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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第三章 いつか私が貴方に伝えたいこの想いⅢ
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第一話 お伽噺

 人類最強。


 私にとってそれは、昔からどこかお伽噺めいていた。それは、彼が地上から程遠い宇宙で暮らしているせいだろう。

 だけど今、その人類最強が手の届く距離にいた。


「ガイア、おはよ。調子はどう?」


 降り注ぐ人工の朝日に目を細めながら、私は同期に声をかける。


「はよ。まぁまぁだな」


 彼は目を擦りながらそう答えた。


「そっか。で? 小隊長様とはどうなの?」


「なんだよその言い方。まるで俺が小隊長のこと好きみてぇじゃねぇか」


「ガイア。その話、詳しく聞かせて」


「ゼ、ゼノヴィア?!」


 死角から姿を現したゼノヴィアは、この宇宙船にたった一つしかない黒い瞳を細める。


「ガイア、今の話は聞き捨てならない。今から私の部屋に……」


「行かねぇよ! そもそもちげぇし!」


「それでも行こう」


「なんでだよ!」


 二人のいつもの言い争いは、しばらく終わらないのだろうか。なのに私は、それに安心感を覚えていた。


 数日前に行った「奪還作戦」。そこで私たち《Ariesアリエス小隊》は、大勢の犠牲者を出してしまった。その中に、ガイアの――小隊長の班員が含まれていたのだ。

 小隊長の補佐役だったクラウディアさん。そして、ガイアが入隊する直前に配属されたマーティンさん。彼らだけでもかなりの痛手なのに、犠牲者は当然彼らだけではない。


 しばらくは自責に苛まれていたガイアだったが、この様子を見る限りだいぶ元に戻ってきている。小隊長のことは、最近見ないからわからないけれど。


「ったく、ユニスが変なこと言うからゼノヴィアが暴走しちまったじゃねぇか!」


「ごめんってば、ガイア」


 ゼノヴィアを撒いた私たちは、細長い迷路のような廊下を歩く。その間ずっとガイアに言いたい放題言われていた。


「でもさ、私本気だよ? 小隊長とはどうなってるの? ……ううん、私が本当に聞きたいのはちょっと違うかな」


「え?」


「ガイア、小隊長は大丈夫なの?」


 私はただ、ガイアの深緋色の瞳を真っ直ぐに見た。


「大丈夫って……」


 どう答えていいかわからない表情だったから、私は言葉を必死に繋げる。


「私、小隊長と話したことはないけどさ、すごい噂だよ? 前々からちょっとおかしかったんでしょ? それに加えて恋人も亡くしたとかさ」


 恋人がクラウディアさんだということは、あえて伏せた。


「……なんでユニスがそんなこと聞くんだよ」


「だって、心配だから」


「……しん、ぱい?」


 案外普通な答えだと思ったのか、ガイアは目を丸くした。


「うん。心配」


「…………小隊長、あまり部屋から出ないっていうか……いや、仕事はしてると思うけどな? 食事とか、寝てないんじゃないかって……」


 言葉が紡がれる度に、ガイアの声が小さくなる。


「ガイア、ごめん。大丈夫?」


「ッ! あぁ、わりぃ」


「ううん、こっちこそ。話してくれてありがと」


 私は少し背伸びをして、ガイアの頭をよしよし撫でた。


「ッ! ちょ! なんだよ急に!」


 ガイアは顔を赤くするけど、振り払おうとはしない。


「じゃあね、ガイア」


 私は廊下を駆け、その場を後にした。


 心配だから。それは、嘘ではない。


 訓練生時代。身体能力に優れない私は、「Marsマルス」を駆逐するんじゃなくて仲間を支えると誓ったのだ。命が惜しいわけではないけれど、無駄死にだけは避けたいと思ったのだ。


 私は私ができることを、精一杯やりたいと思ったから。だから私は、今の小隊長を支えたいと思った。

 刹那、前をよく見ていなかった私は誰かにぶつかった。


「す、すみません!」


「おっと、大丈夫?」


「あ、ジラさん」


「ほんとごめんね!」


 私が廊下でぶつかったのは、ジラさんだった。ジラさんは手と手を合わせ、私に過剰に謝っている。


「いえ! 考えごとをしていた私が悪いんです!」


「考えごと?」


 謝るのを止めたジラさんは、私の台詞をオウム返しにして首を傾げた。


「大丈夫? なんなら相談に乗ろうか?」


「相談、ですか? あの、相談というよりも聞きたいことがあるんですけど」


「うん、いいよ! なんでも聞いて!」


「小隊長元気ですか?」


 私が問うと、ジラさんはこてんと首を傾げる。


「前々から変だとお聞きしていたので。恋人さんの件もありますし……」


「はぁー……」


 刹那、ジラさんは深く長いため息をついた。


「すっ、すみません!」


「ん? あぁ、ごめん! そうじゃないんだ! ただ、シリウスがこんなにも後輩に心配されてたなんて知って、情けないと思っただけだから!」


「情けない?」


「……いや、前言撤回。しょうがない部分もあるけど、さすがのシリウスも堪えるよね。あれは」


 堪える? それは、前々からおかしかったのと関係が?


