愚者の舞い 2−26
ビクッと狸の親子が反応し、子狸が親の方へ全力で逃げて行く。
ショコラから放たれる、激怒の気配を敏感に感じ取ったからだ。
「おぉ!? 先客がいるぜ兄貴。」
だが、そんな怒りを言葉にする前に、野太い声が注意を逸らす。
「しかも若い美人が二人だぜ!」
「一応俺もいるんだがな。」
そう言いながら、男どもの視界に入っていないアラムが苦笑いを浮かべる。
斜面を滑るように降りて来たのは山賊風の3人。
年頃は2人中年で、一人が多少若い。
「どれどれ? おお、こりゃまた綺麗なお譲さんじゃねぇか。」
「なんだお前ら! 鬱陶しいから消えろ!」
完全に激怒したポシスがそう言うと、山賊3人は一瞬キョトンとしてから爆笑した。
「威勢がいいなお譲ちゃん! だが・・・。」
そう言いながら、腰から剣を各々抜き放つ。
「長生きは出来ないぜ?」
「やってみなよ。」
ポシスの挑発に、山賊達は簡単に怒りで顔を赤くする。
そんなやり取りを眺めた後、ショコラはアラムに目を移し、
「邪魔はしないだろうな?」
「しねぇよ。 さっきも言った様に、俺は人間に肩入れはしていない。 どっちかって言うと、お前ら動物の方が好きだ。 ましてや生きる価値さえないゴミを処分するのに俺が止めるかよ。」
馬鹿な事を聞くなと言わんばかりにそう答えた瞬間、一番前に立っていた、比較的若い山賊が無造作に吹っ飛んだ。
斜面から突然大砲で撃ち抜かれた、そんな感じで体を四散させながら。
「「なっ!?」」
驚愕した山賊達の目の前には、すでにポシスがいた。
そして呆然としている間に、真中に立っていた山賊の背中から一瞬手が突き出た。
「あ〜あ。 せっかく綺麗になったのに。」
と、そうぼやきながら跳躍と同時に回し蹴り。
腹部を貫かれ、激痛に身動きを止めた山賊の頭部が四散した。
「手桶も用意してやるよ。」
その声に反応したわけではないだろうが、怒りのあまり隠していた2本の尻尾が飛び出し、フルッと震わせて、残る山賊も瞬時に始末する。
「ゴミの匂いを嗅ぎつけて、暫く熊が来そうだなこりゃ。」
そうボヤキながら戻って来たポシスの眼前に、不意に手桶を突き出す。
完全に不意をつかれて、ポシスはギョッとして飛び退いた。
「せっかく温泉に血肉が入らないように始末したのに、返り血でお湯を汚す必要も無いだろ。」
普通の猫なら舐めて綺麗にするところだが、流石にあの手の者の血で汚れた体を舐めて綺麗にするのは気が引ける。
ポシスは渋々ながら受け取って、体を洗い流し始めた。
「さて、酒は置いて行ってやる。 暫く二人でくつろぎな。 俺は忙しい身分なんでな。」
そう言うと、ショコラ達が何か言う前に消え失せてしまった。
「なんなんですかあいつ?」
ポシスが不満そうに聞くと、ショコラは鼻を鳴らして答えた。
「世界最強の厄介者さ。」
だが、今夜のやり取りでショコラはある事を確信し、そして行動に移すべく、脳裏で計画を練り始めていた。
クーナ達がいつも通り拳闘志の修業をしていると、不意にアクティースが姿を見せた。
「アクティース様? いかがいたしました?」
「客じゃ。」
ニヤッとアクティースが答えた瞬間、クーナ達は即座に理解して稽古を止めて、客の出迎え準備をするために奥の厨房に引き上げる。
人間のままのミカは足手纏いでしかないが、出来る範囲で進んでお手伝いに励んだ。
「すいません、銀竜様のお住まいはこちらですか?」
そう言いながら、神殿入口の洞窟から姿を現したのは、いかにも冒険者と言った風情の5人組男達。
「そのようじゃな。 何用じゃ?」
たった一人で待ち構えていたアクティースに、冒険者達は一瞬怯んだ。
だが、リーダーであろう、先頭で入って来た男が笑顔を浮かべながら一歩踏み出した瞬間、
「それ以上入るでない。 許可した覚えは無いのでな。」
冷たく言い放たれ、男は戸惑いながらも足を止めた。
「あの、私は見ての通り、冒険者をやっているフレッドと言う者です。 銀竜様にお目通り願いたいのですが・・・?」
「わらわなら目の前におるではないか。 要件を言うがいい。」
「いえ、巫女の方ではなく、銀竜様に直接お会いしたいのですが。」
「じゃから、わらわがそうだと言うておる。 呑み込みの悪い人間じゃな。」
こいつ頭は大丈夫か? と、戸惑いながら、冒険者達は内心思っていた。
一応、顔に出さないようにはしているが。
竜と言う者は、普通そのままの姿でいるイメージがある。
変身でき、なおかつ普段その姿でいるとは誰も思わない。
双方の前提が違うのだから、意思の疎通が出来る筈も無いのだ。
アクティースはそれを知っていてからかっているのだが、冒険者達はそんなアクティースの性格だって知る筈も無く、苛立ちながらもなんとか穏便に話を進めようと思考を巡らせた。
「・・・実は、銀竜様の知恵をお借りしたいのです。」
「ほう、わらわの知恵をの。 どんな知恵じゃ?」
「我々は、ある村から依頼を受けたのですが、その依頼は水の確保なのです。」
「そんなもの、川から水を引くなり、井戸を掘れば良いではないか。」
「事はそう簡単では無かったのです。 井戸はかなり深く掘りましたが、水は出ませんでした。 川はそれなりに遠くではありますが存在するのです。 しかし、その川は隣の国の管理する川なので、勝手に引く事が出来ません。 雨水に頼るしかない現状だったのです。 それで、何か良いお知恵は無いかと思いまして。」
「奪い取ればよいではないか?」
「そそそ、それが出来ればやっています! 相手は強く、とても勝ち目はありません。 平和裏に何とかしたいのです。」
「なら、支配を受け入れれば良いではないか。 さすれば領土内、文句は無かろう?」
「それが、その村の支配者が、その村を支配する国の王族でして。 最前線に位置する村だけに、断固死守すべしと。 その王族の敷地内には水の出る井戸はあるのですが、頑として村人に使わせてくれません。 このままでは村人が死んでしまうのです。」
「反乱をおこせば良いとも思うがの。 どうせそう言う馬鹿者は、それなりに身を固めておろうな。」
「そうなのです。 もし、お知恵を与えて下さるのでしたら、お礼にこの酒を献上いたしたいと思いまして。 おい。」
そう言いながら、後ろに控えていた仲間に合図をすると、荷車に積まれた酒樽が一つ、運ばれて来た。
「必要であれば、わらわが雨を降らせても良いがの。 それでは基本的な解決にはならんから、井戸を掘るか、川から引くかしかないであろうな。 どこの村じゃ?」
「え!? あの、まさか、出向かれるので!?」
「当然じゃろう。 地理が分からなければアドバイスもできまい?」
そう言いながら、アクティースはニヤリと笑った。
「いえあの、お姿を見せられると、色々と問題がございまして・・・。」
だがアクティースは、そんな冒険者達を鼻で笑うと、
「そうであろうな。 出来ればこの場でそこの酒樽に仕込んだ毒をわらわに飲ませ、倒したいであろうからな。」