五話
「えっとね、私たち...と言ってもまあ誰を指すかは分からないと思うんだけど、私たちは純粋な人間じゃないの」
「.........は?」
氷桜の言葉に俺は最初からもう意味が分からない。
純粋な人間じゃない、とはどういうことなのだろうか、思春期特有の中二病なのだろうか。
「これはあれか?私は中二病なんですっていうカミングアウトか?」
「ち、違うよ!ほんとに私たち、多分この学年にも私含めて六、七人はいる私たちとその同類は人間じゃなくて、人外なの!」
「お、おう」
俺の中二病なのかという言葉を氷桜は必死に否定しているが、さすがにいきなり私は人間じゃないと言われてもはいそうですかと信じられるわけがない。
そんな俺の不審そうな目を向けられているからだろう、氷桜は信じてもらう方法を考えている。
「あ!そうだ!」
なにか案を思いついたのだろう、氷桜はバッと顔を上げた。
「言葉で説明して分かってもらえないなら実際に見れば信じてもらえるよね!」
「あー、まあ、実際に見れたら信じるだろうな」
確かに人外じゃないという確たる証拠を見せられたら信じるだろうが、実際に見せると言ってもどうするつもりなのだろうか。
人外とやらの姿に変身でもしてくれるのだろうか。
「じゃあじゃあ、今から見せるからちゃんと見ててね!」
俺の疑念をよそに、氷桜はそう言うと目を閉じて集中を始める。
「っ!?」
氷桜が集中を始めてから程なくして、氷桜の雰囲気ががらっと変わったのを感じた。
さっきまではどこかぽわぽわした感じだったのが、今は神秘的な気配を感じる。
そんな氷桜の雰囲気の変化に驚いていると、準備が出来たのだろうか、氷桜が目を開けた。
「じゃあいくよ、ちゃんと見ててね...変化!」
氷桜はそう言うと、柏手を打った。
直後、ポンッという音とともに氷桜の頭に真っ白な狐耳が生える。
狐耳が、生える...?
「はあ!?」
一瞬スルーしそうになったが、その衝撃的な光景に俺は驚愕で目を見開いた。
いや、だっておかしいだろ!?
さっきまで何も無かったはずの氷桜の頭に真っ白な狐耳が生えているのだ。
しかもその狐耳はちゃんと動いており、よくある動物の耳のついたカチューシャとかとは別物であることを嫌でも理解させられた。
「ね!ね!これで私が人外だって信じてくれるでしょ?」
変化、だったか、氷桜に本物の狐耳が生えるという驚きの現象に、何も言えずに狐耳をじっと見ていると氷桜は得意そうにそう聞いてくる。
確かにこれを見せられたら人外と信じるしかない。
「あ、ああ、そうだな」
まだ驚愕が抜けきらない俺には、なんとかそう返事をするのが精一杯だった。
「ふふふ~、あ、試しに耳触ってみる?ちゃんと本物だよ?」
氷桜はそう言うと頭を俺の方に突き出してゆらゆらと動かす。
その頭でぴょこぴょこと動く耳を見ると、ちょっと触ってみたいという衝動がわきあがってくる。
「触っても大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ。あ、だけどちゃんと神経通ってるしそこそこ敏感だから乱暴に触るのはダメだよ?」
「分かった、気をつけよう」
俺はそう言って恐る恐る狐耳に手を伸ばす。
「お!おお...」
本物の狐も含めて狐耳というのは初めて触ったが、もふもふでちょっと温かい。
力を込めすぎないように優しく耳を撫でてみると、耳がぴくぴくと動くのがちょっと面白かった。
「んっ、ん...」
それと、耳はそこそこ敏感というのは嘘ではないらしい。
俺が耳を撫でると、くすぐったいのか氷桜は小さく声を上げていた。
「ふぅ...なかなかの触り心地だった、ありがとな」
しばらく触って狐耳のモフモフを堪能した俺は狐耳から手を離して氷桜に礼を言う。
「いえいえ~♪」
氷桜はなぜか嬉しそうにそう言うと、姿勢をなおした。
「そういえば、その人外ってのはみんな狐耳が生えているのか?」
「ううん、私が妖狐の人外ってだけで他の人はまた別の姿があるよ?えーっと...烏天狗とか、犬神とか、鬼とか、結構妖怪とかとして名前を知られてるのが多いかな」
確かに、犬神は置いといても烏天狗や鬼は妖怪として名前を知っている。
ということは、名前の知られた妖怪というのは実は人外のことを言っていたのだろうか。
「なるほど、妖怪って呼ばれてるのは実は人外ってことか?」
「うん、大抵の妖怪はそうだよ。人外が元になってる」
「でも、氷桜のその姿とか見る感じだと部分的にしかそういう変化ってできないのか?」
そう、俺はそのことが気になっていた。
狐耳が生えたのはびっくりしたが、妖狐だというのなら完全な狐の姿になってもおかしくはない気がする。
となると、部分的な変化しかできないか、それとも部分的な変化しかできない理由でもあるのか。
「えっとね、ちゃんと妖狐の人外として完全な姿になることはできるんだけどね、ちょっとサイズが...」
