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愚者の舞い 2−18

「お前はわらわに仕えるために祭壇にいたのであろうが?」

「え・・・? じゃあ・・・。」

ミカは横に成っていた場所に飛び起きると姿勢を正し、かしこまる。

「現国王の長女、ミカと言います。 よろしくお願いします黒竜様。」

「黒竜? そんな者はここにはおらぬ。」

美女は不満げにそう言って鼻を鳴らすと、見る見る不機嫌そうな顔になった。

そもそもその黒竜の噂が、ここに住むきっかけになったのだ。

その事に付いて不満は無かったが、愛しい息子に会えなかった不満は残った。

だが、ミカはそんな事情など知らないので、不機嫌になった理由を心中で必死に模索する。

「お前の先祖が契約を結んだのは、狡賢い吸血鬼じゃ。 幻影で黒竜を映しだし、生贄を求めていたのじゃ。 鬱陶しいから始末しておいたわ。」

ミカはそう言われ、しばし言葉の意味を理解するのに呆然としてから、ショックのあまり後ろに倒れた。

打ち付けた後頭部の痛みが、意識を繋ぎ止めつつ、これは現実だと主張する。

「これ。 わらわの話は終わっておらぬ。 勝手に寝るな。」

「そ・・・そんな・・・。 吸血鬼・・・黒竜がいない・・・?」

倒れたまま呆然と呟くと、涙が溢れて来た。

命がけで生贄となり来たのに、その行為自体が全くの無駄であると分かれば、呆然としても仕方があるまい。

「名を知らねば呼びにくかろうゆえ、教えてやる。 我が名はアクティース。 今日からお前の主人じゃ。」

だが、ミカはガバッと跳ね起きると、猛然と食ってかかった。

「何が今日から私の主人よ!? あなたに何が出来ると言うのよ!!」

「ホホホ。 毎年同じ事を言われるの。 お前は竜族についてどれだけの事を知っておるのじゃ?」

「竜族? 知らないわ、そんなの。」

「では、軽く教えてやろう。 竜と言うのは黄金竜ゴールドドラゴンを筆頭に、銀竜シルバードラゴン混沌竜カオスドラゴン黒竜ブラックドラゴン白竜ホワイトドラゴン・・・と、多種多様おる。 鱗の色は生まれた時から決まっており、役割も決まっておる。 生きた年月で多少の力の増減等あるが、基本的には黄金竜は生まれた時から筆頭になる立場にある。」

「・・・それが?」

「今述べた順に、階級と言うか立場が上なのじゃ。 力もな。 言葉で説明するのも面倒臭い。 その眼で見るがよい。」

そう言った瞬間、アクティースの体は光に包まれ、代わりに・・・。

「・・・な・・・に・・・?」

黄色い鹿のような角が二本、額の部分から突き出し、目は赤く、微かに光を発し。

半開きの口の中には無数の鋭い牙が並び、胴体は蛇のように長い。

その胴体に不釣り合いな、短い両手両足が生え、尻尾は魚のように尾ひれが付いていた。

背には硬そうな突起が無数に不揃いの高さで2列に並び、燦然と陽の光を反射して輝く鱗は銀色。

全長50メートルはあるであろうその巨大な体を裏庭内に収めるため、浮き上がった状態でとぐろを巻いていた。

が身を見ても、不満か。』

直接脳裡に伝わる、さっきまでの女性とは似ても似つかぬ野太い声。

長く突き出した口では、人の言葉は上手く喋れないのかもしれない、と、ミカは呆然とそう考えていた。

『吸血鬼を始末したのち、ときの生贄に頼まれ、われがリセを守護しておる。 我に仕えるのは不満か。 それならば、我はこの地より立ち去ろう。』

ミカはその言葉に慌てた。

「お、お待ち下さい!! 本当に、本当に守護をして・・・?」

が言葉に偽りは無い。』

ミカは暫く銀竜の目を見詰めた後、改めて姿勢を正すと、深々とお辞儀をした。

「アクティース様。 不束者ふつつかものですが、よろしくお願いいたします。」

そう言いながら、あの牙ならそんなに痛みを感じずに死ねるだろうと考えつつ、何か勘違いしているような気がした。

「顔を上げよ。 わらわはお前を食いたくて、ここに運び込んだわけではない。」

顔を上げると、いつの間にか元の人型のアクティースが、目の前に立っていた。

「わらわの竜巫女になる事に、異存はあるまいな? もしあるなら今のうちじゃぞ。 竜巫女となるのであれば、一生帰る事はできぬからな。」

「・・・? 異存、と、言われましても・・・。」

「もし帰りたいのであれば送り届けるが?」

「・・・。」

家に帰っても良いと言われれば、当然心も揺れる。

決心し、覚悟して生贄として来たが、まだ13歳なのだ。

両親にも会いたければ、兄弟や友達にだって会いたい。

だが・・・。

「いえ、私は・・・お邪魔でなければここに居させて下さい。」

「何故じゃ? 親や家が恋しくはないのか?」

「正直、帰りたいです。 でも、帰っても居場所がありません。 私は生贄となるべく育てられました。 大飢饉でみなが飢えている中、私は空腹を覚えた事がありません。 それほど大事に育ててもらったのです。」

帰って良いと言われたから帰って来ました、で、許される筈も無い。

生贄はつまり、己の命をくさびとして相手をとどめなければならない。

帰ってしまっては楔にならない。

生贄として送り込まれた以上、己の命と体で相手を引きとめなければ意味を成さないし、現状では庇護の無い小国に明日は無い。

それにミカは王族だ。

帰っても望まぬ結婚を強いられるだけだ。

色々と言葉にならない苦悩と葛藤がミカの中で渦巻いているのを見て、アクティースはニヤリと笑った。

「今年も人間の血肉を味わえるかと思っておったが、中々(したた)かな娘じゃな。 やはり、わらわが目を付けただけの事はある。」

「・・・え?」

目を付けた? と、疑問に思ったが、次の言葉でそれどころではなくなった。

「帰ると言うなら食い殺す気でおったが、居たいと言われたのは初めてじゃ。 それも自分自身のためだけではなく、他人の心配まで含めてとはの。」

「そんな・・・だいそれた考えでは・・・。」

いっそ、食い殺された方が楽なんじゃ、と、思わなくも無い。

「クーナ、ルパ、メレンダ。 服。」

そう呼びかけると、入口の影で控えていた三人の娘が、アクティースの服を持って現れた。

その娘達も、それぞれ美女と呼ぶに相応しい顔立ちをしていた。

「宴の準備じゃ。 新しい巫女を迎える歓迎をせねばな。」

「あの、一つお伺いしてよろしいですか?」

「なんじゃ?」

「あの・・・生贄は、必要なのですか?」

「それは、わらわが人間の肉を好むゆえに生贄を望んでいると、そう言う意味か?」

スウッと目が細められ、獲物を見つけた肉食獣のような眼差しになる。

三人の巫女はその剣呑な気配に、服を着せ終わったのを幸い、下がって様子を伺う。

長年仕えて来た主人だけに、その性格は良く理解していた。

ミカはそんな鋭い眼光に一瞬気圧されたが、怯む事無くアクティースの目をしっかりと見返し、答えた。

「・・・そうです。」

少し声が震えていたのが自分でも分る。

次の瞬間には死んでいるかもしれない恐怖感が、不意に沸き起こった。

だが、アクティースは決して血肉を好む、地竜のような性質ではないと感じた。

だからこそ、ミカは決死の覚悟でそう問いかけたのだ。

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