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【第一話】 朝もやの中で

“心の病に効く妙薬があるらしい”



 つい一昨日この話を耳にした時、真っ先にクリフの頭に浮かんだのは幼なじみのエレインのことだった。

 そして翌日、有り金をかき集め、朝早くクリフはアルメイン行きの列車に飛び乗ったのだった。


 朝もやの中、汽笛を響かせて始発列車はゆっくりとホームを滑り出した。

 クリフの乗り込んだ最後部車両に、他に乗客はなかった。向かい合わせの座席の窓際に、クリフは腰を下ろした。

――寒い。

 まだ暖房の効いていない車内は、11月の外の冷気より寒く感じた。

 着古した焦げ茶のコートの前を抱き合わせて、クリフは身を縮めた。伸びきってしまった鳶色の髪が頬に張り付いて邪魔だったが、それを払う余裕もないほど指先はかじかんでいた。

 ――突然の外出を、母には苦い顔をされた。

 膠着状態とはいえ、戦時下という現状を考えればいつ危険が降りかかるかわからない。半年前、建築家だった父が突然病で亡くなり、頼るは一人息子のクリフだけになってしまった母の気持ちはよくわかる。

 今朝出てくる時もすでに母は起きていた。自分と同じブルーグレイの、寂しそうな瞳を思い出すと少し心が痛む。しかも、クリフの住むカーライルの街からアルメインまで列車で半日以上もかかる。今ではどこへ行くにもやたらと時間がかかる。各駅ごとに憲兵の厳しい検問があるからだ。

 軍の圧政排斥を謳ったアナーキストたちの組織「アヴァロン」の 暴動を引き金に戦争は始まった。軍と市民のアヴァロンとの争いは日に日に激しさを増し、やがて内乱へと発展した。隣国に亡命する者まで出てきた。そして圧政排斥賛同を掲げて、隣国タリランドが宣戦布告をしてきたのがおよそ三十六カ月と少し前。たびたび小競合いのあったタリランドには、絶好の機会だったはずだ。

軍に所縁のある中産階級の屋敷が多いカーライルも、攻撃の対象になったこともあった。しかしこの街からはほとんど徴兵される者はいなかった。

「乗車券を拝見しても?」

 声にびくりとして振り向くと、紺色の制服を来た車掌が、白い手袋をはめた手をクリフに差し出していた。内心ほっとしながら、クリフはコートのポケットから切符を取り出した。

「……こんな朝早くから、一人で出掛けるのか? アルメイン? これはまたずいぶんと長旅だ」

手渡した切符とクリフとを交互に見比べながら、車掌が言った。まるで取り調べをする憲兵のような言い方だとクリフは思った。

「あそこは敵軍が、ピエロに扮装して潜入してるって噂だ。アルメインの漁港には方々から船が来るからな、紛れ込むのは簡単だ」

戻された切符を再びコートのポケットに押し込みながら、クリフは車掌に笑うふりをした。

「一人旅かい? 幾つだい?」

 車掌は立ち去ろうとせず、しつこく尋ねてくる。不審に思っているのだろう。昼間だって今は、滅多に列車で遠出する者などいないのだ。ましてやクリフくらいの若い少年が、一人で乗っていれば――

「……十八です。アルメインへは、祖母のお見舞いに。体調を崩したと言うので、心配で」

 ――当り障りのない答えを、クリフは選んだつもりだった。内心恐れを抱きながら。

「……ほう、そうか。ではピエロに気をつけて」

 納得したのか、冗談めかした言葉を残し、車掌は前の車両へ移っていった。

 クリフは思わず大きく息を吐き出した。心音が、乱れてうっとおしい。

――訊かれなかった……。

 いつもそれだけが怖い。

 家の外に出る時はいつも、あるひとつの質問をされないかとびくびくしている。

 自分の運命を、変えられてしまうのではないかと――



“お前はどうして、戦いにいかない? ”






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