「サイズ?大きいのか?」
もしかすると妖狐というのは実は結構大きくて人間よりも大きかったりするのだろうか。
それなら確かにちょっと変化に躊躇いを感じるかもしれない。
「うん...全力で変化すると...この屋上がいっぱいになるかな?」
「はあ!?」
今日何度目かも分からない驚愕が俺を襲う。
大きいのかとか思っていたが、この屋上がいっぱいになる大きさとは思わなかった。
普通に大型トラックよりも大きいんじゃないだろうか。
「ふ、普通に変化したらそのサイズになるってだけだからね?一応えいやって頑張ればサイズ調整もできるけど、万が一もあるから耳だけの部分変化にしたの」
「な、なるほどな、確かにもし失敗してそんなサイズで出てこられたら最悪潰されて死ぬな」
まあ獣耳の美少女という可愛いものも見れたし、眼福としておこう。
「それで、なんで氷桜とかが人外ってのが氷桜が俺を紅って呼ぶのの説明に関係あるんだ?」
「えっとね、今度のはさっきまでの話よりもっと信じてもらいにくい話なんだけど、緋桜くんは輪廻転生って分かる?」
「輪廻転生...えーっと、確か人は死んだらまた新しい人となって生まれ変わってくる...的な話だったか?」
確か仏教だかなんだかにそんな感じの生まれ変わりの概念があったはずだ。
「うん、概ねそんな感じであってるよ。それで、輪廻転生って生まれ変わった人は前世の記憶は基本的にないって言われてるよね?」
「ん?ああ、そうだな。まあたまに前世の記憶がーって感じの話題が出てるけど」
「まあそういう偶然のは置いておいて、実際に輪廻転生はあるんだけど、普通の人間の魂は生まれ変わる時にリセットされるの、だから人間は前世の記憶はないの」
「その口ぶりだと、氷桜たち人外は記憶が受け継がれるって感じか?」
俺がそう聞くと、氷桜はちょっと驚いたような顔をした。
だが、ここまでの話の流れからその結論を導けないようなのがいたらそいつは相当な馬鹿の部類に入ると思う。
「よ、よく分かったね。それでね、私と緋桜くんは前世では...ううん、前世も、その前世もずっと前から何度生まれ変わっても夫婦だったの」
「んん?つまり氷桜は生まれ変わる度に前世の記憶のない俺とくっつき続けてたのか?」
「違うよ?一つ前の前世までは、緋桜くんは人外だったもん。だからお互いにちゃんとそれまでの記憶を持ってたよ?」
「なるほ......は?」
また理解出来ないことが出てきた。
氷桜は人外は輪廻転生で生まれ変わっても記憶は受け継がれると言っている。
そして、前世までは俺は人外だったらしい。
なら俺の記憶は受け継がれているはずだ。
にも関わらず俺には前世の記憶なんて一切ない。
それだと氷桜の説明に矛盾が生じてしまう。
「いや、|一つ前の前世までは人外だった《・・・・・・・・・・・・・・》、つまり前世で何らかの理由で俺は人外ではなく人間になった...?いや、でもそんなことができるのか?」
「できるよ。人外は人化の儀式を行うことで一応人間とほぼ同等の存在に変われるの」
いつの間にか頭の中で考えていたことが口に出ていたらしい。
俺の考えついた一つの可能性を氷桜が肯定してきた。
「つまり、俺は前世でその人化の儀式とやらをして人間になったから今の俺には前世の記憶がない。そして紅というのは前世での俺の名前ってところか?」
「うん、まあだいたいそんな感じだよ。一つ違うとすれば、紅ってのは前世での名前じゃなくて、紅の魂に付けた愛称かな?名前は生まれ変わる度に変わるから」
「なるほど...」
つまり、氷桜にとっては今の俺も紅だったわけで、それなら紅と呼んでもおかしくはない。
そんな風に納得していると、昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴り響いた。
「うおっ、もうそんなに時間経ってたのか」
予鈴が鳴ったことに驚いて時計を見ると、確かに後五分で午後の授業が始まる時間だ。
まだいくつか聞きたいことはあったが、それはまたの機会にするほかない。
「話に夢中になってて全然時間に気付かなかったね」
氷桜の方も時間の経過に気づいてなかったようで、時計を見てちょっと驚いている。
「ああ、今日のところは話はここまでで早く教室に戻らないとまずいな」
「そうだね、早く戻らないと...あ、私はちょっと片付けがあるから緋桜くんは先に戻っていいよ?」
氷桜は思い出したかのようにそう言うと、最初に座っていたベンチの方に目を向けた。
氷桜はここで昼を食べたのだろう、ベンチの上には手提げなどが置かれている。
「あれだったら待っててもいいぞ?」
「ううん、大丈夫、ちゃんと私も遅刻しないように戻るから」
「そうか?じゃあ悪いが先に戻るな」
まあ確かにあれを片付けて戻るくらいならすぐだろう。
俺は氷桜にそう言って屋上を後にした。