愚者の舞い 2−21
アクティースとミカが神殿に帰って来ると、祝宴の準備を終えたらしく、クーナ達が待ち構えていて出迎えた。
だが、巫女は3人だが、出迎えたのは4人。
しかも多い1人は男だった。
アクティースはその人物を目に留めるなり不満げに鼻を鳴らし、前の見えないミカが疑問に思った時にはいつの間にか地上にいた。
そして、その横に立つ人型のアクティースの放つ殺気に、ミカは震え上がった。
正面に立つ男は平然としているが、クーナ達も顔を引きつらせているところを見ると、かなり本気で殺気立っているようだ。
「何しに来たのじゃ? 魔王。」
「ご挨拶だなアクティース。 せっかく上等な酒を持って来てやったのに。」
「それは歓迎してやろう。」
コロッと態度を変え、殺気を打ち消したアクティースに、巫女達はホッと安堵の息を付く。
「・・・魔王・・・?」
ミカはそう疑問に思って、改めてその男を見た。
にこやかで気のいいお兄さんといった感じの細身の男を見つめ、ミカは疑問で一杯になる。
魔王と言えば200年ほど前、世界を壊滅的な破壊と恐怖を撒き散らした張本人だ。
だが、その魔王は冒険者達によって倒された筈であり、と、言う事は。
「ん? どうした新入りのお譲ちゃん。 俺がいくら良い男だからって浮気したら、本当にこのおばちゃんに食べられちゃうぞ?」
腕を組み、笑顔でそう言う男に対し、アクティースは即座にまた不機嫌そうな顔になった。
「誰がおばちゃんじゃ。 誰が。」
「あえて断言してほしいか?」
「わらわがおばさんなら、お前は爺さんであろうが?」
「否定はしねぇぞ? 玄孫より下の子孫がいるしな。 爺なら若いわな。」
「相変わらず暖簾に腕押しじゃなぁ。 じゃが、わらわの可愛い僕に手を出すでないわ。」
「生憎、年齢的に俺の範囲外だから安心しな。」
「どうだか分らんからな、お前は。」
そう言いながら肩を竦めるアクティースと男、交互に見ながら、ミカは聞いた。
「あの・・・魔王って・・・? お名前なんですか?」
完全に意表を突かれたのだろう、アクティースとアラムは思わず目を見開き、顔を見合わせてから思いっきり爆笑した。
「お、おいしすぎるな! この娘は!! ダ〜ッハッハッハ!」
「わらわも予想外じゃわ。 ホホホホホ。」
何か変な事を聞いただろうかと、ミカはキョトンとするしかなかった。
「面白い娘さんよ。 一応ちゃんと自己紹介してやろう。 俺はアラム・ヤウンデン、魔王本人だ。 アクティースとは古い友人でな。 一度死んだ後はこうやって行商人などしながら暮らしているのさ。」
一頻り笑った後でアラムがそう言うと、ミカは小首を傾げた。
「一度死んだ?」
「こやつはこう見えても始原の神の一人でな。 不死の存在なのじゃ。 何度死んでも生き返るゾンビみたいなものじゃな。」
「その説明は酷くねぇか? 故郷を失って彷徨ってたところを拾ってやったのに。 しかもゾンビは何回も生き返らねぇよ。」
「感謝はしておるぞ? わらわはな。 ホホホ。」
「まったくしてるように聞こえねぇなぁ。 まあいいや。 俺もユグドラシルの仲介がなければ受け入れなかったしな。」
「ユグドラシル?? って、なんですか?」
「ああ。 次元を旅する放浪者と、言うべきかな? この世界だけではなく、他の世界なども渡り歩いている奴で、こっちも古い友人だよ。 もっとも、ユグドラシルは親父の親友でもあったんだけどな。 ま、世界樹とか色々呼ばれている、巨大な意思のある木さ。」
「お父様・・・意思のある木・・・。」
ミカにとっては、初耳な固有名詞ばかりだ。
もっとも、始原の神にしろ銀竜にしろ、通常の世界とはかけ離れた存在なだけに、変な意味かも知れないが納得は出来た。
だが、アクティースの次の一言で驚愕する。
「原始の神か。 せめて、お前に殺される前に知り合っておればの。」
「ころ・・・!?」
「そうだな。 そうすれば・・・倒さなければならない状況になる事はなかったかもしれないな。 だが、そうすっとお前ら、いまだに次元を放浪している事になるんだが?」
「それもそうじゃな。 わらわ達はともかく、地竜などが困ったであろうな。」
「あの、アクティース様・・・。」
とりとめなく続く話に、クーナが恐る恐る口を挟む。
「なんじゃ?」
「宴の準備はできております。 いつまでも立ち話もいかがかと・・・。」
「おお、そうであった。 魔王、そちにもおこぼれを恵んでやるぞ。」
「お前、本気でそう思ってんだろ。」
「当然じゃ。 ここはわらわの住居だからの。」
「おまぁ〜なぁ。 そもそもこの空間用意してやったの誰だと思ってんだ。 俺だぞ? 主賓席ぐらい用意したって罰はあたんねぇぞ?」
「と、言うておるが・・・酒の代価は巫女達を見ればお釣りを貰う方みたいじゃが?」
アクティースの言い方に疑問を覚え、ミカがチラッとクーナ達を見れば、クーナとメレンダは胸を、ルパはスカートを抑えている。
「いいじゃねか減るもんでなし。」
「「「減ります!!」」」
平然と言うアラムに、巫女3人は見事にハモッてそう大声を出した。
ミカが生贄として神殿に来てから、数か月が経った。
先輩巫女達から色々な事を教えられ、あっという間に過ぎ去った日々だった。
だが同時に、ミカは不安を覚える。
契。
文字にすればたったの一文字。
だが、それは重要な意味を持つ。
どんな事をするのか、何をしなければならないのか、それに関してだけは誰も何も教えてはくれなかった。
そのうち分かるからと。
ただ、契をアクティースと結ばない限り、ミカは所詮ただの人間。
契を結ぶ事によって、初めて竜巫女となるのだ。
だが、アクティースには一向にその気配がない。
内心、やはり生贄を断らせた事を怒っているのではないか?
自分は不要と思われているのではないか?
など、色々不安が脳裏をよぎる。
「肘をちゃんと伸ばして。 そこで、腰を入れる。 そうそう、それで・・・こら、ちゃんと姿勢を維持しなさい。 そんな事ではいざと言うとき役に立てないわよ。」
「はい・・・。」
いざと言う時と言うのがどういう時なのかよく分からなかったが、ミカはクーナ達と同じように、とりあえず拳闘志の練習をしていた。
今日のように、時々アクティースは神殿を留守にする。
なんでも、地竜や翼竜が、天界に住むべき鱗の色を持った子が生まれたから、天界に届けているのだそうだが。
地竜などから、白竜などが産まれて来る事自体、ミカには理解不能な事態ではある。
極稀に、人間同士でも取り換え子と呼ばれるハーフエルフを生む事はあるが、普通は人間は人間の子供しか産まれて来ないし、他の生物もそうだ。
「どうしたの? なにか心配事? あ、分かった。 故郷が恋しいんでしょう?」
気の無い返事をするミカに、クーナは優しくそう問いかけると、ミカは意を決したようにクーナを見返した。
「私、アクティース様に嫌われているんでしょうか。」