愚者の舞い 2−15
だがプリは、リョウを一瞥しただけで、再び魔力を注ぎ始めた。
「チィ! 女の子はなぁ、もっと男に頼っていいんだよ!! こんちくしょぉ!!!」
リョウは気絶覚悟で魔力をクラスィ−ヴィに注ぎ込んだ。
一瞬、プリがリョウを見た瞬間浮かべていたのは、柔らかな微笑。
それは愛する者へ向ける微笑だった。
(今まで見慣れてて気にも止めなかったがっ! そういう笑顔は普段見せろぉ!!!)
内心絶叫しつつ、リョウは覚悟を決めて、一気にクラスィーヴィに全魔力を注ぎ込んだ。
たとえ魔力が枯渇しても、リョウはあくまで人間だ。
自然に回復するまで気絶する事になるが、後は仲間が何とかしてくれる。
信頼しているからこそ、最後の一滴まで魔力を注ぎ込んだ。
そして、クラスィーヴィが驚いた顔で振り返ったのを見た瞬間、意識を失ったのだった。
完全に土石流を防ぎとめたと確信した瞬間、クラスィーヴィが慌てて振り返ると、リョウは満足げな顔をして気絶し、倒れてしまった。
そして、プリも・・・。
「馬鹿者! お前は・・・!」
プリは本来の姿、スライムに戻っていた。
それは、姿を維持出来なくなっているほど魔力が枯渇した事を示す。
そして、ノーブルスライムは魔力が枯渇すると・・・消滅する。
「いいの。 もう、誰かを死なせたく無いから。」
口も無いのにそう言うと、プリは体をプルンと弱く震わせた。
そこへ、バサッと翼を一打ちして、一人の男が姿を現した。
「貴様・・・! 今頃!!」
食ってかかろうとしたクラスィーヴィを突き出した手で止め、プリの傍らに片膝を付く。
「・・・プリ。」
「やっぱり来たのね。 パパ。」
「一生に一度だけ、手助けしてやるって言っただろ。 何故もっと早く俺を呼ばなかった? 先に逝きやがって親不孝者が。」
「ごめんね。 自分の力で、成し遂げたかったの。 どうしても・・・。」
「・・・強情な奴め。 で、どうすんだ? クラス。 このままここで、3人共死ぬか?」
「フン、お前の知った事か!」
「クラス・・・。 お願い、リョウには・・・。」
「分かっている。 後の事は心配するな。」
「フフ・・・。 最後に、仲間に見守られて逝けるって、幸せだね。」
「馬鹿者。 そう言ってみんな私を置いて逝きおって。 残ったのはこいつだけでは無いか。 腹立たしい。」
「随分な言われようだな。」
「ごめんね・・・。」
そう言うと、プリはただの水のようになって、大地に広がった。
頬笑みながらそう言うプリの姿を、感じさせながら。
「クッ。」
涙を堪えて顔を背けた瞬間、クラスィーヴィも倒れそうになる。
クラスィーヴィも枯渇寸前まで魔力を消耗し、尚且つ魔法の行使で精神も衰弱し切っていたのだ。
その体を素早く抱き止めると、クラスィーヴィは抗って離れようとしたが放さなかった。
「ムゥッ・・・! 放せ!」
「強がりはきかねぇよ。 今送ってやる。」
「余計な事を・・・!」
「強情張って、このあんちゃんまで一緒に死なす気か。」
そう言うと、問答無用で2人をテレポートさせ。
その少し後、壁のなくなった土砂は3人のいた辺りを埋め尽くし、そこで力尽きたのを確認した後、羽ばたきもせずに飛んで見守っていた始原の悪魔も姿を消した。
後日、土砂崩れの報告を受けて調査に来た騎士は、なんだか不自然な形で終わった状態の土砂崩れに驚きながらも、町に被害が出なかった事に安堵した。
それだけ広範囲に渡っていたのだ。
そして、それを阻止した英雄が静かにそこで眠っている事を、知る事も無かった。
沈黙が室内を支配していたが、不意に笑い声で打ち消される。
「ショコラ様?」
「ハッハッハ! やるもんだな。 しかし、これでまた一人消せたし、まあ、良しとしようか。 出来れば土砂崩れで街を飲み込み、数多の命を吸った大地を使って魔獣を復活させようと思ったがな。」
「残念です。」
「まあ良いではないか。 我らが受けた人間どもの仕打ち。 そう簡単に恨みを晴らせてはつまらぬというものよ。 ククククク。」
目を覚ますと、そこはクラスィーヴィの家の寝室だった。
床に寝ていたために、冷えて強張る体に鞭打ちつつなんとか体を起こすと、横のベッドでクラスィーヴィが静かに横たわっていた。
一瞬死んでいるのでは無いかと心配になって、ソッと指を舐めてからクラスィーヴィの唇付近に持ってゆき、確認しようとしたが、まだ、体の感覚が麻痺しているようで、サッパリ分からない。
全魔力を枯渇するまで使った後遺症だ。
ならば直接聞くまでと、クラスィーヴィにかけられていた毛布を捲ると、その胸に耳を押し当てた。
「なんだ。 性的対象にならないんじゃなかったのか。」
「クラス! よかった、死んでいるのかと。」
ホッと安心したが。
「抱きたければ抱くがいい。 今の私は体が麻痺して抵抗できん。 好きにしろ。」
その言い様に、猛烈な不安が込み上げた。
「馬鹿いえ。 そんな強姦じみた事できねぇよ。 それよりプリは?」
「なんだ。 私の初めてをやると言っておるのに、お前らしくも無いな。」
「なにぃ!? ・・・嘘だろ?」
「お前は私を娼婦とでも思っていたのか?」
「いや、そういう問題じゃないだろ。 で、プリは?」
「ユニコーンに触ったら信じてもらえるか? まあ、無理に証明する必要もないが。」
「そんなの今ちょいっとあそこを見れば分かるけどってだからプリは??」
「ならば見たらどうだ? 私は抵抗できん。」
「・・・プリはどうした?」
「ふん。 私の貞操よりプリの方が大事か。 つれないものだな。」
「いや、エルフとする機会はないかもしれんし、興味はあるんだけど。」
「ならやればいいではないか?」
「ああもう誤魔化すな! プリはどうした!? どこだ!?」
ガシッとクラスィーヴィの両肩に手を置き、激しく揺さぶる。
クラスィーヴィが話しを逸らしている時点でなんとなく悟ってはいた。
だから、否定して欲しかったのだ、事実を。
だが・・・。
クラス「放せ。 首がもげる。」
無表情のままそう言ったクラスィーヴィの、閉じた目から零れた一筋の涙が・・・。
リョウ「クラス・・・教えてくれ。 プリは・・・プリはどこだ・・・!?」
もう、結果は聞かなくても分かっていた。
だから、揺さぶる手を止め、改めて抱え上げると、ギュッと抱きしめて泣いた。
クラスィーヴィも、あえて言葉にしなかった。
たった4人の心にだけ、その偉大な功績を残し、プリは密かに逝った。
フィリアは何となく嫌な予感がしたので、その日、プリと感覚を共感し、全てを知った。
やがて、その記憶は子のルウへと伝えられていき。
そして、人々は誰も、その勇者の存在を知る事は無かった。