表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第三章 いつか私が貴方に伝えたいこの想いⅢ
8/20

第四話 いつか私が貴方に伝えたいこの想い

 当日は案外早く訪れた。あれだけ念入りに整備をした機体に触れ、遠くの方で団長と小隊長が同じ機体に乗るのを確認する。


「ユニス!」


「ジョセフ」


 私は、何故か慌てて駆け寄ってくるジョセフに軽く手を上げた。彼も今回の作戦を機にシリウス班に転属となった大切な同期だ。


「本当だったのか。お前がこの作戦に加わるって……」


「え、信じてなかったの?」


「……お前、マジで死ぬぞ」


 そんなジョセフが、深刻そうな表情で言う。


「もう、ガイアみたいなこと言わないでよ〜。大丈夫大丈夫、なんとかなるって」


「お前がそんなだから俺もガイアも心配するんだろうがよ! もっと警戒心持っとけバカ!」


 そして、私の顔を見ずに足早に去っていった。


「……ジョセフ」


 ジョセフの言うことも一利あるなぁ。そう思いながら、私は自分専用の機体に乗り込んだ。

 今回出撃するのは、シリウス班とジラ班含む複数の班のみ。《Ariesアリエス小隊》全班では出撃せず、私は少数精鋭の機体の中に紛れ込む。


 その間、ずっと頭の中を占めていたのは小隊長のあの日の言葉だった。


 死にたくないなぁ。何故か不意にそう思った。





 機体に乗る少し前、寄り道をした。本部に隣接する墓場はとても静かで、らしくもねぇ花束を持ちシェリルとクラウディアの前に手向ける。

 シェリルは、やはり何も言わなかった。


「行ってくる」


 その瞬間、風が吹いた。

 穏やかな、心地よい風だった。


『人類の勝利を、信じています』


 幻聴ではない。確かに聞こえた。その後で、耳からではなく脳内に直接シェリルの声が響く。


「……安心しろ。そっちに行く気はねぇよ」


 丘の向こうで、誰かが笑った気がした。




「遅かったな、オースティン」


 機体の前でヴェルノが言った。


「少し話をしてきた。遅れて悪かったな」


「……そうか」


 俯き、ヴェルノは呟く。次に顔を上げた時は、決意に満ちた表情をしていた。

 先にヴェルノが乗り込み、奥の席に座る。続いて乗ろうとした刹那、視界にユニスが入った。


「オースティン?」


 それ以上何も言わせまいと俺は乗り込む。機体の中でジョセフとユニスが話しているのを見た瞬間、何故か無性に腹が立った。





 飛び立ったソラは静まり返っていた。私は一息つき、ゼノヴィアと共に合図を待つ。


『平気?』


「うん、平気」


 急にゼノヴィアに話しかけられ、私は背筋を伸ばして答える。


『だといいけど』


「ッ!」


 操縦桿を握る右手には、未だに包帯が巻かれていた。ゼノヴィアは、私のことを役立たずだと思っているのかな。

 ぐっと、込み上がった悔しさを心の中で潰した。刹那、ソラが震えた。


「ッ!」


『来た』


 ゼノヴィアの声と共に、操縦桿を握り締める。


