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宇宙の片隅で君と死にたい  作者: 朝日菜
第四章 もう二度と離さない
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第二話 もう二度と

 外に出かけた後の数日間は、不安で胸が押し潰されそうだった。例え本部にいたとしても、私を狙う人の身分によっては安全度が変わっていく。

 だから私は小隊長を避け、小隊長は逆に私に近づいた。そんな日々でさえ長くは続かなかった。


「エラに会いたいと言う人が来ているの。来てくれる?」


 小隊長がほんの少しだけ席を外している間、先輩からそう声をかけられた。私は無言で頷いて、先輩の後を追う。

 応接室にいたのは、やはり私のお父様だった。どうしてとか、そんな言葉は出なかった。


「「メタトロン」を担当している軍人が、ある日お前を見つけたと報告してね」


 久しぶりに聞いたお父様の声は、静かで尖っていた。

 軍人は軍人でもいくつか種類に分けられており、私を見つけたのは航空団ではなく元王族を守る為の近衛兵だろう。何から王族を守るのだと今なら鼻で笑ってしまいそうになるが、それを堪えて私はお父様を正面から見据えた。


「まさか航空団に入隊しているとは思いもしなかったよ。しかもパイロットとは」


 そんなことはない。私のことをきちんと見ていてくれたなら、ソラに対する憧れには気づけたはずなのだ。


「どうしてお前はこんなところにいるんだ? よく生きていたなぁ。我が家とは大違いではないか」


 お父様は鼻で笑った。ここの応接室だってお父様にとっては安っぽい部屋だったに違いない。私たちの部屋は家畜の小屋だとでも思っているんだろう。


「……生きていけます」


 耐えられなくなって私は口答えをした。お父様は朗らかに笑って、手にしていた杖で私の身体を殴った。


「何が生きていけるだ! この税金の無駄遣いが! 汚い小屋に住んで恥を知れ!」


 これがこの世界に隠された身分の差だと。見えない場所に突き刺さる杖と、お父様の怒声が私にそう教えていた。


 不思議と身体はそんなに痛くなかった。これも訓練の成果なら、私の過ごした数年は無駄じゃない、意味のある数年だったんだと思うことができる。そう思うことで自分を慰めた。

 王族専用の機体に揺られながら、私はお父様と「ミカエル」の家に戻る。


「もう二度と同じ過ちはさせん」


 そう吐き捨てたお父様は檻のような部屋に私を入れた。実際はただの部屋で、だけど私にはここが監獄のようで。


 過ちではありません、意味のある日々でした。


 当然そんなことは言えず、私は今まで過ごした部屋とはまったく違う部屋のベッドに腰を下ろした。




 あれからどれほどの日にちが過ぎただろう。数えることを止めて、もうわからなくなっていた。

 機体を操縦する為に。新しい自分になる為に切った月色の髪はもう肩まで伸びている。


「はい」


 控えめなノック音に、半ば機械的に返事をした。扉を開けたのは使用人で


「姫様、今夜の為の身支度をさせていただきます」


 そう言って頭を垂れる彼女の言うことさえいまいちわからなくなっていた。


「身支度?」


 短く尋ねる。


「はい。パーティだそうですよ」


 くだらない。そう思う。パーティをするお金があるのなら、航空団――せめてエリートだけが所属できる《Ariesアリエス小隊》に寄付してよ。

 彼らが今、どれほど「Marsマルス」から「EARTHアース」の領土を奪還しているか知っているのだろうか。


 そんな私の内心を知ってか知らずか、使用人は素早く私をドレスアップさせる。服だけでなく髪型まで整えてもらったおかげで、皮肉なことに別人になれたような気がした。


「では姫様、また今晩迎えに上がります」


 来た時と同じようにうやうやしく頭を下げた使用人は、静かに部屋から去っていった。そして私は、一人で自己嫌悪に陥る。どんなに王族を嫌っても、私は自分の意思でドレスを脱ぐ気にはなれなかった。


