四話
「──というわけなので、みんな一応気をつけるように、以上だ」
担任の先生は、そう言って教室を出て行く。
先生の話で知ったのだが、どうやら今朝、1-Bの教室とそのすぐ外の廊下で何人もの生徒が失神したりするなどの怪奇現象があったらしい。
しかも不思議なことに誰も失神する直前のことを覚えておらず、教員たちは大慌てだったそうだ。
幸いにも怪我をした人や、その後になんらかの異常をきたした人はおらず、一応はこのまま普通に授業とかはある。
とはいっても今日はまだ初日なので大半の授業は先生の自己紹介や授業についての説明などで終わるだろう。
そんなことを考えながら、俺は1限の授業の教材を準備していると、響が体ごと後ろを向いて話しかけてきた。
「しっかし不気味なもんだよな」
「なにがだ?」
「さっき先生が言ってたB組での怪奇現象だよ」
「ああ、被害...被害でいいのか?まあ影響があったのがB組とその近くだけってのは確かに変だな」
「だろ?案外幽霊とかそういった類の心霊現象だったりしてな」
「幽霊ねぇ...」
「ん?刀夜は幽霊否定派か?」
「いや、そういうわけじゃないが、B組だけが狙われたならともかく、無差別だったらやばそうだと思ってな」
「あー、確かにな、人為的なものならまだしも、そういうのだとどうしようもなさそうだしな」
響はそう言うと考え込むような素振りを見せる。
本人曰く野次馬根性の響にはこういう怪奇現象も結構気になるものなのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は立ち上がった。
「ん?どっか行くのか?」
「ああ、ちょっとトイレにな」
「なるなる、幽霊に襲われないようにな」
響はからかうようにそう言ってニヤッと笑う。
「実際に幽霊を目に出来るなら襲われるのも一興だな」
俺はそう響に返すと、教室を出てトイレへと向かった。
トイレで用をすませた俺は手を洗い、濡れた手を拭こうとポケットに手を入れた。
「ん?なんか入ってるな」
手を入れたポケットにはハンカチしか入れていなかったはずなのだが、なにやら紙のようなものが手に当たる。
先にハンカチを取り出して手を拭き、それからその紙のようなものを取り出す。
「なんだこれ...?人形の紙か?」
ポケットの中から取り出したその紙は、人をイメージしたかのような形をしている。
あまり詳しくはないからよく分からないのだが、テレビとかで見る陰陽師が使う形代みたいな感じだ。
だが、俺はそんなものを作ったことはないし、ポケットに入れた記憶もない。
不思議に思いながら裏も見てみると、そこには文字が書かれていた。
「今日の昼休み、一人で屋上に来てください...って、これ手紙かよ!」
名前は書いてないので誰が書いたものかは分からないのだが、この紙は誰かが俺に宛てた呼び出しの手紙のようだ。
じーっと紙を見てると、なぜかは分からないが、かすかに昨日の女子、氷桜だっかの顔が頭の中をちらついた。
だが、今朝は氷桜とはすれ違いもしていないし、クラスは別だ。
さすがにその状況で氷桜がポケットに入れられるとは思えないから気のせいだろう。
しかし、誰がかわからないがこんな呼び出し方をしてくるやつだ。
無視してもいいのだが、どんな奴がどんな方法を使ったのかも気になる。
「まあ素直に呼び出しに応じてやるとしますか」
俺はそう呟いて手紙?をポケットに入れて教室へと戻った。
そしてやってきた昼休み、響は弁当持参組ではないらしく、食堂へと行った。
俺も誘われたのだが、今日は教室で食べると断って教室に残っている。
弁当持参組も教室のあちこちでグループを組んで食べている中、俺は一人さっさと弁当をたいらげると、教室を出て屋上に向かう。
途中、食堂や購買に行くと思われる人は見かけたのだが、屋上に向かおうとする人は一人もいない。
屋上が開放されてると言ってもあまり人気がないのだろうか。
そんなことを考えながら歩いているうちに、屋上への扉が見えてくる。
「さてさて、呼び出してきたのはどんなやつなのかってね」
そんなことを呟きながら、屋上へと続く扉を開けて屋上へと出た。
「あ、くれな...じゃなくて緋桜?くん、ちゃんと来てくれたんだね、ありがとう」
屋上のベンチに一人座っていた昨日の女子、氷桜だったか、はそう言って立ち上がると笑いかけてくる。
今、また紅と呼ばれかけた気がするが、そこをつついてまた昨日みたいなことになったら面倒だ。
特にそこには触れずに周りの様子を確認する。
やはり屋上は人気がないのだろう、屋上には俺と氷桜を除いて誰もいない。
俺は氷桜の方に歩きながらポケットから形代を取り出す。
「俺をこの変な手紙を呼び出したのはあんたか?」
「うん、私だよ」
