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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第一章 いつか私が貴方に伝えたいこの想いⅠ
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第二話 君の記憶に

 西暦1年。


 「EARTHアース」が侵略されてから、人類は西暦を改めた。だから、あの日から一年が経過したことになる。ちょうどその頃、「EARTH奪還作戦」が行われようとしていた。

 それは、人類が人類ではない生命体に侵された故郷に行くということ。その作戦は、あの日「Marsマルス」に負けるとわかった瞬間に逃げ帰り、「ジェレミエル」をソラへと飛ばした《Ariesアリエス小隊》が主に行うこととなっているが――その中に〝私がいる〟のは、ガイアには内緒にしておこう。


「……え」


 驚愕の表情で、ロトはようやく口に出す。彼は今にも泣きそうで、私は困ったようにぎこちなく笑った。


「……そう」


 ゼノヴィアは視線を落とし、たったそれだけを呟く。


「ガイアには内緒だよ?」


 こくりと頷いたのはゼノヴィアだけで、ロトは上げた手を力なく落としただけだった。

 「EARTH奪還作戦」。それは実は名ばかりで、本当は「ジェレミエル」の住人を定員まで減らすという元王族たちの魂胆があることを――「ジェレミエル」に乗っている住人は、口にはしないだけでみんな薄々と感じ取っていた。


 選ばれたのは、多分私みたいなちっぽけな庶民で。元領主の息子のガイアも、人間よりも役に立つロボットのゼノヴィアも、元貴族の息子のロトも、選ばれる理由なんてどこにもなくて。


「ガイアには、内緒だよ?」


 私はもう一度念を押して、悪戯っぽく笑った。





「ロト?」


 俺は首を傾げた。ロトも、ゼノヴィアも、メルも――最近なんだかすげぇおかしい。けれど三人は、俺には何も言わなかった。


「えっ? ごめんガイア、今何か言った?」


 ロトは少し焦って聞き返す。


「いや、別に何も」


 俺はロトから視線を逸らし、鼻を擦った。一番様子がおかしいメルは、黙々と人工の畑で作業をしていた。

 翌朝起きると、何故かどこにもメルがいなかった。今日は「EARTH奪還作戦」なんて呼ばれている胸くそが悪くなるアレがある日だって言うのに。


「本当にどこ行ったんだ……?」


『ガイアー!』


 遠くから、何故か汗だくのロトが駆けてきた。息を切らしながら顔を上げ、ロトは俺の服の袖をぐいぐいと引っ張る。


「なんだよロト、服が伸びるだろ」


 正直、服なんかよりも今すぐメルを探しに行きたい。そんな俺の考えなんかお構いなしとでも言いたげに、ロトは俺を引っ張り続けた。


「ガイア、早く来て!」


「ロト!」


 どこからともなく現れたゼノヴィアは、ロトを止めに入る。呆気なくゼノヴィアにやられたロトだったが、俺が不審げに見つめているのにも気づかずに息を整えてこう叫んだ。


「今すぐ来て! メルが!」


 それだけで、俺は足が千切れるんじゃないかと思うほどに走る。いっそのこと、千切れたって構わない。


 だから――


「――間に合ってくれよぉ!」


 大粒の涙が宙を舞った。絶叫は木霊していた。


『メルが「奪還作戦」に!』


 ロトが叫ぶのと同時に、ゼノヴィアが俺を見る。その時には既に、俺は馬鹿みたいに滑走路に向かって走っていた。


「はぁ……! っはぁ……!」


 息を整えて正面を見ると、「ジェレミエル」に搭載されていた小型の宇宙船はどこにもなかった。

 追いついたゼノヴィアの制止を振り切っても、張り裂けそうになるほど叫んでも、それでも、


「ちくしょお!」


 俺の手は、届かなかった。





 「奪還作戦」が行われた直後、訓練生となった僕らは日々の訓練に明け暮れていた。特別に入隊を許可されたゼノヴィアは早くも教官から一目置かれ、ガイアも努力をして前へ前へと進んでいる。

