ニュートンオンライン
VRMMO×能力バトル!?
最後までお付き合いよろしくお願いいたします。
――高く、高く。
舞い上がったその男は、普通なら重力に従って地面へと落下するはずだ。
だが、彼はその物理法則を無視して舞い続ける。
その下、彼の落下を待ち構えるのは女性だ。両手にダガーを構え、なかなか落ちてこない男を苛立たしげに睨み付ける。
そして、互いの目が合ったのを合図に、男は急速に落下を始めた。
大きく開いていた距離が一瞬で詰まり、交錯する瞬間に派手な金属音が鳴り響く。
そこからは、激しい剣戟が繰り広げられる。
女の方は両手に握るダガーを躍らせ、男に雨あられの斬撃を浴びせかける。
対する男は剣などのいわゆる長物は持たず、ダガーを弾くのは両手に着けた籠手だ。
互いの双手による打ち合い、それは見る者を圧倒する手数で以て続く。
女が刃を振るえば、男はそれを受け止め。
男が拳を突き出せば、女はそれをいなす。
激しい戦いに大きな歓声が湧き上がり――会場は、熱気に包まれていた。
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唸り、吠え、猛る大観衆。誰もが夢中で声を上げ、拳を突き上げ、眼下の戦いに熱い視線を送っていた。
「うおおおお! やべえええ!」
彼、三砂笠もその中の一人だ。ただし、ここでの名前は『ジゾー』という。
「でしょ。めっちゃ面白そうやろ。実際面白いんだわ。」
横で一緒に観戦している友人、酒田正次――もとい、セージがドヤ顔でそう話しかけてくるが、もう頷くしかない。
ここは、とあるVRMMORPGのPVP大会、その決勝戦の会場だ。舞台は近未来の荒廃した日本で、会場は『新国立競技場跡』である。
VRゲームは時代と共に進化を重ね、フルダイブ型のゲームが登場したのは2030年のことである。大型の設備が必要なそれは、アーケードという形式を取ることで一般市民にも手が出る娯楽となった。それでもそれなりのお値段はするが。
そしてその中でも最近、爆発的に人気が出ているのがこのゲーム――『ニュートンオンライン』だ。
新しいVRゲームを始めようとしていたジゾーがセージに相談したところ、このゲームを紹介されて観戦に来ているという次第だ。
その人気の要因が――
「来た来た来た来た来たぁ!」
セージの発言に戦場を見れば、女の方が鋭い蹴りを放つところだった。その脚は男の側頭部を強かに撃ち抜き――そこでピタリと静止する。
ダメージを全く負っていない男に舌打ちをすると、すぐに飛び退いて距離を取る。
『出ました! エデンのPスキル『衝撃の指揮者』! ナッツの強烈な蹴りも、彼の前では通じません!』
実況の声が会場に響き、今の現象に説明を加える。ちなみに、『エデン』が男のプレイヤーネーム、『ナッツ』が女の方だ。
「今のも?」
「そうそうそうそう! このゲームの肝――『Pスキル』!」
――そう、このゲームの最大の魅力、通称Pスキル。正確には『Physics Skill』と言う。
直訳すれば『物理スキル』だが、意味的には『物理法則に関わるスキル』だ。
それは各プレイヤーに一種類与えられ、特定の物理法則を書き換えることができる、というもの。
現実ではあり得ない動きを可能にするそのシステムが、多くのプレイヤーを虜にしていた。
「ちなみに、今の『衝撃の指揮者』は何の法則?」
「あれは『運動量保存則』やな。m1v1=m2v2ってヤツ。今のは、ナッツ姫が生み出した運動量が自分に与える運動量を0にしたってこと」
最近物理の授業で習ったことなので、ジゾーにも何となく理解できた。つまり、自分が運動量を得ない=ダメージを受けないということで、
「……チートじゃね?」
「それがそうでもないんよ。そこがまた面白いんだけど……ほら、見てみ?」
言われて再び戦場を見れば、ナッツが目にも止まらぬスピードで動き回っていた。
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戦場を駆けるナッツは、同じ目線の高さから見れば正に風の如く――生半可な動体視力では、その影を捉えることすら許されなかった。
たとえゲームの中であっても、そのスピードは尋常ではない。
だが、対するエデンの強さもまた尋常の領域には無かった。目でしっかりと彼女を捉え、四方八方から襲い来る斬撃を最小限の動きで防いでいる。
「ふふ、そんなもの?」
だが、主導権はナッツの方にあるようだ。
あり得ないスピードで動きながら、そんな言葉をすれ違いざまに掛けてみせる。
「へっ、いくら速くてもそんな軽い攻撃じゃ永遠に俺は倒せないな」
