桃と電気と墜落の夜 2
で、目が覚めたらもう夕方だった。
とにかく頭が重かった。昨晩の疲れがまったくとれていない。だるい。
起き上がると窓から見える夕焼けがきれいだった。ガラクタばかりが散乱したカエデさんの旦那さんの部屋を真っ赤に染めていた。ぼろぎれみたいな俺を染めていた。
部屋を出てリビングに行ってみたがカエデさんはまだ帰ってきていないみたいだった。腹が減ったのでコンビニに行くことにした。
寝ているときに着ていたタンクトップの上にセーターを着て外に出る。外に出たらもう夕焼けは夜に飲み込まれる寸前だった。
薄暗い街を抜けて明るいコンビニの中に入ると不思議と少し安心した。とりあえず何か食べよう。あまり時間をかけたくなかったので素早く陳列された棚から食べ物を選んだ。
五百円ちょっとを支払って外に出たところで携帯を見たらみっこちゃんからメールが返ってきていた。
『おはよう。まだちょっとばたばたしてるの。ごめんね。またこっちから連絡するね』
返信時間を見ると昼の一時頃だった。たぶん仕事の間、昼休みにでも返信したのだろう。
『分かった。仕事頑張って』
それだけ返信して俺は今日のメールとみっこちゃんのアドレスを携帯から削除した。もう連絡できないように携帯からみっこちゃんの存在を消したのだ。
溜息を深くついて歩き出すと、偶然バイト帰りのカエデさんに会った。
「何買ったの?」
カエデさんが俺の持っているコンビニの袋を指差して聞いた。
「おにぎり二つと唐揚げ」
「あ、そう。あんた、そんなんばっか食べてたら身体に悪いよ」
「ふん。身体に悪いとか、カエデさんにだけは言われたくない」
「ふん」
「バイト、お疲れ様」
「ふん。ねぇ、たまには一緒に飲みに行こうよ」
「いいよ」
俺たちは近所のチェーン店の居酒屋に入ってビールを飲んだ。カエデさんとこんなふうにお酒を飲むのはもしかしたら初めてかもしれないな、と思った。暖房の効いた居酒屋だった。
酒に酔ってないときのカエデさんは基本的に無口だった。だからビールを三杯くらい飲むまでお互いあまり話さなかった。ただ一緒に暮らしているだけで、そもそも俺達に共通の話題なんてないのだ。
「ねぇ、なんか話してよ」
沈黙に耐えかねてカエデさんが言った。
「うーん、今日のバイトはどうだったの?」
「別になにもなかった。普通に。ただバイトしてただけ」
「あのさ、それじゃ話が続かないでしょ。何かないの? こんなことがあったとか、あんなことがあったとか」
「べっつにー。ただ単に道に立ってティッシュを配るだけの仕事だよ。他にも何人か女の子はいたけどみんなあまり話し掛けて来なかったなぁ」
「ふーん、そっか。そっか」
そう言って俺はビールをぐいっと飲んだ。
「こんな髪してるからね。たぶん、怖いんだろうね」
それに対しては何も言わず、また黙ってビールを飲む。
「あんたは何してたの?」
「朝帰ってから夕方までずっと寝てた」
「馬鹿みたい」
「ほんとにね」
笑った。本当に馬鹿みたいだ。分かってるよ。自覚ある、ある。
焼き鳥とか白子ポン酢とか、料理がいくつか運ばれてきてそれを食べていると、カエデさんのお酒も進んでいき、いつの間にか「酔い」のスイッチが入ったみたいだった。だんだんと饒舌になる。
「……でさ、聞いてよ。その時さ、私驚いちゃったんだから。ほんと」
「うん、うん」
「でもね、そういう時って誰にだってあるでしょ? あるのよ。多分あんたにも。私がそうだったみたいに」
「うん、まぁ。そうかもね」
「でもそれでも慌てちゃダメなのよね。ほんとに。それができたら誰も苦労しないんだけど。ね、分かる?」
「うん、分かるよ」
全然分からない。
カエデさんの話はあちらこちらに飛ぶ。置いていかれたら最後。話にまったくついていけなくなる。
カエデさんの饒舌はどんどん凄くなる。そしてぐびぐびとお酒を飲む。ぐびぐび。仕方ないから俺も負けじとぐびぐびした。
