愚者の舞い 2−3
そんな二人の会話を聞くとはなしに聞きつつ、自分の今後を考える。
平和に導きたかった世界は既に過去となり、どのように生きるべきか思いつかない。
今と言う時代が平和なのかどうかは分からないが、魔王が倒されてから200年が過ぎたと言う事になる。
流石に誰かしら、統一なり平和なりをもたらしているように思えるのだ。
だが、レジャンドの子孫は冒険者に成ると言う。
(俺が平和をもたらしたかったのは何のためだ?)
改めて自分に問いかけ、ルーケは答えをやっと導き出した。
80年も経った今、自分はもう、冒険者としての登録は抹消されているだろう。
だったら改めてなればいい、と。
どうせ冒険者以外に成りたいものも無ければ出来る事も無いのだ。
「なんだ、簡単な答えじゃないか。」
悩んでいたのが馬鹿らしく思えるほど、答えは簡単だった。
自分が自分であるために、冒険者になる。
ただ、それだけの事。
時代など関係はなく、たとえ世の中が平和になったとしても、困っている人はどこかにいる筈なのだから。
ルーケはそう呟くと、自分の愚かさがおかしくなって、ハハハと軽く笑った。
だが。
「ちょっとあなた! 人が悩んでいるのに答えは簡単だなんて、馬鹿にしているの!?」
ズイッとメレーナに詰め寄られ、ルーケはギョッとした。
「いや待ったレジャンド! そういうんじゃないんだ!」
「何が違うのよ! それに私はメレーナよ! 一々有名なレジャンド様の名前を出して! 私じゃそんな偉大な事なんて出来やしないって言うの!?」
「ああごめん! そうじゃなくてだね・・・。」
「なにがそうじゃないのよ!?」
「ちょっとメレーナ、落ち着きなさいよ。」
「俺は君達の話を聞いていなかったんだ。」
真剣に答えたルーケに、しかし、メレーナはさらに激怒した。
「嘘おっしゃい! 聞いて無くてあんなタイミング! いい訳ならもっと言い訳っぽいましな事を言いなさいよ!」
この剣幕、この気の強さ、間違いなくレジャンドの子孫だなと思わなくも無い。
一旦は仲裁に入ろうとしたプリだが、呆れてメレーナの後ろで苦笑いを浮かべていた。
「本当さ。 俺は過去から今に飛んで来てしまった人間でね。 自分の事で手一杯なのさ。」
自嘲気味にそう言うと、プリが驚いた顔をし、メレーナの答えは拳だった。
「ぶっ殺すよ?」
頭にきすぎて、声は静かだがメレーナの目はかなり本気だ。
「それが本当なのよ。」
そう言いながらプリにポンと肩を叩かれて、メレーナはキョトンとして振り返る。
「まったく、自分でばらすかなぁ、そう言う事。 メレーナだからまだ良かったけど、他の人には言わない方がいいわよ。」
「あたしだからよかった??」
「そうですね。 でも、そう言うしか無いでしょう?」
そう言いながら殴られた左頬に手を当てつつ、ルーケは起き上がる。
とても若い娘とは思えない、強烈なパンチだった。
プリはため息をつくと、メレーナにルーケの事を知っている限り教えた。
「じゃあ・・・本当に本物のレジャンド様に会った事あるんだ。」
「それ言ったら、私もクラスもだけどね。 あとはたぶん、エギーユもまだ生きているんじゃないかな。」
「そんな訳で、俺も改めて冒険者に成りたいんだ。 明日、出来れば同行させてもらえないかな?」
「いいですよ。 その代わり、色々レジャンド様の事教えて下さいね。 それと・・・報酬はあてにしないで下さい。」
「報酬? ・・・ああ、手紙を運ぶ依頼の事?」
「ええ。 安いんですよ賃金。」
「だろうね。 俺は道が分からないから同行するだけで、依頼を共にこなしたいわけじゃないから心配しないで。」
「よかった〜。 二人で割ったら赤字になっちゃう。」
真顔で答えるメレーナに、ルーケとプリは可愛らしくて笑った。
そんな時、突然戸が開いた。
「お、メレーナちゃん。 相変わらず可愛いねぇ〜。」
「あらリョウさん、こんにちは。 柱の切り出しはもう終わったんですか?」
「現場監督がサボってるのに進むわけないじゃん? それより俺とお茶でもしない?」
「ごめんなさい、明日帝都に行かなければならないので、準備をするの。」
「へぇ。 最近、また魔物が活発になって来ているそうだから、気を付けてね。」
「はい、ありがとうございます。 それではプリさん、よろしくお願いします。」
「はいはい。 腕によりをかけて面倒見ておくわ。」
力瘤を作って答えるプリに、メレーナは苦笑いを浮かべつつ帰って行った。
「で、なんでおめぇがここにいるんだ? おぉ?」
メレーナがいなくなるなり突然態度を急変させて詰め寄るリョウに、ルーケは思わず一歩後ずさり、プリが首根っこを掴んで止める。
「今晩この人泊めるからいるのよ。」
「なにぃ!? プリが・・・若い男を泊めるぅ!? ・・・明日は雨か?」
驚くと同時にプリの手から逃れ、木製の窓を上げて身を乗り出し空を見る。
その尻をプリは蹴り飛ばして家から追い出すと、慌てて戻って来ようと窓に手をかけたのを見計らってバーン! と、窓を閉じる。
「ギャハァ〜!!!!!」
「あんたはそういう発想しかできないの!?」
「だってプリもそうだがクラスだって、そういう事しないじゃんか!」
閉ざされた窓でハッキリとは分からないが、手に息を吹きかけている様子が物音で分かる。
「当たり前でしょうがっ!! 私達は娼婦じゃないの!」
「だったら・・・あれ? いつもの騎士様だ。」
「え?」
ゴスッ。 と、立ち上がっていたリョウの側頭部に窓をぶつけて倒しつつ、プリが開け放った窓からクラスの家を見る。
確かにいつも来る騎士だった。
「ふおおおぉぉ・・・。」
「・・・まあ、潮時だものね・・・。」
切なげにそう言うと、プリは側頭部を押えて蹲るリョウを気にも留めず、パタンと窓を閉める。
「ちょっとまてぇ! 一言ぐらいあってもいいんじゃないか!?」
「あ、そうだ。 リョウ!」
「なんだよ!?」
「良い事してあげる約束だったよね。」
「うんうんそうだよ。 やっとおも」
「じゃあ、稽古しようか。」
ニッコリと笑いながらそう言われ、リョウの動きがピタリと止まる。
「・・・稽古?」
「うん、そうよ。 あなたにとってはこれ以上も無いご褒美じゃないの。」
プリはあくまで笑顔だ。
「え・・・っと、今日はそうだ、斜向かいのリリカちゃんとデートの予定だった。 じゃ。」
そう言って、シュタッと手を上げると、リョウはダッシュで去って行った。
「・・・本当に、なんで私ったら・・・。」
そう呟きながら自嘲気味に笑うプリは、今にも消えそうなほど儚げに見えた。
「あの・・・プリさん? お聞きしてもよろしいですか?」
「・・・な〜に?」
窓を閉めて振り向いたプリは、にこやかに笑う、いつものプリだった。