軽口を叩きつつも、エデンのHPゲージは着実に削られていた。減りが遅いのは事実だが、減っているのもまた事実。
『衝撃の指揮者』で無効化できるのは、打撃ダメージのみだ。『刀の極意は斬る瞬間に引くこと』と言う通り、斬撃は突き詰めれば摩擦による分子の剥離である。
要は斬られたら痛いということで、このままではマズいというのは彼にも分かっている。
「強がっちゃって。打つ手なし、なんて言わないわよね」
「そりゃあな。じゃ、ちょっくらやりますか」
煽るようなナッツの言葉にエデンはそう返し、次の手を仕掛けた。
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観客席からは、ナッツが戦場を凄まじい速度で駆け回っているのが見える。
四方八方から斬りかかる彼女に、時折エデンのHPゲージは削られているようだ。
「な。斬撃は防げないし、お互いPスキル持ってるから」
「なるほど。あの高速移動もPスキルなん?」
セージが引き続き解説を入れ、ジゾーもまた質問を続ける。
「そうそう。ナッツ姫のPスキルは『定まらない加速度』」
「名前めっちゃカッコいいな」
セージが口にしたナッツのスキル名が、ジゾーの中二心を非常にくすぐるが、それは置いといて。
「でしょ。運動の第二法則を書き換えてて、あれは自分が床から受けた力を使ってえげつない加速度を得るって使い方」
続くセージの解説で、その仕組みを理解する。
運動の第二法則――F=maの公式で表され、質量mの物体にFの力を与えると、加速度aで動き出すという法則。
「つまり、3F=maとかにしてるってことか」
「完全にそーゆーこと。まあ、ナッツ姫はPスキルにもそこそこポイント振ってるから、もっと倍率は高いと思うけど」
同じ力で何倍もの加速度が得られるということで、あのスピードにも納得だ。
「ん? Pスキルって最初から一種類のみなんでしょ? ポイントを振るなんてあんの?」
「当然。Pスキルも鍛えんと大して使いものにならんよ、ゲームだし」
ジゾーの疑問に、セージは詳しい説明を始める。
「他のスキルと違って、ポイントを振ってスキルを習得するんじゃなくて。例えばさっきのナッツ姫で言えば、ポイントを振らないとそれこそ3倍とかが限度なんやけど、ポイントを振るとそれが10倍とか15倍とかに出来るようになるって感じ」
「ああ、そーゆー縛りがあるのね。じゃあ、エデンの方もポイントが足りないと打撃でダメージ食らうのか」
「いえす」
『こんなのPスキルゲーじゃん』とジゾーは思っていたのだが、そうでもないようで安心する。
Pスキルが他には無い魅力的なシステムなのは確かだが、それだけで強さが決まるというのはRPG好きのジゾーとしてはあり得ない。
『おっと、これは! エデンの『重力の支配者』だ!』
実況の声で戦場に意識を戻せば、ナッツのスピードが少し遅くなり、エデンのHPゲージがほとんど減らなくなっていた。
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「ちっ……」
女性らしからぬ堂に入った舌打ちで、ナッツは不満を吐き出す。
身体が重い。全身に重りを着けたかのように、彼女の動きは鈍くなる。斬撃の精度もスピードも落ち、受けるエデンには余裕が見えてくる。
「相変わらず面倒くさいわね、あんたの能力!」
「そりゃどうも。俺の唯一の取り柄なんでね」
二人が戦うのは、これが初めてではない。お互いに手の内を知っている仲だ。
故に、ナッツはこの重みが彼の仕業だと知っている。
そして――彼女にとってこの状況が、これから更に悪化することも。
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傍目には、何が起こっているかわからない状況だ。それまで明らかに優勢だったナッツが一転、その勢いを失っている。
だが実況の言葉から推測するに、『エデンが自分の周囲の重力を強くしている』とかだろう。
それはこのゲームのシステムと、ナッツの動きを考えれば何となく分かることだった。『重力を操るPスキル』。それが存在するのは何ら不思議ではない。
しかし――
「あれ? Pスキルって一人一つじゃないの?」
「そうなんやって。アイツはマジで特別なんよ――何故か2つPスキル持ってるんだわ」
ジゾーの疑問に、セージが「ズリぃよな」と答を返す。
「なんで?」
「さあ。運営は『バグではない』って言ってるらしい。エデンもこれ以外の大会には出てないから文句も上がらんし、放置されてるって」
