愚者の舞い 2−28
しかし、そのダガーを下手に外すと、いざと言う時に間に合わなくなる。
冒険者は怒鳴るしか方法が無かった。
「後はお願いします。」
そう言うなり、自由に動く肘から先で自分の体を抱えている腕を掴んで体を固定すると、ダガーに喉を押し付けるようにしてからツイッと横に上体をずらした。
「ミカ!?」
驚きの余りクーナが叫び、何が起きたのか冒険者が理解する暇もなく、ピュウッと、ミカの喉から血が噴き出した。
「何をお前!?」
動揺した冒険者がダガーを喉から放した瞬間、その腕がベキッと後ろへへし折られた。
そして激痛にミカの体を冒険者が取り落とした瞬間、今度はその身が後ろに弾け飛び、後ろの壁に叩きつけられる。
「クーナ!!」
アクティースがそう叫んだ瞬間、クーナは弾かれたようにミカの下へ駆け付け手当を始め、ルパとメレンダが冒険者との間に立ち塞がる。
「下らぬゴミ如きが、よくもわらわの巫女に手出ししてくれたものよ。 楽に死ねるとは思うなと、先ほど言うたな?」
そう言いながらゆっくりとアクティースが歩み寄ると、冒険者は折れた腕が持ったままのダガーをなんとか無事な方の手に取ると、怯えた表情のまま身構えた。
「たたた、助けてくれ・・・!!」
「聞こえぬな。」
再び冒険者の体が、今度は神殿奥の方へ弾き飛ぶ。
折れた腕を下敷きにして床を滑ったため、冒険者は激痛にのたうちまわった。
その体が再び弾け飛び、今度はクーナ達がいる場所とは正反対の壁へ叩き付けられる。
「貴様のようなゴミはさぞ不味かろうな。 消えろ。」
怒りに眦を釣り上げアクティースがそう言った瞬間、冒険者達の姿は消え失せた。
それからクーナ達の下へ歩み寄り、ミカの傍らに片膝を付き、その容態を見てからクーナを見る。
「どうじゃ?」
「なんとか間に合いました。」
クーナはそう言ってから、ホッと一息ついた。
「そうか。」
アクティースはそう言うと、スクッと立ち上がり、巫女3人を見回しながら、
「クーナ、ルパ、メレンダ。 ご苦労であった。」
そして、改めてミカを見下ろし、
「大馬鹿者。 勝手な事をしおって。 お前はまだ普通の人間なのじゃ。 死ぬ気か?」
「・・・それで・・・お役に・・・立てる・・・なら・・・。」
「それが大馬鹿者じゃと言うておるのじゃ。 お前のような大馬鹿者、傍にいるだけで気が休まらん。 その性格を治すまで、どこぞへ消えておれ!」
そう最後は苛立たしげに言い捨てると、アクティースは奥へとスタスタ歩いて消えてしまった。
その後ろ姿を見送った後、ミカはツウッと一筋涙を流し。
「また・・・嫌われ・・・。」
そんな事は無い、と、クーナが言おうとした時には、ミカはグッタリとして気を失ってしまった。
タキシムを退治して欲しい。
慌てて駆け込んで来た中年の男が入り口でそう叫ぶと、冒険者の宿の1階で夕食と酒を楽しんでいた冒険者達は、約半数が動きを凍り付かせ、残った半数はキョトンとした。
「頼む! 村にタキシムが!!」
「まああんた、落ち着きなさい。 何がどうしたんだね?」
マスターが困った顔をしながら、とにかくその中年をカウンターへ導き座らせ水を出す。
「タキシムってなんだ?」
ラテルが物凄く不思議そうな顔で聞くと、横でフーニスもウンウンと頷いている。
酒場の空気が一変したので、どんな凄い魔物かと思ったのだ。
今日の宿はかなり冒険者が宿泊しており、1階は人の熱気で暑いほどだったにもかかわらず、その名を聞くなり一瞬にして場の空気が一変したのだから疑問にも思うだろう。
「正直言って、やり合いたくは無い魔物ですね。」
「そうだな。 やっかいな相手だ。」
「だから、2人で納得してないで教えてくれよ。」
「そうだよ。 あたしも聞いた事無いしさ。」
ロスカとルーケは顔を見合わせると、ロスカが頷いて、仲間に話し始めた。
キョトンとした冒険者達はつまり、タキシムを知らない人々であった。
「タキシムとはゾンビの一種です。 生前に強い怨念を持ちながら死ぬと、墓から這い出て来てタキシムになると言われています。」
「それって、ゾンビやスケルトンとどう違うんだ?」
「ゾンビやスケルトンの場合、妖術師と呼ばれる、特殊な黒魔法により遺体に何かの魂を入れて使役する、いわばゴーレムみたいなものです。 タキシムはどちらかと言うと、己の遺体に依存する幽霊みたいなもので、白魔法の浄化、またはタキシムを満足させなければなりません。」
「白魔法の浄化は中級魔法だが、生憎俺達は誰も使えない。 そうなると満足させなければならないんだが・・・。」
浄化の魔法は、通常1mの円程度しか効果は無い。
不浄なる物などを浄化し、アンデットモンスターなどを浄化する力があるが、ホーリーライトよりも威力は弱い。
だが持続時間が長く、バンパイアなどの復活に必要な不浄土も浄化できる。
また、同じ中級魔法にアンデット攻撃魔法、ホーリーライトがあるが、こちらは数秒光を発し、ダメージ的にはこちらの方が強力ではある。
ルーケ達はどちらも使い手がいないが、ホーリーライトを撃てる白魔法使いがいれば戦闘を有利に進められるし、浄化で怨念を浄化して昇天させる事も出来るのだが。
「満足って、どうすんだ?」
「グールと一緒で、人の血肉を与えるとか言わないでよ?」
「ある意味当たっていますけどね。 タキシムが望むのは、怨念を抱く相手の命です。 つまり、タキシムを満足させるには、タキシム自身が恨みをはらすか、誰かが代わりにやらなければなりません。」
「それってつまり・・・代行殺人って事?」
「そう言う事だ、フーニス。 中級魔法を扱える人間は、どの分野でもそうはいない。 力押ししかできないうちのパーティでは分が悪い相手だな。」
「ようは、請け負わなければいいって事でしょ? なら問題ないじゃん。」
フーニスがそう言って、乗り出していた体を起こし、椅子にもたれかかった瞬間。
「おいルーケ。 請け負わないか?」
マスターはそう声をかけた。
ゲッと言わんばかりの顔をするラテルとフーニスに対し、ロスカとルーケは苦笑いを浮かべる。
2人は予想していたからだ。
「分かった、請け負おう。」
そうルーケが答え、フーニスが文句を言おうとした途端、再び宿の戸をバンッ! と押し開けて、若い冒険者の一人が飛び込んで来た。
「アィマィミィマインがでたぞぉ!!」
今度はルーケ達を除く、酒場にいた全員が席を立った。
「どこだ!?」
「隣の国だ!」
酒場内は途端に慌ただしくなり、バタバタと2階に駆け上がる者や自宅へ装備を取りに戻る者でごった返す。
「な、なんだい!? そのアィマィミィマインって!」
突然行動を起こし始めた冒険者達に、フーニスは仰天した。
「そういや、俺も知りたいな。 ロスカ、何か知っているか?」