愚者の舞い 2−17
「で、久しいがどうしたのじゃ? わざわざ出向いて来るなど。」
「今度、帝国の宮廷魔術師になるのでな。 暫く来たくても来れなくなる。 それゆえ少ない友人を回っているのだ。」
クラスィーヴィがそう答えると、アクティースは少し目を見開いた。
「・・・どういう風の吹き回しじゃ? エンシェントエルフであるお前は、現存するエルフの指導者ではないか。 前から人間に関わり、風変りではあったが・・・一国に加担するなどお前らしくもない。 何か目的でもあるのか?」
「皇帝の理想を叶えたくなった、それだけの事。 他意はない。」
「それが他意と言わずにどれを言うのやら。 まあよい、わらわにはお前を縛る権利もないゆえな。 あの大戦のように活躍するがよいわ。」
「・・・何かあったか?」
「何がじゃ?」
「珍しく上機嫌ではないか?」
「わかるものじゃのぉ。 実はの。 今日、新しい巫女が入るのじゃ。」
こぼれんばかりの笑みを湛えて言うアクティースに、クラスィーヴィは思わずガックリとうな垂れる。
「貴公の女好きも変わらんな・・・。 竜種族は性別が無いだろうに。」
「好みのもんだいじゃな。 それに、お前がわらわの熱烈な求愛に応じぬからじゃ。」
「生憎私は女性に興味がないのでな。 さて、お暇しよう。 ここでゆっくりしている暇も無いのでな。」
「それは残念じゃ。 新しい巫女をできれば見てほしかったのじゃが。」
「それはモリオンにでも見せるのだな。」
クラスィーヴィはそう言うと、皮肉気に笑みを浮かべ、去って行った。
「・・・あの方・・・凄く寂しそうな・・・?」
クーナがそう呟くと、ルパとメレンダが顔を見合わせ、アクティースは鼻を鳴らした。
「プリが死んだそうじゃからな。 それでじゃろ。」
クーナ達はプリを知らないので何とも答えようがないのだが、大事な人であったのだろうと推測は出来た。
クーナ達も家族などを失っているので、気持ちは良く理解出来たから。
「ともかく、今日は新しい巫女を迎える予定なのじゃ。 準備をよろしくの。」
「「「かしこまりました。」」」
クーナ達はそう答えながら一礼しつつ、毎年恒例になった行事の準備に取り掛かった。
一抹の不安を胸に抱えながら。
侍や巫女、神官に囲まれ導かれる、ミカの乗った輿。
目的地は貢ぎの神殿と呼ばれる、白い石作りの神殿。
そこまで、見物人の持つ松明に照らし出された道が続いていた。
見物人も、侍も、巫女も、全てそこに集った人々は、神官が唱える呪文を続いて唱え続けていた。
もっとも、誰もその意味を理解してはいまい。
古代神聖語と呼ばれる天界の標準語という話だが、その意味を理解する人間は、とうの昔にいなくなっていた。
もしここに始原の悪魔がいたら、クスクスと笑っていただろう。
その意味を理解出来るだけに。
いや、伝えた本人だからかもしれない。
「若くて可愛い娘を差し上げまする。 どうか嫁にして下さいませ。 その代り、我らの安全をお守り下さいませ。」
このような意味だが、正確に言い表せばかなり砕けた内容だ。
しかもその後は、卑猥な行為を露骨に言い表していた。
その当時、生贄は死して天界へ昇った。
それゆえ、真摯な神官や巫女が生贄として捧げられていた、神聖な儀式だったのだ。
それなのに、そんなふざけた言葉を儀式に使うようにと伝えるあたり、流石は悪魔と言うべきか。
ボニートが聞いたら、呆れつつも顔をしかめる事間違いはあるまい。
クラスィーヴィであれば、赤面しつつ怒っただろうが。
ともかく、儀式は厳粛に行われた。
ミカは神殿内に導かれ入り、奥が吹き抜けとなった貢の間へ入って、中央に座った。
「よく分かっていると思うが、くれぐれも逃げたりしないようにな。」
人目が無くなった途端、神官は偉そうにそう言うと、巫女達を連れて返事も聞かずに退室し、頑丈な鍵をかけた。
時代と共にここまで見下げた存在になるものかと、ユキが見ていたら思った事だろう。
そんな扱いを受けたミカだが、気持ちに変わりは無かった。
産まれた時から定められていた宿命。
これまで、幼くして死ぬ事を定められていただけに、大事に、大事に育てられた。
たとえ町が大飢饉で半数近くの者が飢えて死んでいても、ミカには十分な食べ物を与えてもらえた。
今度は自分の番。
自らの命を差し出す事で、町を救うのだ。
この近郊には狂暴な黒竜が住んでおり、年に一度、若い娘を生贄に差し出す事で見逃す。
そう、ときの国王は契約を交わし、それは今でも守られている。
竜としても国が滅ぼされては餌に困るから守る。
こうして共存してきたのだ。
死ぬのは怖くはないが、それから逃れた時に起きる悲劇の方がミカには恐ろしかった。
神官達の立ち去る足音が消えて聞こえなくなり、それでも暫く待ち、ミカは懐に隠し持っていた睡眠薬を一気に飲み干し、入っていた壷を外に投げ捨てた。
その途端、猛烈な眠気がミカを襲い、ミカは抗う事無く眠りについた。
気が付いたら天国でありますようにと、願いながら。
気が付くと、サラサラと水の流れる音が聞こえた。
(死んだら渡ると言う、三途の川・・・かな?)
ミカは無事に死ねた事にホッと安堵し、その事に自分でおかしくなった。
とにかく、三途の川なら渡らなければならない。
引き返してしまったら生き返ってしまうのだから。
そう思って目を開け、川の方を見て、ミカは硬直した。
そこは整備された、奇麗な川だった。
奇麗な澄んだ水が、奇麗なまっ白い石で舗装された川を流れ、陽の光を反射してキラキラ輝いていた。
そんな川の中に、全裸の一人の女性。
ミカはその女性に見惚れた。
女性であれば誰しもが憧れるであろう、美しく長い銀髪、整った顔立ち、出る処へこむ所が出すぎもせずへこみすぎもせず、絶妙なバランスで整った体。
そしてなによりも年齢不詳。
少女のようにもみえ、大人のようにも見え、また、中年の婦人にも見える。
良くも悪くも年齢不詳であった。
そして、そんな外見など気にならなくなる、整った美。
細部の全てが極め付けでありながら、全てがまとまって互いに打ち消しあう事なく強調しあう、まさに整った美しさ、非の打ちどころが無い美。
ミカはその姿から、天女である美しきニンフか、水の精霊かと思った。
しかし、その肉体は人間そのものの質感があり、精霊ではありえないかな、と、すぐに自分の中で否定したが。
ミカがそんな事を考えながら見惚れていると、不意に美女が振り向き目が合った。
その美しさに圧倒され、思わず目を背けようとした・・・が、できなかった。
まるで吸い込まれるようにそらす事ができないのだ。
「お前は純粋よな。 幼さゆえか、元からか。 まあ、どちらでも構わん。 わらわに仕えるに最高の僕よな。」
美女はそう言いながら、片手を腰に当てつつ微笑んだ。
ミカ「しもべ・・・?」