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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第三章 いつか私が貴方に伝えたいこの想いⅢ
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第二話 理想的すぎる傲慢な話

××月××日


 今日はとっても嬉しい日。

 憧れのシリウス小隊長に指名されて、シリウス班の一員になった。小隊長の下で、これからも人類とソラの為に頑張ろう。


××月××日


 明日は「奪還作戦」の日。

 とても緊張するし、少し怖い。けれど今日、小隊長に励まされた。励まされたというか、私が勝手にそう思っただけだけど。


××月××日


 どうしてだろう。小隊長の傍にいると、すごくドキドキする。困ったし、早く消えてほしいと思うけど、何故か嫌じゃない。

 これってなんだろう。


××月××日


 やっとわかった。私、小隊長のことが好きなんだ。楽しいこともあるし、辛いこともあるけれど、ここに来て一番幸せな出来事だと思う。

 けれど、この想いは胸にしまおう。そして、これからも小隊長の傍で。


××月××日


 最近、小隊長の様子がおかしい。

 「奪還作戦」もあったし疲れてるのかもしれない。具体的には独り言を喋ったり、ここではない宙を見つめていたり。

 私にできることがあればいいのに。


××月××日


 今日、小隊長から返事を貰った。

 どうしよう、すごく嬉しい。待っててくれと言われて待っていた甲斐があった。

 けれど、浮かれてたらダメ。明日は「奪還作戦」。気を引き締めなきゃ。




 日記はそこで途絶えていた。いくら頁を捲っても、すべて白紙だった。

 知らず知らずの内に熱い何かが頬を伝う。そしてそれは、白紙の頁を濡らしていた。





「……はぁ」


 ため息をついて、右腕を見つめる。その腕にはまだ、小隊長の温もりがあった。


「信じられない。さっきまで小隊長があんなに近くにいたなんて……」


 談話室から一歩も動いていない私は、いい加減に出ていこうかと思っていた。けれどその時、複数の足音が聞こえてくる。


「あれ、先客がいたんだ」


「どうするの」


 私は、扉を開けた二人の名を呼んだ。


「ロト、ゼノヴィア」


「ごめん、ここって使ってる?」


 ロトが申し訳なさそうに私に問う。


「ううん、使ってないよ。今から出ていこうと思ってたから」


「そっか、良かった」


 私がそう言うと、ロトは安心したように笑った。その隣にいるゼノヴィアは、相変わらずの無表情だ。


「ねぇ、ガイアは一緒じゃないの?」


 ガイアとロト、そしてガイアとゼノヴィアが一緒にいるのは訓練生時代からよく見ていた光景だ。三人一緒の時も多く、この二人が一緒にいるのは珍しいどころの騒ぎではない。


「ガイアはいない」


 ロトの代わりに、ゼノヴィアが答えた。


「なんで? っていうか、二人きりで談話室貸し切って何するの?」


「二人きりじゃない」


 そして彼女は即答する。


「もちろん他にも人は来るよ。で、ガイア抜きで話したいことがあるんだ」


 一方のロトは最後の方だけ言葉を濁した。


「どうして?」


 まさか、ガイアを仲間外れにするんじゃ――いや、この二人に限ってそんなことはありえない。


「ユニスには関係のないこと。用がないなら早く出ていって」


「ゼノヴィア! そんな言い方は良くないよ!」


 慌ててロトがフォローに入るも、ゼノヴィアは顔色一つ変えない。相変わらずガイア以外には興味がないようだ。


「ううん大丈夫。ごめんね、ゼノヴィア、ロト」


「こっちこそごめん。詳しい説明もしないでこんなこと……」


「ううん、いいの」


 二人の肩に手を置こうとして、止めた。それは、右手に激しい痛みが走ったからだ。


「じゃ、またね」


「うん、また明日」


 ゼノヴィアが少しだけ頭を下げた。いいよ別に。だって、盗み聞きするから。

 例えどんな理由があろうとも、仲間外れは良くないと思う。綺麗事とか、偽善とかではなくて。それが人類を滅ぼすかもしれないでしょ? 私は、そうだと思っていた。


 談話室から、「ジェレミエル」の艦長兼第一航空団《Ariesアリエス小隊》の最高司令官、ヴェルノ団長の声が聞こえる。


『マスグレイヴ。ウルフスタンに埋め込まれた「Marsマルス」の肉片の解析は間に合いそうか?』


『……はい』


『ゼノヴィア。ウルフスタンの容態は』


『ガイアの体は日に日に人間のものじゃなくなってきてる』


 二人は、何を話しているの? ガイアに埋め込まれた「Mars」の肉片って、何?


