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桃と電気と墜落の夜 3


 麻雀の調子が良い。

 なぜかは分からないが、打つ度に勝てた。それは結構なお金にもなった。だからバイトもおざなりにして雀荘へ通う回数が増えた。学校のことなんてもはや頭からすっかり消えていた。

「調子いいっすね、最近。今日もけっこう勝ったんじゃないですか?」

 相変わらずの朝の牛丼屋、ヤマダと二人で相変わらずの牛丼並を食べていた。

「うん。何だろうね。最近、なぜか勝てる」

「もってますね」

「もってるね」

「うらやましいなぁ」

 対してヤマダは最近負けが続いていた。

「ヤマダは最近調子悪いもんな。少し前まではけっこう勝ってたのに」

「けっこう勝ってたと言っても細かい勝ちですよ。あーあ、もうそろそろ引退かなぁ」

「引き際かもな」

 そう言って俺は笑った。

 でも俺はヤマダがギャンブルから抜け出せないタイプの人間なことをよく知っていた。

「ヤマダさ、最近あんまりバイト入ってないみたいだけど何か他の仕事でもやってるの? ま、俺も人のこと言えないんだけど」

「いや、別に他にバイトはやってないですよ」

「そっか。お金大丈夫なの?」

 最近の負け分とバイト代との収支が合っていないように思えたのだ。

「ま、何とかなるでしょ」

 ヤマダは牛丼をほうばって気のなさそうな返事をした。

「それならいいけどさ」

「大丈夫ですよ」

 喧騒の中、いつものコンビニまで二人で歩く。風が冷たい。

「寒くなってきたなぁ」

 俺はセーターの上に薄手のウインドブレーカーを一枚羽織っただけの格好だった。

「寒いですね。その格好で原付はもうキツいでしょ」

「そうだよなぁ」

「家はここから近いんですか?」

「あぁ、まぁ。原付で十五分くらい」

「一人暮らしなんですか?」

「いや、なんか訳あって今は知り合いと二人で住んでる」

 今のヘンテコな状況を他人に説明するのは難しい。

「へぇ、そうなんですか。知り合いって男ですか?」

「あ、いや女」

「女? え、それって、同棲じゃないですか」

「うーん、いや。そんなロマンチックなもんではないけどな」

「彼女じゃないんですか?」

「ん、彼女ではない」

 今まで考えたことがなかったが、離婚調停中の人妻と一緒に住んでるなんてなかなか言えたものではない。

「へぇ。うらやましいなぁ」

「そんなんじゃないよ。ヤマダは一人暮らしなの?」

「一人暮らしですよ。田舎から出てきたビンボー学生です。寂しいもんですよ」

 そう言ってヤマダは笑う。徹夜の麻雀明け。いつもの朝。でもなんだか今日はいつもより疲れているように見えた。二人、それぞれ原付に跨ってエンジンをかける。

「じゃあ、お疲れ様でした」

「うん。あ、ヤマダ、気をつけてな」

「何をですか?」

「いや、なんか疲れてるっぽいからさ。運転とか、気をつけて」

「大丈夫ですよ。男からのそんな心配、なんか気持ち悪いっすよー」

 そう言ってヤマダはネックウォーマーを鼻のあたりまで上げた。口元は見えないが、目元が少し笑っている。

「そっか。ならいいけどさ」

「ええ。じゃあ、また」

「うん、また」

 軽く手をあげて原付で走るヤマダの背中を見送った。結局、これが俺の最後に見たヤマダになった。

 ヤマダはいくつかの消費者金融から多額の借金を作っていたようで、その支払いに苦しみ消えた。

 バイト先の店長の話では、麻雀以外にも様々なギャンブルに手を出していたみたいだった。いろいろな噂が流れたが、その後ヤマダがどうなったのかは誰も知らない。



 あれ以来、みっこちゃんから連絡はない。

 カエデさんは相変わらずお酒ばかり飲んで、俺は相変わらず麻雀ばかりしていた。

 どこにも行き着かない孤独な日々だった。

「買い物でもいこうよ」

 天気のいい日曜日、カエデさんが急に言いだした。

「いいよ。今日は暇だし」

 電車を乗り継いで二人で街まで出る。

 行き着いた駅で電車を降りると、信じられないくらい人がいた。何となく息苦しい。思えば街まで出るのも久しぶりのことだった。今の俺の生活は全て最寄り駅周辺で完結していたのだ。寒かったのでマフラーを首にぐるぐる巻きにする。