俺はこの人にお酒を飲ませることが正しいことかどうか、判断がつかなかった。
その後も、いつまで経ってもカエデさんのペースは落ちず、キリがないので店を出た。カエデさんはまだ飲み足りないと文句を言ってゴネたが、無理やり外に出した。俺自身も飲み過ぎで、かなり酔った。
「酔い覚ましに少し風にあたってさ。ぐるっと歩いて帰ろうよ」
俺は少しぼやっとした頭でカエデさんに提案した。
「うん。じゃあさ、向こうにある大きな公園まで歩こうか。んで、そこで飲みなおそう」
「いーや、お酒はもうだめ。また飲んだら酔い覚ましにならないだろ」
「ビール一杯だけだよ。それで今日はほんとに最後にするから」
カエデさんはこれ以上は妥協してくれそうになかったので、仕方なく俺はコンビニで缶ビールを二本買い、公園まで歩いた。
高速道路の高架の近くにある大きな公園。
この時間だと犬の散歩をしている人がちらほらいるだけでほとんど人気がない。俺たちは公園全体を見渡せる小高い丘の上に登った。
最初に俺がコンビニで買っていたおにぎりを一個ずつ分けて、唐揚げをつまみにさっき買った缶ビールを飲む。唐揚げはもうすっかり冷たくなっていた。おにぎりもパサパサだった。でも不味くはなかった。
丘の上からだと街の光がよく見える。高速道路を忙しなく走る車もライトも見える。夜景スポットというには少し弱いが、綺麗な景色だった。
昔、みっこちゃんと一緒によくここに来た。
恋人だった頃だ。二年くらい前のことだ。
付き合って、別れて、そんでみっこちゃんに新しい彼氏ができて、また再会して何となく今の微妙な関係に落ち着いて、すべてが本当にあっという間だった。
昔のことを思い出す。
「素敵ね」
丘から見える街の光を見てみっこちゃんはそっとつぶやいた。
みっこちゃんはよく「素敵」という言葉を使った。それはみっこちゃんの物事に対する最大の賛辞だった。素敵。
「うん、綺麗だね。写真に撮ってみたら? 携帯でも最近のは性能がいいから夜景もちゃんと写るだろ」
「ううん、いいの。写真は撮らない」
「なんで? 記念になるよ。きっと」
「あのね、普通、人は忘れてしまうかもしれないから写真を撮るんでしょ? 写真に残したらなんとなくだけど、ずっと覚えていられるからね。でも私は絶対に忘れないから、今見てるこの景色も。今の自分の気持ちも。だから写真は要らないよ」
「ふーん、そういうもんか」
その時、みっこちゃんは何だか嬉しそうだった。本当に今でもあの時のことをちゃんと覚えているのだろうか? 写真に残さなかったあの時のことを。
実際、みっこちゃんは本当にほとんど写真を撮らなかった。だから二人で写真を撮ったこともほとんどない。
唯一、一枚だけ二人で撮った写真がある。
付き合っていた頃、桜の有名なスポットにお花見に行った時の写真。ふんわりとした季節。普段は絶対に乗らない電車を乗り継いで、二人で桜を見に行った。桜は文句なしに良かった。
で、通りすがりの人に頼んで写真を撮ってもらった。
慣れないからぎごちなく、ちょっとだけ微笑んだ俺とみっこちゃんが桜を挟んで立っている。綺麗な写真だった。みっこちゃんの言葉を借りるなら「素敵」だった。
初めての記念写真で唯一の記念写真。その写真は今も多分俺の携帯の中に残っているはずだ。ひっそりと。
「あ、今さ、別の女のこと考えてたでしょ?」
カエデさんの声で現実に引き戻された。
「さぁね。でも少なくともカエデさんのことは考えてなかったよ」
「あら、生意気ね」
相変わらずのペースでビールを飲むカエデさんにつられて俺もまたビールを飲んだ。もうすっかり酔ってる。
「ねぇ、カエデさんはなんで離婚しようと思ってるの?」
俺は酔いに任せて立ち入ったことを聞いた。普段はそんなこと絶対に聞かない。