「ぐっ?!」


 あまりにも強く握り締めたせいか、右手が酷く痛んだ。


「ゼノヴィア! 絶対に――絶対にガイアを守って、「EARTHアース」に送り届けるよ!」


 それで、今回の任務は終わる。「EARTH」に降り立ったガイアは、「Marsマルス」として生きて一人で内部を崩壊させていく。

 それで、この戦争は終わる。


『当然』


 だから、負けちゃだめなんだ。危険な任務を快諾したガイアの為にも、人類の為にも。

 小隊長は足を怪我した時、私以上の痛みを味わったはずだから。彼に比べたら、こんなのどうってことない。


「行くよっ!」


 「Mars」。私は絶対に、貴方たちには負けない。


 ガイアに合わせて機体で飛ぶと、辺りがよく見回せた。仲間が、続々と出撃する「Mars」の機体に向かって攻撃を続けている。


「ゼノヴィア! 前方に三機! 私が全部引きつける!」


『ユニス……?』


「貴方は最後までガイアを守ってあげて!」


 近くにいたはずなのに、ゼノヴィアの声が酷く遠くの方に聞こえる。


 視界が真っ暗になったのは、その後のことだった。





『はじめまして』



 女性の声が直接脳内に響く。私は驚き、目を開けた。黒いと思っていた世界は白かった。


「……あ」


 女性は、寝ている私を見下ろしていた。《Aries小隊》のパイロットスーツを着用しており、艶のあるチェリー色の髪が私の頬にかかる。


『……えっと、貴方、ガイアくんの同期だよね?』


 ぷっくりとした唇が動いた。今度は耳に直接届いた。


「誰、ですか」


 少なくとも、私はこの人のことを知らない。逃げるように起き上がった私は、女性から数歩距離をとった。


『小隊長が好きだった人よ』


「……え?」


 目の前の女性ではない、また別の女性の声が聞こえた。振り返ると、同じく《Aries小隊》のパイロットスーツを着用したクラウディアさんがいた。


「クラウディアさん……!」


 〝小隊長が好きだった人〟。

 〝クラウディアさん〟。


 必然的に出た結論は


「……私、死んだんですね」


 最悪だった。


『ううん、違うわ』


 あまりの悲しみに顔を歪めた私は、クラウディアさんを見つめて吠えた。


「違うって何がですか?! 二人がここにいるから……そういうことなんでしょう?!」


 ぼろぼろと涙が溢れる。こんなことになるなら、小隊長に――。

 胸に手を押し当てる。私は、この気持ちに気づいてしまった。けど、もう、伝えることはできない。


 いつか私が貴方に伝えたいこの想いは、行き場を失ってしまったのだ。


『違うの。ここは、あの世とこの世の狭間。大丈夫、貴方はあの人の元へと帰れる』


 視線を向ければ、くしゃくしゃに顔を歪めた先輩がいた。先輩は、大粒の涙を溢していた。


『私ね、生きている時に好きって言えなかったの。死んだ時にようやく言えて、逆に小隊長を苦しめちゃった』


「……あ」


 小隊長の様子がおかしかったのは、この人のせいなの?


