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彼女のカクシゴト

――――さて、もしもこの世界が物語なら――――、

誰かが今もなお書き続けているような、まるでラノベのような世界なら・・・・、

間違いなくこの展開は――――、


――――ラッキースケベ展開・・・・!!


だが違う。現実はそう甘くはないのだ。

この展開は決してラッキーなどというものではない。少しでも手を出してみろ、即警察の御用達だ・・・・まぁこの世界にそんなものがあるのかも微妙なところだが・・・・。

警察に捕まるだけならまだましかもしれない・・・・だが、状況が状況だ。これが原因でまともなチームワークがとれなくなったらそれこそ終わり、ゲームオーバーだ。

ならばここで行動する策は一つだけだ――――。


「もしかしたら宿の空きとかまだあるかもしれないし、俺はそこに泊ってくるよ。金は使っちまうけど申し訳ないな、じゃ!」


そう言ってラブは袋を持ち、扉に手をかける。


「い、いえ!全然大丈夫ですので、どうぞ泊まっていってください・・・・」


――――んなこと言ってもお前・・・・動揺隠しきれてないだろうが――――!


顔を真っ赤にし、勇気を振り絞って言ったミハイロフからは、大量の汗が滝のように流れていた――――


◇◇◇


「どうぞ・・・・素朴な物しかありませんが・・・・」


「あ、あぁ・・・・」


ミハイロフはそう言って料理の乗った皿を目の前におく。


「悪いな・・・・泊めてもらうわけなのに椅子も机も使っちまって・・・・」


「いえ、一応ラブさんも客人という扱いなわけですから・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


会話を終え、静寂が部屋に満ちる。


――――気まずい・・・・今夜は稼いだ金で宿に泊まる予定だったんだ・・・・なのに、これも全部柊のせいで・・・・!


