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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第二章 いつか私が貴方に伝えたいこの想いⅡ
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第二話 貴方がいない世界なんて

 少しの間だけ顔を伏せていた。先ほどクラウディアが言った台詞が、脳内で再生される。


『最近、独り言……』


 その先は、聞かずともわかってしまった。


 俺は、独り言を喋るようになったか。

 俺が、おかしくなったのか。


 俺はそれを否定する為に顔を上げた。シェリルと、目が合うはずだと信じて。


「ッ!」


 だが、そこにシェリルの姿はどこにもなかった。


「――――」


 言葉にならない何かが、喉の奥から這い上がって来る。言葉では表現できない感情が、とっくの昔に捧げた心臓を締めつけていた。


 すべて、幻だったのか?


 そう思うのは簡単だ。死んだ者が見えると証明するのは困難だ。


 俺は、無意識の内に左胸を触った。とっくの昔に捧げた心臓は、うるさかった。





 思い切り泣きじゃくれば、少しは気が晴れた気がした。けれど、これもまた束の間なのだろう。

 楽になればいいのかもしれない。なかったことにして、成仏して――どうするの?


「貴方がいない世界なんて……考えられません」


 それほどに、私は小隊長のことが好きなんだ。そう思ったら、なかなか成仏できなかった。


「好き、です」


 小さく呟いて、目を閉じた。


 シリウス班に入りたかった。

 小隊長に指名されたかった。

 認めてほしくて、無理をした。


 今でもあの時のことを鮮明に覚えている。逃げれば良かった。「Marsマルス」のレーザーから、素直に。


 討伐数を増やしたくて

 生き残れると信じて

 爆散――したのかな?


 その後のことはよく覚えていなかった。


 私の死因はなんだったんだろう。死体は?


 今さらそんなことを考えた。


 次に目を開けた時、私は資料室にいた。何も考えずにあらゆる壁をすり抜けたのだろう。

 壁、と思えば「ジェレミエル」を思い出した。今の私なら、宇宙船の壁もすり抜けられる。けれど、もう二度とソラへは行きたくなかった。


 それでも小隊長は行ってしまうのだろう。この程度で挫けているなら、シリウス班なんて夢のまた夢だ。


 同じ女なのに、シリウス班に所属するクラウディアさんを改めて尊敬する。


「私よりも、クラウディアさんの方が……小隊長と釣り合うよね」


 疑問ではなく、確信だった。直後に勢いよく扉が開けられ、誰かが中に入ってくる。


 その人は、クラウディアさんだった。


「クラウディアさん? な、なんで……」


 あぁ、そうだ。私が異常なんだ。

 クラウディアさんは普通に来たはずだ。私は障害物をすり抜けた。


「……小隊長に釣り合うのは、クラウディアさんですよ」


 自分が今どんな顔をしているのか、想像もしたくなかった。


「……生きてる内に、伝えておけば良かった」


 あんな、守れもしない約束ではなくて。溢れる涙を止める術を持ち合わせてなかった私は、飽きもせずにまた泣いた。


 なのに、どうしてクラウディアさんも泣いているの?


「ッ! うぅぅ……!」


 クラウディアさんの泣き顔を見たら、何故か涙が止まった。


「なんで、クラウディアさんが泣いているんですか」


 呟いても、返事はなかった。


「泣きたいのはこっちですよ……!」


 だから逆に冷静になり、止まったのだろう。


「笑って……! くださいよ……!」


 どうか、泣かないで。小隊長の傍で。これからも、ずっと。ずうっと。



「私には、それさえできないんですから」



 それを言葉にしたら、クラウディアさんがそれに答えるかのようにぽつりぽつりと呟き始めた。

 最初は、何を言っているのか聞き取れなかった。それははっきりとした音にはならないし、とても小さい。それでも次第に大きくなり、私の耳に届いた。


「どうして」


「ッ!」


「どうして、私ではないんですか」


「……え?」


 私は耳を疑った。それって一体、どういう意味?