「……そういえばあれ、どこやったっけ」


 あれ、というのは前に小隊長に買ってもらった服だった。

 兵服とパイロットスーツはここに戻ってきた時に捨てられてしまったが、荷物の一番下に隠してあったあの服は無事だったのだ。


 小隊長には似合わないと言われてしまった服だけど、私にとって大事には変わりない。鞄の中を漁ってみると、やはり奥底にそれはあった。


「……ステキ、か」


 視界に入る豪華なドレスと、質素なワンピース。実際はどっちがステキかなんてわかりきっているけれど、私はずっと、このワンピースをステキだと言い続けていた。

 今でもそう思っているのかはわからない。答えを見つけようとも思わなかった。


 気づけば世界から光が消え、「ミカエル」は夜に包まれる。そういえば、パーティってなんのだろう。

 疑問に思って立ち上がると、窓の外にこつんと何かが当たる音がした。それは小さな音だったが、私は生まれてしまった期待に従って窓を開けた。


 人工の風が頬を掠めて、月明かりがベランダを照らす。そこには私がよく知っている人物が立っていた。


 私はその人の名前を言いたくて。

 喉に張りついている声を絞った。



「――小隊長」



 金髪が少しだけ彼の目を隠して、パイロットスーツを着ている小隊長の心も読めなくさせる。


「小隊長!」


 今度ははっきりと言えた。その代わりに視界が滲んで、小隊長を見えなくさせる。


 初めて知った。私はこんなにも小隊長に会いたかったんだと。


 ベランダの広さが今日もまた憎い。何歩も歩かないと届かない距離にいるなんて、そんなの遠すぎる。


「動かないでください、〝姫様〟」


 小隊長の声が、風に乗って聞こえた。


「しょう、たいちょ……?」


 小隊長が葡萄色の瞳を私に見せた。覚悟を宿したその瞳に、どうしようもなく吸い込まれそうになる。


「私は確かに小隊長ですが、貴方にだけは小隊長と呼ばれたくありません」


 グサっと、鋭い何かに心臓を刺されたような感覚が走った。


「本当にご存知ないんですか? 私の名前はノア・オーメロッド。千年以上前に奴隷として貴方たちの国に輸入された男の最後の子孫ですよ」


 訝しげな小隊長を見て私は悟る。小隊長は、私たちの一族を恨んでいるんだ。


「出身国も不明な先祖を拾って、専属の近衛兵にしたこと。離れ離れになってしまっても、私の一族はずっと貴方の一族を覚えていました。今でも、オーメロッド家の忠誠心は変わりありません」


「……ぇ」


「七年前、アラバスター家のご息女が家出をしたと風の噂で聞きました。ちょうどその頃、私は宇宙船で生を受けた貴方に故郷を見せたくて《Aries》でパイロットをしていたんです。貴方がソラに憧れているのは「ミカエル」の傍を飛行した時になんとなく知っていたので、その年の訓練生を調べてみたらビンゴですよ。だから《Geminiジェミニ》に異動して、以来ずっと貴方を見守っていました」


 貴方が成績優秀者となって《Aries小隊》に配属となったら、シリウスを蹴落としてでも戻るつもりでしたし。小隊長はそう言って、再び真っ直ぐに私を見つめる。


「だから、私にとってのエラは〝姫様〟で、エラにとっての私は小隊長でも班長でもなく貴方専属の〝近衛兵〟なんですよ。今も、昔も」


 彼は笑っているのに、私はやっぱり言葉が出なかった。


「あ、そうだ。その服似合ってますよ、姫様」


 改めて自分の服を見、お金がないこの宇宙の中で無駄に着飾った私を〝似合ってる〟と褒めた小隊長との間に何かしらの溝を感じる。


 王族と近衛兵。いや、元王族と元近衛兵。


 古くから縁がある相容れぬ存在が航空団で偶然に出逢ったこと。それがとんでもない奇跡のように思えて私は泣く。

 小隊長はそれを嬉し泣きと判断しなかった。顔を逸らして、今日に限って神々しい月を眺めている。


「今日、パーティなんです」


 動かない代わりに口を動かした。少しでも長く小隊長と会話していたい。そんな私の、最早唯一と言ってもいい願いを小隊長は受け入れた。


「知ってます」


「……だから来てくれたんですか?」


「はい。アラバスター家のことを調べていたら、姫様の婚約パーティが今日だという情報が入ったので。最後に一目会って、本心を聞いておこうかと」


「……え」


 力が抜けてしまう。私は自分の足で床を踏み締めて、霞む小隊長の声を聞いた。


「嬉しそうじゃなさそうですね」


「……当たり、前です。婚約って……」


 いつかこの日が来ると思っていても、どこかであり得ないと思っていたらしい。この日が来てしまった私は、もう私のままではいられなかった。


「知らなかったんですか?」


「……知りません。小隊長、私は……王族という身分が嫌で、家出しました。自分のいる世界も、どうしようもなく嫌で……。別世界に見えたソラへと、自由に……飛んで行きたかったんです……」


