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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第六章 聡明玩具
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第二話 僕たちの私情と人類の生死

 目を奪われるほどに美しい桃花色の髪だった。

 「宇宙船ガブリエル」内に本部を構える第八航空団《Scorpioスコーピオ小隊》に入隊した新人のフェデリカは、そうやって僕の目を奪っていた。


『はじめまして、パトリツィオさん』


 ずっと呼び捨てか小隊長で呼ばれていたけれど、フェデリカだけはさんづけで呼んで笑っていた。


『はじめまして、フェデリカ』


 軽く返事をする。新人で僕に話しかける子はとても珍しかった。


『パトリツィオさんは綺麗な金春色の髪ですね』


 何を言っているんだろう、この子は。


『君には負けるよ』


 負けるなんて単語は生まれて初めて口にしたかもしれない。フェデリカははにかんで、『ありがとうございます』と礼を言った。


『で。お世辞はいいから用件を話してくれるかな?』


 暇じゃないから用件を急かす。すると、フェデリカは顔を強張らせて迷った素振りを見せた。


『何故パトリツィオさんは人類最強って呼ばれているのに《Ariesアリエス小隊》に行かないんですかっ?』


 そう尋ねたのは、僕が痺れを切らして歩を進めたのと同時だった。焦ったような声で、懇願するように僕を見つめている。


『率先して奪還するのが面倒なだけだよ』


 当たり前でしょ? そんな意味をたっぷりと込めて言い返すと、フェデリカは『すみません』と肩を窄ませ身を引いた。その後、フェデリカが他の隊員にそれを聞いたという噂を耳にしなかったことに少しだけ違和感を覚えた。


 これが、僕たちの出逢いだった。


『パトリツィオ。さっき新人と何を話してたの?』


 次の「奪還作戦」に向けて団長のアナスタシア・ヴコーロヴナと話をしていると、そういえばというようなノリで尋ねられた。手を止めて、しばらく考えてみる。


『パトリツィオ?』


『髪の話です』


『それは本当に何を話してたの?』


 じわじわとくる笑いを堪えようとして、団長は口元を押さえている。これでは作業が進まない。


『知りませんよ』


 〝、僕だって〟


 半ば苛立ちながら機体を模した硝子玉をいじる。不意に、自分の金春色のが視界に入った。

 綺麗な髪、か。特別な手入れをしたわけではないけれど、フェデリカが言うならそうなのだろうと思った。




 あの日以降もフェデリカをよく見かけた。

 例の桃花色の髪は《Scorpio》では目立つのだ。それと、他の子と比べて何故かよく目だけが合う。目が合っただけでは特に何もしない。いつもフェデリカが何かしらのリアクションをするのだ。


『お前、不器用だな』


 それなりに時間が過ぎた頃、団長を追いかけて「第五航空団《Leoレオ小隊》EARTHアース支部」から異動してきたという変わった経歴を持つレーニャが言う。

 どこが不器用なんだと言ってしまいたい衝動に駆られたけれど、聞いてしまったらそれはそれで元に戻れないような気がしてやめておいた。何が元に戻れないのかは、知らないけれど。


『否定しないのか』


 ニタニタと笑うレーニャを蹴り、僕は先を歩く。レーニャを待ってやる義理もなく、早歩きを続けていると


『あ、パトリツィオさん』


 目の前で艶のある桃花色の髪が揺れた。


『フェデリカ……』


 本部の辺境にいるとは思わず、反応が遅れる。真後ろの方で、身体能力だけには恵まれているレーニャが笑った声がした。


『……何してるの?』


『あ……えっと、書類整理を頼まれまして……』


 歯切れが悪そうに、そして視線を逸らして答えられる。確かに、フェデリカの手には俺から見ても多すぎる量の書類があった。


『誰とやるの?』


『……私だけです』


『へぇ』


 終わらないだろうなぁ。最初にそう思った。次に――



『手伝ってやれよ』



 ――不覚にもレーニャと同じことを思った。


『え?』


 フェデリカが奥のレーニャを見る。


『遠慮すんなよー』


『えっ、し、しますよ班長! そんなのだめです!』


『しなくていいよ。手伝うから』


 奥のレーニャが何かを言う前に、僕は書類の半分を持って先を歩いた。


『いいですって!』


『なんで? 俺は小隊長だよ?』


 フェデリカは何かを言いたげな顔をしていたが、僕は聞く耳を持たない雰囲気を纏ってやり過ごす。空き部屋を見つけて机上に書類を乗せると、『あの……』と言いにくそうにフェデリカが前に出た。