「どういうことですか? できれば教えてほしいです」


「いいよ。どうせすぐに知ることになると思うし。シリウスの本性を知った上で心配する子も珍しいしね」


 ジラさんは苦笑いを浮かべ、昔を懐かしむように目を細めた。


「シリウスね、前にすっごく笑顔が素敵な子に班に入れてくれって頼まれてたんだよ。目も生き生きしてて、《Aries小隊》ではとても珍しいタイプの子だったんだよねぇ。前に私が『シリウスのどこに憧れるの?』って聞いたら、『小隊長は仲間思いで、強くて、本当は優しくて、時には厳しくて、本当に本当に格好いい人なんです!』って答えるくらい、シリウスのことよく見てたんだよ」


「……素敵な人なんですね」


 ジラさんの話を聞いて、私はその人を想像してみる。けれど、私が知っている《Aries小隊》の人でその人に当てはまる人がいなかった。


「ジラさん、その人って誰なんですか?」


 私にとっては何気ない質問だったが、それが迂闊だった。


「死んだよ」


「え?」


「前回の「奪還作戦」でね」


 ジラさんは、戦闘用ロボットにしてはでき過ぎているくらい悲しそうに目を伏せた。

 そうだ、私は何を言っているんだろう。普通に考えればわかることではないか。


「す、すみません」


「ううん、話したのはこっちだし」


「……はい」


「で、本題に話を戻すとね。その二人は両思いだったんだ」





 ユニスが徐々に目を見開く。よく見れば、目の端に涙を貯めていた。


「話をまとめると、シリウスは愛した人を二人も亡くしたんだよ」


 私は、目を閉じた。


 今でも鮮明に〝シェリルの霊〟を覚えている。私は、シリウスの他にシェリルが見えていた唯一のロボット――いや、もしかしたら黙っていただけでゼノヴィアにも見えていたのかもしれない。