「難しい質問ね。うーん、簡単に言うならもう一緒にいたくないからかなぁ」
「旦那さんに酷いことされたの?」
「殴る、蹴る、いっぱいされたよ」
「酷いね。なんで自分の奥さんにそんなことするんだろう」
「知らないよ。気に食わなかったんでしょ。私のことが。でもそういう人、世間には沢山いるみたいよ」
「それでもなぁ」
「それに私もお酒ばっかり飲んでたし。酒浸りの嫁と暴力ふるう夫、今思えばどっちもどっちよね」
そう言ったカエデさんは何かを思い出してるようにも見えた。多分、昔のことを。
「でも一度はお互い好きだったのに」
「あー、そういうの、あんたは若いからまだよく分かってないのよ。恋はいつか愛になる。それかもしくは惰性になる。悲しいけどそういうもんよ」
「ふーん、そんなもんか」
ビールの缶を持つ手が冷たくなってきた。
「あんた、好きな女の子とかいるの?」
「好きな子……うん、いる」
カエデさんの質問に俺は少し躊躇してからこたえた。
「ふーん、どんな子なの? 聞きたい」
「どんな子って、うーん、何て言えばいいのか分からないなぁ」
「外見は? 可愛い?」
「可愛いよ。黒髮のロングヘアー」
「あららら、当てつけみたいに私と逆じゃない。背は高い?」
「いや、普通くらいかな」
「性格は?」
「うーん、どちらかと言うとおとなしい」
「おっぱいは?」
「おっぱい?」
俺は少し驚いた。
「そう。おっぱい。大きいの? 何カップ?」
「そんなの知らないよ。でも、うん。まぁまぁ大きい」
「よしよし。うーん、あのさ。イメージだけど、すごくかわいい子になった。うん、なかなか良いじゃない」
カエデさんは目を閉じて頭の中で仮想のみっこちゃんをイメージしているみたいだった。どんなみっこちゃんになっているのか少し興味がわいた。何となくだけど、カエデさんのことだから外れてる気がした。
「一度会いたいな。ねぇ、今度会わせてよ」
「やだ。絶対やだ」
「何よ。別に変なことしないわよ」
「だめ、絶対するから」
「なによ。ほんと失礼なやつ」
カエデさんがちょっと口をとんがらせた。その顔がおもしろくて俺は笑った。
「ね、告白しないの?」
「したよ。ずっと前にだけどね」
「うそ。フラれたの?」
「うーん、結果的にはフラれたのかな。昔、付き合ってた時もあるんだよ」
「じゃ元彼女なんだ。すごい。それ、すごいね」
「何もすごくないよ」
「すごいよ」
「なんで?」
「だって別れたのにその子のことずっと好きなんでしょ。すごいよ」
「そうかな?」
「忘れられないの?」
「うん……そうだね。忘れられない」
と、言ってみたものの、何かが胸に刺さった。
いや、違う。違うんだ。本当は忘れられなんじゃなくて諦められないだけだ。でもそれはすごく情けないことだ。分かってる。
みっこちゃんはもう次の恋を始めている。
俺とのことなんて、恋なんてとっくに終わっているのだ。そんなことは痛いくらい分かっていた。
「かっこいいよ。そういうの」
「かっこいい?」
「うん、かっこいい。一途なとこ、すごくかっこいいよ。なんで分かってくれないのかな? その子は。不思議だわ」
カエデさんはビールを飲み切り、空き缶を丁寧に潰してコンビニの袋に入れた。小さな虫が一匹袋の中に迷い込む。虫は少ししてから出てきて、その身体のように小さな羽音を立ててどこかに飛んで行った。
何故だか急に涙が溢れてきた。
ビールの、酒のせいか。いつまでも諦められない自分のせいか。何だか分からなかったけど、すごくダサかった。
本当は分かっていた。今日みたいにアドレスを消したって着信履歴や過去のメールだったり、探せばどうせ彼女はまだ俺の携帯の中、どこかにちゃんと存在しているのだ。
卑怯な俺はそれを見つけてまたみっこちゃんに連絡を取るのだろう。
まるで死ぬ気がないのに自殺未遂を繰り返してしまう人みたいだった。涙がゆっくりと、順番に両頬を伝っていった。
