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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第二章~大国の宮廷魔術師~
9/59

第八話~聖都の新人宮廷魔術師~

優人と麒麟との激闘からさかのぼる事一か月。

聖騎士の国ジールド・ルーンに彼女はいた。

10年程前、地上界にて病死した彼女は魔法大国エルンという国でエドガーという人間に助けられ、彼に師事する事になった。

彼女が最初に覚えた魔法は風水魔法。

自然のエネルギーを魔法にするもので、自然の性格によって色々な効果を起こせる魔法である。

その後、古代語魔法に手を出した。

この魔法は大昔に使われていた力ある言葉をエネルギー変換して使う魔法である。

風水魔法ほどの威力は無いのだが、言葉は汎用性が高い。

その分幅広く応用が効くのが利点である。

風水魔法と古代語魔法を覚えたのち、今度は前衛になるものが欲しいと思い、付与魔法を覚え始める。

付与魔法とは他の魔法とは少し異なり、無機物に魔力を含ませる魔法である。

マジックアイテムの作成やゴーレムを作る為の専門魔法で、本来は鍛冶職人が好んで覚える魔法である。

そして最後に召喚魔法。

この魔法も補助的だがとても便利である。

魔獣や神獣といった、特殊能力を持つ存在を召喚する魔法である。


その後は新規魔法の取得を止め、魔術融合と言う分野の研究をする。

魔術融合とは、風水魔法と古代語魔法を融合して使ったりする事である。

例えば、風水魔法は力が強いが制限が掛かる。

炎を使った魔法を使いたい場合、炎が近くになければ使えない。

そこで古代語魔法を使い、火を起こし、それを風水魔法でエネルギー変換すると言った使い方である。


実は魔法取得はけっこう難しい。

絵里は才能が有る方で取得は早い方だと言えるが、優人も実は悪い方ではない。

絵里が初日で扱えるようになった物理操作は普通、魔腔を開け1ヶ月程の修練を必要とする技術である。

そういう理由も有り、この世界で3種類を超す魔法を扱えるものは少ない。

もし扱う事ができれば『ルーンマスター』と呼ばれ、どこの国に言っても重宝される存在となる。

彼女は4つも魔法を扱える。

エキスパート中のエキスパートと言う事になる。


そんな彼女は本日付けで、ジールド・ルーンと言う聖騎士の国の宮廷魔術師に就任することになった。

これは、神隠しを発生させる原因である、『次元のゆがみ』が、死傷者が数多く出る所に起こりやすいと言う事を知ったからである。

ジールド・ルーンと言う国は、『世界の剣』と称され、戦争の最前線に出る国なのである。

過去に、世界的に有名だった海賊団を壊滅させ、フォーランドと言う国にしたり、飛竜の機動力を利用し世界征服を企むドラグシャーダと言う国を滅ぼしたと言う実績がある。

今もまた、スールム国と言う国と戦争中だ。

地上界で死んだ人も、神隠し子もこの国の関係した場所に発生する可能性が高いのである。

彼女はこの天上界で一人の男を待っていた・・・。


彼女の名前は真城綾菜。

地上界で優人と婚約した後、病気により一度他界していた。

綾菜はもう一度優人に会って謝りたいと思っているのである。

その為に一番効率的な方法を考え実行した結果、このジールド・ルーンの宮廷魔術師となった。


「綾菜、準備は整いましたか?」

扉を開けて入って来たのは本日付けで宮廷司祭になった綾菜の旅仲間。

シリアである。

彼女は至高神ジハドに使える司祭である。

幼少の頃よりジハドの経典や聖書を愛読しており、神話に出て来るジハドに憧れを超え、恋心に近い感情を持っている。

趣味はジハドゆかりの土地巡り。

天上界でこそ司祭と言う名誉ある職業についているが、地上界に例えると『分別の有るオタク女子』である。

スタイル抜群で、品のある顔立ちと振る舞いは異性の視線を釘付けにする。

簡単に言うと、残念な美人である。


「デス。」