『だから私ね、小隊長を支えようと思ったの』


 今度はクラウディアさんが口を開く。


『好きって言ってつき合ったのに、私すぐに死んじゃった』


 クラウディアさんは、静かに泣いて無理して笑った。


『バカだよね。支えになるどころか、重りになっちゃったの』


「…………」


『だから、貴方は絶対に後悔しないで』


『大丈夫だよ。私たち、ずっと見守っていたから』


 視界が霞む。温かいそれを、私はパイロットスーツの袖で強く拭った。拭った手を退けると、二人はどこにもいなかった。


『おい! おいっ!』


 随分と必死そうな声が、間近で聞こえる。

 誰だっけ、この声。久しぶりに聞いた気がするけれど、嗚咽まじりでよくわからない。


『勝手に逝くんじゃねぇよ! どいつもこいつも!』


「……しょう、たいちょー……?」


 そうだ。この声、小隊長の声だ。


「うっ……!」


『おいバカ! てめぇ生きてんのか?!』


 戻りつつある視力を駆使して、私は辺りを見回す。すぐに鉄の匂いがする赤黒い液体が視界に入って、私は次にスピーカーを見た。


「小隊長……私……」


『生きてるならちょっと待ってろ、今すぐジョセフに回収させる!』


 ぬるっとした感触が頭からする。衝撃で頭を強く打ったようだ。目覚めても、意識はまだ朦朧としている。


「……先輩と、クラウディアさんに会いました」


『はぁ!?』


「……二人とも、この世界に……いないのが、不思議なくらい、げん……きで……こうかいした…………って、いって、ました」


『もういい喋るな!』


 だめ。ちゃんと、小隊長に届く内に伝えないと。


「見守ってる…………て」


 もう、どこも動かないから。


「しょ、たいちょ……」


 私、もしかしたらもう長くないのかも。


『喋んなつってるだろバカが!』


「……ぇ」


『シェリルもクラウディアも、好き放題言って勝手に逝きやがった!』


 小隊長が、荒々しく声を上げる。今もどこかで見守っている二人に訴えかけるように。


『てめぇもそうなのか?! そんなわけねぇだろバカ!』


 遠くの方で爆発音が聞こえた。

 あぁ。そうか。ここはまだ宇宙ソラで、戦争はまだ終わってなくて。それでも命は、尽きていく。


「……こんな、私でも……お伽噺の主人公に、なれた…………でしょうか」


 あの二人と同じように、素敵な人生を送れたでしょうか。


『知るかバカ! バカかてめぇは!』


「……で、すね」


 息苦しくなって私は笑う。


「……ちょ、私の、ことは……て、行っ、て……」


 舌も、上手く回らなくなった。


『何言ってんだよバカ! 耳の穴かっぽじってよく聞いとけ!』


 でも、この耳はまだ聞こえている。


『絶対に生きて帰ってこい! これは命令だ! 聞けねぇとは言わせねぇぞ! 〝ユニス〟!』


 やっぱり、聞こえなかったかも。これはきっと、幻聴。私の、小さな願いだから。

 私は、静かに目を閉じた。





「……ん」


 妙に柔らかい感触がして、瞼を開ける。眩い光が窓から入って私だけを照らしていた。


「……あれ?」


 無意識に頭を触ると、包帯の感触がする。


「生きてる……。私、死んでない?!」


 ぺたぺたと体中を触って確認するが、違和感はない。


「よ、良かったぁ」


 そして、顔を毛布に押しつけた。しばらく寝転んでいると、キィと音がして私室の扉が開かれる。


「あっ!」


「あ」


「小隊長!」


 小隊長は、訝しむように目を細めた。一歩一歩と丁寧に近づいて、そうしてようやく私の頬に触れる。

 小隊長の温もりを感じながら、改めて生きているんだと実感して。溢れる涙をそのままにして、私はぎゅっと目を閉じた。


「おいてめぇ。俺に何か言うことあるだろ」


「いだだだだ! 痛いですよ小隊長!」


 そのまま頬を引っ張った小隊長は、ぱっと離して私を見下ろす。


「さっさと言え。バカ」


「わ、わかりましたよ」


 私は頬を擦り、小隊長を見上げて息を吸い込んだ。



「好きです。私とつき合ってください」



 言葉にするとやっぱり恥ずかしい。でも、言わないと伝わらないから――


「はぁ?」


「――伝わってない?!」


 言えって言ったのは小隊長なのに、この仕打ちは相変わらず酷いと思う。


「……てめぇ、そういや頭打ってたもんな」


「打ってなくても貴方が好きです!」


 小隊長は今でも訝しむような表情で、だけど私の表情を見ると観念したようにその場にしゃがみ込む。


「わかった」


「えっ、いいんですか?!」


「てめぇが先に言ったんだろ」


「言いましたけど、あっさり過ぎじゃありません?」


 だって、好きでもないのにつき合せるのは違う気がするから。


「はぁ? 褒美だつってんだからありがたく受け取れよバカ」


「ほ、褒美……?」


 そう言えば、前にそんな話をしたような。


「だからオッケーってことですか」


「あぁ。死んだら絶対殺すからな」


「死にませんよ絶対に!」


「……あっそ」


 返ってきた台詞は素っ気なかったが、私はそれで幸せだった。


「これからずっと傍にいてくださいね」


「それはこっちの台詞だ。今度からはちゃんと守ってやるよ」


「私、今度こそちゃんと小隊長を幸せにしてやりますよ」


 刹那、空気が揺れる。開放されていた窓から風が吹き込んで、何かが私と小隊長の頬を掠めた。


「ッ!」


 目の前の彼が目を見張る。私はそっと、心臓に右手を押し当てた。

 小隊長は、やがて一人で笑みを零し



「〝最後は、笑ってさよなら〟だろ?」



 風が去っていった方を見つめ、私の方を見てまた笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