ニュートンオンラインには様々な大会があるが、この大会、『Fighter's Championship』は『自分の実力を試す』ことに重きを置いており、プライズもそこまで豪華ではない。
これがユニークアイテムを賭けた大会だったりしたら、彼はかなりのプレイヤーから恨みを買うところだろうが。
「ふーん。で、この勝負はどっちが勝ちそう? やっぱエデン?」
「いや、どうだろ。お互いまだ様子見って感じだし」
「え、あれで?」
見ている限り、結構本気でやり合っているように見えるのだが。
「そう思うお前はまだこのゲームの本当の面白さを知らないんだわ。たぶん、そろそろエデンがやってくれるで」
ニヤリと笑うセージの言葉を知ってか知らずか、戦場に大きな変化が起こる。
「『グラビティ・スポット』!」
戦場の音は拡大されており、エデンがそう叫んだのがジゾーにも分かった。
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ナッツの予感は当たっていた。
エデンが声を上げた次の瞬間――ナッツの身体が突如不可解な制動不良を起こし、その場で転倒したのだ。
その隙を待っていたかのようにエデンが彼女に飛び掛かり、籠手を装備した拳を問答無用でナッツの頭目掛けて振り下ろす。
モーションにエフェクトが掛かったその攻撃は、ナッツが咄嗟に動かしたダガーで軌道がわずかに逸れた。
しかしその威力の高さにぶち当たった地面が爆ぜ、衝撃に煽られたナッツの軽そうな体は宙を舞う。
そこからエデンの猛攻が始まり、今度はナッツのHPゲージが削られていく。
彼女は体勢を立て直そうとするが、なかなか身体が言うことを聞かない。バランスを取れず、ギリギリ直撃をもらわないようにするのが精一杯だった。
「アンタって、ホント、性格、悪いよね!」
一言ごとに彼の拳を弾きながら、ナッツは恨めしげな声を上げる。
「よせよ、照れるだろ」
「褒めてねえっ!」
ニヤリと笑いながら攻撃の手を緩めない彼に、ナッツは本気で怒りの声をぶつけた。
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「これは……」
状況を見て、ジゾーは困惑する。遅くなったとはいえ先ほどまで見事な体捌きを見せていたナッツが、突然酔っ払いのようにフラフラとバランスを崩しているのだ。
「これがこのゲームの最高に面白いシステムなんやて。その名も『スキルプログラミング』!」
聞き慣れない単語にジゾーが首を傾げると、セージが憎たらしいドヤ顔で説明してくれる。めっちゃムカつくけど。
「Pスキルって、普通に使うと割と単純なことしか出来ないんだわ。思い浮かべたことを実行するだけだから当たり前なんやけど」
言われれば確かに、『自分に加わる運動量を0にする』『自分が受けた力を何倍もの加速度に変える』と、一言で説明できるものしか今まで使われていない。
「そこを補うのが『スキルプログラミング』ってわけか」
「完全にそーゆーこと。対象とか変化量とか、物理法則をどう書き換えるかを先にプログラミングみたいに書いとくんよ。で、それをマクロとして登録しておくと、戦闘中にコール一発で呼び出せるって寸法」
自身も少しプログラミングをかじったことのあるジゾーは、その説明で大体理解ができた。
つまり、その場で状況に応じて使う訳ではなく、あらかじめ自分の戦法に合わせて物理法則を滅茶苦茶にいじっておけるという訳だ。
「何それめっちゃ面白そう。つまりあれでしょ、自分に超有利な異空間創り出すみたいなもんでしょ」
おそらく、今エデンがやっているのは正にそれ。
「よくわかっとんな。まあ他にもいろいろあるけど……ちなみに今エデンが使ってる『グラビティ・スポット』は、自分の周囲の重力を部分的に強くしたり弱くしたりして、相手を思い通りに動けんくするっていう割と最低なマクロ」
「うわ、最低」
ただ重くするだけ、軽くするだけだと慣れが生じてくる。しかしそこを不規則に変化させられたら、思い通りに動けるはずもない。
よく考えられているが、搦め手上等のいやらしい手。なかなかに最低で最高だ。
基本的にはアクションが物を言うこのゲームに於いて、事前に戦術と併せてプログラムを組んでおけるという仕組みは、ジゾーの興味をいたく惹いた。
「そこだけでもやりたいくらいだな。くっそエグいプログラム作りてー」
「ああ、実際それで稼いでるヤツもおるらしいで。同じPスキル持ってるプレイヤーも多いから、便利なマクロ作れば売れる」
セージの補足情報を聞き、なるほどと納得する。ゲームを始めたならそれも検討しようと皮算用しつつ、
「あー、でもこれやっぱPスキルゲー?」