俺の問いかけに氷桜ははっきりと肯定を返してきた。
となると、あの時氷桜の顔が頭の中でちらついたのは気のせいではなかったらしい。
昨日の涙の時といい、氷桜が絡むと時々変なことがあるなと思いながら俺は形代をポケットにしまう。
「さて、まあなんでこんな珍妙なもので呼び出したのかとか、どうやって俺に気づかれずにポケットに入れたのかとか色々と聞きたいことはあるが、とりあえず自己紹介といこう。互いに名字は知ってるようだし昨日のアレで顔を合わせてはいるが、クラスは違う他人同士だしな」
俺がわざとアレの部分を強調して言うと氷桜は痛いところを突かれたと言うよう顔をし、さらにその後の他人同士の部分でちょっと落ち込んだような表情を見せた。
だが、とりあえずそれはスルーして自己紹介をする。
「まあもう知ってるかもしれんが、俺の名前は緋桜 刀夜、緋色の桜で緋桜に刀の夜で刀夜だ。まあよろしく」
俺がそう言って自己紹介を終えると、氷桜は何事も無かったかのように表情を取り繕うと口を開いた。
「えっと、私は氷桜 彩乃です。氷の桜で氷桜に、彩りに...えっとこんな感じの乃で彩乃です。よろしくおねがいします」
氷桜は彩乃の乃の字のうまい説明の仕方が分からなかったのか、空中に乃の字を指で書く。
氷桜の方から正しく見える書き方なのだろう、形として残らないのでちょっと分かりにくかったが、単純な字なので指の動きから字の察しはついた。
「それで、俺はなんの用で呼び出されたんだ?」
いくつか聞きたいことはあるが、どうせ氷桜の用事は昨日の件の謝罪とかそんなところだろう。
呼び出してきたのは氷桜の方だし、先に氷桜の用を終わらせてから聞きたいことを聞けばいいと思いながら氷桜に話を促す。
「えっとね、今日緋桜くんを呼んだのには三つくらい理由があってね、一つは昨日の事で緋桜くんに迷惑かけちゃったのを謝りたいのと、あとの二つは私たちのことと、あと私と緋桜くんのことを話しておこうと思うの」
「うん?」
氷桜が昨日の件で謝りたいと言うのは予想通りだったが、残りの二つに理解が追いつかなかった。
私たち、と聞くと一瞬俺と氷桜のことかと思うが、その後に別枠として私と緋桜くん、つまり俺と氷桜についてのことがあると言っている。
なら、私たちのたちとは誰のことを指すのか、それに俺と氷桜のことと言ったが、俺と氷桜は昨日が初対面のはずだ。
それなのになんの話があるというのだろうか。
俺が怪訝そうな顔をしているからだろう、氷桜は遠慮がちに声をかけてきた。
「えっと...なにかあった?」
「いや、ちょっと予想外のことがあっただけだ、話を進めてくれていいぞ」
疑問はあるが、どうせ氷桜がその話をするというのだ、わざわざ今聞く必要はないだろう。
そう思った俺は話を続けるよう促す。
「あ、うん、わかった」
氷桜はそう返事をすると、一度大きく深呼吸をした。
「緋桜くん、昨日は私の考えなしな行動で迷惑をかけちゃって本当にごめんなさい!多分、色んな人から嫌な目を向けられて不快な思いをさせることになって本当にごめんなさい!」
挙動不審になることなくしっかりと氷桜はそう言うと、勢いよく頭を下げる。
まあ俺も元よりそれほど氷桜に怒りがあるわけではない。
「まあ過ぎたことだし気にすんな。昨日は俺も困惑したが現状特に実害はなし、確かに棘のある視線を向けるやつは少なからずいるが、そうじゃない知り合いも出来たしな」
そんな俺の言葉に、氷桜は恐る恐ると言った様子でゆっくりと顔を上げる。
顔を上げた氷桜の目は、なぜか今にも涙があふれそうになっていた。
「おいおいおい!なんでまた泣きそうになってんだよ!?またなんかあったか!?今度こそ俺がなんかやらかしたってか!?」
慌てて俺が氷桜に聞くと、氷桜の方も慌てたようにゴシゴシと目元を拭いながら首を横に振る。
「ううん、悲しいんじゃなくて、やっぱり紅は変わっちゃっても紅なんだなって嬉しくて...あ!」
氷桜は擦りすぎたのかちょっと目元を赤くしながら嬉しそうにそう言い、直後にハッとしたように口を押さえた。
「やっぱり俺のことを紅って呼ぶんだな、その紅ってのはなんのことなんだ?」
昨日、屋上に来たとき、ついさっきと氷桜は何度も俺のことを紅と呼んでいる。
最初だけなら人違いの可能性とかもあったが、ここまでくるとほぼ間違いない。
氷桜は俺のことを紅とやらだと認識?確信?している。
そのことが気になってつい聞いてしまったのだが、氷桜から返ってきたのはその疑問に対する答えではなかった。
「えっと、そのことについて話す前に私たちについての話をさせてもらってもいいかな」
「ん?ああ、ちゃんと説明があるなら別に構わないぞ」
俺の返答に、氷桜はもう一度大きく深呼吸をしてから口を開く。