 買い物中はあまり会話もなく、俺はひたすら前を行くカエデさんの背中を追いかけた。パーカーのフードとアディダスのリュックが歩を進める度に左右に揺れた。

 カエデさんはまずユニクロに入りキャミソールを何枚かとシャツを一着買った。その後、ABCマートに入りアディダスのスニーカーを一足、フランフランに入ってマグカップとノートを二冊、アースに入ってロングスカートを一着とセーターを二着買った。

 みるみるうちに荷物は増え、そのほとんどを俺が持った。

「たくさん買うなぁ」

「たまにしか買い物なんて行かないからね。あんた、何も買わない気なの?」

「気に入ったものがあれば買うよ」

「せっかく来たんだから何か買わないともったいないよ」

「うん」

 次に寄ったアーバンリサーチで売り出し中の黒のロングコートを手に取ってみた。

「大人っぽくていいじゃない」

「うん。こういうの持ってないからなぁ。ちょっと良いかも」

「着てみなよ」

 鏡の前で着慣れないロングコートを羽織ってみる。鏡にうつる自分を見て、なんだか一気に大人になったような感じがした。それに暖かい。

「良いじゃない」

 カエデさんが背伸びをして俺の肩のあたりからぴょこんと顔を出して鏡にうつり込んできた。

「大丈夫かな? 大人っぽ過ぎない?」

「すごく、似合ってるよ」

「うーん」

「迷ってんの? たまにはお姉さんが奢ってあげようか?」

 俺は少し驚いた。

「えっ、悪いよ。それにけっこう高いよ三万六千円もする」

 しかし値段を聞いてもカエデさんは動じなかった。

「別にいいよ。私、お金持ちだし」

「いいよ、いいよ。自分で買う」

「遠慮しなくていいよ。若いんだしさ」

「大丈夫」

 俺はレジに行き、麻雀で勝ったお金でロングコートを買った。けっこうな出費だったが、最近の好調子の勝ち分おかげで何とか買えた。

「買ったよ」

 会計を済まし、店の外でしゃがんで待っているカエデさんに声をかけた。

「良かった。すごく似合ってたよ」

「ありがとう」

 ショッピングモールを出る。いつの間にか街はもう夕方になっていた。遠くの空、闇がゆっくりと背の高い都会のビルに降りかかってきているのが見えた。真っ黒い闇が。

 信号待ちの交差点は相変わらず人に溢れていた。俺達はその最前列で青信号を待っていた。

「ねぇ、さっきさ、私お金持ちだからって言ってなかった?」

「あーうん、言った」

「なんでなの?」

「なにが?」

「いや、なんでお金持ちなの?」

 悪いけど、カエデさんはどう見てもお金持ちには見えなかった。

「なんだ。そんなの、この前バイトしてきたからに決まってるじゃない」

「それだけ?」

「それだけだよ」

「なーんだ、それだけかよ」

 俺は呆れた。それに日雇い一日分のバイト代なんて間違いなく三万六千円もないだろう。カエデさんらしい。

「なによ。あ、もしかして玉の輿にでも乗ろうと思ってた?」

「そんなんじゃないよ。ただ、何かあるのかと思っただけ」

「そんなん何もないよ。玉の輿、残念でした」

 カエデさんが悪戯っぽく笑う。

「だから、違うって」

