愚者の舞い 2−20
「嵐が来るぞ! 皆の者を避難させよ!!」
リセは山間にある小国なので、猛烈な豪雨が降ると鉄砲水が発生し、瞬間的に全てを押し流す事がある。
それなりに緩和装置などを対処しているとは言っても、人に出来る事には限界がある。
そのため、万が一を考えてそう指示を出したのだが、雨は既に降り始めていた。
「間に合わんか?」
自分で口から声が出たのが分かるが、建物内にいても自分の声が聞えないほどの豪雨。
ユウジの脳裏に鉄砲水による壊滅的な被害が国中を襲い、その後に訪れるであろう飢餓と疫病に思いを馳せ、眩暈を覚えた。
愛していた娘の命を差し出したが、何か機嫌を損ねたのかもしれない。
雨と竜とは密接な関係にあると言うではないか・・・。
絶望の底に叩きこまれかけたが、対応しなければと言う責任感でなんとか現実に自らまい戻る。
自分が落ち込んで支持をしなければ、助かる者も助からないのだ。
「急げ!! 今ならまだ間に合う!!」
自主的に逃げる国民もいるだろうが、老人などはやはり手助けがいる。
雨の中飛び出して行く臣下を見下ろし、次なる指示を考えていた時、急に雨が止んだ。
助かったか!? と、顔を上げた時、雲はそのままで、目の前には巨大な銀竜がいつの間にか出現していた。
下に意識を集中していたために、雨が止むまで気が付かなかったのだ。
その銀竜に気が付いた人々の叫ぶ声が聞こえるが、ユウジはそれどころではない。
目の前に浮かぶ銀竜は、ハッキリと自分を見据えてそこにいるのだから。
そして、ユウジが何か言う前に、野太い声が脳裏に直接響き渡った。
『我が名はアクティース。 銀の鱗を持つ者なり。 お前達に寄生していた黒竜は我が退治した。 我と新たな契約を結ぶか?』
「そ・・・それは・・・、どのような条件でございますか?」
『年に一度、貢物をいただこう。 ただし。 人ではなく、食料をな。』
「食糧・・・ですか?」
『そうだ。 不服か?』
「いえ、そのような事は・・・。」
不服ではないが疑問は浮かぶ。
そもそもなぜ黒竜を倒して、銀竜が居付くのか?
奪い合うほどそんなにこの国は居心地がいいのか?
しかも欲しがる貢物が食糧?
疑問だらけである。
「父上!!」
はい? と、一瞬、聞き慣れた声に驚き、竜の頭上を咄嗟に見上げてさらに仰天する。
「ミミミミ、ミカァ!? お前、なんでそんな所に!?」
ミカは不意に、ツウッと一筋涙を流すと、アクティースの頭の上で姿勢を正し、深々とお辞儀をした。
「父上。 改めてお別れを言いに来ました。」
「・・・ミカ・・・。」
「私はアクティース様にお仕えします。 父上におきましては、いつまでも、お元気で・・・。」
「ミカ・・・。 しっかり、努めるのだぞ。」
「はい!」
今生の別れと理解し合う二人。
流れる涙を拭う暇さえ惜しんで、互いを見つめあった。
その姿を、一生忘れないために。
だが、ユウジは愛しい娘からその目をもぎ放すと、改めてアクティースの目を見返して深々と一礼した。
「娘を、守護を、よろしくお願い致します。」
『我の餌にならん事を祈っておけ。 契約、しかと守るのだぞ。』
「ははっ!」
銀竜はユウジがそう答えながら頭を下げたのを見届けると、現れた時とは打って変わり、静かに空の彼方に消えて行った。
黒雲はいつの間にか、奇麗に消え失せていた。
仲間達と依頼達成の祝宴を楽しんだ後、ルーケは宿の部屋に引き上げて来てから、日中にみた銀竜の姿を思い出した。
テレパシーは国民全てに聞かせるようにしていたのだろう、ルーケ達にも聞こえた。
ルーケはアクティース本人に会った事は無かったが、その神殿には以前行った事があった。
そのために疑問が次々と浮かぶ。
しかし、答えはどうやっても出て来る筈も無い。
異次元の図書館で、魔物関係の資料を読んだ時も、銀竜など人の手に負えない魔物は除外していた。
勝てないと言う事は、まず弱点が無いに等しい。
それに黄金竜・銀竜は、現在自然界にいる最強の生物であるが、人間に友好的だ。
何かあっても話し合いでけりが付く相手でもある。
そんな相手の弱点など、その時は調べるだけ時間の無駄だと思ったのだ。
それにしても、最低3か月前には住み付いていた筈の銀竜が、なぜ今更?
もっと詳しく色々聞くべきだったか? と、あの時の話相手だったクーナを思い出し、ドキッとする。
上品な雰囲気を身に纏う、異国の美女クーナ。
ミニスカートから延びる素足の、白くてしなやかで美しく・・・。
ブンブンと頭を振って、記憶を振り払う。
そんなクーナに焼かれるとか言っていた師匠。
そう言えば、師匠は俺を許してくれたのだろうか?
と、新たな疑問も湧き起こって来た。
あの綺麗なクーナが火を吐く? まさかな、など。
そのクーナが竜巫女としてアクティースと契を結んでいるため、本当に火炎を吐けるとは想像も出来ないルーケであった。
竜巫女・竜神官という存在が、この世界にはある。
実を言うと、同じ言葉でありながら2通りの種類がある。
竜神官とは男、竜巫女とは女。
性別で呼び分けるのだが、男女の違いを抜いて2種類あるのだ。
まず、普通の竜神官・巫女の場合は、竜の強さに憧れ、近づこうと言う存在。
己の肉体をとことん鍛え上げ、竜そのものと同じ生活をする事により、竜に近づく事を本旨とする。
もっとも竜そのものと言っても、参考にしているのは地竜である。
服をまったく着ないか全裸に近い恰好で、生肉を食べて生活する。
そうやって極限までやっていると、竜語魔法という言葉と魔法を自然に覚える事がある。
地竜も面白いもので、敵意を持たず、そばに居たがる人間を食料とは認識しないで、育てる習性があった。
そうやって共に生活していると、竜に性質が似て来るのか覚える事があるのだ。
竜神官達が使える魔法としては、背中に竜のような翼を生やして飛んだり、火炎を吐いたりというものがある。
それとは違い、クーナ達は契を交わした、もう1種類の竜巫女である。
こちらは契を交わした竜の条件に縛られるが、前述した竜神官達と違って寿命が無くなる。
前述した竜神官達は、普通の人間が70歳程度で死んでしまうのに対し、120歳くらいまでは生きる。
クーナ達は一種の呪いのような、元来の本当の意味での竜巫女なのだ。
主人である竜に捨てられるか、竜そのものが死ぬまで共に生き続ける。
そのため、竜語魔法も前述した竜神官達より多彩に覚える事になるのだが・・・。
その下りは、おいおい語るとしよう。