『ジラ、君はどう思う』


『シリウスがずっと言ってる「Mars」の元人間説、それが色濃くなったなぁ〜って感じかな。「EARTHアース」に住んでる奴らと人間を見間違えたくらい姿形が似てるし、人間が遺してきたもので生活してるし。そうなると機体の戦術だけで元人間説を出してきたシリウスってすごいよね。シリウスこそロボットなんじゃないの?』


『そこまでは聞いていない。……ジラ、あまり人としての感情を持つな。上に廃棄されても文句は言えないぞ』


『はぁ〜い。あ、ゼノヴィア今ちょっと笑ったでしょ。鼻で』


 ガイア抜きって、こういうことだったんだ。聞かなきゃ良かったかも。


「おいバカ、そこで何してる」


「……え、あっそのっ!」


 私が隠れていた扉付近で、小隊長に見つかった。


「バカの分際で盗み聞きしてんじゃねぇよ」


 ど、どうしよう。嘘をつく? 正直に言う?


「あの……」


「嘘はつかねぇ方が身の為だぞ」


 鋭く、私を睨みつける小隊長。初めて見る小隊長のそれに、私は思わず身が竦んで。


「……はい」


 なんとか絞り出した一言で、小隊長が動いた。小隊長は私の腕を掴んで引っ張っていく。

 行き先は談話室ではない。私は、今さらながらにとんでもないことをしたのだと自覚した。


 連れて来られたのは、小隊長の私室だった。広々としているが物は少なく、余計に広く感じられる。

 小隊長は椅子に座り、腕を組んだ。


「一応聞いてやる。何故あんなことをした」


 意外にも話を聞いてくれるようで、私は驚く。


「早く答えろバカ。返答次第でてめぇの処分が決まる」


 鋭く尖った花色の瞳に小隊長の優しさを見たような気がして、私は臆することなく思ったことをすべて話した。嘘もなく、省略もせず。小隊長は私の話を黙って聞いていた。


「てめぇはクソバカなのか?」


 私の話が終わった途端、小隊長はため息をついてそう言った。


「いや、クソバカ正直バカ女か?」


「そんなことはどうでもいいじゃないですかぁ!」


 クソバカの連呼に耐えられず、私は机の影に隠れる。その時、肘が机に当たって一冊の本が落ちてきた。

 本を拾い、表紙を見る。


「ッ?!」


 表紙にはクラウディアさんの名前が書かれており、それが彼女の日記であると物語っていた。


「何してんだよ」


「ッ! な、なんでもないです!」


 咄嗟に日記をジャケットに隠す。

 小隊長は机の下にいる私の顔を覗き込み、私はもう、日記を元の位置に戻せないのだと悟った。


「ならもう戻れ」


「え?」


 混乱している頭で聞き返す。


「特別に見逃してやるつってんだよ。不服なのか?」


 その時、小隊長が楽しそうに笑った。一瞬にして言われたことの意味を理解し、勢いよく首を振る。


「いいいいいいえ! とんでもないです! ありがたいです!」


 そして逃げるように部屋を出た。いや、実際それは逃げだった。

 急いで部屋に戻った私は、咄嗟に隠してしまった日記を取り出す。ベッドに横たわりその表紙を見ると


「やっぱり、『クラウディア・ダウド』って書いてある」


 読んで、いいのかな? いやいや普通に考えたらしてはいけないことだよ!