 そこでカエデさんが急に、はっと、驚いた顔になった。横断歩道の反対側を見ていた。

「どうしたの?」

「あいつ」

「何?」

「あいつ、あの横断歩道の向こうを歩いてるやつ」

 カエデさんが示す方を見ると長身で茶髪の男が人混みをかき分けて歩いていた。硬そうな黒い革ジャンを着ている。こちらには気づいていない。

「知ってる人?」

「うん」

「ふーん。誰なの?」

「私の旦那。アオバっていうの」

「うそ」

「本当よ」

「あの人が?」

「うん」

「へぇ」

 予想通りと言えば予想通りだし、予想外と言えば予想外な面持ちだった。細身で、なんだか不健康そうな人だ。

 いくつくらいの人なんだろう? まともな職に就いているようには見えなかった。外見だけだが、付き合いたいタイプではないな、と思った。この人がカエデさんを殴ったり、蹴ったりしていたのか。

 自分が寝泊まりしている部屋を思い出した。あの部屋はこの男の部屋なんだ、と思うとたまらなく不思議な気持ちになった。

 こちらに気づかずのそのそとどこかへ歩いていく。

「殴ってこようか?」

 自然と言葉が出た。

「えっ、なんで?」

 俺の言葉にカエデさんは意外そうな顔をした。少女のようだった。

「なんでって言われても」

「私のこと好きなの?」

 カエデさんがじっとこっちを見つめる。まっすぐな目。俺もその目をじっと見た。周りにいた人達が青になった横断歩道を渡っていく。俺達を残して。アオバは結局最後までこちらに気づかず雑踏の中に消えていった。

 帰りの電車、疲れていたのか二人ともぐっすり眠った。最寄り駅の喫茶店でエビピラフを食べて帰った。

 なんとなく明日、大学に行ってみようと思った。



 大学へは原付で行った。昨日買ったはがりの黒のロングコートを羽織って。

 大学は一応原付通学は禁止されているのだが、近隣の公園の駐輪場に停めてそこから歩けば特に何も言われなかった。ただ、そこから校舎まで行くには果てしない山道を二十分も歩かなければならなかった。普通の学生はみんな最寄り駅から出ているバスで大学まで行く。山道は険しく、それも大学へ行くのを億劫にさせる理由の一つだった。

 久しぶりの大学だ。ホールでの授業に出る。もちろん一度も出席したことのない授業だ。

 授業には沢山の人が出席していた。皆それぞれに友達と話したり携帯をいじったりしている。授業も始まっていないのに、もうすでに寝ている奴もいた。俺は一番後ろの席に座ってそれを眺めた。

 時間になると講師が入ってきて授業が始まった。

 初老の講師は「この前の続きからで」とぼそっと呟き、後はスクリーンにパワーポイントのスライドを映し、淡々と何かを話していた。何を言っているのか全然分からなかった。それにもちろん資料や教科書なんてものも持ち合わせていなかった。

 最初の三十分はぼーっと画面に映し出されるスライドを眺めて過ごしたが、耐えきれなくなって途中から結局寝た。授業終わりのチャイムの音が遠くで鳴って、ざわざわした声で目が覚めると、時間を無駄にしてしまった罪悪感が内からふつふつと湧き上がってきて気持ちが悪かった。

