクティース様なら・・・。」
「無理じゃ。 わらわは確かにミカを必要としてはいる。 じゃが、我ら竜族では想いの質が異なるため、人は癒せぬのじゃ。」
本当は、そんな事はない。
だが、今のアクティースには迷いがある。
そして、ミカは生きたいと言う強い想いが無い。
自分の迷いとミカの生きる意思の弱さでは、回復出来ないと思える。
そして、もし本当に癒せなかった場合、二人の間にできる亀裂は確実で、癒される事が無いだろう事も、確信できたからだ。
アクティースの想いで癒せないと言う事は、本当に必要とされていないとミカは思い込むだろう事は想像に難くない。
ルーケはアクティースの助力を諦め、深く深呼吸をすると、心を落ち着けてから再び癒しの玉に集中した。
だが、苦しんでいるミカを助けたいとは思うが、ミカ本人を好きなわけではないし、どうにも使い方が分からない戸惑いもある。
「・・・ち・・・ぎ・・・り・・・。」
「ん? 寝言?」
浅い呼吸ながらもだいぶ落ち着いて来ていたミカが、微かにそう言うと、目を開いた。
最初、ルーケが誰だか分らなかったようだが、分かったら分かったで、今度は何故ここにいるのかと驚き、目を見開いた。
「大丈夫かい? 今、薬を飲ませたから、楽になると思うよ。」
優しくそう言うと、ミカは悲しげな顔をして、スッと涙を流した。
「殺して下さい・・・。」
「!? 何を!?」
「殺して下さい・・・。 もう、辛いのは・・・いや・・・。」
「何を馬鹿な事を言っているんだ! ・・・君はまだ若いじゃないか。 何故死にたがるんだ? 俺は君を助けたいんだ。 治るために、治すために、努力をしてくれよ。」
一旦は激情に声を荒げ、思い直して優しくそう諭すが、ミカは悲しげな顔のまま、口を噤んでしまった。
「一体何が・・・。 なぁ、俺には君の気持も悩みも分からないけど、生きなければ何も出来ないじゃないか。 違うかい?」
「そうよ、ミカさん。 生きなければ、何も・・・」
「じゃあ何故・・・何故私だけ・・・クーナさん達は・・・契を・・・。」
クーナを睨みつけて苦しげにそう言うと、アクティースへ目を移し、
「いらないなら・・・死なせて・・・! 私は死ななければ・・・ならないのだから・・・!」
「死ななければならないって・・・どうしたんだよミカさん? いったい何が?」
振り返って見ると、アクティースは目を細めてミカを見詰めながらも何も言わない。
「ミカさんは、生贄だったのです。」
ミカを心配げに見詰めつつ、クーナが静かにそう言うと、ルーケは驚いてクーナを見た。
「生贄!? この子が!? まさか、今年の生贄の巫女って・・・!」
「そうです。 アクティース様は、今まで生贄の巫女を頂く事で、リセを守護してきました。 今年はその生贄が、ミカさんだったんです。」
「・・・そうだったのか・・・。 でも、それじゃあどうして・・・。」
色々な思いと考えが次々浮かびまとまらず、ルーケは混乱した。