八話
「人外に戻る...そんなことができるのか?」
「うん、人間になった人外が人外に戻る方法はあるよ、ちょっと条件と手段があれだけど」
俺の質問に氷桜はそう答えると、顔をうつむかせる。
やはりそれだけ辛い方法なのだろうか。
だが、ここまで来たらその唯一に等しい氷桜が助かる可能性について最後まで知りたい。
「その条件と手段っていうのは?」
俺がそう氷桜に質問すると、氷桜は上目遣いに俺の方を見上げながら答えてくれた。
「条件は、今回の場合は紅が人外に戻るっていう意志を明確に持つこと、それで手段は...」
そこで氷桜は言葉を止め、また顔を赤くして目線が宙をさまよい始める。
俺が続きを促すべきかと考えていると、目線はそらしたままで氷桜が口を開く。
「そ、その手段は、同族、紅の場合は妖狐の人外のた、体液、血とか汗とか涙とか唾液とかをちょ、直接口から取り込むこと...」
氷桜は顔を真っ赤にしながら人外に戻る手段、その驚きの内容を話した。
「口から取り込むって...例えば血を使うとして、氷桜が指から血を出したとしたら、指についてる血を直接舐め取るってことか!?」
「う、うん...」
確かにちょっとあれな方法ではあるが、もっと過酷なものを予想していただけにそこまで厳しいものではないと思う。
氷桜には嫌な思いをさせるかもしれないが、俺が人外になるのが一番いい選択だろう。
「じゃあ、氷桜には負担をかけるけど、俺が・・・」
「あのね緋桜くん!」
だが、俺がそう提案しようとするのを遮って氷桜が声をあげた。
さっきまでは目線が宙をさまよい続けていた氷桜だが、今ははっきりと俺の目を見ている。
「多分緋桜くんは優しいから、自分が人外になれば少なくとも呪いは無くなるって思って人外になろうとすると思うの」
氷桜は、まるで俺の心を読んだかのように俺の考えを正確に言い当ててくきた。
そして、
「だからね、こんなタイミングでするのはずるい気がするし、本当はもっとちゃんと雰囲気の時にしたかったんだけど、今ここではっきりさせたいと思うの」
氷桜はそう言うと、大きく深呼吸をして、真剣な表情で俺の顔を見つめてくる。
「緋桜くん、私は緋桜くんに初めて会った時から緋桜くんが好きで、実際に話したりしてもっと好きって気持ちが強くなりました。こんな私だけど、付き合ってもらえませんか?」
「...っ!」
氷桜が、この場で俺に告白をした。
それはつまり、人外化をするというなら、きちんと氷桜の気持ちを受け止めて受け入れろ、ということなのだろう。
実際、俺はただ自分が人外になって氷桜の呪いを止めればいいと考えた。
だけど、氷桜の気持ちに答えるかも定かではなく、ただ呪いを止めたとしても、氷桜は本当の意味で救われることは無い、そんな気がしてくる。
告白を受けるにしろ、断るにしろ、俺自身が氷桜のことをどう思っており、そしてどうしたいのか、その答えをきちんと出すべきなのだろう。
そう考えた俺は、自分が氷桜のこと、未来のことをどう思っているのかを自分の心に問いかける。
氷桜のことをどう思うかだが、俺は氷桜のことは嫌いではない、むしろ好きな部類と言えるだろう。
最初にあった時にいきなり紅と呼ばれたのは驚いたが、実際話すと変なやつではなかったし、一緒にいて心地よさを感じていた。
そして、過去だけでない現在の俺のことも好きだと言ってくれており、そしてその思いのためなら命まで捨てる覚悟があるという。
話していて心地よく、そしてそんなにも思ってくれているのだ、好意がないわけがないのだ。
さて、自分の心に答えは出た。
ならば、氷桜への答えも決まっている。
「ああ、喜んで」
そう氷桜に答えながら、俺は氷桜のことを抱きしめた。
「!!」
突然抱きしめられてびっくりしたのか、抱きしめた瞬間に小さく身体が跳ねた氷桜だったが、やがて氷桜の方からも抱きついてくる。
そして、氷桜の身体がぷるぷると震え、嗚咽の声が聞こえてきた。
こういう時になにか言えるといいんだろうな、と思いながらもかける言葉が浮かばない俺は、片手で氷桜の背中をさすり、片手で氷桜の頭をぽんぽんと叩いていた。
それからしばらくして落ち着いたのか嗚咽の声は聞こえなくなる。
そして、氷桜は俺からすっと離れると、恥ずかしいのか顔をうつむかせたまま言う。
「ご、ごめんね、ちょっと嬉しすぎて感極まって泣いちゃった...」
「まあ気にするな、悲しくて泣いたんならあれだが、嬉しくて泣いたんなら悪くはないだろ?」
俺がそう言うと、氷桜はおずおずと顔を上げ、そしてはずかしそうな笑みを浮かべて頷く。
そういえば、と俺は一つ気になっていたことを思い出す。
「そういえばさ、氷桜の、というか女の人外のその呪いって、ずっと苦しめ続けるってわけじゃないんだな」
「うん、最初に一気にがーって苦しみがあって、それからは徐々に体に激痛が走ったり、血を吐いたりとかの苦しみが起き始めて、やがては死んじゃうって感じの呪いみたい」
「なるほど、まあ常に氷桜が苦しまなくてすむのはありがたいな、まあでも、どうせなら今日人外化をしておく方がいいだろ?」
「んー、まあ確かに早い方がいいかな、でも本当にいいの?緋桜くんは人間じゃなくなっちゃうんだよ?」
「愚問だな、それも含めて告白を受けてるんだから。それに氷桜と同じ種族になるんだろ?喜びこそすれど、躊躇う理由がないな」
俺がそう言うと、氷桜は嬉しそうな、恥ずかしそうな笑顔を見せる。
それから、何かを探すみたいに周りを見回し始めた。
「なにか探し物か?」
「うん、どうせなら今人外化を始めちゃおうと思ったんだけど、私の鞄ってある?」
「鞄なら持ってきてるからそこにあるが、何をするんだ?」
氷桜のベットの右脇に置いてある鞄を指さしながらそう言うと、氷桜は鞄の方へと手を伸ばしながら答えてくれる。
「鞄の中にデザインナイフが入ってるから、それで指を切って血を出そうか...」
「待て」
氷桜の聞き捨てならない言葉に、鞄に伸ばしていた氷桜の手を掴んで止めた。
「人外化に血とかを飲む必要があるからと言って、氷桜が傷をつけるというのは許容しがたいぞ」
俺がそう言うと、氷桜はちょっと困ったような顔をする。
「でも、血以外だと涙は今は出てないし、汗とか唾液を飲むのは流石にちょっとあれでしょ?」
「だが、だからといって故意に自分を傷つけるのを受け入れるのもな...他になにか方法はないのか?」
「え、えーっと...な、無くはないけど」
俺の質問に、氷桜は躊躇いながらも肯定を返してきた。
「お、他にも方法があるのか、どんな方法なんだ?」
その様子に、またなにか厄介な感じの方法かと心の中で身構えながらも表面上は明るさを装って問いかける。
すると、氷桜は顔を真っっっ赤にしながらその方法を告げた。
「そ、その、えっと、じ、人外化をする人と、そ、その人と同族の人外とで、き、き、き、き、キスをする...こと...」