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愚者の舞い 2−25

 自分の非力さに、ショコラは気も狂わんばかりだった。

少女を失う事は、何か、自分だけではなく、何かとてつもない大事な何かを失う、そんな直感がした。

だが、それが何かも分からない。

そして、自分では少女を助けられない事実。

(今は違う。 今の私は非力では無い。)

そう訴える声がある。

だが、この日、この場所においては、自分はあまりにも無力だった。

(違う! 私は!!)

「ショコラ様!!」

ハッと目が覚め、ショコラはガバッと身を起こし、ここがいつもの室だと気が付くまで、ゆうに数分を要した。

その間中、煩く聞こえた荒い息遣いが、自分のものだと言う事にも。

「大丈夫ですか? ショコラ様。」

「・・・ポシスか。 すまない。」

ポシスはフルフルと首を振ると、心配そうにショコラを見詰め、やがて、ハッとして目を輝かせた。

「そうだ! ショコラ様、温泉に行きましょう!」

突然のポシスの提案に、流石のショコラもキョトンとした。

「温泉?」

「はい。 少し離れていますが、動物しか知らない温泉が湧いている場所があるんですよ。 そこでゆっくり温泉に浸かりながら、月でも見ませんか?」

「・・・月か。」

ショコラにとっても、ポシスにとっても、月は特別な物だ。

純粋に魔界から生まれ出た魔物は関係ないが、自然界で長年生きて妖怪変化した物にとっては、力の源でもある。

最近、強い力を使うばかりで、月の光を浴びていなかったなと思い出し、ショコラはポシスの提案にのる事にした。

(疲れているから、あんな夢を見る・・・。)

助けられなかった少女の姿を思い出しながら、ショコラは夢の残滓を振り切るように、寝床から勢い良く立ち上がった。


 ポシスの道案内で辿り着いたそこは、確かに人間が気軽に入りに来れるような場所では無かった。

付近には当然民家など無く、険しい斜面の中腹付近にある、ちょっとした平地。

そこに生えていた巨木を、スポッと真上に抜き取った場所がそのまま岩となり、温泉が湧いた、そんな感じの形であった。

温泉の深さは人間で例えるなら、大人の平均的な全身のサイズで股下に触れるか触れないか程度であり、温泉が抉ったのかどうかわからないが、1メートルほど斜面が抉り取られ、立って奥まで行ける程度の高さが合った。

底から湧き出る温泉、排水は斜面側の奥にある、壁となっている岩肌の割れ目に流れ込んでおり、外に向かっては一切流れ出していない。

半分露天、半分屋内といった形で、斜面の上から見ても、上空から見ても、また、正面から見ても、木々と地形でまったく分からないだろう。

ただ、真上だけは開けており、満月がしっかりと温泉を覗き込んでいたが。

「よく、こんな場所が出来たものだ。」

「自然の力って、やっぱり凄いですよね。」

先客の狸の親子は、そんなショコラとポシスを警戒する事無く、一緒に温泉に入っていた。

2人が害を成さないと、分かっているのだ。

ショコラは露天の方で温泉に浸かりながら、優しい眼差しで温泉にはしゃぐ子狸を見つめつつ、満足げだった。

そんなショコラの様子に、ポシスも肩までお湯に浸かりながら月を見上げた。

温泉の温度は丁度良く、熱過ぎもせずぬる過ぎもせず、心身共に寛ぐ。

「月見酒の方が良いんじゃねぇか? ショコラ。」

「「!?」」

ビックリして声の主を見やると、いつの間にそこにいたのか、一人の男が杯を3つ、水筒を5本持って、そこに立っていた。

「久しぶりだな。 いつの間にか猫の子分も出来ているようだし。」

そう言いながら、スッと服を消して温泉に入って来て、盃を二つ、ショコラ達に差し出した。

「あんた、何者!?」

ショコラを庇うように立ち塞がったポシスが身構えながらそう叫ぶと、狸の親子がキョトンとして3人を見詰める。

「やめよ、ポシス。 お久しぶりでございますな、始原の悪魔様。」

そう言いながら盃を受け取り、一つをポシスに差し出す。

「ショコラ様!?」

「敵ではない。 味方でもないがな。 わざわざ害をなそうと言う相手に、酒を勧める者でもない。 落ち着くがいい。 見よ、あの親子を。 平然としているだろう?」

ポシスが見ると、確かに狸の親子は警戒せず、それどころか子狸は再び遊び始めていた。

それはつまり、敵対心が全く無いと言う事。

「ほれ。 上等の酒だぜ。」

竹で出来た筒、その口の栓を抜き取りショコラに差し出すと、ショコラは遠慮なく注いでもらい、躊躇いも無く、一口口に含んだ。

「なるほど。 どこ産であろうか?」

「これは南の王国にある、山奥の村でしか作ってない逸品さ。 どうだい、そこの猫のお嬢ちゃんも。」

ポシスは戸惑いつつも湯に浸かり直しつつ、ショコラから杯を受け取った。

注がれた酒をためらいながら口に含むと、ポワ〜ンとした顔になる。

猫又はマタタビなど、猫の好む物が大好きだが、酒は特に大好きなのだ。

「その顔じゃ、かなり気に入ったようだな。」

笑顔でそう言われ、ハッとポシスは顔を引き締める。

警戒心を解いてはいけないと、自分を戒めたのだ。

「で、何をしに来たのだ? あなたが用も無く、私の前に現れる事はあるまい。」

平然とそう問うと、自分で注いだ酒をクイッと飲み干してから、ニヤッと笑った。

「流石だなショコラ。 実はな・・・。」

スウッと、ショコラの目が警戒心で細まり、ポシスはいつでも飛びかかれる様に身構えた。

「なんも無いんだわこれが。 アッハッハッハッハ!」

カクンと、二人揃って湯の中へ顔を突っ込みそうになる。

「いや正直なところ、近くを通りかかったらお前らがいたから、ついでに一緒に入ろうかと思ってな。 ほんと、それだけ。 でも月見酒出来たし、いいだろ?」

「私は、酒は嬉しいのだが。」

「どうしても理由が欲しいなら、苦言を言いにかな。」

「・・・苦言?」

「いつまでも人間なんざ恨んでても仕方がねぇって事だ。 シェーンも悲しむぞ。」

そう言った瞬間、キリッとショコラの眉が跳ね上がる。

「今日はあいつの命日だからな。 しかも満月も重なった。 たぶん思い出していると思ってな。」

「それを知っていて、それでも姿を見せるか?」

「だからこそだな。 シェーンは俺の友でもある。 あいつが悲しむのを、黙って見過ごす気は無い。 だが・・・シェーンはシェーン、お前はお前だ。 だから、苦言なのさ。」

コツンと不意に、何かが腕に当たったため振り向くと、奥から泳いで来た子狸が見上げていた。

その頭を優しく撫でながら、

「俺は、人間の存在を否定していた。 兄貴が強固に言い張らなければ、未だこの世界にいなかっただろうさ。 人間はひ弱で賢く、そして・・・愚かだ。 どこの世界でも、大概世界を滅ぼすのは人間だった。 だが同時に、俺達の領域に上って来るのもまた、人間だった。 不思議な事にな。」

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