 小隊長は無言で私の話を聞いていた。小隊長には多分理解できないだろうけれど、口を挟まずに、ずっと。


「姫様が王族を嫌っているのは薄々知ってましたけど、それはかなりの重症ですね」


 小隊長は何も変わらない表情のまま、手のひらを開いた状態で右手を突き出す。


「五分待ちます。その間に動きやすい服に着替えてください」


 私は言われるがままに慌てて部屋へと引っ込んだ。その言葉の深い意味を考えるわけもなく、ドレスを破るように脱いで出しっぱなしにしていた質素なワンピースを掴み取る。

 次に私がベランダに出ると、小隊長はさっきと同じ場所にいて視線で私を呼んでいた。


「小隊長!」


 駆け寄ると、小隊長は有無を言わさずに私の腰に手を回す。


「きゃっ?!」


「逃げますよ」


 それは短い、だけど私を救う為の言葉だった。たったそれだけを口にした小隊長は、広がる星空へと素早く飛び立つ。

 叫び声を上げそうになって、小隊長が器用に私の口を塞いだ。私を抱き抱えたまま屋敷を飛び下り、すぐ側の滑走路に駐機していた彼専用の機体へと乗り込む。大事そうに抱えた私をスペア席に下ろす時、私の心臓は馬鹿みたいに高鳴っていた。


 身体のすべてが彼を好きだと叫んでいる。だけど、私はその感情に蓋をした。


 私だって素人じゃない。きちんと訓練も受けたし、何度も機体に乗って「奪還作戦」から生還してきた。だから、一瞬でも気を緩めるわけにはいかないのだと自分自身を奮い立たせる。

 私が気を緩めたら、小隊長も死ぬ。それだけは経験上知っていた。


「すみませんでした」


「……どうして謝るんですか?」


「姫様が狙われていると知りながら、何もできなかったからです」


「それは……」


 私が貴方を避けたから。


 〝好き〟だからこそ、最後まで迷惑をかけたくなかったのだ。だから避けて連れ戻されて。すべては私の自業自得なのに。


「……私も、ごめんなさい」


 だから、小隊長が来てくれた時は本当に嬉しかった。


「もう一度小隊長に会えて良かったです」


「奇遇ですね、私もです」


 小隊長の意外な発言に目を見開く。小隊長は私の視線を避けてソラを見て、機体を離陸させた。


 「ミカエル」の外に広がる宇宙ソラ。これからの道次第では、もう二度と見ることのできない景色。


「姫様はどうしたいんですか?」


 私がそう思ったのと小隊長がそう尋ねてきたのはほとんど同時だった。まだあやふやな道を私は言葉にすることができなくて、ソラを見渡す。青く見える故郷は、やはりとても小さく見えた。


