愚者の舞い 2−27
先頭に立ち、交渉していたフレッドは、一瞬ビクリと体を震わせた。
「な、なんと御冗談を。 ハハハ・・・。 酒は飲み過ぎれば毒ですからね、まあ、確かに毒です。」
アクティースはつまらんと言う顔になると、クルッと身を翻し、奥に向かって声をかけた。
「客はお帰りじゃ。」
「ちょちょちょっとお待ち下さい!!」
「今は見逃してやる。 じゃが、次に来たら食い殺すぞ。 とっとと消えるがよい。」
「チッ。」
フレッドは舌打ちすると、腰の剣を抜き放なち、無言で突進した。
その後に続き、仲間達もそれぞれの行動を起こす。
2人が腰などから剣とメイスを手に持ち後に続き、残った2人は呪文を唱え始めた。
そして魔法を完成し、解き放とうとした魔法使い2人が見た光景は。
いつの間に、どこから現れたのか、さっきまで話していた美女の前に壁となり立ち塞がる、3人の別の美女と、その足元に倒れ伏す仲間達。
その娘達は、それぞれ背に竜のような翼を生やし、両手の爪は鋭く長く尖っていた。
「う・・・うわあぁぁ!!」
火炎球を出現させていた魔法使いは、破れかぶれになって解き放つ。
それを中央にいた美女、クーナが撃ち落とそうとした瞬間、かき消すように消滅する。
「わらわを害そうと言う割に、力量が低すぎるのぉ。 じゃが、わらわに牙を剥いた以上、生きて帰れるとは思っておるまいな?」
そう言いながら振り返ったアクティースは、心底楽しげな顔をしていた。
目は怒りにつり上がっていたが。
火炎球も解き放ってしまい、今更魔法も唱える余裕が無い魔法使いは、どうにか打破できないか必死に思考を巡らせた。
そんなアクティースを、警戒してまっすぐ前を見ていた魔法使いの視線を遮るように、氷の槍が誰もいないところ目掛けて放たれた。
それが、仲間の精霊魔法使いの放った物だとは分かるが、その後を追いかけるように駆けだした真意は理解しかねた。
「どこを見ているの?」
仲間を目で追いかけかけて、慌ててアクティースに視線を戻した時には、クーナが既に目の前にいた。
魔法使いが驚きの声を上げる余裕も与えず、その喉をグッと握り潰してから即座に飛び離れ、クーナは急いで残る冒険者を追いかけた。
だが、氷の槍はアクティースが無効化してかき消したが、精霊魔法使いの目的は達成されていた。
「動くな! 動けばこの娘を殺すぞ!!」
恐る恐る、様子を奥の影から見ていたミカを、冒険者は人質に取っていたのだ。
「アクティース様!」
クーナはアクティースの下へ駆け寄りながら、指示を仰ぐべくそう声をかけた。
同時に、己の迂闊さを呪う。
今までは戦闘時、ミカがいなかったために、存在を忘れていたのだ。
だから数を減らすために動いてしまった。
人間の放つ魔法攻撃では、クーナ達にもアクティースにもダメージは無い。
そのため、何をしても打ち勝てる自信があったのだ。
しかし、中央にいたクーナが誰よりも先に動いてしまったため、邪魔となってルパとメレンダの足を止めてしまい、対応が遅れた。
その結果がこれである。
クーナは後悔に、臍を噛む思いであった。
一方ミカは、首筋に良く切れそうなダガーを押しあてられながら平然としていた。
見詰める先に立つアクティース。
その主人と仰ぐアクティースが平然としているのだから、大丈夫だと安心したのだ。
「いいか! 動くなよ!!」
「動いたらどうじゃと言うのじゃ?」
「この娘を殺す! お前がどんなに化け物でも、何かする前にこの娘を道連れにしてやるぜ!」
そう言い放った冒険者に、アクティースは心底呆れてため息をついてから、
「お前は阿呆じゃなぁ。」
「なんだと!?」
「わらわを何だと思っておるのじゃ? 人に知恵を授けた古竜じゃぞ。」
「それがどうした!?」
スウッと目を細め、艶然とアクティースは笑みを浮かべて平然と答えた。
「巫女の1人や2人でガタガタ動揺するとでも思うておるのか?」
「「「!?」」」
これには言われた当の本人である冒険者よりも、クーナ達の方が動揺した。
「そんな子娘の一人くらい、殺したければ殺すがよい。 わらわは痛くも痒くもない。 それに、わらわは蘇生の魔法も使える。 お前如きの目論見など、児戯にも及ばぬ。」
アクティースの真意を図りかね、クーナはチラリと主人を見た。
その眼は平然としていて、とてもハッタリとは思えない。
もっとも、ハッタリであったなら、僅かでも揺るぎがあれば見破られて意味は成さないが。
ただ、クーナの性格を良く知っているアクティースだけに、クーナには主人の意図が分からないのだ。
この事態を引き起こしたのは、紛れもなくクーナの失態だ。
それで仲間であるミカが死んだら、クーナは癒せない心の傷を抱える事になる。
それに、今まで誰が人質に取られても、そんな事を言った事さえない。
もっとも、クーナ以下3人とも、その時は既に竜巫女として契を交わしていたので、ダガー如きで死ぬ事は無かったが。
ルパなど激怒したアクティースに、犯人もろとも焼かれた事もある。
それらを考え合わせても、アクティースらしからぬ態度であるのだ。
「どうするのじゃ? もしその娘を殺したいなら、さっさと殺すがよい。 ただし、お前は何度も殺しては生き返らせ、わらわのおもちゃとして遊んでやる。 飽きたら喰らってやろう。 楽に死ねるとは思わぬ事じゃ。」
そう言って、ニヤリと笑う。
本当に、どうしたと言うのか?
と、不意にミカが気になって見ると。
ミカも平然としていた。
そのため、ルパもメレンダも、アクティースにしろミカにしろ、何か考えがあると思って動かなかったのだ。
一方、ミカは平然としていたのには理由があった。
アクティースが自分をどうでもいいと言った時、流石に動揺はした。
だが、それがいかほどの事があろうか。
ミカは契を結ばないアクティースに疑問を持っていた。
だが、アクティースの生活態度を見て、ミカはアクティースが仕えるに値する、信頼に値する相手だと信じていた。
だからこそ・・・。
「ふ・・・ふん、こけおどしは聞けないな。 もしお前の言う事が本当なら、とっくに攻撃しているじゃないか。 それをして来ないと言う事は、この娘を特別に思っているからだ! 違うかい?」
冒険者はそう言いながら、ゆっくりと警戒しながら入口の方へ移動していた。
ミカを抱え上げ、3人に背を見せないように。
アクティースはそんな冒険者を、微笑んだまま見詰めていた。
いつでもお前如き始末できるのだと、言わんばかりに。
「アクティース様。」
不意に口を開いたミカに、冒険者もクーナ達もギョッとした。
唯一平然としているのはアクティースのみだ。
「てめぇ! 勝手に喋るんじゃねぇ!」
そう大声で喚くが、冒険者にミカを黙らせる手段は無い。
片腕でミカを抱え上げて固定し、片腕でダガーをミカに押し付けているのだから。