行き場のなくなった感情を怒りとして、ここにはいない勇者にぶつける。

とりあえず料理を食べようと手を伸ばすと――――、


「あ、あの!」


ミハイロフが気まずさに耐えきれなくなったのか、口を開く。


「お風呂なんですが・・・・この家を出て真っすぐ行ったところに一応湖があります。この家には浴場がないので・・・・」


「あぁ・・・・そうか、それじゃあ食べ終わったら行かせてもらうよ・・・・」


湖か・・・・家に出てまっすぐって言うと・・・・ちょうど落ちてきたあたりの――――、


どのあたりの場所かを思い出しながら、あの時の状況も一緒に思い出す。


「・・・・って、そこ俺が行っても大丈夫なのか?落ちてきた――――いや、あのとき必死に何か隠そうと脅してきたけど・・・・」


「・・・・あっ!」


おそらく勢いで言ってしまったのだろう。ミハイロフは「えぇと、えぇと」と必死にごまかす為の言葉を探す。

しかし、もう無理かとあきらめがついたのか「ハァ」とため息をつくと


「・・・・と言っても。もう隠そうとしていることもバレてるんですよね・・・・」


そう言ってミハイロフは何かを決心したように顔を上げ、こちらを見つめる。


「ラブさん・・・・付いてきてください」


ミハイロフは扉を開き、日が落ちきった道を歩き始める。

ラブも椅子から立ち上がると、静かにその後をついていく。

街灯もないこの道を、月明かりだけを頼りに歩く。


「・・・・・・」


――――やはり星の位置も違う・・・・だが、限りなく地球から見える星と似ている・・・・不思議だ。


大空に広がる星を眺め、地球から見える星との違いを見比べる。


――――北斗七星らしきものもあるな・・・・そうだ。


ラブはずっとポケットに入れていた板状の物体――――スマホを取り出すと、ロック画面で時間を確認する。


――――やはり時差もなさそうだ・・・・ということは星の形や環境自体はほぼ同じだと考えていいな。


スマホから溢れた光に気づいたのか、ミハイロフは振り向きジッとこちらを見る。


「・・・・それ、なんですか?落ちてきたときにも持ってましたよね?」


「あー・・・・説明したいのは山々なんだが、残念ながらできない事情がある。灯りに使っていいから勘弁してくれ」


「そうですか・・・・」


そう言ってさりげなく隣に移動し、足元を照らしながら歩く。

自分が落ちてきた場所も通りすぎ、徐々に目的地に近づいていく。


「・・・・ラブさん」


ミハイロフが急に立ち止まり、深刻な顔をしてこちらを見る。

ラブもそれを察して立ち止まり、ミハイロフのほうを向き話を聞く。


「・・・・私たちは今日あったばかりなんですよね・・・・」


「そうだな・・・・」


「それでも結構色々あって、今日という一日だけで何度も驚かされました」


「・・・・・・」


「正直、私は今日がとても楽しかったです」


「・・・・俺もだ」


「ですが、私たちはまだお互いのことを全く知らないんです」


「・・・・・・」


――――お互いのことを知らない。だからこそ相手のことを知りたい。そう思うのは普通だ。

しかし、それとは反対に自分の秘密をばらすという行為はとても不安なのだ。

もしかしたら嫌われるのでは、もしかしたら受け止めてくれるかも。

もしかしたら・・・・。


その「もし」の連鎖が、不安から恐怖というとてつもなく大きい化け物に変貌するのだ。

そして、今ミハイロフはその連鎖の渦の中にいる。

それもあってまだ一日も経っていない相手だ、その不安と恐怖は通常よりもはるかにでかいはずだ。


きっと今ミハイロフは―――――、


「・・・・この先に湖があります。もうわかっていると思いますが、私はそこで隠し事を終えたいと思っています」


――――無理しなくてもいいぞというのは、勇気を出したミハイロフに対して失礼だろう。


「・・・・そうか、ありがとう」


ラブが言えるのはたった一言だけだった。

自分を信じ、秘密を打ち明けてくれるということに。

未だに隠し事をしているラブに対し、それでも信じようと思ってくれたミハイロフに。

ラブは「ありがとう」と感謝することしかできなかった。


◇◇◇


再びスマホの光で足元を照らしながら歩き始める。

少し進むと、樹海のように森が生い茂っているところに付く。

ミハイロフは「こっちです」と言って、葉のついた木の枝を掻き分けながら案内する。

その案内通りに進むと、そこには月明かりで青白く光るでかい湖があった。


「ここが湖です」


ミハイロフはそう言うと「付いてきてください」と言って、湖の淵を歩く。

途中で止まると、目の前に覆いかぶさっている葉をどかし「そして」と続ける。


「これが私の両親の墓石です」


そこには、おそらく手作りであろう墓石が建っていた。その石には、ラブには分からない文字でおそらく両親の名前であろう文字が彫ってあった。


「私の両親は、私が11の頃に亡くなりました。病死でなければ、もちろん寿命でもないです」


「・・・・ということは、殺されたのか?」


「――――はい」


――――なるほど、それであの家には親らしき人物が見当たらないどころか、親がいたような痕跡すらもなかったのか。


「・・・・犯人は?」


――――これがミハイロフが隠そうとしていた秘密ならば、きっとそこに人を疑うようになった理由がある。

人が信じられなくなり、ナイフで脅すまでするような人間になった理由が。

ならば犯人はきっと、自分の信頼していた人間だろう。それも、かなり信用を置くような――――、


「・・・・犯人は私の兄でした」


――――やはり身内の人間だったか・・・・。

「私の兄はいたって真面目な人間でした。4つも年上だったので、よく勉強や戦闘技術を教えてもらったのを覚えています」


「・・・・だが、何故それを隠していたんだ?」


確かに肉親に親を殺されるというのはかなり辛かっただろう。それも最も信頼を置いていた人間に――――

しかし、それは隠す理由にはならない。わざわざこの場所に近づけないようにする理由に、わざわざ墓石を手作りで、しかもこんな森の中に隠すように作る理由にはならないのだ。


「・・・・私の兄は、自分の手で両親を殺したわけではないんです」


今まで坦々と話していたミハイロフの顔が曇り、徐々に険悪な顔つきにへと変わる。


「自分の手で殺さず・・・・もっと悪質で、最悪な方法で・・・・」


ミハイロフは下唇を噛み、その怒りをあらわにする。自分の両親を殺した兄に対するどうしようもない怒りを


「兄は、ありもしない罪を両親に着せ、法によって殺したんです」


「ありもしない罪・・・・?」


「・・・・罪状は殺人です・・・・王を殺したと、そう言われました。両親は私をなんとか逃がし、そのまま国の人たちによって裁かれました。兄は密告したということで見逃され、今は何をしているかもわかりません」


――――なるほど、だからミハイロフはここまで自分を隠していたのか。

バレたら捕まるから、殺されるから、隠さざるを得なかった。


「そして、その国の人たちはまだ私を探しているかもしれません。だからこの墓があることがバレれば、私がこの場所にいると言っているようなものなんです。その逃げた少女が私だとバレれば、親が死んでまで私を逃がした意味がなくなるんです」