カエデさんは酔っ払いのくせにすぐにそれに気づいた。驚いて俺の顔を覗き込む。
「泣いてるの?」
「聞かないでよ。そんなこと」
涙が止まらなかった。ダサい。本当ダサい。俺はもう二十二なのに。
「ごめん、私なにか嫌なこと言った?」
「ううん、そうじゃないよ」
カエデさんは柄にもなく焦っていた。
「ねぇ、カエデさん。俺、きたないなぁ」
「いいのよ、そんなの。恋なんてみんな、誰も綺麗じゃないんだから。きたなくていいの。でもさ、あんたはかっこいい」
「ありがとう」
「私が保証するよ」
カエデさんが頭をなでてくれた。飲んだビールと同じくらいの量の涙が出た。その間、カエデさんはずっと俺の頭をなでていてくれた。
次にみっこちゃんから電話がかかってきた時、俺は例によってまたヤマダと麻雀をしていた。店員さんに代走を頼んで電話に出る。
「もしもし」
「もしもし。あ、今大丈夫? 出掛けてた? 外かな?」
「うん、ちょっと。でも大丈夫だよ」
小走りに店の前まで出てきた。店内だとじゃらじゃらと牌の音がうるさくて電話の声が聞こえない。それに嬉しかった。久しぶりのみっこちゃんの声をはっきり聞きたかった。
「そっか。あのさ、ちょっと急なんだけど今から会えないかな?」
「今から? うん、別にいいけど」
「ありがとう。良かった」
「じゃ家まで行くよ。そんなに時間かからないと思う」
「ありがとう。待ってるわ」
夜の国道を原付でとばす。麻雀は適当な理由をつけてフケてきた。
みっこちゃんに会いに行く時間、俺はいつも少し期待をする。今度こそ、今度こそ何かが変わるんじゃないかと。みっこちゃんの家の前に着き、メールを送る。
『ついたよ』
すぐに返信がきた。
『すぐいく』
家から出てきたみっこちゃんはラフな部屋着の上に薄手のロングコートを羽織った格好だった。秋っぽい格好。
「ごめんね。急に」
「いいよ。どうせ暇だから」
「ね、ちょっと歩こう」
「うん」
二人で夜の住宅街を歩いた。
また今日も街灯が照らしてる。みっこちゃんの家がある戸建が多い地域を抜けると、真新しいマンションが並ぶ最近開発されたばかりの地域がある。
月明かりが真っ白なマンションの壁を照らしていた。みっこちゃんの表情を照らしていた。夜なのに妙に明るかった。
開け放された何処かの窓からテレビの音が微かに聞こえた。何かのバラエティ番組だろうか。笑い声みたいだった。楽しそうだった。
でも、みっこちゃんの表情はその笑い声とは裏腹なもので、浮かない顔、と言うやつだった。
「なんか暗いね」
「夜だからね」
「違う。表情が暗いよ。何かあった?」
みっこちゃんは少し意外そうな顔をした。こんなにストレートに聞かれるとは思っていなかったのだろう。
「うん……まぁ、ちょっとね」
「彼氏?」
「わぁ、今日はずいぶんぐいぐいくるなぁ」
そう言ってみっこちゃんは笑った。
「当たりか」
「うん、そうだよ。彼氏とちょっとね」
「喧嘩でもしたの?」
「喧嘩って言うか、私が一方的に怒られた。仕事が忙しくてメールとか連絡返すのが遅くて。そんなに仕事が大事か! って。電話で怒鳴られちゃった」
「彼氏、そんなこと言うんだ」
「うん、彼はまだ学生だからね。なかなか分かってくれないのかも。私だって好きで働いてるわけじゃないんだけどね」
そう言ってみっこちゃんは少し寂しそうな顔をした。
「彼氏いくつなの?」
「私の一つ下」
「歳下なんだ」
と言うことはもちろん俺よりも歳下なのか。少し驚いた。
「意外?」
「うん、ちょっと意外」
「そっか」
「俺ならそんなこと言わないよ」
「え?」
「いや、俺ならそんなことで怒鳴ったりしない」
「あぁ、うん。そうね。そうだと思うよ」
みっこちゃんの声は単調だった。何を考えているのか掴めなかった。それに俺はなぜそんなことを言ったんだろう?
