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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第六章 聡明玩具
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第一話 残酷と愛情が生んだ物語

 少しだけ生肉の臭いがする。まぁ、時間が経てば問題ないか。

 僕は無言で腕の中の肉を見つめ、そんな僕を遠巻きに見ていたジラが不意にこう尋ねた。


 ――ねぇパトリツィオ、本当にやるの?

 ――今さら何を言ってるの? やるよ僕は


 ジラは黙った。僕はそんなジラを横目に、《Ariesアリエス小隊》最大の化学力を使って作ったそれに肉を横たえる。

 手を離して、僕はつけていた手袋を取り払った。こんなものはもういらない、そう適当に放る。


 ――ねぇ

 ――何?

 ――これ、どうやって使うの?


 ジラは盛大に転けてリアクションをした。そんなことをされても何も言う気にはならない。無言でジラに場所を譲る。


 ――だからね、こうやって使うんだよ

 ――さっさとしてね

 ――酷いなぁ、パトリツィオは

 ――酷いよ、僕は。最初からね


 僕の声が聞こえたのか、ジラは苦笑いをした。それでも手を止めることなく、事は順調に進んで行く。


 ――後はこれで終わりかな

 ――案外簡単なんだね

 ――ここまではね。大変なのはこれからさ

 ――へぇ。そうなんだ


 ジラは何かのスイッチを押した。すぐさま鳥肌が立つほどの冷気が室内に充満する。


 ――最後のお別れは言うの?


 投げかけられた問いを考える。言っても絶対に届かないことは承知だけど、言うことは一つしかない。


 ――しばらく一人にさせるけど、我慢してね


 極寒と化した室内から、ジラと共に出る。フェデリカは一人で寂しくないだろうか。今さらながらにそう思った。


 待っててね。

 必ず、また会おう。





 その日は、太陽の眩しさに目を細めたなんでもない日常の一つだった。

 どうしようもないくらい汗ばんだ衣装を摘み、風を入れる。そうして足に鞭を打ち続けた。


 これだから夏は嫌いなんだ。


 涼しい場所を求めることが許されないサーカス団員を続けて何年になるだろう。だが、とてつもなく長い年月だったと記憶している。


「熱いのかい?」


 団員仲間のジラは涼しげな顔をしていた。二千年前に活躍した元戦闘用ロボットのジラなら熱くないのは当然だろう。


「行くよ。ヴェルノ団長が呼んでる」


 大きく手招きをするヴェルノ団長を視認し、歩き出す。だが、しばらくジラはついて来なかった。


「……この世界で一番寒い場所を知ってるくせに」


 僕に聞こえない程度に、ジラはそう呟いた。


「へぇ。僕は知らないけど?」


 振り返ると、「聞こえてたのか」とジラが困ったように眉を下げた。やがてその表情は消え、ジラは真顔で問いかける。


「信じてないの?」


 口を開いた時、メルが急かす声が聞こえた。ジラと走って駆けつけて、話題は自然消滅する。テントへと戻るとそこには数台の巨大なタブレットが配置されており、その周りを数人の団員が占領していた。

 どうやら僕たちが戻ったのと同時に速報が入ったようだ。興味はなかったけど、音量が音量だったせいで耳に入ってくる。


『本日未明、地下から巨大な建物が見つかりました。専門家によると建物は二千年前のものだそうです』


 二千年前というのは、あの二千年前なのだろうか。ジラを見ると、彼女はタブレットから視線を逸らさなかった。


「ようやく見つかったか」


 ジラがそう呟いた。まだ、ジラは二千年前の戦争を覚えているというのか? 視線を追うと何故かタブレットがよく見えた。タブレットを囲んでいた団員らは消え、例の建物が映し出される。


「ッ!?」


 ぞくり、と背中に悪寒が走った。初めて見たはずなのに、この感じはなんだろう。


「……行かないと」


「えっ?」


 ジラが目をまばたかせた。そして走り出す僕の腕を掴み、引き寄せる。


「なん……」


「私も行く」


 真剣な眼差しが俺を貫いた。ジラは団員に体調不良を訴えて走る。ゴンドラを何本も乗り換えて、遠い場所まで来て。それも束の間で、僕とジラは共に走る。とにかく一分一秒でも時間が惜しかった。




