醜悪の勇者
「・・・なるほど、かなり難しいですね」
――――勇者と対峙する前――――作戦を伝えられたフロワは、深刻そうな顔をしてそう言う。
「あぁ・・・だが、簡単にする方法がある」
自信満々にそう言うラブに、何故?とフロワは返す。
ラブはニッと笑うと
「今から術式なしで、この皿の上に氷を出してくれ」
「術式なし――――!?」
しかし、「絶対できる」というラブの言葉を信じ、とりあえずやるだけやってみようとする。
手のひらを皿に向け、氷を出そうとする――――その結果に、ラブはまるで勝ちを確信したかのように口角を上げ笑っていた。
***
氷のドームの上でフロワは思う。
まさか――――魔法を使うのに術式がいらないとは・・・
勇者だけの特権だと思い込んでいた魔法の使い方――――しかし、あまりにもあっけなく使えてしまったこの方法に、今まで実験しなかったことを悔やむ。
勇者を飛ばした位置に氷のドームを作り、ラブとの二人きりにする――――確かにフロワの魔力があればそんなことは容易だった。しかし、ドームには光が入るように所々隙間を入れないといけない。その細かい工程を一瞬でやってのけることは、容易ではなかった――――
――――本当に、できたことが奇跡に近いですよ・・・
ほぼ初めての術式なしでの魔法――――ラブが言うには初めてではない魔法。
それでこんな複雑な物で丈夫な作るのは、赤ん坊がチェスをするのと同じぐらい難しいものなのだ。
だからこそ思う――――奇跡だと。
しかし、そんな悠長なことを考えている暇はないと、再びドームの隙間からラブと勇者が戦っている光景を見る。
――――再び、ラブが術式を構えるのを待ち、魔法を使うために。
***
――――しかし、まずいことになった。
剣を抜き、『絶対殺すマン』な柊を見て計算違いだと内心ラブは思う。
――――まさか、こんなに早く壁が壊れないことを確認されるとは――――
柊は剣を持ち、躊躇なくこちらに向かってくる。
そしてラブに向かって柊は叫ぶ――――「ラブ・シャフマン!動くな!」
――――展開が想像以上に早すぎる――――だが、好都合だ!
「動くな」という柊の声を無視し、ラブは軽々とその剣を避ける。
所詮、素人の剣捌き――――避けるのは簡単だ。
しかし、柊は避けられたことに――――自分の命令が効かなかったことに驚きを隠せずにいる。
「おいおい、まさか避けないなんて思ってたんじゃないだろうな?」
ラブは動揺する柊に、嘲笑という名の笑顔を向けてそう言う。
一方、柊は内心こう思う――――何故言うことを聞かない!?と――――
そう、何故避けられる。ではなく、言うことを聞かないなのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!ラブ・シャフマン!動くなああああああああああ!」
柊は再びラブに向かって走ると、剣を振りかぶる。
しかし、ラブはそれをヒラリと避けると、留守になっている左手を掴み――――
「『腕相撲』、しようぜ」
そう言って、ラブは容赦なく柊を投げ飛ばす。
勢いに身を任せるしかなかった柊は、そのまま地面にぶつかり「ぐぇ!がぁ!」と、嗚咽にも似た声を出してしまう。
――――何故?!何故だ!?
柊は胸を激しく強打したらしく、自分の手で胸を押さえ、むせ始める。
「何をそんなに驚いているんだ?ただ――――お前の言葉を聞かなかっただけなのに」
――――この男、柊が今まで戦ってこれた理由――――そして、町の住民たちが異様なほど勇者という存在を崇めていた理由だ。
それは柊の能力――――『洗脳』によって作られた、でまかせの信頼。でまかせの力だ。
夜に町の住民から聞いた話では、勇者を慕い始めたのは柊がこの町に来てからすぐ――――ではなかったらしい。しかし、放送を通した勇者の華麗な演説を聞き、そこから勇者を慕い始めた――――しかし、奇妙なのが勇者を慕い始めたのが全員同じタイミングということだ。さらに、その演説を聞いた全員がその内容を覚えていないらしい――――あまりに奇妙だ。
あらかた、「自分のことを丁重に扱え」とでも命じたのだろう。そして最後に、この内容を忘れろとでも言ってしまえば、自分が『洗脳された』と思うやつはいなくなるということだ。
そして力の正体。相手に「動くな」という一言で動きを封じ、武器で殺す――――実に簡単だが強力な手段だ。
だがしかし、そこで疑問が生じる。
本当に『言葉だけで洗脳できる』のなら、イシュタルやフロワだってその洗脳にかかっていたはずだ。
つまり――――この『洗脳』は相手を指し示すような、名前のようなものが必要になるということだ。
――――しかし、相手に「死ね」と命じれば殺せるのにも関わらず、それをせずに「動くな」と命じるのは、自分で手柄を取りたいからなのだろうな。
結局のところ、それも「認めてもらいたい」「評価されたい」といった承認欲求の強い、柊の性格が出ているのだろう。
投げ飛ばされた柊は、未だに相手が自分の能力に気づいていることに気づく様子はなく、ひたすらに疑問で頭がいっぱいになっていた。
何故だ何故だと思考を繰り返し、一つの結論に直感的にたどり着く。
――――まさか、偽名――――?!