『何?』


 今まで話したことは何度かあったはずなのに、今日のフェデリカは何故か余所余所しい。


『……本当は、一人でやらないとだめなんです』


 俯き加減にそう言ったフェデリカの声は、ちゃんとはっきりと聞こえていた。


『それは、団長命令?』


 小隊長よりも偉い立場にいる者は、レーニャが「ナースチカ」と呼んで慕う彼女だけだ。なのにフェデリカは首を横に振って口篭る。


『じゃあ、誰?』


 すると、フェデリカは躊躇いながら俺を見て


『パトリツィオさんと、よく一緒にいたから……』


 自分の耳を疑った。


『小隊長からの命令を無視して、団長じゃない子の言うことを聞くの?』


『女の世界なんて、パトリツィオさんが知らないだけでこういうものなんですよ』


 無理して笑ったフェデリカは、悲しそうで。決して弱音は吐くまいとでも言うように、早速資料を纏めている。


『だから、パトリツィオさんがここにいるのは私にとって不都合なんです』


 その言葉は、フェデリカが思っている以上に僕を刺した。僕がここにいること。フェデリカのことを手伝うこと。すべてが彼女にとって迷惑だと、理解しようとして


『それ、本気で言ってる?』


 理解できなかった。


『人間同士でどうしてつまらないことをするんだい』


『確かにつまらないかもしれません』


 文字にしたら同意しているのに、怒気がそれを否定する。


『けど』


 フェデリカの弱音が瞳に現れた。透明の液体が、フェデリカの頬を撫でる。


『それが人間なんですよ!』


 そこで僕は理解した。フェデリカは僕の言葉すべてに怒ったのだ。


『パトリツィオさんにはわかりませんよね! 聞いてますよ、パトリツィオさんには〝人間の心〟がないんでしょう?!』


『……は?』


 乾いた声が僕の唇を撫でた。吐息が空気中を静かに揺らす。


『だから人類最強なんでしょう?! 元祖のシリウスさんもそうだったって、みんな言ってますもん!』


 それは、フェデリカが最初に尋ねたことだった。


『僕は……』


『ずっと嘘だって思ってました! けどパトリツィオさんは……!』


 〝ずっと嘘だって思ってました〟。一瞬だけ救われた気分になり、けれどそれを自分自身で壊した罪悪感が俺を地に落とした。




 あの後のことはいまいち覚えていない。気づけば部屋の外にいて、中からフェデリカの啜り泣く声だけが聞こえていた。

 数ヵ月経った今、当然目はまったく合わない。廊下でたまにすれ違うだけの俺たちに、当然会話もない。こんなにも一日が遅かったかと思うようにもなったある日、資料が僕の手元に届いた。それは、数日前の「奪還作戦」の報告書だった。


