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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第五章 地下街物語
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第二話 春が来ること

 フードを深く被って、かなり歩いた距離にある街へと私たちは訪れた。住宅街も多くある中、人々が笑い合いながら店を経営している。

 「Marsマルス」の居住区や「地下街」に近い場所にあるのに、こんなにも治安がよく見えるのは《Leoレオ小隊》のおかげなのだろうか。


「意外か?」


「……うん」


 振り向いたヴァロフは、「ナースチカ、迷子になるなよ」と私に釘を刺した。


「わかってる。……子供じゃないんだから」


 最後の方は、呟いたせいで掻き消される。ヴァロフは私に気を遣っているのか、歩調がさっきよりもゆっくりだった。

 彼について行きながら、様々な店の様々な商品を目の当たりにする。心を奪われる商品が並ぶこの場所に、私は自然と口角が上がる。


「あ」


 不意にある商品に目が止まった。完全に姿を現した太陽の光を受けて輝くのは、ルビーが入ったネックレスだった。

 ヴァロフが私の方を振り向く気配がする。私の視線をなぞったヴァロフは、特に何も言わなかった。ふらふらとネックレスに近づいて、思わず手を伸ばす――瞬間、痛いほど誰かに手首を掴まれた。


「触るな」


 見るとヴァロフが怖い目で私を見ていた。ヴァロフの瞳の中で、店主らしき男性が私を睨んでいる。もしかして、盗人と勘違いされたのだろうか。すぐに「ごめん」と呟いて、ネックレスに視線を戻す。革でできた紐も、ルビー本体も。痛いくらいに見覚えがあった。

 最早なんと思われてもいい。穴が開くほどそれを見つめて、そのネックレスがかつて亡き母の物であると確認した。


「……どうしてここに」


 数年前、遠くの地上に「第五航空団《Leo小隊》EARTHアース支部」ができてから。第五航空団の本部がある、「宇宙船サンダルフォン」から移住者が来て街ができてから。私の両親は、そこで少しでも生活を豊かにする為の物を貰おうとしてまだ「Mars」がいる地上へと出ていった。

