愚者の舞い 2−12
街道というものは、何も商人や旅人だけが通るわけではない。
軍隊だって通るのだ。
街道を広げれば、それだけ多くの軍勢が通行できるようになるし、食料などの運搬も安易になる。
国と国が争う限り、街道の整備など夢のまた夢だ。
現在、帝国が支配下に置いた4つの町は、大々的に街道整備が行われ、内乱などの鎮圧に大いに貢献している事実もある。
「そっか。 クラスは次の仕事を決めたか。 俺はどうしようかな。 プリは別の奴らと組むって言ってたよな?」
プリが申し訳なさそうに頷くと、リョウは大きく背伸びした。
「俺は気ままに旅暮らししようかな。 暫くは、だけど。」
「いい加減、お前もどこかに落ち着いたらどうだ? お前の行動を見る限り、善行とはほど遠い。 いい加減、ボニート様も愛想を尽かすのではないか?」
「何言ってるんだクラス。 ちゃんと自殺とかしないように、良い思い出になる様に付き合ってるんだぜ? 幸せに成れるひと時を提供しているんだから善行だろ?」
「それのどこが善行だ?」
「はいストップ。 2人ともすぐエキサイトしちゃうんだから。」
プリが笑いながらそう言うと、リョウとクラスィーヴィはため息をついて口論を止めた。
「とりあえず、雨が止むまで足止めかな。」
「そうだな。 わざわざ濡れて行くほど金に困っているわけじゃあないし。」
リョウは国の争いや世界平和に興味はない。
女の子と楽しく時を過ごし、眼前の邪魔を排除できればそれでいいという考えだからだ。
プリは元々永遠の命があるために、長らく誰かと一緒にいる事を避けていた。
人間の姿でいる以上、定まった地に定住する事は危険だからだ。
今回はリョウの呪いの事もあり、また、師匠として拳闘志技術を教えていた事もあり、結果、30年もの付き合いになってしまった。
いい加減潮時だと考えていたのだ。
リョウには秘密にしていたが、ノーブルスライムはハイエルフと一緒で寿命が無い。
正体をなんとなく知られたくなくて、黙っていたが。
「そう言えば・・・。 やっぱそうなのかな。」
不意に思い出し、リョウがそう呟くと、プリが不思議そうに聞いて来た。
「なにが?」
「クラスさ。」
「私がなんだ?」
「雨の時、クラスって不機嫌な事が多いじゃん。 最初はせ○りのせいかと思ってたが、エルフだからなんだな、と。」
「・・・何が言いたい?」
「やっぱ光合成できないから不機嫌なんだなと。」
ズダ〜ン! と、意表を付かれ過ぎてプリと珍しくクラスィーヴィまで椅子から落ちるほどコケた。
「私は植物か!?」
「どうしてそういう発想になるのよ!!」
二人揃って、上半身だけ即座に起き上がり叫ぶ。
「あれ? 違うのか? エルフって植物の妖精だろ? 子供だって種撒いて水かけると生まれてくると聞いたが。」
「あのな。 それだとハーフエルフはどうやって生まれてくるのだ?」
「エルフもドワーフも小人族も、みんな人間と基本的な体の構造は違わないんだけど?」
呆れ果てたと言わんばかりにそう言いながら、2人は椅子を直して座り直す。
「ええ!? そうなのか!?」
「当たり前だ。 根本的な違いは、人間は自然界で作られたが我々妖精は妖精界で生まれただけに過ぎん。 大体、今まで何度も人の水浴びを覗いておいて気が付かんのかお前は。」
「ごめん。 プリしか見て無かった。」
「・・・。」
即答にムカついて、無言で睨み付けながら剣の柄に手をかけるクラスィーヴィである。
「わぁまてまてまて! クラスはその、なんちゅうか、人外の美しさがあって。 水が弾けた時なんて、本当に綺麗で妖精なんだなぁって思って、性的対象にならなかったんだ。」
そう言われると、流石にまんざらでもなく、顔が赤くなってしまう。
「あ、照れてる。」
「うるさい。 そもそも私は性的対象にならんと言っておきながら、何度夜這いしに来たのだお前は。」
「いや〜寝顔が可愛くてつい。」
「・・・プリ。」
「うん。 止めない。」
満面の笑顔でプリがうなっずいた瞬間、リョウは脱兎の如き速さで家から飛び出した。
「さてっと! 夜更かしは肌に悪からねよっと! お休み〜!!」
「チッ。 討ち損じたか。」
本気でやるつもりだった様子に、プリは苦笑いを浮かべるしかなかった。
数日後、クラスィーヴィとプリは、暗闇の中で杯を交わしていた。
二人とも暗視の能力があるので、明かりは必要ではない。
「ところで、お前はどうするのだ? あいつと一緒に旅を続けるのか?」
「その気はないわ。 だって、私が一緒にいたら、あの子、人生を楽しめないでしょう?」
「楽しんでいたら呪いは解けぬと思うが?」
「それはそれで、巡り合う楽しみがあるじゃない。」
そう言って、クスクスと笑う。
「私にはお前の気持ちが分からん。 あいつを好きになる要素が見つからん。」
「あら、気が付いてた?」
「付き合いが長いからな。 まして、好きになった相手を自由にするために別れるなど私には理解できん。」
「だって、一緒になれないじゃない。 どんなに好きになっても。 私はあなたと違って人間との子は産めない。 だから、代わりに思い出はいただいたわ。 時々、本当の人間に生まれたかったと思うけどね。」
「・・・そうか。 辛いな・・・。」
ふと、クラスィーヴィはアクティースの言っていた事を思い出した。
彼女は美しいものが好きで、次第に人間女性を興味の対象とした。
しかし、異種族である彼女は人間と子をなす事は出来ない。
寂しいものだと以前言っていたが、それと同じ感情をプリも抱いているのだろう。
もっともプリの場合は、繁殖でリョウとの思い出を作れるだけアクティースよりましではあるが。
「それにしても、降り続くねぇ。 雨。」
「ああ、そうだな。 だが、晴れ・・・。」
ガタンッ、と、クラスィーヴィは急に立ち上がると、濡れるのも構わずに窓を全開に開け放った。
「どうしたの??」
「お前も自然魔法を使うなら、土砂崩れのシステムは知っているだろう?」
「まさか?」
自然魔法とは、精霊魔法とも似ているが少し違う魔法系統だ。
天候などを司る強大な魔法が多いため、人間では扱えない。
妖精など、極一部の種族のみ扱える特殊魔法に分類される。
「さっき外を見た時に、何か景色に違和感を感じていたのだ。 見ろ、あの雲を。」
見れば霊峰とまで呼ばれ、突き上げた剣のように高い山の大半が厚い雲に覆われている。
プリ「これは・・・やばいかな?」
クラス「そうでなければいいが・・・。 一応晴れたら調査してみよう。」
プリ「雨量次第だもんね・・・。」
しかし、結局二人の願いは天に届かなかった。
3日間降り続けた雨が夜に上がった翌日、見事な晴天になった。
だがそれは、土砂崩れを引き起こす最高の条件にもなる。