愚者の舞い 2−22
クーナはハッと息をのみ、聞くとはなしに聞いていたルパも、思わず振り向いた。
「キャウッ!」
「あっ! ごめんルパちゃん!」
メレンダは真剣に稽古をしていたため、ミカの言葉は聞いていなかった。
そのため、急に振り向いたルパに気が付き、拳を止めようとした時には既に遅し。
正拳突きが見事にルパの側頭部に決まり、小柄なルパは壁まで吹っ飛んで叩き付けられた。
首はほぼ正確に90度折れ曲がり、力無くズリズリと床に落ちる。
「気を付けなさい。 今は稽古中ですよ。」
「は〜い・・・。」
クーナが優しく諭すようにそう言うと、メレンダがシュンとして答える。
その途端ルパが立ち上がり、両手でグキグキと頭を調節して直し、フゥと息を付く。
「ごめ〜ん、メレンダ。 余所見しちったぁ。」
「こっちこそごめんねルパちゃん。 大丈夫?」
外見上、15歳にしか見えないルパに、最年長の25歳に見えるメレンダが謝ってる姿は違和感を覚えるが、実年齢は違うためにこうなる。
実際の最年長は二十歳にしか見えないクーナで125歳、その次がルパ107歳、そしてメレンダ92歳なのだ。
「さぁ、稽古を続けますよ。」
クーナがそう言うと、ルパとメレンダは再び基本動作から始めた。
不安そうなミカに、クーナも答えを与えられないため、結局疑問はうやむやに終わったが。
5千対3百。
片側が崖の山間の開けた場所から細い道へと繋がる場所に、双方の軍勢は対峙していた。
3百しかいない方はリセ王国の軍勢で、細い道を死守すべく柵などを設けて防御に専念の構え、対して5千の軍勢は隣国トラーポ王国の侵略軍だった。
「リセ国王よ! 大人しく降伏するがよい! さすれば無駄な血を流さずに済もう!」
大軍の中から出て来て、一際豪華な鎧を身に纏った太った髭面の男が大声でそう言うと、ユウジは苦笑いしながら答えた。
「たわけた事を。 我が国に貴様如きに下る弱者はおらん。 そちらこそ無駄な労力を消費しないうちに引き上げるべきではないかな? バスレーロ将軍。」
「黒竜の後ろ盾もなく、よくぞ言った!」
(やはり、それを知って攻めて来たか。)
ユウジはこれから続くであろう、侵略者との戦いに心が痛んだ。
どれだけの犠牲が出るのだろうか。
黒竜は凶暴と言い伝えられており、それを証明するように、今まで何回攻め込んでもリセを侵略出来た国は無かった。
黒竜に直に襲われ、食われたりした者はいなかったが、崖崩れや隕石落下などで撃退されていたからだ。
その黒竜が銀竜に倒されたと言う話は、瞬く間に西の王国中に知れ渡った。
間者ももちろんいたが、商人などもあの日リセにいたのだから、知られぬ筈はないと思ってはいた。
もっとも、こんなに早く攻めて来るとは思いもよらなかったが。
恐らく、銀竜が本当に守護する気があるのか、また、現れたとしてその実力はどれほどか、確認しに来たのだろう。
「従わぬ者は物言わぬ屍にするだけよ! 皆の者! かか・・・れ?」
号令をかけようとした瞬間、リセの方から急激に暗雲が出現し、あっという間に両軍の頭上を覆い隠す。
あまりの異様さに逃げる事さえ忘れて見上げているうちに、突如数条の稲妻がトラーポ王国軍内に迸り、数人を正確に撃ち付けて轟音を響かせた。
「こ、これは・・・。」
蜘蛛の子を散らすように木々の間に逃げ込む侵略者達を呆然と見つつ、ふと暗雲を見上げると、悠然と銀色に輝く巨大な竜が静かに降りて来た。
そして注目させるように大音量で一声鳴くと、ギロリとバスレーロを睨みつける。