 けど、あの小隊長と恋人だった人。どんな人なのか知りたい気持ちは当然ある。

 数分間の葛藤の末に、私はとある決断を下した。




「ク、クラウディアさぁぁあん!」


 涙が溢れて止まらない。日記につけまいと、それを机の上に避難させる。


「クラウディアさんも、すっごく一途だったんですね……!」


 ぎゅうっと胸が張り裂けそうになる。読み終わった日記の内容の大半は、小隊長についてだった。


「そんなに好きだなんて……! なのにこんなことに……!」


 お伽噺に出てきそうなほど素敵な二人なのに

 お伽噺ではありえない最期を迎えたクラウディアさん。それに加え小隊長はもう一人亡くしているのに。


 この世界は残酷だ。


 前にゼノヴィアが呟いた言葉。今ならわかるような気がした。




 朝になって、私は無造作に顔を擦る。それでももちろん眠気はとれない。仕方なく、貯めている湖水で顔を洗った。

 そんなちょうどいいタイミングでノックをした来訪者は、返事を聞いて控えめに扉を開く。


「良かった、ちゃんと起きてた……!」


 そう言って、ロトはほっと息を吐いた。


「ロトって無害そうな顔してるけど時々失礼だよね」


「ご、ごめんね」


「別にいいけど。どうしたの?」


「団長が、起きたら団長室に来るようにだって」


 ふぅんと一瞬聞き流しかけたが、〝団長〟という単語が私を現実へと引き戻す。

 団長に呼ばれた私は、《Aries小隊》の本部の中心地点にある団長室へと渋々足を向けた。


「あ」


「来たか」


 足を怪我しているとは思えないほど堂々と立った小隊長が、私の目の前で腕を組んでいる。

 や、やっぱり昨日の件を団長に報告したんだ。見逃すって言ったのは嘘だったんだ。


「来い」


 裏切られた私の内心を無視し、ただそれだけを言って団長室の扉を開ける小隊長。私はそれに黙ってついていくしかなかった。


「来たな」


「はっ、はい!」


 ヴェルノ団長を見ると、思い出してしまう昨日の出来事。ガイアの身に起こったこと。「Mars」の正体。

 ぐっと、溢れ出しそうな何かを堪える。そうすることで理性を保てた気がした。


「君は昨日の我々の密談を聞いていたのだろう?」


「……はい」


 小隊長がいる手前、変なことも言えず誤魔化しも効かない。素直になるしかなかった。


「ならば話は早い。ユニス・ド・ガール、君は今日からシリウス班に転属してもらう。一週間後の「奪還作戦」ではゼノヴィアと共にガイア・ウルフスタンの護衛をしろ」


「……っえ?」


 あの、エリートパイロットしか所属することが許されないシリウス班に――転属? そして、同期の中では最強と噂されている――ガイアの護衛?


「そんなっ大役……!」


「〝人類が生き抜く為に、仲間外れは良くない〟。ド・ガールがオースティンにそう言ったんだろう?」


「ッ!」


 小隊長、そんなことも団長に言ったの?

 振り返れば小隊長は無表情で、だけどその瞳には確かな意志を宿していた。


「何も盗み聞きしたことを責めているわけではないよ。前回の「奪還作戦」で一番犠牲を出したのは先陣を切ったシリウス班だったからな。シリウス班の候補者としてド・ガールの名前は元から出ていたし、私はそんな君を買っているんだよ」


 もちろん、オースティンもな。そう言った団長の声色は優しかった。


「理想的な傲慢すぎる話をしたのは、バカが初めてだったからな」


 それは馬鹿にしすぎじゃありません?

 私はそっぽを向いて団長に向き直る。


「異論はないだろう?」


「ありまくりです。私はシリウス班に相応しくありません」


「はぁ? てめぇ、どっからここに来たんだよ。航空団のシステムをわかった上でそう言ってんのか」


「……「宇宙船ウリエル」の、第二航空団《Taurusタウラス小隊》訓練生からです。システムは、知っています」


 十四にも上る宇宙船と、十二にも上る航空団。それぞれの宇宙船から訓練生を募って、優秀な人間だけが第一航空団の《Aries小隊》に配属される。


「バカはバカでも成績優秀者の端くれだろーが」


 小隊長にそう言われると、無理ですとは言えなくて。意を決し、確かな意志を心に刻んだ。




 団長屋を小隊長と一緒に出て、扉が閉まった瞬間小隊長が改めて私に向き直る。


「おい」


「はい?」


「てめぇ、昨日俺の部屋に来ただろ」


 視線を上げると、小隊長の瞳は私を捉えて離さなかった。


「そうですね」


「あの後、机の上に置いてあった〝本〟がなくなった。心当たりは」


 ビクッと肩が震える。

 ピクッと小隊長の眉が上がった。


「え、えとえと……」


 完全に忘れていた。どうしよう。これは正直に言うべきだろうか。


「…………」


 いや、小隊長の圧がすごくて絶対に言えない。


「二人とも、そんなとこで何してんの?」


「ジ、ジラさん」


 声だけでわかったが、小隊長から顔を逸らしたくて振り返る。


「うっわ! 顔真っ青だよ?! 大丈夫?!」


 慌てて私に駆け寄ったジラさんは、私の頭を優しく撫でて頬を膨らませた。


「もー、シリウス。ユニスに何したの?」


「何もしてねぇよバカ。あるとしてもさっきマックリンから例の件を聞いただけだ」


「あぁー、そっか。ぶっちゃけ何かあったら盾になれって言ってるようなもんだし、不安も人一倍だよねぇ」


「あ、あの……」


 ……そういう意味ではないんですが。そう言おうとしたが、ジラさんの表情を見て急に足が震え出した。


 そうだ。さっき、あまりにもさらっと言われたから実感はなかったけど――内容としてはとんでもないことを命令されたんだ。


「ほ、本当に大丈夫? あっ、ガイアー!」


 ジラさんが、たまたま遠くにいたガイアに声をかける。


「どうしたんですかジラさ……って、ユニス! どうしたんだよお前、真っ青じゃねぇーか!」


 私の顔を覗き込み、心配そうに慌てるガイア。優しいなぁ。心からそう思う。


「そうなんだよねぇ。だからガイア、ユニスを部屋に送ってくれない?」


 私には外せない用事があって、とジラさんは言う。なのに足を止めてくれたんだ。人としての感情を持つと、廃棄されてしまうのに。


「わかりました!」


 ガイアはジラさんに敬礼し、私を背負う。


「ガイア、ありがと」


 今回ばかりは、人の好意に甘えようかな。


 棒立ちしている小隊長を視界に入れまいと努力して、ガイアに背負われた私はその場を去った。

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