その懸念が頭を過る。
「それがそうでもないんやて」
ニヤリと否定した言葉と共に、セージが戦場を指差す。
視線を戻せば、また状況に変化が訪れていた。
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いい加減体勢を立て直したナッツが、大きく後ろに後退する。
彼の能力の範囲から逃れ、離れたそのまま構えると――
「はああああっ!」
次の瞬間、吶喊を上げ一瞬にして開けた距離を詰め直し、ダガーを振り抜く彼女の姿があった。彼女の動いた後にはエフェクトが残り、美しい軌跡を描いている。
エデンも反応はしているが、強烈な一撃に大きく吹っ飛ばされた。
彼女は、好機とばかりに追撃の構えに入る。
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「な? 今みたいにゴリ押しも出来るんだわ。移動のBスキル『ブーストダッシュ』、ダガーのAスキル『ブロウスラッシュ』、Pスキルで更にブースト……今のは、ゴリ押しっていうかプレイヤーの技術だけど」
エフェクトが残る動きはAスキルかBスキルだというのは、戦いが始まった直後に聞いていた。
ちなみに、Aスキルは『Arm Skill』で武器攻撃のスキル、Bスキルは『Body Skill』で肉体のスキルだ。この他に、戦闘にはあまり使われない『Common Skill』、Cスキルも存在する。
「それにPスキルは戦闘を有利に進められるけど、ダメージソースとしては微妙なんだわ。Aスキルか攻撃系のBスキルがクリーンヒットした時が一番ダメージ入るから」
「なるほど。つまり、Pスキルはバフ・デバフスキルの代わりみたいなもんなのね」
RPGではお馴染みの味方を強化したり敵を妨害したりという部分を、このゲームはPスキルで行うということだ。
「まあそんな感じ。――次は姫のターンかな」
セージの言う通り、ナッツが吹き飛ばしたエデンに追撃を掛けている。
彼女は逆手に持っていた左手のダガーを順手に持ち替え、右側の腰だめに双剣を構えていた。
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「『ブロックスマッシュ』」
ナッツの呟きと共にエフェクト付きで放たれた二連撃は、一撃目でエデンのガードを不自然なほど勢いよく跳ね上げる。二撃目は彼の胴体に到達し、のけ反って躱そうとする彼の胴を浅く撫でた。
赤くダメージエフェクトが刻まれたエデンは、直撃でないにも関わらず今までで一番大きくHPゲージを減らされている。しかもナッツの攻撃はそこで止まらない。
ダガーを振り抜いた体勢からさらに身を回すと、やはりエフェクトを纏った後ろ回し蹴りが放たれる。
猛烈な勢いで突き出された左脚が、エデンのがら空きのボディーに突き刺さった。
「……反応早すぎ」
「……お前は足癖悪すぎ」
だが、顔をしかめたのはナッツの方だった。エデンもしかめてはいるが、ナッツのそれに比べれば可愛いものだ。
二人は同時に飛び退くと、距離を開けて睨み合った。
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息の詰まるような攻防が終わると、セージがふう、とため息を吐いた。
「やっぱナッツ姫はスキルの使い方が上手すぎんな。マクロとAスキルの同時使用、からのBスキルでコンボとか」
「え、今のもマクロ?」
ジゾーの目には、普通にAスキルを発動したようにしか見えなかった。確かにコールの声は聞こえたのだが、エデンほど劇的な変化は確認できない。
「そやで。最初のAスキルは『ダブルクレセント』って普通の二連撃なんだけど、一撃目でガード吹っ飛ばしたっしょ。あれは『ダガーが触れたものに通常の何倍もの加速度を与える』ってマクロだね」
「へー。それってマクロ使うほどなん?」
セージの解説に半分納得するが、残った疑問をジゾーは口にする。
「対象の指定が結構曲者なんよ。『触れた物』とか『自分の周囲』とかならいいんだけど、『自分の触れた物が触れた物』っていうのはマクロ無しの指定が難しいんだわ。視認指定だとMP消費激しいし……」
「ふーん?」
正直突っ込んだ話過ぎて何を言ってるかほとんど分からないが、要するに『あの挙動を実現するならマクロを組むのが普通』ということなんだろう。
その辺は、プレイするなら追々理解していけばいい。
「でも、エデンもさすがだわ。マクロをさっさと解除して、最後の『バックスタンプ』は『衝撃の指揮者』で防いでる」
言われてエデンのHPゲージを見てみると、確かに最後の蹴りのぶんは減っていないようだった。
