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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第二章 いつか私が貴方に伝えたいこの想いⅡ
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第一話 いつか私が貴方に伝えたいこの想い

 「Marsマルス」に「EARTHアース」が侵略されて、早七年。西暦1年に訓練生となった者がこの《Ariesアリエス小隊》に入隊してから、三年の月日が経過していた。


「しょーたいちょー!」


「なんだよ」


 《Aries小隊》の小隊長の目の前に現れる。金糸雀色の髪と花色の瞳を持つ、全宇宙で一番強くて一番美しいと噂されている最強の人類、シリウス小隊長だ。

 だけど、小隊長の態度はその綺麗で繊細そうな見た目とは裏腹に素っ気なかった。


「構ってください」


「断る」


「嫌です」


「残念だったな他をあたれ」


 同じような会話を何度も何度も繰り返す。でも、小隊長は忙しい人だから仕方がない。かと言って、私が手伝えることは何もない。


「じゃあ、ここにいます」


「勝手にしろ」


 こんな日常が、数日前から続いていた。

 お互いが何も喋らないまま数時間が過ぎた頃、小さなノック音が聞こえる。


「入れ」


「失礼します、小隊長」


「クラウディアか」


 視線を上げた小隊長は、入ってきた小柄な女性にすばやく向き合う。クラウディアさんは檸檬色の髪を耳にかけ、堂々と小隊長のデスクの前に立った。


「はい、小隊長。次の「奪還作戦」の話なんですが……」


 そう言って、難しい話をし出すクラウディアさん。小隊長もその内容がわかるようで、話がどんどんと進んでいく。さすが、小隊長が班長を務める《Aries小隊》のエリートパイロット集団、シリウス班だ。


「あーあー、私もシリウス班に入りたいなー」


 わざとらしく大きな声で言えば、完全に小隊長に無視される。


「わかりました。では、失礼しました」


「あぁ」


 クラウディアさんが帰ると、小隊長は書類整理へと戻った。


「狡いです、クラウディアさん。小隊長とたくさんお喋りができて」


「お喋りじゃねぇ、仕事話だ」


 まったくこっちを見ずに答える小隊長は、相変わらずの無表情で。


「……それでも、狡いです」


 私はそう呟いて、小隊長室を後にした。


「暇だ……って、あれってガイアくん?」


 廊下をさ迷っていると、小隊長の言いつけなのか窓を必死に掃除しているガイアくんが視界に入る。


「頑張ってるねぇ」


 三年前に入隊したガイアくんは、《Aries小隊》では数少ない〝新暦〟に訓練生になった新人くんで。その実力を買われてシリウス班の班員として活躍しているのを私はよく知っている。

 けど、身長170cmもあるガイアくんでもさすがに窓の一番上は届かないようだった。


「手伝いたいんだけど、無理なんだよねぇ」


 かと言って、誰かを呼ぶこともできない。


「私、役立たずだなぁ」


 自嘲気味に笑っても、誰も相手になんかしてくれない。そして、私なんかがここにいて良いのか一瞬だけわからなくなった。

 いや、それでも――私はまだ、ここにいたい。


「誰が役立たずだと?」


「ッ?!」


 振り返ると、そこには小隊長がいた。


「ちょっ……さすがに驚きましたよ!」


「だからどうした。勝手に部屋から出てんじゃねえよバカ」


「……だ、だって、暇だったから」


 すると、小隊長はしばらく何かを考えて「そうか」とだけ呟いた。


「小隊長?」


 振り返ると、ガイアくんが近くまで来ていて首を傾げている。


「なんだガイア。掃除はもう終わったのか?」


「いえ、それはまだなんですけど……小隊長、さっきからむぐぅっ?!」


「それ以上何か言ったら「Mars」の餌にするぞ」


「すっ、すみません!」


「わかったらさっさと戻れ」


「わ、わかりました!」


 慌てて戻るガイアくんの背中を、私は後ろから黙って見守った。


「どうした」


 私の異変に気づいたのか、小隊長がそう声をかけるけれど


「私、やっぱり……」


「てめぇも「Mars」の餌になるか?」


「すっ、すみませんでした!」


 小隊長は、最後まで言わせてくれなかった。……このままで、本当に良いのだろうか。


「いいか、絶対にこの部屋から出るなよ」


「……わかりましたよ、もう」


 部屋に戻ってから、何十回も聞かされた小隊長からのありがたいお言葉。それを半ば聞き流していると、不意に「悪かったな」と小さな謝罪の言葉が聞こえた。


「へっ? ……えぇぇぇぇっ?!」


「うるせぇ黙れクソ」


「い、いや、えぇ?!」


「「Mars」の餌にするぞ」


 いつもの小隊長のお言葉に、私は意識を現実へと戻して。さっきは小隊長の目力で思わず謝ってしまったが、よくよく考えると―― 



「――無理に決まってるじゃないですか」



 そう言うと、小隊長の眉間にしわが寄る。


「だって私……」


「言うな」


「……わかりました」


 そうだよね。だって、辛い思いをするのは私じゃなくて小隊長だもん。




「おはようございます、小隊長! 朝ですよ!」


 小隊長を驚かせようと、わざと窓から侵入する。小隊長、驚いてくれるかなぁ?