シリアの横には腰くらいの大きさの女の子が立っている。

名前はシノ。

ノームと言う妖精派生の亜人であるが、本人は亜人と呼ばれることを嫌がっている。

綾菜には良く分からないが妖精のプライドらしい。

目が常に座っていて、口数が少ない幼女に見えるが、実は成人している。

ノームの亜人特有の怪力の持ち主で、自分よりも大きな戦斧を振り回す。

せっかく可愛い顔をしているのに無愛想で髪の手入れもしないので、綾菜がちょくちょく勝手に髪をいじり、手入れをしている。

最近綾菜に良くやられる髪形がツインテールで、幼さがなおさら際立ってしまっているのが最近の悩みの種だ。


魔法大国エルンから、ジールド・ルーンまでの旅路はこの3人でしてきた。

亜人差別の未だ消えぬ天上界で普通に生活をする為、シノは綾菜の使い魔と言う扱いで城の中で生活する事になっていた。

亜人は嫌らしいが、使い魔は良いらしい。

その違いは、やはり綾菜には分からない。



「ふぅ・・・宮廷魔術師の就任式とか・・・普通いるかな?」

綾菜は迎えに来た二人に愚痴をこぼす。


「まぁ、私たち神官はこの国に仕えますって神にご挨拶をする意味合いがあるので必要ですが、宮廷魔術師は特にいらないかも知れませんよね。

それこそ、国王から辞令を受け取る位はあるでしょうけど・・・。」

シリアは綾菜の愚痴に付き合う。


「私、形式ばったの苦手なんだよねぇ~・・・。」

綾菜はぐったりしながら、シリアに愚痴を続ける。


「それは問題発言ですよ。

宮廷魔術師の一番の仕事は形式ばった国の行事の取り仕切りなんですから。」

シリアが遠慮気味に綾菜に注意をする。


「私がこの国の宮廷魔術師になったからには全ての行事を祭りに変えてやる!!」

綾菜がぐっと手を握る。


「ほ・・・ほどほどにね。」

シリアは綾菜が限度を知らないのを長旅で充分過ぎるほど思い知らされている。

悪さやいたづらの天才と思っているのだ。

こんなやんちゃな魔術師は他にはそうはいない。

それでも、こんな大国の、しかも国を挙げて至高神ジハドを信仰しているような厳粛な国の宮廷魔術師に抜擢されるのには意味がある。


綾菜は世界的にも数少ないルーンマスターなのだ。

ルーンマスターを宮廷魔術師にしているというだけで国の体裁は高く保たれる。

しかし、ルーンマスターの大半は変態が多い。

わかりやすく言うと魔法オタクが主流なのだ。

綾菜のような社交的なルーンマスターはそうそういないのである。



就任式はおよそ2時間で終わった。

今回宮廷魔術師になったのは綾菜1人だけであったにも関わらずの2時間である。

至高神ジハドへの挨拶から始まり、国王挨拶、宮廷魔術師の先輩の話、神官長挨拶、聖騎士団長挨拶と続き、綾菜の挨拶、魔術披露等を行った。

綾菜からしてみれば退屈極まりない時間であったが、今日の綾菜の苦行はそれだけでは済まされなかった。

ジールド・ルーン国の王城では毎週闇の日に、定例会議というものが行われている。

この世界は週単位で日付の管理をしている。


闇の日

火の日

水の日

樹の日

風の日

土の日

神の日


合計7日で一周する。

この闇から土の日までは風水魔術でそれぞれの自然の力が増す日とされていて、神の日は神官が神にお祈りをし、魔力供給を行う日と定められている。

この世界での魔術師の扱いが神聖視さえる理由の一つであるといえる。



自室に逃げ込もうとするする綾菜であったが、同じ宮廷魔術師のクレインに捕まり、会議も参加させられた。

会議の内容は・・・。

さっきもやったのに新宮廷魔術師綾菜と新宮廷神官シリアの自己紹介から始まった。

その他、ジールド・ルーン各国や属国での状況報告。

今現在、ジールド・ルーンでは大きな案件が2つあるらしい。


1つはスールム国との戦争。

これについてはジールド・ルーン第三騎士団とやらがスールム海兵団と交戦をし、勝利した事。

スールム国とジールド・ルーンの国境にある砦でジールド・ルーン第一騎士団と聖騎士団の合同部隊が籠城戦に持ち込まれたという話があがった。