 奴らに侵略される前から持っていた、ルビーのネックレスを売る為に。幼い私を、生かす為に。


「そんなに欲しいか」


 振り向くと、ヴァロフもネックレスを見ていた。私は言葉を濁して笑うけれど、その笑顔が苦しかったのかヴァロフは放ってはくれなかった。

 観念した私は、ヴァロフにネックレスのエピソードを語る。ヴァロフにネックレスを買える財力があるとは思ってないし、自分の力で取り戻したいとも思って。


 私の話を聞いたヴァロフは、考えるような表情をした。


「なるほどな」


「だからどうってわけじゃないからね」


 一応つけ足して、私は後ろ髪を引かれるような思いをしながらヴァロフの背中を押した。


「そんなことより早く用事済ませようよ」


 私の力ではどうすることもできないほど、ヴァロフは力強く足を止める。そして振り向いた彼は口を開いた。


「用はもうない。帰るぞ、ナースチカ」


 来た道を戻って、ヴァロフはまた私に背中を見せる。靡いたマントが、私の目に焼きついていた。

 吐息は白く、指先は悴む。冬の地上は、太陽があってもすぐに冷え切ってしまった。慣れって怖いな。そんなことを思いながら私たちはあの家へと帰った。




 ヴァロフに世話になり始めてから、数ヶ月が経った。相変わらず季節は冬で、寒さに耐えるのに必死になる。

 扉が開く音に顔を上げると、ヴァロフが無言で部屋に入って来るところだった。


「おかえり」


「おー」


 頭に雪が乗ったヴァロフは、テーブルの上に幾つか生野菜を置く。


「どうしたのそれ」


「拾った」


「嘘。畑なんてないって知ってるんだからね」


 すると、ヴァロフは端正な顔を歪めて私に視線を向けた。


「盗ったんでしょ」


「いや……」


「別に怒ったり軽蔑したりはしないよ」


 言って、テーブルに置かれた食材を確認する。


「この材料ならスープが作れそう」


「作れるのか?」


「スープくらい誰でも作れるよ」


 ヴァロフの口ぶりからして作れないと判断した私は、台所に食材を持っていく。日頃の感謝を込めて作ろう。とにかく私はそう思う。


「どれくらいでできるんだ?」


「すぐだよ」


「美味いのか」


「それ、私が答えていいのかわからないんだけど。……後でレシピあげるから、今度はヴァロフが作ったら?」


 だが、ヴァロフは「考えとく」と答えたきり黙ってしまった。


「はいできた」


 完成したスープを器に装ってヴァロフの目の前に差し出す。ヴァロフは無言でスプーンを手にとり、スープをすくって口元に持ってきた。


「毒は入ってないから」


 いつかのお返しを言うと、ヴァロフはチラッと私を見てスープを飲んだ。喉仏が下がるのを確認して、「どう?」と尋ねる。


「普通だな」


 そしてもう一口飲んだ。


「お前も食え」


「あ、うん。……いただきます」


 普通という感想は地味に傷つく。美味いくらいお世辞でも言ってくれるのかと思っていたけど、飲むと確かに普通だなと納得してしまった。


「今日は何かをするの?」


 暗い気持ちを消すように、明るく尋ねる。ヴァロフはスープを飲み干して「もう一度出かける」とマントに手を伸ばした。


「私も……」


「いい。一人で行く」


 冷たくヴァロフは言い放って、さっさと出ていってしまう。閉まった扉を呆然と眺め、冷めかけたスープを自分も飲み干した。寂しさをスープの温もりで消そうとした。

 一人は寂しい。家族と離れて時間が経ち、それは薄れたはずなのに。ヴァロフに出逢ってまた思ってしまった。


「……まだかな、春」


 冬のせいかもしれない。でも、私は春が来ることを願った。




「おーきーろー。ナースチカ、こんなとこで寝んな」


 乱暴に体を揺すられて、飛び起きると目の前にヴァロフがいた。固いテーブルに突っ伏して寝ていたらしい私は、身体の節々に痛みを感じる。


「変な寝方をするからだ」


 ヴァロフは乱暴に椅子に座って、私は肩や首を回して体を解しながらベッドに座る。そこからヴァロフを観察していると逆に見られた。


「ッ!」


 いつものことだけど、いきなりだったからかビクッと体が震えた。ベッドの隅に逃げようとして、バキッという不吉な音を聞く。


「あ」


「ナースチカー……?」


 ベッドの底に穴が開いて、私の足が床についた。それだけでバキッという音の正体がわかる。


「ごっ、ごめんなさい!」


 つい敬語を使って謝るけれど、ヴァロフは明らかに怒っていた。


「本当に! 絶対に弁償するから!」


 足を引っこ抜いてその場で土下座する。ぐらぐら揺れるベッドが怖くて、だけど今はそんなこと気にしている場合じゃない。

 ヴァロフは重く、長いため息をついた。


「見せろ」


 ベッドに座っていた私を抱き上げて、さっきまで自分が座っていた椅子に座る。私は机の上に乗せられて、足首を持ち上げられた。


「ッ!」


 こんなにも素足を見られるのは初めてで、しかも恥ずかしくて心臓が変な鳴り方をする。


「怪我はねぇなー」


「あ、あの……ベッド……」


「弁償するんだろ? 弁償するまで出ていくんじゃねぇぞー」


 私の足を下ろしたヴァロフに鋭い目で見られた。鋭い目だけど、一緒に住んでいるからか睨んでいないことはわかる。


「冬まで……じゃなくなったってこと?」


「稼げねぇならなあ」


 冬の終わりが見えてきた頃、私とヴァロフの奇妙過ぎる同居生活が延長した。




 春が訪れた。

 私は働く場所を探す為に「地下街」を歩き回る。ヴァロフに拾われる前に働いていた場所は断られて、私はソラを仰いだ。


 後は地上にしか残っていない、か。一旦家に帰るとヴァロフはおらず、私はセピア色の紙に文字を書いて地上行きを伝える。そして向かった地上も春で、私は太陽の光を浴びた。


「暑くなったなぁ」


 実際は地下が寒いだけなのかもしれない。「地下街」の生活に慣れた私は、地上の気温に眉を顰めた。

 《Leo小隊》のおかげでこの地区にも街ができ、時が経てば私とヴァロフもこの地区に住み着くことになるだろう。でも、仕事はまだこの辺りにはない。記憶を辿りながら歩き続けると、見覚えのある店が見えてきた。


「あ」


 並べられている商品を近くまで見に行ってみる。けれど、どこを見てもあのネックレスはなかった。私は無言でその場を去り、本来の目的である職場を探す。けど、なかなかいい職場はなかった。


