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【第五話】 友の死

 ハロルドの呼び出しはいつも急だった。

 そして大体が世相に釣り合わない、不道徳と思われるようなことである。

 アルメインから戻った翌日、ベイカーがクリフを呼びにやってきた。用件はもちろん、ハロルドからの召集を伝える為だ。

 空一面に敷かれた薄雲の向うにはぼんやりと陽射しが滲む、白夜のようにほの暗い昼下がりだった。

 石畳の敷かれた街路を、クリフとベイカーは並んで歩き出した。

「昨日、うちの窓も割られたんだ」

 人通りの少ない繁華街を抜けて裏路地を進みながら、ベイカーがしょんぼりとした声で言った。

「……アヴァロンに?」

 下を向いて歩くベイカーの横顔が、小刻みに頷く。

「たぶんね」

 ぽつりと答えてベイカーは唇をきゅっと引き結んだ。ひたすら石畳に向かっているその目は、苛立ちを表すように熱っぽく燻っている。

 ベイカーは軽率に罵倒や暴言を吐く性格ではない。ハロルドはそんなベイカーも「臆病者」と罵るが、それは周囲の状況をよく捉えているからだとクリフは思っている。けれど傍から見れば、何がなんでも正しい人間でいたいというただのやせ我慢にも見えないことはなかった。

「ここだよ」

 しばらく路地を進んだところで、ベイカーが足を止めた。“ 脱兎 ”と書かれた看板の掛かっている一軒のバーらしき店の前だった。センスのないネーミングだな、と思いながらクリフは店のドアを開けたベイカーに続いた。

 中に入ってすぐに薪ストーブの炎が目に入った。こもった暖かい空気が押し寄せる。

 店内は半分電気が消え、暗転しかかったステージのようだった。客はカウンターにいるハンチング帽を目深に被りコートを来た男だけで、ラジオから流れる誰かの演説の声が店内の閑散さを紛らわすかのように我鳴っている。

「お、やっと来たか! こっちだ」

 ハロルドが店内奥のソファー席から呼んだ。

 席にはもう一人見知らぬ少年がいて、テーブルにはトランプが散らばっていた。

「座れよ、ポーカーをやろう」

 クリフとベイカーは顔を見合わせた。やっぱり、と言うように。

「お前のトモダチ?」

 見知らぬ少年の目が、クリフとベイカーを一瞥した。赤毛で鼻の頭にそばかすのある同い年くらいの少年だった。ほとんど白に近いブルーの瞳は、曇りガラスのように無機質でひやりとした冷たさを帯びていた。

「ああ。クリフにベイカー。こいつはジャスティンだ。どうしたんだよ、早く座れよ」


――冗談じゃない。


 ベイカーの顔もそう言いたそうだった。

 博打の類は公令で禁止されている。純粋な遊びとしてこっそりやるならまだしも、ハロルドのゲームはすべて掛け金を必要とする。負けて金を払わない相手を痛めつけ、倍額を奪い取る荒手口を使うこともあった。それを知っているだけに、とても参加する気になどなれなかった。

「僕らはいいよ。賭け事をする気分じゃないし」

 とりあえず腰だけは落ち着けて、クリフはやんわりと拒絶した。

「ハッ。他にどんな気分なんだよ? ゲーム以外になんか愉しいことでもあるのか? 陰気に部屋に閉じこもって、お祈りでもしてればいいのかよ」

 ハロルドが鼻であからさまに嘲笑う。それを聞いたジャスティンが吹き出した。

「腰抜けだよ、ほんとお前たちは。オレが仲間に入れてやらなきゃただの木偶の坊だろ? 一人じゃ何も出来ないくせに」

「うるさい!」ハロルドの暴言に、ベイカーが勢いよく立ち上がった。

「いい気になるな! こんな時でなかったら、誰がお前なんかとつるむもんか! 金に飽かせて粋がることしか出来ないくせに! よくもこんなバカげたことばかりできるなっ。友達がたくさん戦場に行ってる時に……!」

「は、知ったこっちゃないな。いいように捨て駒になった奴等のことなんか。無駄死にしにいくなんて、ばかのすることだ。どうせ何も出来やしないのに。アヴァロンも同じさ! 弱虫だからこそこそと嫌がらせをしてきやがる。そんな子供だましに怯えて隠れるだけなんてオレはまっぴら御免だな! ――ああ! やめだ、ジャスティン。酒でもかっぱらいにいこう」

 テーブルのトランプを乱暴にかき集めてズボンのポケットに押し込むと、ハロルドは舌打ちを響かせて席を離れた。

「待てよ、ハロルド」

 声を落とし気味にクリフはハロルドの背中に呼びかけた。 苛立ちを満面に載せてハロルドが振り返る。

「なんだよ、お前も行くのか?」

「いや――」

 焦燥がクリフの中で渦巻いていた。

 こんなところをアヴァロンにでも見られていたら――いつどこで間者がいるかわからないのだ。

「まったく、どいつもこいつも怯えた目しやがって。そんなに怖いのか? だったらいっそ戦争にでも行ってこいよ。誇りに思われるぜ。まぁお前じゃ流れ弾にでも当たってすぐ死んじまうだろうけどな。だから女のケツばっか追っかけるしか出来ないんだよな。弱虫のウサギちゃん」

 両手で頭の上にウサギの耳を作っておどけるハロルドに、クリフはぐっと拳を握りしめた。

「……そんなことない」

「何がだ? 時期じゃねえだのなんだのと告白する勇気もないくせに。何もしねえで始まりも終わりもこないんだよ。お前は甘すぎる」

 ハロルドがずいとクリフに顔を寄せてくる。その威圧感に後ずさりそうになる足に、クリフは力を込めた。

「いい加減にしろよ。それ以上言うと……絶交するぞ」

「ははははは! 絶好だって? こりゃいいや! そのほうがせいせいするよ。こんな見せ掛けの友情ゴッコ。ただの同じ穴のムジナが存在意義を求めて集まっただけなんだからな。オレはお前等みたいに弱くない。選ばれてここにいるんだ。思うままにやっていく」

 邪悪な光の宿った峻烈な目付きでクリフを睨みつけて、ハロルドは店を出て行った。

「……あいつ、大バカだ」

 ベイカーが唸るように呟いた。

――ハロルドとはもう、今までのように会うことはないだろう。

 彼のあの獰猛な目を見た時、「決別」の二文字がクリフの脳裏を過ぎった。

 ハロルドは確かに強い。

 だがその屈折した矜持はいつか災いを呼ぶような気がしていた。

 これ以上関わりたくないとはいえ、クリフは不安は隠し切れないでいた。嫌な予感がした。そしてそれはまもなく現実となってしまったのだった。





――ハロルドが死んだという報せを聞いたのは、

街中の灯りが消え今日が終わりを迎えようとしていた時だった。





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