もし、この砦が堕ちるとスールム国の攻撃が激しくなる事が予想されるので、早急に対処したいが具体的な方法はまだない。


2つ目の案件は属国フォーランドの件。

今まで、フォーランド政府と亜人狩りの間で激しい戦闘が繰り広げられていたのだが、急に亜人狩りの勢力が弱まってきているというと言う報告があった。

こちらの方はなぜか女性聖騎士のエナ・レンスターという者に全てを一任しているとの事である。

これには今のジールド・ルーンの情勢がそこまで手が回らないこと。

そして、エナ・レンスターという聖騎士が信用における人物であるという事で満場一致で任せることにしたそうである。


いづれにせよ綾菜には興味がない話である。

会議中にウトウトする度にシリアに起こされ何とかばれずに済んだ。



やっと会議が終わり、食事を済ませ、自分の部屋に戻る。

シノはお気楽にもベッドで寝息を立てていた。

綾菜は黙ってシノに近づき、目の周りに眼鏡と、鼻の下にちょび髭を書いて寝ることにした。

これが俗にいう『八つ当たり』である。



就任式の翌朝、綾菜はシノの悲鳴で目が覚めた。

朝起きて鏡に映った眼鏡をかけたちょび髭面の自分に驚いたのである。

その後、綾菜は体の大きさが半分しかない少女に正座をさせられ、説教を受けていた。


「だいたい、綾菜はいつもいつも、落ち着きが無さ過ぎるデス!!

あなたはルーンマスターで宮廷魔術師なのデス!!

こんな子ども見たいな事しちゃダメです!!」

シノの説教は顔の落書きから、日常生活についての件に移っていく。


「あの・・・シノさん・・・。

落書きの件が済んだなら、外に遊びに行きませんか?」

綾菜が正座しながらシノに提案をする。


しかし、説教中の人間にこんな事を言えば、火に油を注ぐ。


「くぅ~・・・!!

綾菜!!あなたには私の声が届かないデスか!?

今、少し落ち着けと言う話をしてるデス!

それなのに、何で遊びに行きたいなどと言えるデスか!!

落書きの件から何を私が怒っているか全然分かってないデス!!」

案の定シノの怒りは尚更加熱される。


「大体シノちゃん!!」

綾菜は突然立ち上がり、腰に手を当て、シノを見下ろす。


「な・・・なんデス・・・?」

突然の綾菜の行動にシノの勢いが衰える。


「あなた・・・天上界生まれで、天上界育ちだよね?

どこで、正座なんて怠い日本の文化を覚えたの?

こんな座り方したら足が痺れて大変なんだからね!!」

身構えるシノに綾菜が怒る。

これを俗に言う『逆ギレ』と言う。


「だ・・・だから正座させているデス!!

多少の体罰が無いと綾菜は分からないデス!!

日本の文化とか知らないデス!!」

綾菜の予想を遥かに超えた下らない反撃にシノは説教の勢いを寧ろ強める。


ガチャ。


「あらあら・・・。

魔術師の塔の外まで聞こえる声で何を揉めているいるのかと思えば・・・相変わらずですね。

一応、ここは城内ですよ。少しは自覚を持ってください。」

突然扉が開き、綾菜の救いの女神が部屋に入ってきた。


「シリア!!」

綾菜は救いの女神の名を呼ぶ。

シノは説教の邪魔をしたシリアをジト目で睨んだ。


「今、朝のお祈りを済ませた所です。

それより、塔の外まで2人の声が漏れていましたよ。

痴話喧嘩も良いですが、城の中で少し恥ずかしいので自重してくださいね。」

シリアがニコリを2人に微笑んで見せた。


「違うデス、シリア。綾菜が私の寝顔に落書きをしたデス。」

シノがシリアに事情を説明する。


「シノちゃんが私に数時間に渡る体罰をしたの!!」

綾菜もシリアに事情を話す。


「はいはい。

とりあえず綾菜はシノに謝って、シノは早く顔を拭いて下さい。」

シリアは2人を宥めながら、指図をする。


「いやいやいや・・・。

元凶を言うならあのくだらない会議のせいよ!!

眠たくなるような会議の癖に、寝かせてくれないなんて、あんなのただの拷問じゃない?

