愚者の舞い 2−38
「まっ白い花が咲き、丸い葉の植物・・・ですか?」
突然そう言われても、即座に浮かぶものでも無い。
クーナのみならず、ルパとメレンダも小首を傾げた。
「ムロン草の事じゃろうか?」
アクティースが不思議そうにそう聞くと、ルーケは勢い込んで振り返って頷いた。
「それです! どこかこの付近に咲いている場所は無いですか!?」
「わらわは分からぬが・・・ムロン草は骨折などの際、湿布として使う薬草じゃが、何に使うのじゃ?」
「煎じて飲めば、痛み止めになるのはご存知ですか?」
もちろんと、言葉には出さずに頷く。
「普通は良く乾燥させたムロン草を煎じるんですが、火で焙ってから煎じると、この流行病の延命効果があるんです。 師匠が言っていたから間違いはないかと。」
「よし、わらわが手伝おう。」
即座の返事に、ルーケも巫女3人も仰天し、咄嗟に言葉が何も出て来ない。
「何を驚いておる? わらわの鼻ならすぐに見つけられよう。 もっともこの雨じゃ。 あまり役には立たぬかも知れぬがの。」
「・・・一刻を争いますのでお願いします。 メレンダさんとルパさんは、お湯と火の用意をお願いします。 行きましょう!」
「慌てるでない。 メレンダ、籠を用意せい。 それなりに量がいるであろう?」
「あ、そうですね。 お願いします。」
行動が決まると、巫女達は即座にテキパキと動き始めた。
指示を出し終え、自分も行動に移そうとしたルーケの横で、不意にクーナが立ち上がると、深々と頭を下げた。
「アクティース様、ルーケさん、よろしくお願いします。」
まるで母親のようだな、と、チラッと思ったが、ルーケは力強く笑顔で頷いた。
「お任せ下さい。 きっと助けて見せます。」
ルーケは脱いでいた雨具を再び身に纏うと、アクティースと共に外へ出た。
「アクティース様、分かりますか?」
「・・・この辺に匂いは無い。 斜面に咲く花だけに、どこにあってもおかしくはないのじゃがな。 そこの崖では咲きようもなかろうし、そちらの斜面ならどうじゃ?」
「・・・駄目ですね。 ほとんど草も生えてない。」
元々この辺りは、切り立った崖が多い。
だからこそ、生贄の神殿などが建てられたのだが・・・。
「結界を出ましょう、アクティース様。 恐らく、結界内にはありません。」
「・・・? 何故じゃ?」
「今注意して見て思ったんですが、ムロン草の生える場所にある筈の草などが見当たりません。 結界内では見つからないと思います。」
「わかった。」
2人はそう判断すると、急いで結界から出て辺りを探索する。
だが、ムロン草はなかなか見つからなかった。
「本当にこの辺りにあるのか!? どこにも見当たらぬではないか!」
癇癪を起したアクティースが、火でも吹きそうな形相でルーケを睨む。
「仕方がないですよ。 みんな、必死なんです。」
そんなアクティースの怒りを一身に浴びながら、ルーケは悲しげにその目を見つめ返す。
流行病と言われるほど、多くの患者が既に出ているのだ。
身近な者は藁にも縋る思いで、ムロン草が効くと聞けば採り漁るだろう。
今のルーケ達のように。
アクティースもその気持ちが分かるだけに、燃え上がった怒りのぶつけ場所を持て余し、さらにイライラする。
(今山賊なんて出たら、問答無用で瞬殺されそうだな。)
ルーケは苦笑いを浮かべつつ、そう思う。
「笑ってる暇があったら探さぬかぁ!!」
「はいぃ!」
アクティースとしても、イライラしている自覚はあるが、どうしようもなかった。
天界に行って助けを請うべきか、いや、銀竜に戻って空から探せば・・・。
などなど、次々に案が浮かんでは自分で打ち消して行く。
ミカを何が何でも失いたくないと言う思いが、迷いの袋小路から抜け出させてくれない。
契を交わせば、簡単に助けられるという事実もあった。
だが、前から迷っているように、自分はもう、あと数年程度しか生きられない。
それは運命ではなく命運。
逃れようも無い。
アクティースは死を恐れてもいないし、回避しようとも思わない。
だが、ミカはまだ13歳。
成人するのと前後して、契を結んでしまっては確実に死んでしまう。
クーナ達は、すでに普通の人間として生きるには随分長い時を生きているから、死ぬと言っても受け入れられるし、納得もした。
だがミカは、あまりに若すぎる。
あと数年生かすために契を結ぶべきか、悩めるのだ。
アクティース達にとっては、ミカは娘のようなものだった。
自分の命を投げ打つほどの、必死さと真面目さが愛しい。
だからこそ死なせたくないと、みな思っているのだ。
だが、あと数年で死ぬのなら、今ここで死なすのも一つの慈悲かもしれない。
そんな考えに没頭し、アクティースはすっかり花を探す事を忘れていた。
「あった!! アクティース様!!」
ルーケの興奮した声に、アクティースは俯いていた顔を撥ね上げた。
「どこじゃ!?」
「あそこです。 ちょっと待っていてもらえますか?」
そう言うと、返事も待たずにルーケは斜面を降り始めた。
「馬鹿者! 綱も付けずに降りる馬鹿がおるか!」
思わずアクティースがそう叫ぶほど、斜面は急であった。
「そう・・・言われ・・・ても・・・持って来て・・・ないですから。」
途切れ途切れに答えながら、ルーケは木から木へとどんどん下って行く。
(まったく、馬鹿者が。 わらわならもっと早く、簡単に行けたものを。)
アクティースは、元々翼の無い銀竜である。
つまり、翼で飛ぶのではなく、神々と同じく神通力と言うか念力と言うか、不可視の力で飛行するのだ。
それは人の姿をとっていても同じ事。
もっとも、ルーケはそんな事は知らないが。
アクティースの見詰める先、ルーケは危なっかしい動きながらも、着実に目的のムロン草の場所まで降りて行き、何とか手が届きそうな場所まで来た。
木につかまりながら、目一杯腕を伸ばし、触れるか触れないか。
(ヴァ〜! 危なっかしくてイライラする! もうちょっと安心できるやり方はないのか!? まったく!!)
ハラハラしながら見詰める先、ルーケは何とかムロン草の茎に触れ、何とか手に取り。
「採った!」
と、安心したと同時に、木を握っていた手が滑って離れた。
「ぬお!?」
しかも踏ん張っていた足元も崩れた。
降りしきる雨で手が滑り、斜面も緩くなっていたのだ。
「おおおぉぉぉぉぉ・・・ぉお?」
完全に斜面を見上げて落下したルーケはしかし、景色が変わらない事に呆然とした。
「まったく。 阿呆かお前は。」
「え!?」
空中で下を向けば、いつの間に来たのか、アクティースが背伸びをするように両腕を突き上げた姿勢で、両手でルーケの背中を持ち上げて支えていた。
「わらわに任せれば、このように安全に採れたのじゃ。 世話が焼けるのぉ。」
そういうアクティースの足は、地に着いていなかった。