 生協へ行って紙パックのコーヒーを買っていると、同級生のシムラに会った。シムラは俺を見つけ、驚いた顔をした。珍しいものでも見た顔だった。

「うわぁ、お前まじでいつぶり?」

「おーう。いつぶりだろ? 少なくとも夏休みが終わってからは一回も学校来てなかった」

「まじで? 終わってんな。それ。もう四年での卒業は諦めたのか?」

「馬鹿、そんなわけないだろ。ちょっと大学に行きたい気分にならなかっただけだよ」

「またそんなこと言って。お前、毎日何してんだよ」

「別に何も」

「あー、その感じ。相変わらずだなぁ」

 そこで俺は初めてシムラの顔をしっかり見た。

「あれ。お前さ、髪型変えた?」

 久しぶりに会ったシムラは爽やかな短髪になっていた。俺が知ってるシムラはむさ苦しい長髪だったはず。

「あぁ、これ? ほら、もうすぐさ、就活だから」

 そう言ってシムラは頭をなでる。

「就活? お前、もうそんなこと考えてんの?」

「もうって、当たり前だろ。三回生の秋だぞ」

「あ、そうか。そうか」

 そうか。俺はもう三回生だった。それに季節は秋だ。それも冬に近い秋だ。うっかりしていた。

 シムラと一緒に軽音サークルの部室へ行く。部室と言っても楽器や機材が適当に置かれたただのだだっ広い倉庫だ。

 よく見れば野球のグローブやコンビニで売ってる安っぽいエロ本など軽音楽に関係ないものも沢山置いてある。そしてその間にサブカルチャーの湯にどっぷりと浸かった少年少女たちがラリったような目で思い思いのキャンパスライフに酔って群れていた。

 シムラは適当なパイプ椅子に座り、俺は目についたアンプの上に腰掛けた。部室で見慣れない俺を不審な目で見るやつらもいた。それはそうだろう。俺は軽音サークルなんてものはとっくの昔にやめているのだ。

 俺とシムラは軽音サークルの新人歓迎会で知り会った。大学に入ってすぐのことだ。

 当時、俺は楽器も弾けず、音楽の知識もほとんどなかったが、なんとなく軽音サークルの門を叩いた。いわゆる大学デビューというやつを試みたのだ。

 そして、たまたま見学に行った日が新人歓迎会の日で、雰囲気に流されるままそれに参加した。

 周りにいたのは流行を着飾ったオシャレな連中ばかりだった。しかも聞いたこともない名前のバンドの話ばかりしている。外には自分の知らない世界が広がっている。閉鎖的な片田舎の高校を出て大学に入ったばかりの俺にとってそれは一つの衝撃だった。

 シムラもそんな中、明らかに浮いていた。

 その頃のシムラは長髪、ぼうぼうの髭、丸眼鏡。レットイットビーの頃のジョンレノンみたいな風貌をして端っこの席でまだ飲み慣れないビールをちびちび舐めて顔を赤くしていた。

 皆代わる代わる席を移動する中、自然の流れで浮いていた俺とシムラが端の席に固まった。俺は勇気を出してシムラに声をかけてみた。

「シムラ君はさ、どんな音楽が好きなの?」

「俺はビートルズが好きなんだ」

 そんな見たまんまな男だった。

 ただ、俺と違いシムラは音楽に対して真剣だった。その後も軽音サークルに残り、自分のバンドを組んでデビューを目指した。音楽性とか詳しいことはよく分からないが、マイナーなコンテストで賞を取ったこともある。