「……小隊長は一体、誰を見ているんですか」


 そのままクラウディアさんは泣き崩れる。私はそんな彼女を見下ろしていた。


「誰を……見て……?」


 クラウディアさんの台詞を反芻して、少し胸の辺りが疼いた気がした。


「ッ!」


 やだ。期待なんて、しちゃだめだ。


 その時足音が聞こえた。それは確かに、誰かが走っている音。それに気づいたクラウディアさんは、慌てて涙を拭う。

 私は咄嗟に本棚の後ろに隠れた。


 バンッと、クラウディアさんの時と同じように荒っぽく開けられる扉。隙間から見える影に目を凝らして、私が見たものは――


「――しょ、小隊長」


 妙な感覚が私を襲った。本棚の後ろに隠れていなかったら、今頃どうなっていたのだろう。


「……クラウディアか」


 何かに失望したかのような声がした。それはクラウディアさんも感じたのか、少しだけ顔を伏せる。


「あ、あの」


「クラウディア、他に誰か……いや、なんでもない」


「え?」


 他に誰か。小隊長、誰かって誰ですか?

 小隊長は、その誰かを探しているのですか?


「……あ」


 私、また勝手に行動してしまった。


 小隊長は、私を探しているのですか?


 でも、だからと言って、今は出て行きたくない。

 気まずいというのもある。けれどそれ以上に、この場にはクラウディアさんがいた。


 小隊長には何故か私が見えている。だから、気づかれずに壁をすり抜けなければ。その後で謝ればいいだろう。


 小隊長は、優しい人だから。


 って、優しい……?


 何故かすぐに嫌な予感がした。


「……小隊長、好きです」


「ッ!」


 ぞくっと、実体を持たない私の身体が震えた。


「……は」


 小隊長は、何を言われたのかわからないというような声を出した。私はもう、小隊長とクラウディアさんに背を向けたまま微塵も動けない。立ち去る気力も失せてしまった。


「好きです、小隊長」


 前に、小隊長とクラウディアさんはお似合いだと思った。だけど、まさか――こんなことになるなんて。


「クラウディア、俺は……」


 言わないで。


「わかっています。小隊長……好きな人いますよね?」


 え?


「それと……なんとなく、ですけど。その人、もうこの世にはいませんよね?」


 この世には……いない? それって


「あぁ」


 もしかして


「……そう、ですか。小隊長、今でもその人のこと好きですか?」


 私は、半透明な自分の身体を無意識に見つめた。そして不意に、自分の未練を思う。


 もし、もし仮に、その先の言葉が肯定で。もし、もし仮に、その人が私だったら?


「……好きじゃねぇ」


 あ。



「――愛している」



 力が抜けた、みたいな感覚が私を襲った。もうわかるわけがない、そんな感覚。

 死してなおまだあった、心のぬくもり。


「……そうですか。きっと、その人は幸せだと思います。だって……世界中の人間が憧れる小隊長に、こんなにも想われているんですから」


 幸せ。


 クラウディアさん、そんなことはありません。辛いんです。逆に。


 だって私、生きてないんですもん。

 だって私、小隊長に触れることさえできないんですもん。


 好きだった分、現実が辛いんです。


「では小隊長、また」


「待て」


「はい?」


 戸口へと向いていたクラウディアさんの足が止まる。静寂が部屋を包み、何故か息苦しかった。


「何故勝手に出ていこうとする。バカなのか?」


「……え?」


「俺はまだ何も言ってねぇぞ」


「ッ!」


 兵長、待ってください。

 貴方はこれから、一体何を言うつもりですか?