 予想通り、建物付近は報道陣や警官でごった返していた。ただのサーカス団員の僕たちは、やっぱり野次馬と勘違いされる。


「おいおい。こっから先は立ち入り禁止だぞ〜」


 警官に掴まれ建物から引き離された。抵抗しては駄目だと理性が言うけど、本能は違う。彼らを撃ってでも前へ進む――会いたい人がそこにいる限り。


「あれ……」


 会いたい人って、誰だっけ。


「マーティンさん、その人は大丈夫です。通してあげてください」


 奥の方から男性の声がした。金髪の警官が、僕を掴む警官に命じる。


「ノアさんが言うなら……仕方ねぇな」


 解放された手首を擦り、僕は短く礼を告げて走った。


「ありがと、ノア」


「気にしないでください。ジラさん」


 遠くの方でそんな会話が聞こえる。

 気づけばジラが隣を走っていた。


 ジラに先導されるのではなくて、足が――体がどこへ行けばいいのかを知っている。


 地下に発見された建物の、さらに下へと進む。ひんやりとした冷気が僕の汗ばんだ体を冷やした。


「ジラ!」


「何?」


「君が言っていた、一番寒い場所は……」


「ご名答」


 ニヤッとジラが口角を上げる。

 一番奥の部屋を開けようとしたが、なかなか開かなかった。隙間から凄まじい冷気が漏れているのに、悴んだ手を擦っているとジラが急かす。


 再び扉に力を込めると、ギシギシと音をたてて開いた扉の先に大きな機械が置いてあった。それにしても、寒い。先ほどまでのうだるような熱さが嘘みたいだ。


「パトリツィオ」


 ジラが静かに僕を呼んだ。おもむろに、彼女が機械――詳しくはその中の何かを指差す。


 よく見るとそれは、人の形をしていた。

 何故だかとても懐かしい、死体だった。


「……フェ、デリ……カ?」


 寒くて口が上手く回らない。眉を顰めようにも、思うように動かない。


 一歩一歩前に踏み出す。そっと、氷づけのそれに触れると、冷たい感覚が体中に伝わった。そのせいか、滅多に出てこない液体が目から溢れ落ちる。

 ジラは音を立てずに機械の横に移動していた。瞳はまったく見えなかったが、言いたいことならわかっている。


「頼む」


 たったそれだけの命令が、すべてを動かしていた。


 ジラが機械のスイッチを切る。それだけなのに、少しずつ冷気が抜けていく。そして俺は、真後ろに来客がいることに気がついた。


「持ってきました、ジラさん」


 聞こえてきた声は、透き通った女性の声だった。振り返ると、白衣を身に纏って立っている。


「早かったねクラウディア。シェリル辺りが連絡をしたの?」


「はい、報道される前に」


 僕より年下に見えるクラウディアは、苦笑いをしながら大きなケースを持ち上げる。顔に似合わず筋肉はあるのか。冷静にそう思った。

 僕の視線に気づいたのか、クラウディアは軽く頭を下げる。


「ごめんね。パトリツィオはまだ冬眠中なんだよ」


 この場の雰囲気に似合わないジラの笑い声が響いた。


「ジラ、説明してくれ」


 口が上手く回れるほど、充満していた冷気がなくなる。その代わりに目の前のそれが解凍されている不安と高揚を覚えた。


「後ででいい? 今はフェデリカが腐る前にしなきゃいけないことがあるからさ」


 ただの元戦闘用ロボットであるはずのジラが、クラウディアから渡された白い手袋をつける。クラウディアは僕に部屋から出ていくように頼み、今自分ができることは何もないと悟った僕は部屋を出た。

 温かいと思ったということは、まだ部屋の中が寒い証拠だった。




 一体何時間外にいるかわからなくなってきた頃、規則正しい足音が聞こえてきた。顔を上げると、見知らぬ警官が立っている。


「よおパトリツィオ。元気だったか?」


 菖蒲色の髪の男性が、にこやかに微笑んだ。


「君、誰?」


 質問を質問で返すようになってしまったが、僕の質問の方が答える価値は絶対にある。背の高い男性は僕を見下ろして


「ふーん。冬眠中って嘘じゃなかったのか。俺はレム・アレクサンドロヴィチ・ヴァロフ。レーニャって呼べよ」


「レーニャって……親しくもないのに」


「昔会ってるからいいんだよ」


 レーニャは手に持っていたコーヒー缶を僕に差し出した。無言でそれを受け取ると、とても冷たい。それでも先ほどの室内と比べるとたいしたことはなかった。


「昔っていつ? 僕、別に記憶力悪い方じゃないんだけど」


「二千年前だ」


「……そう」


 思っていた以上の驚きは、別になかった。むしろ、それで合点がいった部分もある。


「信じるのか?」


「僕はそんなに長生きじゃないよ。けど――」


 レーニャが手を止めた。彼は持っていた缶の蓋を開けるところだった。



「――フェデリカは、二千年も前からここにいるんだろ?」



 フェデリカとは、今部屋の中にいる死体のことだった。

 レーニャが知っているはずがないが、知っているのならそれは二千年前に知ったと推測できる。


「正解だ」


「君は知ってるのか? 僕を、フェデリカを、ジラやクラウディアのことも」


「クラウディアさんはジラさんの知り合いだけどな」


 また、点と点が繋がった。道理でジラと会った時に違和感があったわけだ。


「なら教えてくれ。今、部屋の中で何が起こってるんだ」


「聞いてどうする」


「聞く権利はあるはずだよ」


「お前がまだ無知だから?」


「あぁ」


 レーニャが目を見開いた。それは、僕が無知であることを認めたからだろうか。


「認めてまで知りたい、か」


 僕に尋ねるのではなく、自分に言い聞かせるような口ぶりだった。


「フェデリカはお前の想い人だよ」


 そう言って、静かにレーニャは語り始めた。


 二千年前の、残酷と愛情が生んだ物語を。

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