 俺は大して楽器も弾けないままに、早々にサークルを辞めた。あれは確か一年の冬だったと思う。

「で、これからどうする気なんだよ」

 シムラはどこからか自分のギターを持ってきて弦を爪引きながら俺に尋ねた。入学した時から使っているエレキギター、奴の愛機だ。

「いや、全然考えてない」

「俺さ、正直お前はもう大学辞めるもんだと思ってたよ」

「そんな気はさらさらないよ」

「サークルも辞めちまってさ」

「いつの話だよ」

「いや、俺はけっこうショックだったんだぜ。お前がギター上手くなったら一緒にバンドやりたいと思ってた」

「そんなの待ってたら大学生活がいくつあっても足りないよ」

「そんなことねぇよ。一時期、ほんと一時期だったけどお前、結構頑張ってたろ」

「そうだっけな」

「そうだよ。弾きたい曲があるって俺にコード聞きにきてただろ。なんて曲だっけあの曲?」

「もう忘れたよ」

「あれだよ、『この場所にいつでも……』なんだっけなぁ」

「いいよ、もう。昔の彼女が好きな曲だったんだよ」

「え、別れたのか? あの子」

「とっくにな」

 そういえば昔、一度だけシムラにみっこちゃんを会わせたことがあったな。

「残念だなぁ。なかなかかわいい子だったのに」

 シムラがそんなことを言うから、俺はみっこちゃんの顔を思い出した。夜風に揺れる黒髪を思い出した。会いたい、と思った。

「シムラは就職するの?」

「うん、そのつもりだ」

「バンドは?」

「バンドは辞めないよ。就職しても続ける」

「趣味で? デビュー目指してあんなに頑張ってたのに」

「いや、もちろん真剣にやるつもりだよ。就職したって別に気持ちさえあればできるだろ。バイトしてバンドやるんじゃなくて正社員でバンドやるんだ。そんなに大差ないよ。ま、卒業まであと一年でデビューできたら話は別だけどな」

「何かすごいな」

「何が?」

「いや、よくそこまで自分の人生を構想できるなって思って」

「構想って、まだ全然入り口部分だぜ。先は長いよ。人生は長い。音楽だって、俺はまだまだ諦めないよ」

 シムラの指がアルペジオで音色を奏でる。本当に楽器は上手いのだ。

「お前ならデビューできるよ。きっと」

「ありがとう。頑張るよ」

「俺も考えないとなぁ」

 短髪になったシムラを見てると本当にそう思った。でも思っただけだった。髪が短い方がシムラは似合っていた。もちろん何も言わなかったが。

 大学からの帰り道、歩道を歩くカエデさんを見つけたので後ろから思いっきりクラクションを鳴らしてやった。

 カエデさんは突然のクラクションにかなり驚いていた。クラクションの主が俺だと気付き、ヘッドライトをキッと睨んだ。

「馬鹿、びっくりした」

「なかなかいいリアクションしてたよ」

 エンジンを切って原付を押し、カエデさんの隣を歩く。だんだんこの家路にも慣れつつある自分がいた。

「どこ行ってたの? マージャン?」

「ううん。今日は大学に行ってた」

「あれ? 大学は辞めたんじゃなかったの?」

 みんなしてそんなことを言う。

「辞めてないよ。しばらく行ってなかっただけ」

「そうなの。久しぶりの大学はどうだった? 楽しかった?」

「んー、普通。まぁ久しぶりに友達に会えて良かったよ」

「授業に出てたんでしょ?」

「授業にも出たよ」

「大学の授業ってどんななの? 私、大学行けなかったから知らないんだ」

「大したことないよ。大したことない奴が大したことない話をずっとしてる」

「ふーん、それなのになんでみんな大学に行くの?」

「大半のやつはなんとなくじゃないかな。残りのやつにとってはそんな大したことない話が大事なことなんだろ」

「あんたは大半のやつの方?」

「思いっきり大半のやつの方」

「じゃもう辞めちゃいなよ」

「そういうわけにはいかないんだよ。どうにも」

「ふーん。そういうの、よく分かんない」

「俺にだってよく分からんよ」

「ね、そんなことよりさ。この前の話、覚えてる?」

「何? この前の話って」

「私のこと好きだって言った話」

「誰がそんなこと言ったんだよ!」

「誰って、あんたが」

「言ってない、言ってない」

「えぇー、そうなの?」

「そうだよ」

 俺はやけにムキになっていた。

「ざーんねん、ちょっと嬉しかったのになぁ」

「嬉しかった?」

 マンションの下に着いた。

「嬉しかったの?」

「そうよ。悪い?」

「いや、悪かないけど」

「ふーんだ」

 そう言ってカエデさんは一人でマンションの階段を登ってさっさと行ってしまった。俺が原付を駐輪場に停めて部屋に戻ると、カエデさんはすでにソファで丸くなって眠っていた。外では気がつかなかったが、近づいてみると相当に酒くさかった。

 酒浸りのカエデさんと先の見えない俺。どっちもどっちだった。

 みっこちゃんとの突然の別れは、その二日後だった。

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