 僕も必死になって訓練についていった。けれど、ずっと、何かが足りない。


 ここにいるはずだった少女は、あの日以来二度と帰っては来なかった。そして僕たちは、二度とメルの名前を口にはしなかった。


「ロト、何ボーッとしてんだ?」


「っえ? あ、ごめん……」


「いや、別にいいけどさ。気をつけろよ、実戦だったら命取りだぜ」


「……そうだね」


 僕はぎこちなく笑って、その場を誤魔化した。





 ロトとガイアが部屋へと戻っていく。

 〝私〟は、その後ろ姿をずっと見ていた。


 周囲には男の子しかいなくて、少し緊張する。閉められたドアの向こうが彼らの部屋だとわかっていた私は、少しだけ罪悪感を感じながらすり抜けた。

 何台かベッドが置いてあって、ガイアは二段ベッドの下に潜り込む。顔を壁に向けたガイアの表情は、私にはお見通しだった。


 これも、霊体故なのだろうか。


 ガイアは静かに泣いていた。本当に誰にも聞こえないように、私の名前を呼んでいた。

 いてもたってもいられなくて、私は部屋を飛び出す。正確には、壁をすり抜けた。あの時の判断ミスが今をこうさせたなら、私は自分が嫌いになりそう。だからなのか、未だに成仏できなかった。


「ッ!」


 目の前の景色が変わり、私は止まる。そこは既に女子寮で、ゼノヴィアが女の子たちに囲まれていた。


(本当なら、私もあそこにいたんだ)


 ガイアのことしか見ていなかった私は、ゼノヴィアを見て少しだけ嫉妬した。そんな自分も嫌いになりそう。

 ゼノヴィアは無表情で、ケアロボット専用のベッドに行こうとする。その瞬間、私がいる方向を見て目を見開いた。


「え……」


「ゼノヴィア? どうしたの?」


「……なんで」


 目が、合った。


「そこに誰かいるんですか?」


 女の子の一人がゼノヴィアの視線を追うが、私とは目が合わない。女の子は、そこに誰もいないとわかると恐怖に顔を歪ませた。


「ゼ、ゼノヴィア?! もう、変な冗談はやめてくださいよ!」


 ――変な冗談。


 悪気があったわけじゃないことくらい、わかっている。けれど、その言葉はちくりと私の胸を刺した。

 ゼノヴィアは女の子の台詞には流されず、目を見開いたまま私を見つめる。


「そこにいるの?」


 純粋な問いに、私は思わず


「いるよ、ゼノヴィア!」


 こう叫んだ。

 私は耐え切れなくなって、泣きじゃくったまま壁をすり抜ける。そして、どうしようもなくなって地面に座り込んだ。


 足音に気づいて顔を上げると、ゼノヴィアが私を追っていて。私は少し驚いて、「どうしてここにいるの」と尋ねた彼女の疑問に


「後悔してるの」


 と、力なく返した。


「後悔?」


 ゼノヴィアが私の台詞をオウム返しする。私が黙って頷くと、「ガイアのこと?」とゼノヴィアはわかっていたかのように追及した。


「そう……あの日、黙って行ったこと…………すごく、後悔しているの」


 ガイアから貰ったと言う黄色いリボンの先を、ゼノヴィアはくるくると指に巻きつける。


「けど私、ガイアには見えてないんだ。……肝心のガイアには見えなくて」


「私には見える」


 ゼノヴィアは東洋人の瞳を見せ、真っ直ぐに私を見据えた。そして彼女は、こうも言った。





 眠れないのは、メルのことを思い出すから。

 不意に気づいた喉の渇きを潤す為に、俺はそっと共同部屋を出て食堂へと向かった。その時、窓の外にゼノヴィアの影を見たような気がして俺は目をやる。すると、そこには珍しくゼノヴィアが呆然と突っ立っていた。


「あいつ、何をやって……」


 そんなものは、ここにいたらわかりっこない。俺は慌てて外へと飛び出した。どちらかと言うと、凍てついた風が吹いていた。


「ゼノヴィア! 何やってんだよ、また故障しちまう……」


 ゆっくりと、ゆっくりと、俺の方を見るゼノヴィア。

 いつも見慣れているはずなのに、何故だか雰囲気が柔らかくて懐かしい。


「ガイア」


 ゼノヴィアの声は、風に乗って俺の耳に届いた。


「……お前、ほんとにゼノヴィアか?」


 自分でも信じられないことを言っていると思う。けど、ゼノヴィアと同じ形のケアロボットだっていう可能性は捨て切れなくて――ゼノヴィアと思われるケアロボットは、何故だか嬉しそうににこりと笑った。


