そして彼は一人でそこに佇む
氷のドームの中――――勇者と呼ばれた男の頭を鷲掴みにしていると、ポケットに入れておいたスマホが震える。おそらく、能力についての通知だろう。柊にバレるといけないと思い、通知音を消しておいたのだ。
その通知から自分に能力が受け渡ったことを実感し、ゆっくりと頭から手を離す。
離された頭はゴツンと地面にぶつかるが、その体の持ち主は一向に起きずに気絶している。
――――『洗脳』、どこまで使えたものか・・・
ドームの天井に大きな穴が開き、上からフロワが飛び降りてくる。
こうしてみると、ドームの天井に登り、そこから降りられるほどというのは、身体能力は高いのではないだろうか。
「・・・ラブさん」
「大丈夫だ、生きてるよ」
フロワのその不安そうな目は、自分の心配をしているのではなく、今倒れている柊への心配だろう。
しかし、その心配は無用だ。約束は守った――――
ふと、とある少女との会話を思い出す。
それは、フロワとの作戦会議の時に話された内容だ。
「・・・ラブさん、勇者を殺すのは無しでお願いできませんか?」
その顔は、人を殺すのが嫌な顔――――ではなく、これ以上人が死ぬのを見るのが嫌だという顔だった。
「・・・確かに私は、たくさん魔物を殺してきました。さっきだって、殺しましたし・・・」
フロワはさきほどの出来事――――氷で狼を真っ二つにしたことを思い出しながらも、語る。
「それでも、人が人を殺すのは何か違う気がするんです・・・せめて勇者の無力化で手を打ってくれませんか?」
フロワは、両親が人の手によって殺された。だからこそ、殺人という言葉には重く深く刺さるものがあるのだろう。
たとえそれが見ず知らずの人物であろうと、たとえ自分にメリットがなくとも、フロワは殺人だけは避けたいのだろう。
「・・・わかった、約束しよう」
フロワのその頼みを引き受け、絶対に殺さないと約束する。
――――まあ、縛りプレイだと考えればいいか――――
スマホをポケットから取り出し、通知の確認をする。
――――二件来てる・・・一件は能力の説明、もう一件は次の世界へ転送されるために行く場所か・・・自分の好きなタイミングで行けるのはありがたいが、場所ぐらいボタン一つで行けるようにしてほしいものだな・・・
どこぞのRPGに出てくるワープ呪文を思い浮かべながら、スマホの電源を切ってポケットにしまう。
勇者は倒し、目的は終えた。もうこの世界に用はない。
「よし、ドームはもういいぞ」
「わかりました!」
ラブがそう言うと、フロワは壁に手を当てて穴をあける。作った当事者だからか、もろい部分も分かっているのだろう。
そう思いながら外へ出る。外は相変わらず草原が広がっていて、ほどよいぐらいに風で草木がなびいている。今頃エンドロールが流れていてもおかしくはないな。
「――――!ラブさん危ない!」
後ろから強い衝撃で押され、前に転ぶ――――フロワが背中を押したのだ。
「なんだ!?」
後ろを振り向き、様子を確認しようとすると――――そこには氷の刃が直撃し、血を流して横たわっているフロワの姿があった。
氷の刺さり方から方向を確認し、発射されたと思われる場所を特定する。
そこには、柊とともに馬車に乗っていた青髪の少女の姿があった。
「・・・あなたたちがこんなことを・・・・!許せない!」
柊から能力を奪った時点で、能力の効果は無くなっているはずだ。つまり、こんなことと言っているのは柊のことではない――――馬車のことだろう。
自分たちの乗っていた馬車が攻撃され転倒。運転していた者の姿は見えないが、白髪の少女と金髪の少女が倒れているのが見える。
なるほど、それでこちらに対して敵対しているのか。
だが――――
「うぅ・・・」
フロワの方を見て傷を確認する。かなりの出血量だ、早く手当てをしないとまずいことになる。
「フロワ・・・なんとか自分に治癒魔法をかけることはできないか?」
「・・・勇者と戦う時に散々魔法を連発したので、魔力が足りないと思います」
勇者と戦った時に使った術式――――あれは、ラブが使っていたわけではなく。フロワがタイミングよく使っていたにすぎないのだ。
つまり、魔力を消費していたのはフロワ自身。それをドームの建設と魔法の連続使用。朝から魔力が枯渇していたのもあり、いくら飯を食べたからといってそう簡単には回復しない。おそらく、勇者戦だからと無理をしていたのもあるのだろう。
それを察してラブは一言「すまない」と言うと、青髪の少女の方へ向く。
「・・・俺の名前はラブ、ラブ・シャフマンだ」
「・・・クリスタ・アーモです」
やはり貴族ということもあり、感情よりも礼儀を重んじるのだろう。
ラブが名前を言うと、聞くこともなく自分の名前を答える。
ラブはしっかりと名前を覚え、クリスタに向かって走る。
クリスタはそれに対応するように術式を取り出し、魔法を発動しようとする――――が、
「クリスタ・アーモ!動くな!」
ラブがそう叫ぶと、クリスタは動きを止める。しかし、柊とは違いその効果は一瞬。だが、一瞬で十分だ。
ラブはクリスタの顎に向かって、掠るように拳を突き出す。
一見、殴り損ねたように見えるがクリスタはその場で膝から崩れ落ちる。
――――脳震とうによる失神だ、しばらく動くことはできないだろう。
意識を失ったことをしっかりと確認し、すぐさまフロワのもとへと駆け付ける。しかし――――
「くそっ!」
――――フロワはすでに亡くなっていた。