マンションの間にある小さな公園のベンチに腰掛けた。ピカピカのベンチは座ると少し冷たかった。
そっと、手を握った。
本当に何も考えてなかった。無意識だった。でもみっこちゃんは受け入れてくれた。ぎゅっと手を握っていると、まるで数年前に戻ったみたいだった。突然、風の、空気の質が変わる。
今夜、みっこちゃんは多分誰かに側にいてほしかったんだろう。誰にだってそういう時がある。俺だってあの夜、カエデさんに頭をなでてもらって幾分かは楽になった。「誰にだってあること」分かっているのに辛かった。だって俺はみっこちゃんのことが好きだったから。
そのままの勢いでキスをした。
ドロリとした生々しいキスだった。最近、こんなキスしかできない。そんな自分が本当に嫌だった。
今日も、みっこちゃんのくちびると舌の形をしっかりと確かめた。冷たいベンチの上、いつの間にか互いの身体に腕を回していた。自然に。
「私って卑怯な女ね」
しばらくして俺の肩に顎をのせてみっこちゃんが言う。
「そんなこと、どうでもいいよ」
「自分で自分が嫌になる」
「俺だってそうだよ」
「ごめんね」
「何で謝るのさ」
「だって、ごめんって思うから」
「いいよ。そんなん」
「ずっとそばにいてよ」
「こっちの台詞だよ」
俺はこれ以上みっこちゃんを汚したくなかった。そしてそのうえで俺のものにしたかった。でもそんなことは不可能だった。分かってる。
夜の匂いは甘かった。
悲しくなるくらい甘かった。みっこちゃんのくちびるみたいだった。
帰ったらもう明け方近かったがカエデさんはまだ起きていた。またお酒を飲んでいたのだ。ダイニングテーブルの下には空になった焼酎の瓶が転がっている。
カエデさんはソファに座って、なぜかシャボン玉を部屋の中に浮かべていた。
「何してんの?」
「見ての通り。シャボン玉」
「それは分かるけどさ」
きらきらとシャボン玉が部屋を舞っていた。大きいやつに小さいやつ。重力を無くしたように浮いていた。そしてそれらは予め決められたように順番に散った。ぱちんと散った。
「商店街の福引でもらったの。残念賞だけどね。綺麗でしょ」
「綺麗。ほんとに」
「すぐ消えちゃうからね。だからなおさら綺麗に見える」
俺はふわふわ浮かぶシャボン玉の油膜をじっと見ていた。
「彼女、元気だった?」
「なんで会ってたって分かったの?」
俺は少し驚いて言った。
「カマかけただけよ。そんな驚くなんて。かわいいやつ」
カエデさんは笑った。そしてまた順番にシャボン玉を浮かべた。
「ちぇっ、なんだよ」
「可笑しい。でもちょっといつもと違う顔してるよ」
「どんな?」
「うーん。なんだかちょっと嬉しそう。でも同じくらい悲しそう」
「あぁ。それ、なんとなく分かる気がする」
「でしょ。何となくだけど、あんたのことは分かるんだ」
「ふぅん」
「私とあんたは似てる」
「それも分かる気がするよ」
「私たちは二人とも一人ぼっちだから」
「うん」
異論はなかった。カエデさんもなんだか嬉しそうだった。でももちろん同じくらい悲しそうだった。
「ね、カエデさん」
「なに?」
「飲みません? 一杯だけでいいからさ」
「あら、あんたから誘ってくるなんて珍しいわね」
「たまにはね」
しかし家中探したがお酒はなかった。カエデさんがすでに家にあったお酒を全て飲み尽くしてしまっていたのだ。
だから仕方なくコンビニまで歩いてカップの日本酒を二つ買って帰って飲んだ。
また、酔っ払った。
お酒を飲んだ勢いで、ソファに座ったまま眠ってしまっていた。寒さに目を覚ますと、隣ではカエデさんがすー、すーと静かな寝息を立てて眠っていた。俺は床に落ちてた毛布をカエデさんにかけてやる。
俺達はやっぱり一人ぼっちだった。