「そこの嬢ちゃん」


「え?」


 振り向くと、女性が立っていた。


「何か?」


「仕事を探しているのかい?」


 何故女性がそんなことを知っているのか。疑問だったが、仕事という単語が意識をそっちに向かせる。

 弁償もしたい。ネックレスも買い取りたい。死ぬ危険性がない、ちゃんとした仕事に就きたい――そんな思いが私にはあった。


「はい、探しています!」


「今求人募集してるんだけど、嬢ちゃんやってみない?」


「いいんですか? 是非やらせてください!」


 女性は「いい返事だ」と笑って、手を差し伸ばした。この瞬間、どれほど私は幸せな気分になっただろう。





 あれから、二年が経った。

 結論から言うと、あの女性は人攫いだった。多分私の格好で地下から来たと判断したんだろう。そして騙して自分だけ儲けて、買われた私は訓練生としての生活を送っていた。


 「第五航空団《Leo小隊》EARTH支部」訓練生、だ。


 私を買ったのはその支部長で、結論から言うと命の恩人だ。ただ、私が働きたいと言うとやっぱり枠は軍人しかなくて。私は他の候補生と同じく寮生活を余儀なくされた。

 以前はそれでも構わないと思っていた。けれど今、心残りなのはヴァロフとネックレスだった。


「アナスタシア・ヴコーロヴナ、新しい訓練生の適性検査の手伝いを頼む」


「はい」


 短い会話だった。

 去年私が受けた適性検査の会場に向かうと、十三歳を迎えた十人程度の少年少女が――そこで、私の思考は止まった。明らかに一人、二十歳前後に見える青年が立っている。一つに纏めた菖蒲色の髪にはとても見覚えがあって


「……ヴァロフ?」


 つい、声をかけた。彼は顔を上げ、明らかに不満気な表情で私を睨む。


「ナースチカ」


 鋭い目つきから溢れる感情が、私を貫いた。その目、その声、その髪。その美しい顔立ちはどこまでも


「ヴァロフ……」


 私が唯一会いたかったヴァロフと瓜二つだった。


「……ずっと前から思ってたけど、その呼び方やっぱり馴れ馴れしいから!」


 他の子たちに関係を誤解されたくなくて、ヴァロフの首根っこを掴んで外に出す。

 視界が滲んだ。これは夢か。


「んなの知るか。俺の中ではもうお前はナースチカなんだ。急にわけのわからない置き手紙だけを残して、それ以来帰って来ないってどーいうことだー?」


「……ごめん、なさい」


 本物のヴァロフだ。そう思ったら涙が溢れて止まらない。


「『ごめん』で済んだら軍人はいらん」


 そうだよね。わかってる。でも、例え何を言われようとその言葉がこの二年のすべてだった。


「まぁいい。それは置いといてだ。まだ時間はたっぷりあるからな、ナースチカがここにいる言い訳を聞かせてもらおうか」


「うん、話す」


「昔に比べたらやけに素直だな」


「ヴァロフに話したいこと、いっぱいあるから」


 そして私は話し始めた。


 ヴァロフに生かされたあの日の出逢い。

 芽生えた〝死にたくない〟という思い。

 再会したヴァロフにもう一度生かされたことも。

 早春まで生きることが恩返しだと思ったことも。

 同居が春までに延長して、すぐに弁償したくて。


「……私は、騙された。ヴァロフからしたら馬鹿な話だよね、ごめん」


「なんで謝るんだよ。ナースチカの言い訳はわかった。謝るのは俺の方だ」


 私は、目を見開いた。


「生かしたら最期まで見守る。守れなかったことも、迎えに来るのが遅かったことも、すべては俺の責任だ」


「……ありがとう」


 バカな私にそんな優しい台詞を言ってくれるのは、後にも先にもヴァロフしかいない。私はそう信じている。


「戻ろう。みんなのこと待たせちゃってる」


「ナースチカ、その前にちょっとこっち向け」


 取っ手に手をかけた身体を再びヴァロフに向けると、ヴァロフは自分の首の後ろに手を持っていってカチッと何かを外した。


「一年前、街で売られていたものを買ったんだ。感謝しろよー?」


 シャツの中から取り出したそれは、赤く煌めいて。


「ナースチカのかーちゃんのネックレスだ」


「……嘘」


 また、涙が溢れる。ヴァロフは私に覆い被さるようにしてネックレスをつけ、柔らかな笑みを浮かべた。


「もう手放すんじゃねぇぞー?」


「うん……! うんっ……!」


「俺も、これからはずっとナースチカと一緒だからな」


 私の前髪を掻き上げたヴァロフは、そっと私の額に口づけをする。


「…………ありがとう、その、レーニャ」


「ナースチカ、ずっとレーニャでもいいぜ」


「だっ、だから誤解されるのは嫌だって!」


「別に誤解じゃないだろー」


 けらけらと笑うレーニャを突っぱね、私はもう一度取っ手を回す。すると、適性検査用に運ばれた機体の為に搭載されたプラネタリウムが誤作動して――美しい宇宙ソラが広がった。

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