雷と兎と 13
疲れてへたり込んだシルと、物足りないマール。
さすがにこれ以上シルに任せるのは可哀想かと、私は植物鑑定していた採取した植物を片付けて、特大サイズの水の玉で、鰹を作り泳がせる。数回飛びついても噛み砕かれない水量のため、しばらく持つだろう。
鰹が泳いでいるのに気がつかないマールの頭上から、シルの頭上に動かし、あとは変則的な動きで逃げ回るようにしておけば良いか。
鰹に気がついたマールがシルに飛びかかり、驚いたシルは後ろにひっくり返った。座り込んでいたので、たいした衝撃もないようだ。
「シル、お疲れ様。だいぶ動かすのが早くなったじゃないか?」
最後の方は高校野球の投手並みに早い水玉投球だったが、一直線に飛んでいくため、マールに軌道を読まれて噛み砕かれる。
水だから柔らかいかと思えばそうではない。マールの顎が丈夫なのだと、変に感心してしまった。
途中からは言葉を出してイメージを強化せずとも、水を生み出していた。
「あれなら、不意をついて狙えば当たると思うよ。次は自在に動かせるように練習だね」
息も荒く仰向けに倒れているシルの横で、話しかける。
息を整えたシルが、見上げるて来たので、手を差し出す。起きるために私の手を掴んだシル。
握ったシルの手は少し硬めの肉球で気持ちよかった。
シルに水筒を渡して水分補給と、先ほど整頓していた荷物から出したミント飴を渡す。
私は好きなのだが、ミントの飴は好き嫌いが分かれる。シルはどうだろう?
「 甘い!それに、冷たいーーーーーー氷ってこんな感じ?」
ミントの清涼感は冷たさに通じる。
夏に食べると涼しい気がするもんね。
「これよりもっと、口の中に入れていると、痺れるくらい冷たいよ」
口の中で飴を転がしながら悩むシル。食べ終わると、物足りなかったのか残念そうにしていたので、缶ごと飴を全部あげる。
嬉しそうに一つ口に入れ残りは、カバンにしまおうとしてシルは止まった。
そのままの格好で何やら悩んでいる。
「どうしたの?」
「……俺、帰らなきゃ。………………ハナも一緒に来るか?」
カバンから古びた指輪を取り出し、真剣な表情でこちらを見るシル。
「帰るってーーー行きよりも帰り道の方が大変になっていると思うよ」
森に攻め入った兵士たちもいなくなり、森の魔獣達も住処に戻っているころではないだろうか。行きのように簡単に森を抜けていくことは難しいと思うけど。
それに、ここまでシルがきた目的は終わったのだろうか?死にそうな思いまでしてきたんだ、手伝えることなら手伝うよと、聞いて見ると、
「用事は終わったよ、ハナのおかげで。ーーーーこの指輪、魔導具なんだよ。これで一気に国まで帰れるんだ」
掲げた指輪は黒ずんで古そうだが、中心に真っ黒な石がはまっている。
使用者の魔力を吸うか、魔石の魔力を使って魔法を使う道具のことを魔導具と言う。
大昔、世界樹のかけらを持った人が、風の魔導具を作って、魔物に使用した記憶がある。
「そうかーーーー誘ってくてありがとう。でも、私はマールと強くなるって決めたから。それにはここが一番いい」
周りは強い魔獣が多いが、結界の中でならマールも私も良い経験が積める。
誰も傷つけられない結界が何処にあるのかわかるから、かなり安全に結界の側で狩りも出来る。
私の場合はまずは世界樹の記憶を全部、見て見るのが先だ…………膨大な量すぎて終わりが見えないのだが。
マールはよく食べて動いて眠って、体を作らないといけないしね。まだお子様体型だから。
まだ世界を知らない私たち二人が、生きていくには結界に守られた世界樹の側が、今は一番良い。
「………………そうか、わかった」
シルはカバンから小さな袋を取り出し、飴の缶と私の渡した薬草を潰したガーゼを入れる。
残ったカバンを私に突き出した。
「治療費がわりに」
急にぶっきらぼうに言うシルに驚き、受け取らずに見ていると、俯いたシルが、
「対価にはならないだろうが、もらってくれないか?ーー命を、救ってもらったお礼だから」
「お礼を期待して助けたわけでないんだけどな」
「でも、ハナがいなければ、俺は生きていなかった。それにもらった薬草で救える命がある」
薬草って、ガーゼについた潰れた薬草か。
救いたい命があったから、そのために危険を承知でここまで取りにきたの?
シルもカバンを受け取るまで引きそうにないし、
「わかった、シルのカバンありがたく頂くよ。その代わり、これを貰ってね」
鑑定の終わった薬草から世界樹の側で見つけた薬草を出す。植物鑑定したら〈とてもよく効く薬草〉と鑑定された。状態が良いものを1束に括り、ハンカチに包んで渡した。
鑑定したシルがこんなに貰えないと断ろうとしたので、カバンと交換だと説得して受け取ってもらえた。まあ、だいぶ無理やりだったけど。
シルの救いたい命が、そのガーゼの薬草だけで足りなかったらどうする?と、少し脅したのが決定打になったのだ。
水の鰹と遊んでいたマールも戻ってきたので、シルが帰るんだと説明したが、興味がないのかフンっとそっぽを向いた。
小さな巾着に全て詰めて、シルが魔導具の指輪をはめると、急にマールが興味を示す。
『魔力が、巡って。黒い、力のある、大きな魔力』
目を光らせてシルを見るマールが呟く。
『マール、近づくと巻き込まれるから、離れよう』
『……ああ、華、あれは、なに?』
シルから視線をはがさずに、聞いてくるので帰還の魔導具だと教えれば、
『古く、強い、魔法がーー魔力か』
「あれ?魔力を込めていないのに、指輪が動き出した!」
焦るシルの声に指輪に目を移すと、黒かった石がキラキラ輝き、銀色の光が地面にこぼれ落ちる。
こぼれた光が地面に広がり、図形を描き始めた。
シルが両手を広げた位の大きさの円の中に、複雑な線と記号が描かれていく。
『これ、初めて見る、魔法』
食い入るように地面に描かれた図形、魔法陣をみるマールに不安がつのる。
完成した魔法陣は、シルの身長の二倍はある円柱になり、徐々に光を増していく。
「ハナ!困ったこ…あった…………へ!……かな…ず……………」
光の円柱とその言葉とともに、シルは消えてしまった。
『シルが無事に着いていると良いけど』
『あの魔法陣、面白い、行き先指定、必ず、行く。魔力、我のでも、発動する』
『シルが驚いてたのって、マールが勝手に魔導具を発動させてしまったからなの?』
悪びれずに頷くマールに、シルとお別れが出来なかったじゃないかと怒ると、そんな事が必要なのかと驚かれた。
まだまだ、マールとの距離はだいぶあるようだ。
少しずつ、縮めていければ良いな。
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