『フェデリカとまだ喧嘩してるのか?』


 それを持ってきたレーニャは、あれから必要以上にそう尋ねてくる。


『レーニャには関係ないですよね』


『少しは責任感じてんだよ、俺も』


 それは初耳だった。僕は資料を捲る手を止めず、適当に答える。レーニャは小さく息を漏らして僕を見ていた。

 何枚か頁を捲ったところで、見覚えのある名前が出てくる。レーニャは僕の手が止まったことを見て、笑った。


『優秀だろ』


 下方を見ると、確かに優秀な結果が出ている。今後の所属班の参考になるそれ。僕の目に止まる優秀な新人。


 それは、フェデリカだった。


『決めるのはパトリツィオだ。俺の班から引き抜いても何も言わねぇよ』


 レーニャの言いたいことはわかる。新人で、初めての「奪還作戦」で、この討伐数。誰がどう見ても逸材だろう。今でなくても、このまま行けば確実に――。


『厳しいか?』


『数ヵ月もろくに口を効いてないです』


『ナースチカが選んだことにするか?』


『まぁ、そんなくだらない理由で選ばないわけないですけどね』


 いくら私情で数ヵ月も話してなくても、選ばなければ人類は負ける。「Marsマルス」の出撃機体数も、毎回確実に減少しているのだ。この流れは切りたくない。

 僕たちの私情と人類の生死は、比べるまでもないだろう。


『フェデリカを僕の班に入れます。これからこの子は《Scorpio》のエースパイロットの一員ですよ』


『本当か』


 レーニャが驚いた表情で一歩前に踏み出した。何をどうしたのかわからないけれど、何故かそのまま僕の方に倒れてくる。


『うわっ』


『ちょっ』


 身体能力があるせいか、避けた先で互いにぶつかった。ガンッと大きな音を立て、僕たちは小隊長室の床に倒れる。

 目を開けると、レーニャが僕の上に覆い被さるような形になっていた。


『……何がどうしてこうなったの』


『……悪い、二日酔いで蹌踉けた』


 レーニャを退けて起き上がろうとすると、遠慮がちに扉が開く音がした。


『……すごい音がしましたけど、大丈夫ですか?』


 刹那、尋常ではない早さで背中に悪寒が走る。この声、この体勢、すべてのタイミングが悪すぎる。


『え』


 フェデリカの声がすぐさま失われた。


『違うんだフェデリカ』


 ちょっと話をと続けようとして、フェデリカが『すみませんでした!』と早口で出て行くものだから何も言えない。さすがのレーニャも笑っていなかった。




 フェデリカに誤解を解く暇を与えられないほど、あの後僕もレーニャも仕事に追われてしまった。「奪還作戦」後だったこともあり、仕事量は通常の倍近い。

 けれど、その裏でフェデリカを僕の班に入れる準備をしていた。おかげで睡眠時間は削られたが、後悔はまったくしていない。


『少し寝たら?』


 そんな僕を見かねて団長がそう提案したが、僕はそれを拒んでついにその日を迎えることとなった。


『……ど、どうも』


 思い切り視線を合わせずに、フェデリカが僕の前にいる。それ以上は何も言わず、俺は口を開いた。


『あの日のことだけど』


『私の機体はどこですか』


『あの時は』


『パトリツィオ班の格納庫なら、場所を教えて欲しいんですけど』


『フェデリカ』


『なんですか』


 少し充血した目が僕を捉えた。半分睨み、半分泣きそうな目だ。


『やっと見てくれた』


 そうやって目を合わせることに、僕たちは一体何ヵ月の時間を費やしたのだろう。

 フェデリカは慌てて視線を逸らした。けれど、それを放置するほどの余裕はない。


『僕を見ろ』


 と、半ば強引にフェデリカの顎を固定させた。

 フェデリカは当然驚いて、その瞳に涙を滲ませる。


『……んで、こんなこと』


『君が僕の話を聞こうとしないからでしょ』


『……だって』


『聞いて』


 フェデリカはようやく黙った。僕を、僕だけを見つめて、やはりそれでも涙を滲ませて。


『あの時のは誤解だよ。レーニャとは何もない。それと……』


 初めて会った時。フェデリカとすれ違い始めたあの日のこと。


『……ごめんね』


 滲んだ涙はついに溢れて、フェデリカは顔を歪ませた。


『なんで、パトリツィオさんが謝るんですか』


 涙を拭うことはせずに、フェデリカは僕に問いかけた。頬を伝った涙が、顎を固定している僕の指にも伝う。


『パトリツィオさんは悪くないじゃないですか。私が悪かったんですよ。パトリツィオさんのこと、自分から知ろうともしないで、八つ当たりみたいなことをして……』


 フェデリカの言葉一つ一つが、僕の鼓膜に届く。


『……本当に、ごめんなさい』


 頭は僕のせいで下げられず、瞳だけで伝えようと見つめてする。僕は返事の代わりに涙を拭い


『ありがとうございます』


 礼を言われた。


『こちらこそ』


 そう返すだけで精一杯だった。


『でも、良かったんですか?』


『何が?』


 フェデリカはもう泣いていない目を逸らし


『私のこと嫌いなのに、自分の班に入れて』


 僕の想像もしていなかった台詞を吐いた。


『僕、君のこと嫌いじゃないけど』


『え、ほ、ほんとですか? ……良かったぁ』


『あれからもう何もされてない?』


 一瞬、フェデリカがきょとんとして。


『はいっ! それが、あの後からぱったりと……って、もしかしてパトリツィオさんが?』