「久しぶり」


「……メル?」


 ずっと、会いたかった。


 何かを考えるよりも先にそう思った。

 あの時よりも早く駆け寄り、ゼノヴィアの体を強く抱き締める。ゼノヴィアの体の感触は確かにケアロボットのものなのに、ゼノヴィアではない何かを感じる。


 愛しくて仕方がなくて、俺は腕の力をさらに込めた。


「ガイア。ロボットでも、さすがにこれは苦しいよ……」


「ッ! わ、わりぃ!」


 慌てて腕の力を緩めるも、俺はメルを離さなかった。絶対に、離したくはなかった。


「やっと、会えた」


 そう言ったのは俺ではなくて、メルだった。

 少し高めのゼノヴィアの声には違和感を感じずにはいられないが、メルはこんな声色だったなと同時に思う。


「それはこっちの台詞だ、ばか」


 ようやく出てきた声は嗚咽混じりで、少し情けなかった。





『私の体を好きに使っていい。だからもう、ガイアを苦しませないで』


 それはゼノヴィアの提案だった。一言、感謝を述べてゼノヴィアと重なる。

 人間の体ではないけれど、久しぶりの〝肉体〟という感触に呆けていた頃。奇跡的にガイアが駆け寄ってきたのだった。


「それはこっちの台詞だ、ばか」


 嗚咽混じりに、ガイアが声を出す。

 あぁ、ゼノヴィアの言う通りだ。ガイアの感触をセンサーで感じながら、私は私のではない声を絞り出す。


「……ごめんね……」


 ゼノヴィアなら許してくれるだろう。私は少しだけ屈んで、ガイアの唇に唇を重ねた。


「ガイア、私ね、ガイアが好き」


「…………な」


「愛してる」


 刹那、ガイアの深緋色に輝く瞳が揺れた。


「ずっと前から、大好き」


 鼻の頭を赤くしていたガイアは、それを頬へと広げる。


「俺も、お前が好きだ……ずっと前から……」


 ガイアは少し早口で私に告げる。その言葉を聞いた時、ぼろっと何かが頬に当たった。

 ガイアの瞳の中にいたゼノヴィアは、驚くべきことに泣いていたのだ。


「……ありがとう。さようら」


「ッ!?」


 さっきよりも強く、ガイアがゼノヴィアを抱き締める。けれど、そこにもう私はいなかった。

 目を開けたゼノヴィアは、ガイアに抱き締められているとわかって首を傾げる。けれど、すぐに悲しそうにガイアの頭を撫でた。


「うわっ……あぁぁあ!」


 ガイアの泣き叫ぶ声が、静寂な辺りに響いた。

 また霊体となった私は、訓練生たちがガイアの声で起き始めていることに気づいていた。


 泣かないで、そう言おうとして止める。


 君の記憶に残る私の最後の台詞は、『さよなら』なのだ。そう、一年も前から決めているのだ。


 ふっと意識が遠退き始める。ぼんやりとする視界の中で、ゼノヴィアがガイアの手首にあの黄色いリボンを巻いているのが見えた。


『ガイア、大丈夫。私が――』


 ゼノヴィアの台詞を聞く前に、私はこの世界から消える。でも、ゼノヴィアにならガイアを任せられた。





『ガイア』


 瞳を閉じれば、今でもあいつが俺の名を呼ぶ声がする。


 気のせいなのか。

 気のせいではないのか。


「――私がずっと、側にいる」


 気がつけば、ゼノヴィアが俺の手首に黄色いリボンを巻いていた。

 気がつけば、メルが消えた代わりに流星が降っていた。


 始まりは終わり。終わりは始まり。


 俺は、「ジェレミエル」の天井から見える広大なソラを見上げる。



「ありがとう」



 涙は流星を暈し、流星は涙を誤魔化す。そして、宇宙ソラに向かって精一杯に笑ってやった。

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