雷と兎と 10
「変わった祈りだな?」
残すことなく食事を終えたシルが、聞いてきた。
「そうだね。私の故郷では当たり前のように使っている食事前の挨拶だよ。シルと同じように、世界に感謝する祈りの意味でもあるんだ。食物に感謝、作ってくれた人に感謝、育ててくれた自然に感謝。つまるところ世界に感謝ってことだから」
いただきますの一言で、全てに感謝出来る便利な言葉である。
「東南諸国の挨拶は大体習ったけど、初めて聞いた。遠い所から来たのか?」
「……………そうだね、凄く遠い所から来たんだ」
「ふーん、じゃあ、ここの危険を知らずに来たんだな?」
ーー危険ね。確かに守護結界の周りは強い魔獣が大量にいるけど。
「その、危険覚悟で、シルも来ているんだろう?」
シルは怪我が治った腕をさすりながら、俯いて答えた。
「ーーー俺は、運が良かった。何故か魔獣が少なくて、隠れて、逃げてやっとここまで来たんだ。まあ、途中で見たこともない三本ツノの四つ足の魔獣に襲われたんだけど、雷のおかげで逃げ切れたんだ。雷が上から降って来て、轟音と眩しさにフラフラしながら、少しすすんだ所で倒れてしまったけど」
……
…………
………………なんだか聞いたことがある話に聞こえるが………きっと気のせいだろう。
おそらくシルは守護結界に入っていたため、偶然近くに落ちた雷からの被害は受けなかったのだろう。
それに、樹海の魔獣の大半がグラスシス国の兵士へ殺到したため、運良くシルの進行方向に少なくなっていたのではないだろうか?
「そして、ハナに助けられた」
『勝手に、呼ぶな!』
食べ終わり毛づくろいしていたマールが急に怒り出した。
唸りながらシルに言ったのだろうが、念話は私にしか聞こえていないのだが……
「ーーー聖獣様は怒っているのか?」
唸られたシルが心配そうに訪ねて来た。
聞いてみたら、他の聖獣にあったことがあるのだが、変にかしこまると怒られるし、恐れると余計に威圧し驚かせてくる。紹介されない限りは、敵対しないように、近づかず、触れないようにするのが一番なのだそうだ。
その聖獣の性格に難がありそうだがーーーまあ、知らないのに余計なことは言わないけどね。
「そうか、先に紹介しておくべきだったね。シルは鑑定したから、大丈夫だと思ってしまった」
やはり、世界樹の欠片に記憶された通り、聖獣は敬うべきと他種族には思われているのだな。
「鑑定出来ると知られないように、家族以外には隠して来たから、ハナの様に最初から情報を知られていると分かっている者と話すのは、どうしていいかわからなかったんだ」
『華の名、勝手に呼ぶな!間違えて、契約、した、どうする』
ーーーーーーいや、それはマールだけじゃないかな?
約束代わりに縁の契約をする人はいるが、うっかり忠の契約を結んでしまうマールには言われたくはないと思うけどね。
「マール、大丈夫だよ。どう頑張っても縁の契約以外は結べないから」
心配してくれるのは嬉しいな。
でも私の名前の一部しか知らないシルでは、縁の契約しか結べない。マールの様に真名を明かさなければね。
「……………………もしかして、聖獣の契約者か?」
え?
あっ!念話してなかった。
明らかに脈絡なくマールに話しかけている私を見て、マールの様子を見ていたシル。おそらく契約済みの聖獣に会ったことのあるシルには予想がついたのだろう。
「ーーーそう言うこと。私は知っての通り、ハナ。マールの契約者で、マールの保護者、のつもり。まだマールには認めてもらってないけどね。ーーこっちが、雷の聖獣のマール。訳あって幼獣で契約した」
昨日の様子では、マールに信頼されるまでの道のりは長そうだ。
「ーーー無理矢理契約したのでは無さそうだが、まだ幼獣なら親はどうして許し」
『うるさい!!!』
マールの大きな咆哮に、シルは長い耳を後ろに倒し、後ろに下がり怯えた表情でマールを見つめる。
『マール!落ち着いて、シルは何も知らない』
マールの両親の最後を知っていたら面と向かって言葉にはしないだろう。慌てて首筋に抱きつき、唸りを上げるマールを抑える。
「すまない、シル。ちょっと離れていてくれるか」
まだ、心配しているようだがマールの拒絶に頷くシル。
「…………………鍋を、洗ってくる」
シルが離れて、唸っていたマールは今度は悲しげに鳴きだした。おそらく、親を呼ぶ声。
嫌がられるかもと思いながらも落ち着くようにと願い、ゆっくり体を撫で言葉をかける。
『マール、シルは何も知らなかっただけだよ。本当なら君はまだ親離れする時期ではないから、一人で人間種の私と契約して一緒にいることを、心配してくれただけなんだ。マールが私に騙されて契約を結んだのではないかと思ったんだよ、きっと』
獣人種は特に聖獣に対する思いは強い。
聖獣と獣人種は他の種族よりは色々な意味で近いので、獣人種の多くは信仰に近い敬意を持っている。
まだ知らない様だが、シルがマールの両親について知れば怒り出すだろう。
今はマールに怒りを煽る様なことを言って欲しくないので、シルには黙っているつもりだ。
落ち着いてきたマールを抱きしめ、穏やかな声になるよう心がけながら話し続ける。
いつの間にか、マールの可愛い所とかモフモフの素晴らしさの話になり、少々熱が入った気がするが、マールに止められるまで語ってしまった。
そのおかげか、マールの悲しみの感情は薄れ、呆れてはいたが落ち着いた。
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