「でもまあ、そろそろ決まるかな」
「そう? なんで?」
「勘」
「あ、そ……」
適当も甚だしいが、セージの勘は異様なほどに当たる。
気を引き締めて戦場に目を凝らせば、二人が一斉に動き出して猛烈な打ち合いが始まった。
*************
打ち合いは、苛烈さを増していく。
おそらくナッツはマクロを使い続けているのだろう、エデンの腕は時折勢いよく弾かれている。
しかし、それに慣れてきた彼は吹き飛んだ腕を即座に復帰させ、ラッシュを継続している。
一進一退に見える攻防は、しかし唐突に終わりを迎えた。
エデンが放ったアッパー気味の拳が、ナッツのダガーを上空へと吹き飛ばしたのだ。
しかも、吹き飛んだそれは速度を落とさずにどんどん遠ざかっていく。
エデンがPスキルを使い、ダガーに加わる重力をゼロにしたのだ。それと同時にダガーを跳ね上げれば、手から離れたそれは二度と戻ってこない。
使い慣れた武器であればあるほど、急激な重量の変化は動揺をもたらす。
武器を一本失ったナッツは、当然の如く急激に押され始めた。
『おおっと、ナッツこれは痛い! このまま決着となるのか!?』
実況が思い出したように声を上げ、ナッツの敗北を、エデンの勝利を匂わせる。
その声と同時、ナッツは飛び退いて距離を開けた。そして残りのダガーを目の前に放り上げると――それを思い切り殴りつける。
Pスキルによる加速度の爆発的増加。弾丸の如く飛び出したダガーは、エデン目掛けて襲い掛かる。
正に目にも止まらぬ攻撃。しかしエデンはそれをナッツの挙動から予測していた。
普通なら避けられないような速度のそれを回避し――直後に迫るナッツを見落とした。
ナッツのBスキルによる強烈な拳が突き出され、エデンの鳩尾にめり込む。
残りのHPゲージの大半を霧散させながら、エデンの身体は大きく吹き飛ばされた。強烈なダメージに弱スタンが入り、彼はそのまま動かない。
ナッツは、そこで油断するような愚は犯さなかった。
復帰の隙は与えない。勢いを落とさず突き進み、エデンに止めを刺す一撃を準備する。
エデンの目前に迫り、拳を振り上げる彼女の身体を――
――上空から振ってきたダガーが、貫いた。
「な――」
上空に飛んでいったはずのダガーは、エデンが重力を復活させたことによって帰ってきたのだ。彼の狙い通りに。
胴体を貫かれた彼女は、驚愕の声を上げながらよろめく。会場中が驚きに包まれる中、スタンを抜け出したエデンが起き上がる。
立ち上がる彼に、彼女は歯を食いしばりながら再び拳を構えた。
お互い、HPゲージは残り僅か。あと一撃入れた方が勝利する。
同時に突き出した二人の拳が交差し――
ナッツの拳が、エデンの顔面を先に捕える。
「――っ!」
だが、彼のHPゲージは減らなかった。
「『衝撃の指揮者』」
ニヤリと笑う彼は、自分のPスキル名を呟いた。
諦めの微笑を浮かべるナッツに、エデンの拳が届き――
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『決着です! 第3回Fighter's Championship、優勝はエデンです!』
ナッツのHPゲージが0になると同時に、派手な演出とアナウンスでエデンの優勝が宣言された。
拳を掲げるエデンと、彼に拍手をするナッツの二人に、惜しみない拍手と称賛の声が送られる。
ジゾーとセージはと言えば、席から立ち上がって思わず叫んでいる。
「うおおおお! 二人とも超すげー!」
「ナッツ姫ー!」
「そう言えばお前、そのナッツ姫ってなんなん」
「ナッツ姫はナッツ姫や。」
「それ以上でもそれ以下でもない。」
「完全にそーゆーこと」
下らない話を交わしながら、ジゾーは思った。
知恵と技術を駆使しつつ、戦闘の快感も味わえる。Pスキルは奥が深そうだし、他のスキルと組み合わせれば可能性は無限大だ。
そして何より――あの二人は、カッコよかった。
彼の運命を大きく変えたのは、今日という一日だったに違いない。
彼は翌日から早速プレイを開始し、このゲームで――そして、現実でも――壮大な冒険を繰り広げることになる。
そして――その先に待ち受ける運命を、彼はまだ知らなかった。
――――END――――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
こちらの作品は、白井直生『一人連載会議』の参加作品となります。詳細はページ最上部(タイトルの上)の『一人連載会議』をクリックしていただければと思います。
この作品を少しでも面白いと思っていただけましたら、是非応援のほどよろしくお願いします!