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酒と店主と男と女

ポケットからスマホを取り出し、位置を再度確認して目的地へと向かう。

その場所は自分が空から降ってきた場所であり、自分があの少女――――フロワと初めて出会った場所だった。


――――本当に、人の死というのはあっけない。


さっきまで自分の後を着けていた人物が、さっきまで元気に走っていた人物が、不意打ちを受けるという形で、それも自分を庇うという形で死んだのだ。確かに、自分はこの世界に居続けられない。いつか別れの時は来る。それに、たかだか人が一人死んだ程度だ。虫を踏み潰すのと同じで、食べ物を獲るのと同じで――――勇者を殺そうとするのと同じで。


ラブにとってそれらの価値は同じだった。平等だった。

だが、その感情は明らかに自分の価値観とは相反するものであり、複雑に絡み合った感情は自分ですらどうすることもできない。

ただ俯きながら前を進む。


町の住民たちの洗脳はとけているのだろうか。


噴水の横を通ったため、チラリと横目で見る。

しかし、そこには勇者への祈りをささげる者はおらず、それどころか人は一人もよりついていなかった。


その光景に若干の安心を感じながらも、もはや自分には関係ないことに気づき、足早と先に進む。

目的は勇者の討伐だけだ。そこに住民の洗脳をとくといった内容は含まれていない。

わざわざ勇者の能力を奪って『洗脳』の能力を消した理由は――――

そこには、またフロワの存在があった。

勇者がいなくなった町でフロワが活躍できるように、フロワが充実した生活を送れるように、フロワが――――


やはりそれは自分の考える人間平等主義の価値観を破壊するものだった。

しかしその感情がなんなのか、自分がここまでフロワに対して特別感を抱いているのは何故なのか。

それに対する答えは見つからず、ただこの世界からさっさと移動しようとだけ考えて思考を切り替える。

すると――――


「おい、何をそんなに落ち込んでいるんだ?」


突然後ろから声をかけられ、振り向くとそこには


「・・・イシュタルの爺さん・・・」


「そういえば、ちっこい坊主を見かけねぇな。喧嘩でもしたか?」


「・・・」


痛いところを突かれ、思わず言葉に詰まってしまう。

だが、わざわざこの爺さんに話すこともないか。


「なぁに、もう俺はこの町を出ていくもんだから別れを告げただけだよ」


「・・・」


イシュタルはその言葉を聞くと「そうか」と一言言って後ろを向く。


「ちょっと付いて来いよ、坊主の知り合いってことで一杯おごってやる」


そう言ったイシュタルの後ろを無言で付いていく。

イシュタルは自分の経営している酒場に入ると、後ろに付いてきたラブに椅子に座るように催促する。

椅子に座っていると、机の上に酒のようなものが入った木製のコップが置かれる。

するとイシュタルが自分の分のコップと酒を持って隣に座り、コップに酒を注ぎ始める。


「――――坊主は・・・死んだのか?」


この話が本題だったのだろう。ラブは「あぁ」とその問いを肯定すると、「そうか」と返しそれ以上は言及しないでくれる。


「・・・俺は、昔に仲間を殺したんだ」


「・・・」


「別にやりたくてやったわけじゃねぇ、その仲間が殺してくれと言ったんだ。魔物に襲われ、大きなけがをした自分を恥じ、『殺してくれ』と言ったんだ」


「・・・」


「ただ、殺した相手が悪かった。そいつは一国の王子でな、殺した俺は国から追われ、今じゃ偽名を使っている」


――――なるほど、それでイシュタルは偽名を使っていたわけか。

この話を聞いた後ならば、柊の洗脳が効かなかった理由も見えてくる。

おそらく柊は、最初の『術式を使わなければ魔法は使えない』という言葉を『この話を聞いた者全員』に洗脳をかけ、次の『自分を慕え』という言葉の時に『この町の住民』を対象にしたのだろう。

そして、洗脳ができていないものを自然な会話になるように名前を聞き出して洗脳する。

この方法ならば、イシュタルとフロワだけが洗脳されていない理由が辻褄があう。

他にも、たまたまフロワとイシュタルがその演説を聞いていなかった場合を考えたが、この説が濃厚だろう。

だからこそ、フロワは術式を使わなければ魔法を使えないと信じ込んでいたにも関わらず、勇者のことを毛嫌いしていたのだろう。


――――それにしても


「その王子・・・ずいぶんと自分勝手だな」


「・・・そうだな、俺もそう思おうよ」


自分がミスをして恥をかいたから、だから殺してくれと。自分勝手にもほどがある。仮にも一国の王子ならばなおさらだ。仲間を置いて勝手に死ぬなんて、よりにもよって仲間に殺させるなんて・・・最悪だ。


「だが、そのおかげでこの町にたどり着けた。俺みたいなよそ者を置いといてくれたこの町に、隠し事のある俺を家族のように接してくれたこの町に」


「・・・」


「あんたも、辛いことがあったら気軽に帰ってこい。いつでも待ってるからよ」


「・・・そうか、ありがとう」


イシュタルからそう励まされ、自分の目の前に置かれた酒をグイッと一気に飲み干す。

苦みがあるが、飲めないことはない。美味くはないが不味くもない。

そして、クソだと思っていたこの町も案外――――悪くない。


「・・・じゃあ!俺は行くよ、ありがとう爺さん!」


「・・・ハッ!爺さんと呼ばれるのもたまには悪くねぇ!あばよ、二度と帰ってくんなよ!」


それは、イシュタルなりの励ましだった。辛いことがあるなら帰ってこい。なら、そんなことがないほうがいい。帰ってこないで、ずっと幸せならそれでいい。

店を出て去っていくラブの背中を見て、イシュタルは小さく「元気でな」とつぶやいた。

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