『それは勘ぐりすぎだよ』


 僕は真顔で嘘をついた。フェデリカは何も疑わずに、その理由を考え始める。


『考えても無駄なんじゃない? そんなことより格納庫でしょ? レム班の向かい側にある列の再奥だから。行きたいなら行っておいで』


 言いたいことは全部言った。僕は部屋に戻ろうとし、その前にフェデリカに服の裾を掴まれる。


『待ってください』


『え?』


『私、今幸せです』


『だから、何?』


『だから、もう少し幸せになってもいいかなって思うんです』


 わけがわからない。



『貴方が好きです』



 今、僕はどんな表情をしているのだろう。

 フェデリカが僕を笑うことはなく


『もう一度言います。何度でも言います。私は貴方が好きです。大好きです』


 紺瑠璃色の瞳で僕を捉えて照れくさそうに頬を赤らめた。

 恥ずかしいならどうして言ったんだろう。理解できない。


 僕にはやっぱり、〝人間の心〟がないのだろうか。


『……無言は肯定ですか?』


 じっと、不安そうな瞳が揺れた。


『僕が君を恋愛対象として見たことはないよ。一度もね』


『そんなっ!』


 落ち込むと思っていたら、フェデリカは悲鳴にも似た声を上げた。


『私、てっきり両想いだと思っていたのに!』


 敬語を忘れて、悔しそうに歯を食い縛る。そういうのを見ていると、段々フェデリカのことがわからなくなってきた。


『こんなのって……』


『もういいかな?』


『だめです!』


 本当になんなんだろう、今日のフェデリカは。

 頼むからこれ以上第一印象を裏切らないで欲しい。


『言ってしまった以上、元には戻れません』


『うん』


『仕方がないので、私、頑張ります』


『えっ、何を?』


 フェデリカは、しっかりと僕の服の袖を掴んで



『絶対に、パトリツィオさんを振り向かせます』



 艶のある桃花色の髪を揺らした。

 フェデリカは、髪と同じくらい輝く瞳で僕を見つめている。


『そう』


 面倒だから、とりあえずそう言った。


『頑張ります!』


 フェデリカはそう言って、今度こそ格納庫に向かう。それを見届けてから、僕は無意識に左の胸を掻いた。




 頑張ります。そう言う割りにはなかなか僕に会いに来なかった。いや、僕としてはその方がありがたい。昨日の今日ということもあるせいだとは思うけれど。

 廊下を歩いていると、医務室からフェデリカが出てきた。いつ話しかけられるのかと見ていたら、心なしかフェデリカの顔色が暗いことに気づく。


『……あ、パトリツィオさん。おはようございます』


『おはよう、フェデリカ』


 声色も低い気がする。いや、確かに低かった。


『どこか悪いの?』


『あ……』


 フェデリカは医務室の看板を見、隠せないと思ったのか苦笑する。


『お腹が痛かったので、看てもらったんです。そしたら食べ過ぎだって言われました』


 髪を耳にかけて、恥ずかしいのか俯きながらにそう言った。


『へぇ。お大事に』


 歩き、フェデリカの真横を通り過ぎる。フェデリカは追って来なかった。多分、まだ腹が痛いのだろう。

 互いの足音が遠ざかる。特に気にもせず、僕は団長の元へと向かった。


『パトリツィオ、お前……不器用とかそういうレベルの話じゃないな』


 来て早々、何故か団長室にいたレーニャに哀れまれた。思い当たる節がないけれど、団長もそういう表情をしている。


『フェデリカのことだ』


『あぁ、医務室のですか?』


『医務室?』


『違うんですか?』


 いや、時間的にレーニャがあの場にいることは不可能だ。ならなんだと団長を見るも、団長は首を横に振る。


『昨夜の告白よ』


『……それですか』


 持っていた資料を机に置き、僕は眉を潜めた。聞かれていたことに不快感を覚えるけれど、小隊公認カップルの二人はまったく気にしていない。


『それかって、私だって二人は両想いだって思ってたんだかね?』


『俺もナースチカと同意見だ』


 刹那、自分の動きが止まった。両想いだって、思ってた?


『なんでそうなるんですか』


『見てたらわかるのよ』


 団長は腕を組み、ない胸を張ってそう言った。


『ですが、僕は別に……』


 なんとも思ってない、はずだ。はずなのに、胸の辺りが漠然とした靄に覆われている気がする。


『嘘ね』


『嘘?』


 すると団長はレーニャを見た。『レーニャだってそう思うでしょ?』という問いに、レーニャは強く頷く。


『フェデリカと話してるパトリツィオは、いつもと違ったからな』


『楽しそうだったよね。パトリツィオ』


『…………』


『〝無言は肯定〟だったか?』


 どこかで聞いたことがあると思えば、それは昨夜フェデリカが言った台詞だった。

 少なくとも、これは否定ではない。ただ、声に出して肯定するのも違う気がする。僕は〝無言は肯定〟を貫いた。レーニャはニヤニヤと、この時ばかりはそうやって笑った。


『これ以上笑ったら退出させます。団長、さっさと済ませますよ』


 レーニャは一瞬にして表情を変えた。団長は頷いて、僕が持ってきた資料を捲る。

 視界に、自分の前髪が入った。暇な時があれば切ろう。そう思った。

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