「俺はシェリルを愛している」


「ッ!」


「いや、今となっては――愛していた、だ」


 私は静かに顔を伏せた。私はもう、何も思わなくなっていた。それは、徐々に私の中から感情と感覚が消え去っているからだった。


「シェリーを、愛していた……?」


 もう、未練なんてないに等しい。


「あぁ。シェリルは、俺の中で生きている。が、もういない。二度と、俺と話すこともねぇ」


 どうやら小隊長は、私が既に成仏しているのだと勘違いしているようだった。


「だから、愛していただ」


「……小隊長」


「今の俺は、お前の気持ちに答えることができねぇ。だから、待っててくれ」


「む、無理しなくて大丈夫ですよ?」


 クラウディアさんはそう言うけれど


「いつか、この気持ちに整理をつける。その時まで待ってろ」


 小隊長のその言葉がよっぽど嬉しかったのか、首肯した。


「はい、わかりました。小隊長、ありがとうございます。……では、今度こそ失礼しますね」


 クラウディアさんが部屋を出ていった後、小隊長はその場に座り込んだ。

 そして、しばらく動かなくなった。そんな小隊長を見ていると、成仏なんてできない。ただ、後悔だけが残るだけ。


 まだ、私が貴方に伝えたい想いは――ある。


 本棚から身を離した時、小隊長から嗚咽が聞こえた。





「泣かないでください、小隊長」


「ッ?!」


 どこからかシェリルの声が聞こえた。頼む、と。俺は幻聴でないことを祈る。


「てめぇ……」


 幻聴ではなかった。


「小隊長って、一人の時だと泣くタイプですか?」


 少しおかしそうに笑うが


「てめぇだって、泣いてんじゃねぇか」


「……ですね」


「聞いてたのか、さっきの会話」


 どこに行ってた、とか。

 どこにも行くな、とか。


 言いたいことを何一つ言えぬまま、疑問だけが先走った。


「はい」


「なら聞かせろ」


 シェリルは、こうなることを予測していたかのようにふっと笑った。



「――私も、愛してました」



 口を開いた時、シェリルは言った。


「待ってください。まだ、何も言わないで」


「……は」


「小隊長、できれば笑ってください。泣くなとは言いません。生きて、幸せになってください」


 シェリルの口から言葉が紡がれる度に、身体が徐々に半透明になっていく。


「……おい」


 シェリルは首を横に振る。まだ、何も言うなと?


「もう、わかりますよね? 私の未練。それは、小隊長に好きって言うことです」


「おい……!」


「小隊長、私はもう長くはありません。残された時間を使って、お願いがあります」


 言わせてください、そう言った途端に足が消えた。


「ッ!」


「最後は、笑ってさよならです」


「――――」


 なぁ、俺は――笑えてたか?





 小隊長。笑えてませんでしたよ?

 でも、小隊長なりに頑張ったんですよね?


 ありがとうございました。


 大好きです。


 さようなら。


 クラウディアさんと、お幸せに。


 天国で、貴方の無事を祈ります。



† † † † †



 クラウディアさんが亡くなったのは、私が小隊長の元から去った一週間後のことだった。





「……シリウス小隊長」


 ガイアが俺の名を呼んだ。


「んだよ」


 そう言って、そう遠くない日の出来事を思い出す。


『しょーたいちょー!』


 最期まで、シェリルは笑っていた。その笑顔に、俺はきっと救われていたんだと思う。

 今も、そして、これからも。


「……マーティンさんと、クラウディアさんのこと、すみませんでした」


 またそれか。


「何度も言わせるな。てめぇのせいじゃねぇよ」


 むしろ、マーティンの件についてはガイアの方が見ていられないくらいに傷ついているように見える。マーティンは新人が配属された時からやけにガイアを可愛がっていたし、多分そのせいだろう。


『小隊長!』


 最期まで、クラウディアは俺の傍にいてくれた。それに、俺はきっと甘えていたんだと思う。


 シェリルも、クラウディアもいない世界。


 それでも俺は



『生きて、幸せになってください』



 あいつらの為に、生きると誓う。そしてまた、あいつらが散った宇宙ソラへと飛び立つ。

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