「おいクソ、どこに行ってたんだ」


「え?」


「部屋から出るなとあれほど言っただろうが。クソの脳みそはクソなのか?」


「え、あの……小隊長?」


 もしかしなくても、怒ってる?


「言い訳はあんのかよ、バカ」


「……あ、あの、勝手に部屋から出たことは謝ります。ですが、何故そこまで怒るんですか?」


 つい、疑問に思ったことを口走ってしまった。小隊長は私の疑問に対して、少し眉を潜めて口を開く。


「……心配だろうが」


「しん、ぱい?」


「目の届く場所にいねぇと消えたかと思うだろ」


「ッ!」


 その言葉の意味が、あまりにも私には大きすぎて。小隊長は私の表情を見て、我に返ったのか視線を逸らした。


「…………悪かった」


「い、いえ……。小隊長、私は……どこにも行きませんよ?」


「ならいい」


 そう言って、小隊長は眉間に寄ったしわに触れた。





 俺は何故、ここまで怒る。


「言い訳はあんのかよ、バカ」


「……あ、あの、勝手に部屋から出たことは謝ります。ですが、何故そこまで怒るんですか?」


 何故、だと? んなの、わかりきったことだろう。


「……心配だろうが」


「しん、ぱい?」


「目の届く場所にいねぇと消えたかと思うだろ」


「ッ!」


 目の前にいるシェリルが、翡翠色の目を見開く。その目には、少し涙が溜まっていた。


「…………悪かった」


「い、いえ……。小隊長、私は……どこにも行きませんよ?」


「ならいい」


 そうだ。俺がここまで怒る理由。それは、今朝見た〝夢〟のせいなのだ。




『こんにちは、小隊長!』


 操縦席から顔を出すと、チェリー色の髪をした笑顔が絶えない女が近づいてくるのが見える。


『あぁ』


 俺の返事は、最初から素っ気なかった。


『「奪還作戦」が近づいて来ましたね』


『そうだな』


『小隊長も知っていると思いますが、私、シリウス班に入りたいんです』


『帰れクソ』


『わかってます。今のままじゃ、足手纏いなので』


 話している内容は決して明るいことではないのに、何故かこいつ――シェリルは笑っていて。


『わかっているなら……』


『だから、生き延びます』


『…………』


 俺は内心でため息をつき、視線を逸らして自らの機体の整備に戻った。


『生き延びて、生き延びて、小隊長に認められたいです。だから今日は――約束をしに来ました』


『約束?』


『はい』


『言ってみろ、バカ女』


 今思えば、聞いてはいけなかった。



『私は絶対に、死にません』



 なんで、聞いてしまったのだろう。シェリルの言うことは、ずっと聞いていたから最初からわかりきってたはずなのに。

 これじゃあまるで、死にに行くと言っているようなものじゃないか。……なぁ、そうだろ?


 場面が変わった。「奪還作戦」の帰りだった。


 元々宇宙に拠点を置いていた《Aries小隊》は、拠点を「ジェレミエル」に移して活動していて。相変わらず人類の財産を奪い続ける「Mars」に勝てずに帰還して、俺はぼろぼろになった仲間の機体を眺めていた。



『……約束しただろうが、クソ』



 自然と声が出る。

 シェリルが「EARTH」のソラで自らの機体と共に爆散したのを、俺を含めた仲間全員がその目で見ていた。


 また場面が変わった。

 つい最近の出来事だ。


 「奪還作戦」が終わり、徐々に徐々に落ちついてきた頃。シェリルの葬式も終え、また背負うものが増えたと思った頃。

 シェリルが、どこからともなくやって来た。


『あれ、小隊長?』


『は……?』


 ソラから降ってきたようなシェリルは、俺を見て驚いていた。それは俺も同じだった。


『てめぇ、なんで……』


 俺が問えば、シェリルは悲しそうに笑って



『未練、でしょうか』



 そう言った。


『……未練?』


『まだ、伝えてないんですよ』


『誰に、何をだ』


 そう問いながらも、それが俺であってほしいと願った。


『それは秘密です』


 今度は悪戯っぽくシェリルが笑った。

 俺はそれ以上追及せずに、来い、とだけ言う。するとシェリルは、はい、とだけ答えた。


 そこで〝夢〟は終わった。〝夢〟と言っても、実際に起こったことを見ただけだが。


 シェリルは死んだ。だが帰ってきた。だから、シェリルはまだ――


『ッ!』


 ――そういえば、シェリルはどこだ?


 夢なわけがないだろう?

 数日間共に暮らしただろう? なぁ、そうだろう?


 急に不安に駆られた。まさか、消えたのか? 未練を遂げて、また、勝手に逝ったのか?