「ななななななな・・・!?」
雷から逃れようと、手近にあった木にしがみ付いていたバスレーロは、恐怖のあまり立ち竦んだ。
『我が名はアクティース・・・。 我が領域を侵そうとする愚か者どもよ。 早急に立ち去るがよい。 さもなくば、我が貴様らに死をくれてやろう。』
「な、何をふざけた事を! 者ども何をしておる!! 奴を射倒せ!!」
『愚か者!! キャシャァ!!』
アクティースが再び大地も轟く一鳴きをした瞬間、トラーポ王国軍のほぼすべての兵士が恐怖に心を縛られ、弓矢を取り落としたり、地に伏しガクガクと震えだした。
竜の持つ特技の一つ、咆哮だ。
そして、咆哮に耐えた兵士の放つ矢を物ともせず、他の兵士と同じように恐怖に縛られ立ち竦んでいたバスレーロ目がけて木々を吹き飛ばしながら猛烈に突撃し、牙の一つで素早く脇腹を噛み抜き持ち上げて、一気に60メートルほど急上昇する。
苦痛で恐怖から回復しもがき始めたバスレーロを、頭を鋭く振り解き放ち、問答無用で大地に叩きつける。
銃弾のような速さで大地に叩き付けられたバスレーロは、鎧ごと原型を保ってはおらず、あっという間に粉砕された将軍の姿に、侵略軍はさらに恐慌をきたした。
『早々に立ち去れ。 三度は言わぬ。』
圧倒的な威圧感に、圧倒的な力の差と咆哮による恐怖、それに将軍を失った事もあり、トラーポ王国軍は我先にと逃げ出したのであった。
「アクティース殿、ご助力感謝します。」
『助力は不要であったようだが、我が巫女が悲しむゆえに。 契約もあるのでな。』
アクティースはそう言うと、再び暗雲と共に消えてしまった。
実際、不要の配置になってしまったが、正面の柵で敵を防ぎ、足止めしている間に横から別動隊が弓矢で混乱させ、更に背後に回り込んだ兵で退路を土砂で埋めた後に打って出て、殲滅する計画だったのだ。
トラーポ王国軍は士気が低いので、それでかなりの捕虜を得る事も出来る。
だが、未知の銀竜という圧倒的な力の勝利で、ユウジの能力を隠す事が出来、なおかつ1兵の損失も無かった。
このまま平和が続けばいい。
ユウジは心底そう願っていた。
妻に頼まれた買い物を終えた帰宅の途中に呼び止められ、ロスカは聞き慣れない声であったが振り返った。
「何か御用ですか?」
「やはり、あの有名なロスカ殿でございましたか。 わたくし、トラーポ王国に屋敷を持つ、ポルコと言う商人でございます。」
「トラーポ・・・。」
ニコニコと笑顔の中年がそう名乗ると、ロスカは眉をしかめた。
今、リセとトラーポは戦争中なのだから、当然の反応だろう。
「いやいや、我が国が攻め込んで来ているのは知っております。 おかげで帰国できずに困っていたところ、あなた様をお見かけしまして。 路銀も心許なくなって来ておりまして、出来れば買い取っていただけたら・・・と、お声をかけた次第でございます。」
「買い取る? 何をですか?」
「あまり大きな声では言えないのですが・・・。 実物を見ていただいた方がよろしいですな。 私はそこの宿屋に泊っておりますので、用事が済んだ後にご足労願えませんか?」
ロスカは暫し男の真意を探ろうと目を見詰めていたが、自分を騙しても何の利益も無いだろうと判断し、頷いた。
ポシスの報告を聞いたショコラは、ニンマリと笑みを浮かべた。
まだ種を撒いただけだが、上手くいけば・・・。
ロスカに接触した中年の商人は、ポシスの変身した姿だった。
ポシスの正体は猫又。
自由自在に姿を変える事が出来るのだ。