愚者の舞い 2−19
真剣な眼差しで見詰めて来るミカを、アクティースは不満そうに睨みつけた。
「たいしたタマよ。 わらわに意見か。 お前、そんなに死にたいのか。」
「みな、家族もいれば知り合いもいます。 誰かが死ねば悲しみます。 私にはアクティース様が邪竜とは思えません。 ですから・・・。」
サッと血の気が引いたのが自分で分かった。
それほど強烈な殺気がアクティースから放たれ、つかつかと歩み寄ると胸倉を掴み上げた。
「邪だの聖だの、勝手に決めているのは人間であろう? 黒竜であろうが地竜であろうがわらわにとっては等しき仲間。 黄金竜や翼竜なども含め、そこに差はない。 いわば好みの問題じゃ。 それを分かっておって邪竜などと言うのか? お前は人を食うなと言いたいのであろうが、人間だって猪や鹿、兎などを食べるではないか。 貴様ら人間が卑下するそれら獣には家族がいないとでも言うのか?」
「そ・・・それは・・・」
「人だけが特殊で貴重で高貴な存在とでも言うのか? 知能のあるなしで判別するのか? それならば尚の事、わらわが人を食らっても文句を言われる筋合いも無い。 わらわの方が知能も肉体も優れておる。 小賢しいだけの人間に文句を言われる筋合いさえない。」
アクティースは不意に手を放し、ミカは落ちて尻もちをつき、その横をアクティースは足早に通り過ぎながら冷たく言い放った。
「不愉快じゃ。 お前などどこへでも消えるがいい。 わらわの見込み違いであったわ。 その身を八つ裂きにせぬのは慈悲じゃと思うがいい。」
「待って下さい!!」
慌てて立ち上がってそう叫ぶが、アクティースは足も止めない。
「なんじゃ? 喰らわねば黙れぬのならそうしてくれるが?」
「そうして下さい。」
「・・・なんじゃと?」
予想外の返答に、思わず足を止めて振り返った。
自分を見詰める目、それはユキに勝るとも劣らない真剣な眼差しであった。
「確かに人はか弱く小さな存在です。 でも、みな一生懸命生きているんです。 私がここにこうして生贄として命を捧げるために来たのは、そんなみんなの命と平和を守りたいからです。 私を食べる事で満足するならそうして下さい。 でも、無益な殺生は、どうか、お止め下さい。 お願いします。」
そう言って深々とお辞儀をするミカの表情は、髪に隠されて全く見えない。
アクティースは鼻を鳴らすと、ツカツカと歩み寄り、ミカのすぐ前で立ち止まった瞬間。
カッと全身から光を発し、再び本来の姿に戻った。
その頭に、ミカを乗せて。
『面白い小娘め。 我の思ったとおりだな。 よかろう、お前の願い叶えてやろう。』
「あ、ありが」
『ただし!』
言葉を遮る強い口調に、思わずビクリと身を震わす。
『我は我がままを言われる事を好かぬ。 今回限りだ。 クーナ。』
「はい、アクティース様。」
クーナはニコッと笑いながら、そう返事をした。
次に続く言葉が分かっていたからだ。
『祝宴の準備をしておけ。 新たな巫女誕生のな。』
「かしこまりました。」
予想通りの言いつけに、クーナは笑顔のままそう答えて一礼し、ルパとメレンダに声をかけて神殿の奥へ引っ込んだ。
巫女達が行動に移ったのを確認しつつ、アクティースはミカが落ちないようにゆっくりと上昇し、結界から出て行った。
ラミアとの戦いは、予想外に苦戦した。
ロスカの言うように、確かにラミアは盲目であった。
ラミア自身は魔法を使う事は無く、腕力も見た目通り、普通の人間女性ほどしかない。
しかし、その下半身による攻撃力と移動力は恐ろしいものがあった。
また、盲目ゆえに音と匂いに敏感で、ゴブリンなどの下級な魔物とは一線を画した存在であった。
また、盲目ゆえに罠は無いと高を括っていたら、相棒にインプがいた。
インプとは下級に属する魔物で、拳大の身長しかないがすばしっこく、背中の被膜の翼で空も飛ぶ邪悪な妖精種族だ。
容姿は醜い鬼と言った感じだが、罠などを張り巡らせる悪知恵に関しては趣味の領域だ。
もっとも、殺傷力はほとんどない物しか作れないのだが。
それでもラミアとのコンビでは、威力抜群であった。
ラミアの姿を見つけて突撃したラテルは、即座に足元に設置されたロープに足をひっかけて転倒する事になった。
そこへラミアが突進して来て圧し掛かり、ルーケ達が助けようとしたところをインプの魔法が邪魔をした。
あわやラテルが圧死しそうに成りながら、なんとか魔物を撃退は出来たものの、予想外の被害に喜び勇んでの凱旋とはならなかった。
それでも勝利には間違いなく、一行はリセに後少しと言う所まで帰って来た時には、いつもの調子を取り戻していた。
「本気で死ぬほど重いんだぞ!? ラミアは!」
「上半身はともかく、下半身は全て筋肉と言っていい蛇ですからね。 しかもあなたを潰そうとして、ウネウネ動いていましたし。」
「アハハハハ。 将来を物語ってるねぇ。 女の尻に敷かれるってさ。」
「いや、あれは尻じゃなくて足じゃないか?」
「どっちでも関係ねぇだろ!」
「せめて上半身だったら良かったのにねぇ。 あたしなみにあったよ?」
そう言いながら、フーニスは豊満な自分の胸を下から持ち上げて見せる。
「俺は人間の女以外に興味はねぇよ!」
「上半身だけなら人間だったじゃん? ちょっと目が潰れてたけどさ。 美人だったよ?」
「・・・そうか?」
圧し掛かられて命からがらの状態で助けられた後、倒されていたラミアをろくにみなかったラテルは小首を傾げた。
「口には鋭い牙が、サメのように並んでいたけどな。」
ルーケが笑いながらそう言うと、ガックリと項垂れて心底悲しげにラテルは呟き始めたが。
「・・・やっぱ人間の・・・なんだありゃ!?」
ラテルが素っ頓狂な声を上げた途端、猛烈な勢いでリセの上空を真っ黒く厚い雲が覆い尽くし、スコールのように雨が降り始めた。
「つめてぇ! なんだこりゃぁ!!」
「魔物の襲撃か!? ロスカ! 心当たりは!?」
「こんな強力な魔力を持っているのは・・・!」
大声で叫ばないと声もまともに聞こえないような大雨の中、ロスカが知識を披露する前に根源が姿を現した。
「シ、シルバードラゴン!?」
フーニスが叫び指差す先、そこには、銀色に輝く銀竜が空から降りて来ていた。
リセ現国王ユウジは、結局一睡も出来ないまま夜を明かした。
姉ユキが30年前に生贄になった時同様、言いようも無い空しさだけが心に残っていた。
それでも国王としての務めは果たさねばならないため、書類などに目を通していた。
娘の死によって守られている平和に欺瞞と空しさを感じていても、その平和を維持しなければその死そのものが無駄死にになる。
戦争になれば、一人二人の死では賄えないのだから。
気を改めて書類に集中し始めた途端、不意に暗くなった空に気が付き、ユウジは窓に駆け付けて見上げた。
窓は全開であったが、現代のように薄い紙では無いので、突風でも吹かなければなんら問題が無い。
空は目に見えて湧き出て来た黒く厚い雲に覆われ、ユウジは即座に階下に控える家臣に向かって叫んだ。