『おはようございます、小隊長! 朝ですよ!』


 それは、死ぬほど呑気な声だった。


 そこまで思い返して、俺は改めてシェリルを見た。姿形は生前とまったく変わっていない。ただ、日に日に影が薄くなっていた。

 死者の魂は四十九日と、どこかで聞いたことがある。どこだったかは忘れたが。


「……おい、例の未練とやらはどうなった」


「あ、順調ですよ!」


 そう、笑顔で答えられた。

 それに何故か腹が立った。





 最近の小隊長は、おかしい。そう思っているのは私だけではなく、ガイアも、マーティンさんも、団長や他の班のみんなもだ。


「……はぁ」


 小隊長、疲れているのかな。


「ため息なんて珍しいね、クラウディア」


「うぇえっ?!」


「あははっ、びっくりした?」


「しますよ、もう!」


 廊下を歩いている私に死角から声をかけたのは、小隊長の同期で人型戦闘用ロボットのジラさんだった。

 ジラさんは木賊色のポニーテールをゆらゆらと揺らし、戦闘用ロボットにしては珍しいタイプの笑みを浮かべる。


「いやー、上の空だったからねぇ。シリウスのことでも考えてた?」


「ッ!」


「あ、図星」


「……そうです」


 小隊長のことを考えると、いつも上の空になってしまう。

 疲れているのなら、癒してあげたい。支えてあげたい。私は、小隊長のことが好きだから――。





『あ、順調ですよ!』


 違う。

 ごめんなさい、小隊長。

 私、嘘をついてしまいました。


 本当は、全然順調なんかじゃない。これじゃあ、一体なんの為にここにいるのかわからない。



 私の未練。それは、貴方に「好き」と言えなかったことです。



「小隊長、おでかけですか?」


 珍しく《Aries小隊》の兵服を着た小隊長を見て、私は不意にそう尋ねた。私の今の服は死んだ時と変わらぬ《Aries小隊》のパイロットスーツだが、小隊長はパイロットスーツさえあまり着たがらない。


「あぁ」


「私も行った方がいいですか?」


 小隊長が心配するから、ではない。

 私の未練を遂げる機会を伺う為、だ。


「当然だクソ。未練を遂行することに支障がないならな」


「それなら大丈夫です。問題ありませんよ」


 だって、私の未練は小隊長が側にいないといけないから。


「そうか」


 あれ? 今、もしかして笑った――?




 小隊長が笑った理由を考えながら、私は彼の周囲を漂う。生前は見上げていたはずの顔も、今では見下すようになってしまった。

 それが気に入らないのか、たまに私を睨んでいるのが面白い。


 あ。今、目が合った。


 さっと視線を逸らすと、小隊長は何事もなかったかのように前を向く。……び、びっくりした。


「あ、小隊長!」


 逸らした視線を正面に向けると、そこにはクラウディアさんがいた。彼女は何故か笑顔で、それだけで簡単に胸が締めつけられた。


「クラウディア」


 元気そうに小隊長の元へと駆け寄るクラウディアさん。やっぱり、羨ましい。私には駆け寄る為の足がないから。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


「何がだ」


「え?!」


 心配そうに尋ねて、「何がだ」と即答されたクラウディアさんは慌てる。だけどそれは一瞬で、彼女の山葵色の瞳は小隊長を捉えた。

 そして


「……最近の小隊長は、少し変だと思います」


 こう言った。


 その場が一気に静まり返る。と言っても、小隊長と、クラウディアさんと、私だけ――クラウディアさんにとっては、二人きりだろうけれど。


「変だと?」


「ッ!?」


 クラウディアさんの体が強ばった。顔色が徐々に――だけど確かに青くなる。

 小隊長の斜め後ろにいた私は、その顔色を不審に思ってクラウディアさんと同じ目線に移動した。


「ッ!」


 そしてわかる。小隊長は、とてつもなく怒っていた。


「クラウディア。俺のどこが変だと思うんだ」


 小隊長の声は震えていた。まるで、変ではないと否定してほしいような――怒りで震えているとも思えるような。

 それでも。クラウディアさんは、多分誰よりも勇敢だった。覚悟を決めた瞳だった。


「最近、独り言……」


「言うな」


 遮った? あの小隊長が、あのクラウディアさんの言葉を。


「それ以上、言うな。俺の方から聞いたのに、悪かったな」


「……いえ、こちらこそ……すみませんでした」


 私が呆然としている間にも、クラウディアさんは小さく頭を下げて去っていった。


 私は、静かにその場を離れた。

 認めたくなかった。私のせいで小隊長が変な目で見られているのだと。けど、これだけは認めざるを得なかった。


 クラウディアさんが、本当に小隊長のことを想っているのだと。


「……ッ……う、うわぁ……ッ!」


 いつか私が貴方に伝えたいこの想い。


 この想いは、伝えてはいけないのだろうか?

 私の未練は、なかったことにするしかないのだろうか?

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