 だからあの日、私は資料室での一連のやり取りを聞いていた。


 次に目を開いた時、ユニスは何故か号泣していた。


「えっ?! ちょ、大丈夫?!」


 ユニスは必死に首を縦に振る。だが、泣き止むことはなかった。


「ジラさん……そんなの酷すぎます!」


 それが、ユニスがようやく口にした台詞だった。


「うん、そうだね。私もそう思うよ」


「小隊長、きっと辛いですよね……。だから……だからずっと……」


 ユニスは、ぶつぶつと何かを呟く。が、その呟きが私の耳に届くことはなかった。


「ジラさん、私、これから小隊長に会ってきます!」


「え?」


「話してくださってありがとうございました!」


 そう言って、ユニスは長い廊下を走って行った。





 人工の風にあたり、人工の空気を吸った。第一航空団《Aries小隊》の本部に隣接する簡易的な墓場は、今日も静かで澄んでいる。

 俺は目の前の墓石に手を合わせ、花を手向けた。


 ここに、〝全員〟が眠っている。


 俺たちの戦場はいつだってソラだ。ソラで爆死したパイロットの遺体は、いつだって回収不可能だ。

 ソラに捨てたあいつらの遺体は、今頃どうなっているのだろうか。ここに来るといつだってそんなことを考える。


 俺は、弱い。愛した女を二人も亡くした。


 俺は、小隊長と呼ばれるような器ではない。


「……なんの用だ」


 場所が場所なだけあってか、自分でも驚くほど低くて棘のある声が出た。ほんの少しの罪悪感に苛まれつつ振り返ると、そこにはガイアと同期の女がいた。

 急に吹いた穏やかな風に、その女の人参色の髪が靡く。それは不思議な光景でもあり、自分ではよくはわからないが見る奴から見たら絵にもなったかもしれない。


「泣いてんのか」


 俺はシェリルとクラウディアに別れを告げ、女の元へと歩を進める。


「おい」


「ッ! す、すみません!」


 目の前の女は、慌てて涙を拭っていた。


「何故泣いてた」


「え?」


「……ここに大切な奴がいるのか?」


 ならば、そいつは幸せ者だな。

 死んだ後でも誰かが自分を思ってくれている。それは、幸福なことだと俺は思う。


 誰かが言っていた。人は忘れ去られた時に初めて死ぬのだと。


 そしてまた、シェリルとクラウディアが脳裏を過ぎる。忘れたいわけではないが、引きずりたいわけでもない。

 髪を掻くと、女が思い切り首を振った。


「違います!」


「違う?」


「……はい」


 違います、と、何故か女はもう一度呟いた。


「あの、小隊長?」


「んだよ」


「間違ってたらすみません。もしかして……足、痛めてますか?」


 刹那、自分の口から声になるかならないかの音が出る。


「やっぱり! だめじゃないですか! すぐに本部に戻りましょう!」


 第一印象を壊すかのように、女は俺を押したり引いたりする。が、俺はびくともしない。


「……何故わかった」


「そんなの見てたらわかりますよ!」


「……見てんじゃねぇよ、バカが」


 俺は女の手を払い、一人で歩く。

 もしあの二人が生きていたら、わかっただろうか。それは、答えのない問いだった。





「なんですかこれは!」


 小隊長の素足を見た瞬間、思わず叫んでしまった。「奪還作戦」で負ったのであろうその怪我は、数日経った今でも赤く腫れ上がっている。

 そこまでして、会いたかったんだ。小隊長、一途なんだなぁ。なんかいいなぁ、そういうの。


「触んじゃねぇよバカ」


「す、すみません!」


 椅子に座る小隊長と、目の前で膝をつく私。今思えば、なんかシュール。


「手当てしましょうか?」


「いらねぇよ。バカが余計なことすんじゃねぇ」


「余計じゃありません!」


 私は拳を握り締めた。


「小隊長……!」


 唇が震える。小隊長、もっと――



「――もっと自分を大切にしてください!」



 拳を振り上げ、私はそれを床に叩きつけた。


「ッ!」


 痛みに耐えながら小隊長を見上げる。小隊長は、揺れに揺れる花色の瞳を見開いていた。しばらくして、ほんの少し口を開け


「バカに言われたかねぇよ。貸せ!」


 乱暴に腕を掴まれた。


「へっ?」


「何やってんだ、内出血してるじゃねぇかバカが!」


「あの、小隊長?」


「手当てするぞ」


 椅子から立ち上がり、ほんの少し足を庇いながら小隊長は棚から救急箱を持ってきた。談話室に救急箱なんてあったんだぁ。なんて、今はどうでもいいか。


「ッ! 痛っ!」


「我慢しろバカ」


「は、はい」


 小隊長は、いつもの荒れた言動とは裏腹に丁寧に私の手当てを始める。

 お伽噺のような美しい人類最強が、私みたいな人間の手当てをするなんて――ちょっと、いや、かなり嬉しかった。


「どうした、バカ面晒して」


「えっ? あっ……!」


「こっちはもう終わったぞ」


「小隊長……ありがとうございます」


 けれど、小隊長は何も言わずに救急箱を片づけて談話室を後にした。





 女を手当てした後、俺はすぐに私室へと戻った。特にやることもなく、しばらくベッドに横になる。


 変わった女だった。言っていることとやっていることが矛盾している。なんであれで生きて帰ってこれるんだ。

 これは真剣に考察する必要があるのかもしれない。なのに、明らかに控えめではないノック音がそれを邪魔した。


「何しに来たんだよ、バカ」


 扉を開けると、本の山と


「相変わらずバカバカうるさいなぁ」


 同期と言うには些か疑問を感じる戦闘用ロボットのジラがいた。


「用件を言え。戦闘用ロボットは頭もクソなのか?」


「はいはい。これ、一番上の本を取ってよ」


 黙ってその本を取ると、表紙にクラウディアの名前が書いてある。


「これは?」


「クラウディアの日記だよ。部屋の掃除をしてたら出てきたんだって」


「なんで俺に」


 尋ねると、ジラは何故か首を傾げた。


「さぁ? ヴェルノがシリウスに持っていけって言ったんだ。細かいことはヴェルノに聞いてよ」


 そして、ジラは本の山を持ち直し廊下を歩いて行った。

 残された俺は扉を閉め、部屋にある椅子に座る。目の前の机に日記を置き、しばらくそれを眺めていた。


 セピア色をした表紙に、『クラウディア・ダウド』と書かれている。それは確かに、クラウディアの筆跡だった。

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