「ならば」と柊は、ラブに向かって――――ラブと名乗る男に向かってこう叫ぶ。
「今、僕の目の前にいる男――――!そこを動くなぁ!」
その言葉を聞き、ラブはピタリと制止する。
「ふっ・・・はっはっはっは!これで僕の勝ちだ!」
その光景をしっかりと目に焼き付け、柊は落とした剣を拾ってラブの方へと向かい、走り出す。
刹那――――
「ぐあああああああああああああああああ!」
右足が激しい冷たさと痛みに襲われる。
目を向けると、そこには氷柱が脚に――――太ももを貫通して突き刺さっていた。
「足がぁ!足があああああああああ!」
痛みに悶え、涙混じりに叫ぶ柊から目線がそれたことに気づくと、ラブの体は動けるようになる。
柊の脚に突き刺さった氷――――その発射元となったラブの膝には、術式の跡が残っていた。
「まさか想定していないとでも思ったか――――?」
確かに、柊の『洗脳』には相手を指し示すものが必要だ。しかし、それが名前だけだと限られたものではない。もしそうならば、柊は演説の時に住民一人一人の名前を言わなければならなかったはずだ。
ならば柊は、確実にこちらの動きを止める言葉を選ぶはずだ。それならば対処できる用意をこちらもしておかなければならない。
そして、逆に動きを止めた相手に向かってラブは言う。
「自称勇者、気分はどうだい?」
これ以上ない現実と煽り言葉を言われ、柊は悶えながらもラブに反撃しようとする。
「今、僕の目の前にいる男――――」
そこまで言ったところで、再びもう片方の足に氷が突き刺さる。
その言葉は言わせないとばかりに。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
「よく聞け、次にその言葉を口にしたら命はないと思え」
その言葉を聞き、柊は恐怖と同時に理解する。
――――この男は、自分の言葉に効力があることを理解している。
そう思うと背筋がゾッとする。
能力がバレた、対策もできない。なにも――――できない。
改めて柊は、自分の命がラブという男に――――目の前にいる男に自分の命運がかかっていることを理解する。死にたくない。
死にたくない死にたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
「――――おい、うるさいぞ」
そう言って、ラブは柊の剣を容赦なく柊の腕に向かって突き刺す。
「あぁ!がっぐあ!」
どうやら気づかない間に声に出していたらしく。
だが、たったそれだけで躊躇もなく人を刺すラブに、柊は恐怖のあまり歯をガタガタと鳴らしてしまう。
こんなにうるさくしたら――――また刺されるかもしれない。それがたまらなく怖く、必死に抑えようとするが、自分の死を痛みとして徐々に実感する柊はその恐怖に耐えることができず失禁してしまう。
下半身からとめどなく液体は溢れ、止まることを知らない。おかげで柊の履いていたズボンはぐっしょりと濡れてしまう。その光景は醜く、町にいる人たちにはとても見せられないものだった。
「・・・まあいい、とりあえず聞けよ」
あまりにも醜悪に満ちたその光景を見ても、ラブは顔色を一つも変えずに、何事もなかったかのように柊に問う。
「――――お前は、この能力を捨てる気はあるか?」
「――――んあ?」
柊は、ラブの質問の意図を理解できなかった。
能力を捨てる――――?何故そんなことを聞くのだろうか。
そもそもそんなこと、できるわけが――――
「できるぞ」
――――!?
ラブはまるで柊の考えたことを見破るかのようにそういう。
あくまで毅然として答えるラブには嘘の色がまったく見えず、まるで本当に能力を捨てられるように感じられる。
――――だが
「・・・だ・・・」
「ん?」
「嫌だ・・・!捨てたくない!もう底辺にはいたくない!嫌だ!嫌だ!嫌だぁ!」
まるで子供のように駄々をこね始める。
ラブは「そうか」と、どこか残念そうにいうと――――
「なら、盗るしかないな」
そう言って、柊の頭を鷲掴みにしそのままの状態で動かなくなる。
柊はその状態をまったくとして理解できていなかったが、急な脱力感に襲われ――――そのまま気絶という形で眠りに入ってしまった。