愚者の舞い 2−36
ルーケはそう説明を終えると、何気なしに腰の小袋に手をやった。
そこには聖水が入っていたが、ハルマに対して使ってしまって今は空の筈。
だが、何か入っている重みが、確かにあった。
「なんだ?」
ルーケは不思議に思いつつ、中の物を出してみた。
「なにそれ?」
目敏いフーニスにそう聞かれても、ルーケも知らない物だった。
淡く光る螺旋を中に封じ込めた、薄らと白い、小さな水晶玉。
見詰めるうちに、不意に心が安らぐ感じがして、物体の正体が分かった。
癒しの宝玉。
天女であるニンフが持つと言われる、癒しの玉。
(まさか?)
『私からのお礼よ。 助けてくれて、ありがとう・・・』
ルーケには優しい女性の声で、そう聞こえたような気がした。
「こんちわ〜。」
ルーケがそう声をかけると、奥からルパがヒョコッと顔を出した。
「あれ? 今日は1人?」
「そうですよルパさん。 師匠はなにやら忙しいそうで。 それじゃ、荷物の確認お願いします。」
そう言うと、ルーケは神殿の外へ足を向けた。
アクティースは人間男性、特に若い男の臭いが好きになれないため、いつもルーケは外へ出て確認が終わるのを待つ。
今日は強い雨が降っているので雨具もグッショリと濡れているが、そのへんは冒険者として鍛えている。
「あら、ルーケさんいらっしゃいませ。」
「ルーケちゃん、いらっしゃ〜い♪」
そこへ、クーナとメレンダが来て挨拶し、メレンダは挨拶し終えると同時にルパと共に荷物を漁り始めた。
ルーケとしては苦笑いしか浮かばない。
「こんにちはクーナさん。 それじゃ、確認終わったら声をかけて下さい。 それと、今日はこの雨なので、水はいいですよ。」
「あ、ちょっと待って貰えますか?」
「え?」
呼び止めるとは珍しいなと足を止めると、クーナは急いで奥へ駆けて行った。
少し待つと、面倒臭そうな顔をしたアクティースと共に戻って来る。
「こんにちは、アクティース様。 相変わらず美人ですね。」
にこやかにそう言うと、
「わらわはいつも美しいぞ。 なんなら確認してみるか?」
そう言いつつ、服を脱ごうとするので慌ててクーナが止めた。
「アクティース様! 相手はルーケさんですよ!?」
「・・・それがどうかしたのか?」
「どうかしたではありません。 その姿で脱ぐのは、人としては・・・いけない事です。」
「そうか? わらわとしては見て欲しいのじゃが。 じゃが、こやつは男だし止めておこう。 今日は生憎の雨じゃ。 わらわ達は気にならんが、か弱い人間のお前が風邪をひきでもしたら、魔王が腹抱えて笑いそうじゃからな。 その辺りで雨宿りする事を許すぞ。」
「・・・あ・・・はい、すいません。 ありがとうございます。」
「なんじゃ? 不思議そうな顔をして。」
「いえ、そう言う訳ではないのですが・・・匂いは気にならないのですか?」
「今日は雨じゃからな。 多少じゃから我慢をしてやろう。 クーナ、相手をしてやれ。 わらわは寝る。」
そう言うなり、クルッと身を翻して奥へ消えてしまった。
(・・・いったい、どういう・・・ただの気紛れかなぁ・・・?)
そう思いつつ、その背が消えても見ていると、ふと、クーナの冷めた目線に気が付いた。
「えっと・・・どうしました?」
「止めない方が良かったですか? 殿方は好きでしょうから?」
しばし、クーナが何を言っているのか理解できなかったが。
「そうですね・・・まあ、美しい女性の裸に興味が無いと言えば嘘ですけど、俺は今、そんな事に強い興味は無いですね。 仲間なら喜んだかもしれませんが。」
「興味が無い??」
「師匠から話を聞いていませんか? 俺の事。」
「まったく何も。」
アッサリと答えられて、ルーケとしては拍子抜けする。
師匠の性格からして、てっきり喋っているとばかり思っていたのだが。
「俺は実は・・・」
ガシャ〜ン。
奥の方で物音がするなり、クーナはダッシュで奥へと駆け出した。
取り残されたルーケとしては、話そびれて目が宙を彷徨う。
「ルパさん、ところで、ミカさんは?」
ふと、1人足りない事に気が付きそう声をかけ、思わず即座に目を背ける。
「これなんてメレンダ用じゃない? フリフリのレース付いてるけど。」
「ん〜? クーナちゃんじゃないかな? あたしじゃ少し小さいかも?」
(ここで下着の選定始めないでくれないかなぁ。)
そうは思いつつも、誰かが身に付ける所を想像してしまうのは、男として致し方が無い事ではないだろうか。
そして、不意に疑問が浮かんだ。
アクティースのあの体は、変身している見せかけだけの筈。
本来は銀竜であるから、服など必要はない。
最初は服ごとああいう姿になっているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
と、言う事は・・・。
あの人の服なども、荷物に入っているのだろうか? と。
ルーケは荷物を運ぶ前に、下着を除き、何を運んでいるか確認している。
途中で紛失などしていたら分かるというのが理由の一つではあるが、何を運んでいるか分からないというのも不気味だからだ。
少なくともその中に、アクティースが着るような服は無かった筈なのだ。
「あ、そうか。 でもなぁ・・・。」
「でも、普通の人間だし、知ってるかもよ?」
考えごとに集中しているうちに、いつの間にか2人の会話が自分に向けられていたようだ。
ルーケが振り向くと、真剣な眼差しの2人と目が合った。
「な・・・なにか・・・?」
子供っぽい2人の事なので、何をしでかすか分からない不安がルーケにはあるので、ちょっと警戒する。
「あなた、薬草に詳しい?」
「薬草? 多少なら知っているけど・・・。」
「風邪に効く薬草って知ってる?」
「風邪? 風邪は万病の元と言われるくらいだから、症状によって違うけど。 誰が必要なんだい?」
そう聞いてから、必要なのは1人しかいない事に気が付く。
それ以外のメンバーは、全員姿を見ているのだから。
「まあ、高熱が出て、下痢・おう吐、食欲が完全に無い状態じゃなければクチク草で・・・どうしたの?」
「・・・その症状なんだけど。」
ルパがそう言うと、ルーケは驚愕した。
「大変だ! アクティース様!!」
ルーケの急変に、ルパとメレンダも動揺し、オロオロし始める。
「アクティース様! 緊急事態です!! 入りますよ!!」
ルーケが奥へ向かってそう叫ぶと、アクティースが心底面倒臭そうな顔で現れた。