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雷と兎と 【改訂版】  作者: 雪沫 コウ
雷と兎とサバイバル?
2/13

雷と兎と 2

 


 頭が重い。


 ぼんやりと状況を整理し、体に異変がない事を確認して、頭の上を押さえながら起き上がると、周りは明るくなっていた。



 大木は変わらず目の前にあった。

 

 この大木は世界を支えている世界樹で、先ほど私が受け取った葉は、世界の欠片だった。

 その世界の欠片から与えられた、膨大な知識が、私が何故、ここにいるのかを教えてくれた。


 この世界は、私が今まで居た世界ではなく、いわゆるファンタジーな世界だった。


 魔法に剣に、魔獣に精霊に、人間種に獣人種に妖精種など、これでもかと詰め込まれたような世界。

 かつて、文学少女だった私も一度は異世界トリップや、転生をしてみたいと夢に見た。


 ーーーー見たけれど、何でこの歳でトリップとか異世界の森の中とかにいるのだろうか。

 もっと若いときに、せめて体力があった大学生の時にして欲しかった。

 働き始めてから、毎日のように通勤に耐える以外の運動をしてない今、なんで今?

 そろそろ運動しておかないと年をとった後、動けなくなるかもよと友人に脅されて、やっと登山(運動)に挑戦してみようかと思ったのに!



「はぁぁ……………………いや、分かってはいるんだ。君も切羽詰まっていたんだよね」



 ため息をついて、頭を動かさずに視線を上に向ける。

 私の頭に腹ばいに乗ったまま、必死にしがみついて離れないこの生き物。恐らく最初の暗闇の時も側にいたのだろう、私が気絶している間に何故か頭の上に乗っていた。

 正確には顔の上に上半身が乗っていて、窒息させられそうになったけどーーー。


 時折、苦しそうな呻き声をあげ、体力と精神力を回復する為に眠っているこの子は、助けを求めて、界を渡った雷の子。


 世界の欠片から得られた情報で見たのだが、この雷の子は両親と世界樹の側で暮していた。


 しかし、世界樹を取り巻く樹海の南にある、グラスシス国が雷の子を罠にかけ、両親共々捕らえようとした。親の雷は簡単には捕らえられなかったが、幼い雷の子を傷つけまいと積極的な攻撃をしなかったため、数に押されて傷つき、殺されてしまった。


 グラスシス国は落雷を神の裁きと恐れ、敬う国だったのだが、数代前の国王の勝手な解釈により捻じ曲げられ、現国王は雷を手に入れたものが、神に王として認められると兵を動かした。

 雷の子の両親が、最後の時に最大級の雷撃を国の中枢に落とし、城と周辺を崩壊させた。その少し前に両親によって逃がされた雷の子。

 両親の死に耐えきれず、精神が無意識に助けを求め、空を駆け抜けた。


 この雷の子が凄いのが、生まれた時から魔力が多く、力があったため、界ーー異世界へと渡れるほどの奇跡が起きた。


「そこで、助けを求められたのはわかったんだけど、私、一国を相手にして戦える力なんて、持ってないんだけどな」


 うーん、どうしよう。

 こちらに来て得た物は、この世界に関する知識。

 雷の子と異世界に渡ったことで魔法を使えるようになったのだが、使えるのは雷と樹の魔法のみ。

 樹の魔法は世界樹の欠片をもらったことにより使えるようになっていた。様々な植物を育てたり、植物鑑定で植物の名前、効能、加工の仕方までわかるようになった。


 持ち物は登山用のリュック。

 中にはヘッドライト、お弁当と携帯食、お菓子、水、レインコート、救急セット、着替え、薄い保温断熱素材のシート。タオルに手ぬぐい、ビニール袋など、日帰り登山用品一式。


 ウエストポーチには、財布、スマホ、パスケース、鍵、ハンカチにティッシュ、多機能ナイフ、日焼け止め、手袋、飴とチョコレート。


 着ているのは、長袖Tシャツ、チェックシャツ、レインブレーカー。カーゴパンツに、足首まである登山靴。髪をまとめていた筒状の布は、今はネックウォーマーにして巻いている。




 これでどうしろと………


 無謀に向かって行ってどうにかなるのは、本やゲームの中だけだ。

 身体能力が上がったわけでもなく、ゲームのように死んでも生き返るわけでもない。



 まあ、死ななければどうにかなる世界ではあるのだが。



 回復魔法が明、水、風の魔法で使える他、雷も明と風の派生なので回復魔法は使えると思う。

 薬草で回復薬もつくれるが、最上級回復薬でないと死にかけは治らないようだ。最上級回復薬を作るには樹海にしか無い薬草が必要になるので、滅多に出回らず、作れる者も少ない。


 ……のだが、目の前にいっぱい生えているこの草が原材料のようだ。

 幾束かとってビニール袋に入れて、リュックにしまっておいた。


 さて、どうしようか。


 グラスシス国は今は大混乱だろう。城や周辺に最大級の雷撃を落とされ、主要人物の安否確認に追われているはずだ。ほぼ城は崩れ落ちていたし、城の戦力の大半は外に、それも樹海の中にいたはずで、あれだけの戦いで大勢が暴れたため、興奮した樹海の魔獣に襲われているだろうし。

