愚者の舞い 2−24
アクティースは持っていた盃を静かに置くと、ツイッと視線を逸らした。
「やはり、今日来た理由はそれか。」
「食糧を届けるためでもあったけどな。」
アクティースは銀竜で、しかも古竜なので、実は食事は必要ない。
食べても差し支えないが、古竜は自然のエネルギーを体中で吸収して生きているので食事の必要がないのだ。
だが、巫女は違う。
永遠に生きる事は出来るが餓死しては生き返り・・・の繰り返しになる。
かと言って人間と交わるには外見が全く変わらない竜巫女はなにかと災厄に遭いやすい。
特にミカ以外は異国人である風貌に加え、全員が美人だ。
黙っていても目立つ。
その上服装は巫女服。
以前の地では、巫女など珍しくも無い土地柄であったためそうでもなかったのだが、リセでの巫女は、前は黒竜、今は銀竜に仕える者しかいないのは周知の事実である。
しかもそれらの巫女は、国が管理しているのだ。
一応巫女服以外の服も用意してあるが、ともかく目立ち過ぎるメンバーである。
また、アクティースが人との係わりを求めていれば問題は無いのだが、まったく関わる気が無いため、今のように結界内に潜んでいる。
そのために、行商人として普通の生活をしているアラムが届けているのだ。
服などの日用品も含めて。
「竜巫女はお前と一蓮托生。 お前が死ねば巫女も死ぬ。 それを分かっているから迷っているんだろ。」
「お前、貰ってくれぬか。」
平然と言われた提案に、思わずブッと、飲みかけた酒を噴き出した。
「汚いのぉ。」
心底そう言うアクティースを、ひとしきりむせた後に睨みつけながら、
「馬鹿言え。 俺は巫女なんていらねぇよ。 兄貴じゃあるまいし。」
「そのわりに、活きのよさそうな男を連れているではないか? もう一人増えても差し支えあるまい。 なんならつがいにすれば良かろう?」
諸事情を知っていて、尚且つ承諾する筈がないと見越して、悪戯っ子のように目を細めてそう言うと、アラムは憮然とした顔になる。
「家の前で餓死するまで居座られちゃ、仕方ねぇだろ。」
「流石のそちも根負けしたか。 人間もやるものじゃな。」
「ほめてんじゃねぇよ。 ま、英雄程度の資質は持ってたからな。 多少の手助けだけはしてやるさ。 拾った以上はな。」
「管理者としてそれ以上は・・・か? そう言えば、クラスィーヴィはどうじゃ? この前挨拶に来たが。」
それを聞くと、アラムは吹き出した。
「どうしたのじゃ?」
「あいつ、お前の所に来てそのまま帝国に出向いたんだよ。 そしたら・・・ククククク。」
「・・・どうなったのじゃ?」
「仕えるように頼みこんだ王は弟に毒殺されちまってな。 出向く前夜に。 門前払いされたって怒ってペイネに引っ込んじまったよ。」
「ホホホ。 それは災難じゃったな。 まあ、仕えた後でなくて良かったではないか。 だが、お前に会ったらなお不機嫌になったであろうな。」
「あいつは俺を嫌っているからな。」
そう言いながら、皮肉気な笑みを浮かべた。
聖魔戦争の時、魔界の軍勢を率いた始原の悪魔アラムは、先陣を切って暴れまくった。
その戦いで多くの神や天使が命を失ったが、その戦いの時、クラスィーヴィとアクティースは天軍として戦った。
アクティースはクラスィーヴィの美貌だけではなく、妙に馬も合ったので、珍しい事に乗騎となり、相棒として戦った。
その壮絶な戦いを引き起こした張本人と言うだけでも好きに成れないのに、挙句の果てにこの自然界に魔王として降臨した。
その時二人は直接戦い、クラスィーヴィ達冒険者に倒されたのだが。
アラムは最初から死ぬつもりだったので手加減していたことを後で知り、更に嫌悪の対象になったのだ。
命がけで戦ったのに、自殺の手伝いをしていただけでした、では、さすがに怒るだろう。
「ま、あの娘をどうしようが、俺には関係ねぇ。 好きにしろや。」
話をしめるようにそう言うと、アラムはニヤリと笑って姿を消した。
「・・・無理とは思っておったが・・・つれないのぉ。」
そう呟くと、蓋が開いたまま、まだ中身が半分は残っている樽を軽々と抱え上げ、一気に飲み干したのだった。
人がまだ、蛮族と呼ばれていた時代があった。
当時、人々がそう呼んでいた訳ではないが、便宜上そう言われる時代。
自然界に人間が住み始め、火の扱い方を偉大なる者達から教わり喜んでいたような、そんな素朴で無知な時代だ。
この時代は、天界はそれなりに自然界に関与していた。
何故なら、頂点に立つ始原の神バーセが、誤った文明を進まぬように、徐々に魔法などを教えていたからだ。
銀竜アクティースや、黄金竜メガロスはまだ、魔界にいた時代だ。
言葉は、意思の疎通と魔法の普及のために、誰でも話せた。
しかし、バーセがある目的のために消えると、天界は聖魔戦争で活躍した二人の竜に後を任せ、手を引いてしまった。
必要以上に関与しないためと言う理由だが、実質は・・・。
それでも人々は、天界に感謝の気持ちを持ち続け、生贄と言う天界へ人を送り出す儀式は止めなかった。
そんな時代の、と、ある小さな村。
自分が見つめる先には、一人の成人少し前の少女。
その少女は、優しく頭を撫でてくれていた。
人間の美的感覚は分からないが、少女は美しい容姿をしていたと思う。
「今日もあなたは元気そうね。 色で分かるわ。」
そう言いながら、少女はニッコリと笑った。
その頃の自分はまだ子供で、人間を怖い存在だと認識はしていなかった。
本当の意味では、だが。
「でも、ごめんね。 今日でお別れなの。 私、天と言う場所に行くんだって。」
答えない自分に、少女は語りかける。
少女にとって、自分は唯一の友達らしかった。
自分も、無理に苦労して餌を取らなくても美味しい物にありつけたし、何より優しかったこの娘が大好きだった。
他の人間は、自分を見ると邪魔くさそうに追い払うのに、この娘は優しかったから。
だから、その娘が大地に突き立った柱に縛り上げられ、足元に積まれた柴に他の人間が火を点けようとしているのを見た時、頭の中が真っ白になった。
そして気が付いた時、自分は雁字搦めに縛り上げられ転がされていた。
「ったくなんだってんだ。 神聖な儀式を邪魔しやがって。 やはりこれも・・・。」
「かもなぁ。 シェーンは不気味な事を起こす娘だし。」
「おい何やってんだ。 早く天に行かせよう。 あの不気味な力は、天できっと役に立つ。」
「そうだな。 こいつは後で・・・。」
周りでそんな会話を交わす人間達に、取り囲まれていた自分。
それらの人々の足と足の間から、自分の方を心配げに見詰める娘が見える。
『助けなきゃ! あの子が死んじゃう!!』
自分は本能でそれを理解していた。
だが、どんなにもがいても、暴れても、戒めは緩みもしなかった。
「やめてショコラ! もういいの。 あなたは山へお帰りなさい。」
娘はそう言うと、いつもの優しい微笑みを浮かべた。
そんな娘を、自分は助けられない。