「だから」とミハイロフは続ける。


「私は・・・・ラブさんがその国の人たちではないと言い切ることができません」


ミハイロフの手は震え、緊張と不安で頭の中がいっぱいになる。

聞かなければいけない、だが聞きたくない。

もしラブがその人間の一人なら、ここで殺さなければいけない。自分がここにいたという事実を隠さなければいけない。

しかし、たった一日でも信頼を置いた人間を殺すのは・・・・再び信頼できる人間を失くすというのは――――、


「ラブさん・・・・あなたは、私を捕まえようとする人間の一人ですか・・・・?」


ミハイロフはラブを見続ける。

見逃さないように、嘘を言っても見抜けるように。

ミハイロフはラブの返答を待ち続ける。

自分の敵ではないと完全に理解するために、自分が信頼する人間を疑いたくないから。


ラブはその話を聞き、ゆっくりと口を開く。


「俺は・・・・」


体温が上がっていくのが分かる。自分が緊張しているのが分かる。

どんどん心臓の音は高まり、不安で満ち溢れているのが分かる。

聞きたくない。聞きたくない。だが、聞かなければいけない。


しっかりと目を開き、目の前にいるラブの表情を見る。


「俺は・・・・そんな話は知らない。そんな少女を知らない。・・・・その目でしっかりと確認しろよ?」


ラブは笑顔でミハイロフにそう言う。

その顔は――――、


「嘘じゃ・・・・ない」


あまりの緊張にどっと疲れが出たのか、ミハイロフは尻餅をついてしまう。


「・・・・って大丈夫かよ」


尻餅をつき、呆然としているミハイロフにラブは手を差し伸べる。


「・・・・そういえば初めて会った時もこんな感じだったな。状況は逆だけど」


「・・・・本当ですね」


ミハイロフは涙含んだ笑顔で差し伸べられた手に手を置くと、そう答える。

その顔は、うれしさに満ち満ちた――――

今日二度目の心からの笑顔だった。


――――本当に・・・ここまで幸せな気持ちになるのも久々ですよ――――


ミハイロフは内心でラブに感謝しながら、自分が偽名を使っていたことを思い出す。


「・・・・ラブさん」


「なんだ?まだ隠していたことでもあったか?」


「――――はい!ありますよ!」


茶化すように聞いたラブに、ミハイロフはどこか自慢げに答える。


「私の本当の名前は、『フロワ』!フロワ・ダーニーです!」


「!・・・・そうか」


自分に対して本当の名前を明かしてくれたミハイロフ――――フロワに驚きながらも嬉しく思う。


――――完全に吹っ切れたって顔してんな・・・・。


幸せそうなフロワの顔を見て、どこか自分も幸せになる。


――――俺も・・・・この秘密をばらせたらどれだけ楽か・・・・。


どこかでこの光景を見ているだろう。そいつに対し若干の憤りを覚えながらも、それすら無駄だということを残念に思う。


「そういえば、この湖で体を洗うわけだが・・・・」


ラブは一つの疑問が頭に浮かび、指を湖の水に浸ける。


「・・・・って冷たっ!これで体洗うのかよ!」


「あ、そういえばラブさんは魔法を知らないんでしたよね。私はいつも炎の魔法で温めてるので・・・・温めましょうか?」


「・・・・いや、いいや」


ラブは何か思いついたような顔をすると、近くに生えている大木を触る。


「・・・・俺は今から、この木と『腕相撲』をする!」


「・・・・へ?」


急に変なことを言い出したラブに対し、フロワは思わず声が出てしまう。


「まあ・・・・いいから見てろって」


ラブはそう言うと、まるで本当に今から木と腕相撲をするかのように体勢を変える。

「フンッ!」と力強い声を出すと、思いっきり木を倒すように腕に力を込める。

木はその力に耐えきれなくなり、ゆっくりと――――、


木は、大きな音を出し倒れる。


「なっ・・・・!」


「・・・・思った以上に疲れたな・・・・」


そう言って、ラブは根っこごと倒した大木を上から眺める。


「フロワ!これを燃料にして焚火するから手伝ってくれ!」


「・・・・それは構いませんけど・・・・何したんですか・・・・?」


人間の体の何倍もある大木を倒したのにも関わらず平然としているラブに、フロワは疑問しか浮かばない。


「・・・・何って・・・・『腕相撲』って言っただろ?」


「いやいやいや!腕相撲でも限界がありますよ!こんなの人ができるレベル超えてますって!」


「・・・・まあ色々事情があるんだ。簡単に言えば、今日鍛えたからできたってだけだ。それ以上は聞かないでくれ」


「・・・・わかりました」


――――やはり、隠し事ってのは気持ち良くないな。


話したいのに話せないという状況に、話してもらえないというフロワの残念そうな顔に、どうしようもない申し訳なさを感じながら、ラブは笑顔で「ごめんな」とフロワに言った。

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