 国としてはもう機能できないくらいの大打撃を受けたはず。周辺諸国もこのまま見逃しはしないだろうな。


 この樹海からは周期的に魔獣が溢れる。


 普段は国同士で戦っている暇は無いのだが、これほど弱った国を放って置いて、次の魔獣の周期にグラスシス国から崩れ、周辺諸国へ魔獣が流れ出ては大変なことになる。早く新しい王をたてて軍部を立て直すか、どこかの国に併呑され、軍部を立て直すかの二択しかない。



 そして、この雷の子が復讐を望むかどうか。

 何処までの復讐を……。



 グラスシス現国王ならば、恐らくもういない。




 世界樹は世界を知る。




 世界樹の欠片で、私は世界樹の記憶の一部を映像の形で与えられた。

 雷の両親を助けられなかったからか、なにか他に理由があるのか?世界樹の思惑、いや、思考があるのかさえ私にはまったくわからないのだが。

 私にとってはこの世界について知れたので、欠片を得られて助かった。


 そして知識のおかげか感情の起伏がいつもより少ないので、パニックにならずに済んでいる。


 もう二度と、界を渡れないにもかかわらず、何故か今まで生きてきた年数が、遠い何十年も昔のような感覚でしか無い…。

 私は帰れない……。


 帰れないのに、悲しみも郷愁も、なにも、浮かばない。




 こんな薄情な私が誰かを助けられるのだろうか……



「グルゥゥゥァァァァーーーーー‼︎‼︎」




 急に叫んだ雷の子が、私の頭の上から膝に落ちてきた。

 初めてこの目で見た雷の子は虎に似た、金色の毛並みがふさふさした獣だった。頭のてっぺんから尻尾まで一直線に黒いタテガミが生え、両手で抱えられる大きさ、太く大きな四つ脚にこちらも太く長い尻尾。

 雷の子はまだ回復しきっていないようで、若干ふらつきながら体を起こすと、周りを見回し、私に視線をあわせた。

 金茶の透き通る瞳に、情けない顔の私が映る。


 お互いに無言で向き合っていると、雷の子のお腹から腹の虫が鳴く。


 うん。

 どんな時でも、お腹がすくのは良いことだね。

 何かを食べるってことは生きるって事だからね。


「そういえば、私もお腹すいたな。一緒にお弁当食べようか?」


 背負っていたリュックを下ろし、脇に置き、お弁当を取り出す。ラップに包んだ鮭、焼きタラコ、梅、おかかのおにぎりと、玉子焼きと唐揚げと胡瓜の漬け物が入った大きめのお弁当箱。

 友人のリクエストに答えたらこうなった。

 緑色が少ない。


 お弁当の蓋に唐揚げと玉子焼きを少し、胡瓜は全部乗せて、残りのお弁当箱を膝から下ろした雷の子の前へ。ラップをむいてから鮭のおにぎりも入れて、


「いただきます。君も食べられたら、食べてね」


 私は梅にしよう。おにぎりを一口食べて、唐揚げを食べて、玉子焼きを一切れ食べて。

 じっとお弁当と私を見ていた雷の子が、やっと動き出した。一口目に唐揚げを咥え、恐る恐る口を動かすと、次第に目が見開いていき、飲み込んだと思ったら勢いよく唐揚げを食べはじめた。唐揚げが無くなると次は鮭おにぎりの匂いを嗅いだのだが、黒い海苔の見た目に嫌厭したのか、玉子焼きを口に入れた。

 私は断然、甘い玉子焼き派なのだが、雷の子も気に入ってくれたようで夢中で食べ進める。


「気に入ってもらえたようで、嬉しいな。こっちも食べてみない?」


 梅は食べ終わったので、おかかのおにぎりを半分に割って、鮭のおにぎりの横に置く。

 おかかは気に入ったようで食べていたのだが、器用に前足も使い海苔だけ残して食べていた。

 匂いを何度か嗅いだのだが鮭のおにぎりだけ残して腰を下ろし、こちらを見上げて雷の子は何やら催促している。

 私が首を傾げると雷の子も首を傾げ、その後、鮭おにぎりを鼻で突いて、また私を見上げる。


「ああ、これも割ってほしいのか」


 私は残りのおかかのおにぎりを一口で口に入れると、お弁当箱のふたから鮭おにぎりを取り出し、半分に割ってから、中身を見えるように置いてあげた。

 要求通りだったようで、急いで顔を近付け勢いよく、海苔を残して食べきった。


 雷の子が残ったもう一つのおにぎりも食べ終えたので、空いたお弁当箱に水を入れてあげると喉が渇いていたのか、一気に飲み干した。



 満腹になった雷の子は、私の背中側でくるりと丸くなると、少しだけ触れるか触れないかの距離で眠りについた。まだ回復しきっていないので、体を休める事を優先したようだ。






読んでいただきありがとうございます。

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