 なのに、とても美しい。


 改めて自分がいる場所を知り、ここからどの道へも行ける小隊長は私の決断を待っていた。


「私は、〝生きたい〟です」


 息を吸い込む。冷たい空気が肺を満たして、あぁ、生きてるって思った。


「王族とか平民とか、近衛兵とかパイロットとか。みんな同じ人間なのに、いがみ合うのは嫌です。……「Mars」も、嫌です」


 涙が溢れた。身分なんてちっぽけなものは関係なく、同じ時を過ごした同期が目の前で殺された時は張り裂けるような胸の痛みを感じた。


「私は、こんな世界が大嫌いです」


 涙の拭い方を忘れたバカな私は、勝手に言葉を並べて結論を急かさない小隊長の背中を見つめた。


「……だけど、一つだけ。私の大好きな場所があるんです。どこだと思いますか?」


 わざと小隊長に質問を投げて、反応を見る。彼は「さぁ」と答えた。


「小隊長の隣です」


 小隊長が息を呑む音を私は聞き逃さなかった。


「小隊長と過ごした日々は短かったけれど、楽しかったです。本当の自分を曝け出せたような気がして、生きてるって思ったんです」


 気がしたんじゃなくて、本当にそうだったと思う。


「だから私は、小隊長と同じ道を歩きたい。その道がどんなに険しい茨道でも……共に、永久とわに」


 例えば貴方が王族になるなら、私は王族のままで。

 例えば貴方が平民になるなら、私も平民になろう。

 例えば貴方が近衛兵になるなら、私も近衛兵になろう。



 貴方がパイロットであり続けるなら、私もパイロットであり続けよう。



「これが私の答えです」


 私の決断がそんなにも小隊長を驚かせたのだろうか。私の中には王族かパイロットかの二択しかないと思っていたようなその背中を、私は願いながら眺める。


「茨道、ですか。確かにその通りですね」


 不意に小隊長がそう言った。


「私の道は既にある道を通っているわけじゃありません。その道を突き進むには、障害物が多すぎる」


 私は頷いた。それはもう覚悟の上だと言うように。


「姫様がそうしたいのならそうすればいいと思います。私が、姫様の道になりますから」


 高い高いソラの中。どこにでも行けるはずのソラで私たちは二人ぼっちで。


「はいっ!」


 嬉しいなんて言葉じゃ足りないくらい、満ち溢れた感情が私を笑顔にさせた。





 その後、私はお父様に内緒で《Gemini小隊》に戻った。けれど、「メタトロン」ではない。



 「第三航空団《Gemini小隊》〝EARTH〟支部」だ。



 その責任者に任命された小隊長と共に、以前からこの地区を守っていた《Aries小隊》の方々がいる監視塔へと赴く。


「お久しぶりです、ジラさん」


「ノア、久しぶりー! 隣の子は班員さん?」


 そこにいたのは、戦闘用ロボットの中で一番有名なあのジラさんだった。


「はい。侵略後に生まれた新世代の子なんですよ」


「へぇ〜、わっかいねぇ! ねぇシリウス?!」


「ただのクソガキじゃねぇか」


「相変わらず口が悪いですね、シリウスは」


 そして、彼女の隣で偉そうに座っているのが元祖人類最強であり《Aries小隊》現団長のシリウスさんだった。


「うるせぇな。うだうだ言ってねぇでさっさと代われ」


「はいはい。この支部は我々《Gemini》に任せて貴方はさっさと隠居してください」


「するわけねぇだろバカ共がまだその辺をうじゃうじゃしてんだぞ」


「も〜、なんでこんなに相性悪いのかぁ。仲良くしなよ後輩の前くらい」


 ジラさんはそう言って二人を止めるけれど、あの小隊長のこんな姿もシリウスさん自体も滅多に見ることができない私にとっては眼福で。

 苛立たしそうに去っていくシリウスさんは、多分もう四十歳を過ぎているのに若々しくてとても美しかった。


「さ、さすが元祖人類最強ですね……。オーラも美貌もまったく衰えてないですよ」


「アレは人類じゃないですよ。厳密に言えば半戦闘用ロボットです」


「えっ?! 半戦闘用ロボット?!」


「両目は義眼。顔の作りも整形ですし、皮膚も人工のものなんです。小隊長になる前に「奪還作戦」で死にかけて、緊急治療と改造を施されたのだとか」


 だとしてもあんなに強く美しくあれるのだろうか。彼が残した伝説の数々は〝半戦闘用ロボット〟だからという理由では片づかないくらい正真正銘の〝生ける伝説〟だと思う。


「もうアレの話はいいでしょう。見てください、これが「EARTH」ですよ」


 私はずっと、この景色を貴方に見せたかったんです。そう言った小隊長が見せるソラは、青くて。ソラって、青かったんだって。こんなにも青く見えるんだって――心が震える。


「姫様」


「ッ?! は、はいっ!」


 小隊長が、瞳を私に向けて


「姫様は前に私と同じ道を行くと言いましたよね」


 そう尋ねた。


「はい。言いました」


「じゃあ、もう一度言います。私と一緒に来てください」


 私と一緒に。それは、その意味は。


「聞こえませんでしたか?」


 その、意味は。


「はいっ!」


 私は小隊長に駆け寄って、その体を抱き締めた。意外なことに小隊長も私を抱き締め返し、耳元でこう囁く。


「もう二度と、離しませんから」


 その台詞が、王族だった私にどれほどの効果を与えたのか。小隊長は多分一生わからないままだろう。


「私のこと、ずっと捕まえててくださいね」


「当たり前です」


「じゃあ、その姫様って言うのもうやめてください」


「じゃあ、小隊長って言うのももうやめてください」


 頷くと、そう返した小隊長の――ううん、ノアさんの懐かしい匂いが全身を包み込んだ。


 茨道で構わない。貴方と同じ道を、私は歩く。

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