愚者の舞い 2−16
プリ達と別れてから約3か月経っていた。
昨日までまったく思い出さなかったのに、急にどうしたんだろうと自分の心に問いかける。
「ちょっと、何ボケっとしてんの?」
プリの顔、姿、それらを鮮明に思い出していたら、急にフーニスの顔がドアップで現れ仰天する。
「どあぁ! 驚かすなよフーニス!」
「ふん。 どっかの女の子でも思い出してたんじゃないのぉ〜?」
鋭い。
まさしくその通りだったので、ルーケは返答に詰まった。
「おいフーニス。 痴話喧嘩は帰ってからにしてくれねぇか? もう着くぞ。」
「誰が痴話喧嘩だい。」
魔眼があったら呪い殺していたと言わんばかりに睨まれ、ラテルは慌てて前を向いてから肩を竦めた。
「さぁ、ふざけるのもここまでにしましょう。 ラミアの住む洞窟はもう少しです。 ラミアは盲目で、下半身が蛇、上半身は美しい人間女性の魔物ですが、盲目ゆえに罠を設置してはいないと思います。」
「分かった。 俺とラテルが前衛、フーニスとロスカは後衛で支援を。 罠が無いなら、フーニスを先頭にする必要が無いしな。」
ルーケがそう指示を出すと、それぞれ無言で頷いた。
師匠の娘で、命の恩人と言うと少し大袈裟だが、そのプリがまさか前夜命を失っていたとは、流石にルーケは想像さえしなかった。
丸一日休養を取った翌日、まだ靄のかかっている早朝。
クラスィーヴィは前日に買っておいた馬を馬小屋から引き出し、荷物を背に括りつけようとした。
だが、非力なエルフには簡単な作業では無い。
旅の荷物という物はなんだかんだと必要で、けっこう重くなる。
今まではプリが持ち上げてくれていたので忘れていたが、クラスィーヴィでは馬の背まで、まとめた荷物を持ち上げる事が出来なかった。
仕方なく覆い袋だけ先に乗せて、後から中身を詰め込むかと思案しているとき。
「クラスまで黙って行っちまう気か?」
その荷物をヒョイッと持ち上げると、リョウは手馴れた感じで馬に括りつけた。
「○○ちゃ〜んとか寝言言ってる奴を、起こしては悪いからな。」
「あれ? 俺、寝言言ってた?」
「冗談だ。」
相変わらずの無表情でそう言い切られ、言葉に詰まる。
「・・・ま、元気でやってくれ。 このまま帝国に行くのか?」
「いや。 何人か知人に会ってからだ。 お前はどうするんだ?」
「俺はまた、旅に出るさ。 世の中にはまだまだ困っているかわい子ちゃんがいるからな。」
「そうか。」
「んで、教えてやるんだ。 2人にさ。 世の中こんな事もあるんだぞって。」
「女性二人に女性との冒険譚を話しても、仕方があるまいに。」
「もちろんそこは、秘密にしておくさ。」
「では、後に私が逝ったらばらしてやろう。」
「うわひでぇ。」
クラスはそう言いながら、ソッとリョウのそばによると、その頬に素早く口付けした。
「おぉ!? なんの呪いだ!?」
即座にドスッと腹に拳を叩き込んでから、そっぽを向きつつ、
「これは秘密にしておいてやる。 あまりボニート様を困らせるなよ。」
「イツツツツ・・・じゃあ、元気でな。」
「ああ、お前もな。 ハッ!」
クラスは馬に素早く跨ると同時に、腹を蹴って出発した。
リョウはその背を見送った後、自分もその日のうちに旅に出た。
プリから受け継いだ拳闘志の力、白魔法の力。
それらを使い、来たる日に備えるために。
30年前までと違い、一人旅ではあっても背負っているものが違った。
プリへの想い、クラスへの想い、ピロスへの想い、そして、ボニートへの信仰。
それぞれを背負い、リョウは100年もの間、大陸各地を巡った。
そしてある日、たまたま立ち寄ったプエルラで魔物の襲撃にあい、戦いの最中ファムに出会った。
親の決めた結婚のため、愛情はそれなりにしか無かったが、それでも夫婦としてやってきたファム。
しかし、目の前で夫を魔物に殺された瞬間、自暴自棄になって戦っていた時、リョウが助けに入ったのだ。
その後、流された噂をリョウはたいして信じなかったが、ファムにとっては絶対になった。
まるで死にたがっているようにしか見えないファムを放って置く事も出来ず、新たに出現した魔王を倒せる仲間を求めて旅に出、そして、黄金竜メガロスの元へ辿り着くのであったが・・・それはまた、別の物語である。
向かい合って座る、父と娘。
娘は先日、13歳になったばかり。
暫く無言で見詰め合った後、父であるユウジは覚悟を決めて、口を開いた。
「今までお世話になりました。 父上。」
が、先に娘に喋られて再び言葉に詰まる。
出来れば行かせたくない。
だが、それは出来ない。
真っ白い婚姻衣装を着る娘に、かけるべき言葉も思い付かず、ユウジは涙を堪える事しか出来なかった。
父親の葛藤に気が付いたのだろう、無表情だった娘がニコリと笑った。
「悲しまないで下さい、父上。 私は覚悟が出来ております。」
たった13歳の娘にそう言われては、愚にもつかない思考を止めるしかなかった。
せめて父親としてこれだけは、と、ユウジが即位して以来、全員に渡して来た小さな壷を、我が娘に差し出した。
「・・・? これは・・・?」
娘は小首を傾げながら、その壷を凝視した。
「睡眠薬だ、ミカ。 人気が無くなったら飲むがいい。 苦しまずに済む。」
ミカは急に実感したのか、表情を強張らせた。
だが、無理やり笑顔を作ると、ユウジからその壷を受け取り、懐に入れた。
「リセ国王として、汝に命ずる。 黒竜への花嫁として、立派に務めてまいれ。」
「ご命令、仰せつかりました。 ・・・父上、さらば・・・です。」
ミカは最後にもう一度ユウジに微笑むと、クルッと身を翻し、歩きながら涙を拭った。
そして、グッと後の涙をこらえると、戸を開けて、待っていた神官と巫女に一礼した。
「本日は、よろしくお願い申し上げます。」
ミカが生贄となるべく準備していたその頃、受け取り手であるアクティースは、音を立ててお茶を啜っていた。
「ズズズズズ〜。 美味い。 相変わらずクーナの淹れたお茶は美味しいのぉ。」
「ありがとうございます。」
横に座っていたクーナが、ニコニコと笑って軽く一礼する。
「ルパとメレンダの焼いた菓子も美味いし、やはり自然界はいいのぉ。」
三人の巫女とお茶をしながら、アクティースはご満悦だった。
「お前も一緒にどうじゃ? 戦友。」
何気ない一言で、巫女の三人はハッとして入口の方を向く。
そこに立っていたのは、美しい一人のエルフ女性。
「いただこう。」
クラスィーヴィはそう答えながら、アクティースが指先をちょっと振って出した椅子に腰掛け、手際よく出されたお茶を優雅に一口含む。