あれが無ければ、私も八つ当たりでシノちゃんの可愛い顔に落書きをしないで済んだのに・・・。

元を辿ると、悪いのは・・・悪政よ!私もシノちゃんも国の被害者なの!!」

綾菜がいかにも被害者っぽい言い訳をシリアにする。


「そこには賛同しかねます。会議は真面目に参加して下さい。」

シリアが綾菜を突き放す。


「フッ・・・。」

シノが鼻で笑うと、そそくさと顔を拭きに洗面所へと姿を消していった。


「おのれ、シノ!そこになおれ!!」

暴れる綾菜をシリアが宥める。



昼を過ぎると、塔でおしゃべりをしている綾菜達の部屋に1人の聖騎士が訪れてきた。


「失礼いたします。

私はジールド・ルーン聖騎士団主任、ヨシュア・マールグレイと申します。

本日より、宮廷魔術師、綾菜様の護衛の任に着きました。

宜しくお願いいたします!!」

ヨシュアと言う男がピシッと背筋を伸ばし、綾菜達に自己紹介をする。


「うん。いらない。」

綾菜がヨシュアに即答。


「はぁ?・・・い、いや、私は国の命で・・・。」

ヨシュアが予想だにしない綾菜の返答にどぎまぎしながら言う。


「だって、私にはシノちゃんがいるもん。

私の護衛の採用条件は可愛い事だから、いかつい貴方は不採用です。」

綾菜が冷たくヨシュアをあしらう。


「綾菜、この子、可愛い顔していると思いますよ。」

シリアが綾菜にヨシュアのフォローをした。


「え~・・・。」

不満そうに綾菜は声を上げながらヨシュアをチェックする。

ヨシュアは確かにどちらかと言えば可愛い顔をしている。

綺麗なシルバーブロンドの短い髪に青い目、整った顔立ちはどこかの国の王子様と言っても通用する。

聖騎士の割には体の線は細く、清潔感もある。


「なんかいけ好かない・・・。」

綾菜はテーブルにうな垂れながらシリアに答える。


「綾菜!!」

綾菜の失礼な振る舞いにシリアが声を荒げる。


「い・・・いや、シリア宮廷司祭殿・・・私は大丈夫ですから・・・。」

ヨシュアがひ汗をかきながらシリアを宥める。


「ヨシュア君って言ったかしら・・・。

私、シノちゃんみたいな可愛いらしさが無い人は無理なので・・・。」

綾菜がヨシュアに言う。


「いえ。私の任務は護衛であります。

綾菜宮廷魔術師の愛玩では無いので、そこはご了承くださいませ。」

ヨシュアが綾菜に答える。

その発言を聞き逃せないのはシノ。

椅子から飛び降り、ヨシュアの元へ歩いて行った。


「聞き捨てならないデスね。

私は綾菜の騎士デス。愛玩じゃないデス。」

シノがヨシュアに言う。


「黙れ、ちび。

綾菜宮廷魔術師やシリア宮廷司祭と、お前とはそもそも対等の立ち位置ではない。

誉れ高きジールド・ルーン王城の門をくぐる事すら本来は許されない亜人風情が・・・。」

ヨシュアがシノに冷たい視線を送る。


「・・・!?」

シノが声にならない怒りの声を上げる。


ガタッ。


突然、綾菜が立ち上がり、ヨシュアに近づき、胸ぐらを掴む。


「あ・・・綾菜・・・様?」

怒る綾菜の表情にヨシュアがひるんだ。


「シノちゃんは正式にダレオス陛下の許可を得て、ここにいます。

今のあなたの発言は陛下の御意に反する発言として捉えて宜しいのですか?」

と、綾菜。


「い・・・いや、そんなつもりは・・・。

失言しました。お許しを・・・。」

ヨシュアは綾菜から離れ、頭を下げて詫びを入れる。


「とりあえず、今ので確定ね。

貴方とは仲良くは出来そうもありません。

陛下には私から伝えておきますので、お戻り下さい。」

深いため息を付き、綾菜がヨシュアに言う。


「そ・・・それは困ります!!」

ヨシュアが焦り、綾菜に懇願してきた。


陛下の命令に従い、任された任を行うのが聖騎士の仕事である。

それが未達成になると聖騎士の彼の経歴に傷が付く。

このヨシュアと言う男が必死に食らいついてくるのは、その経歴に傷を付けたくないからだ。

綾菜はそもそもそこが気に入らない。


「綾菜。

就任2日目でそんなトラブル起こしてたら先行き不安すぎますよ。

せっかくですし、街の案内でもお願いしましょう。」

シリアが険悪な雰囲気をかき消そうと、明るく2人の間に割って入った。



こうして、4人は城を出、城下街を散策する事になった。

ジールド・ルーンの王都は港に面しており、かなり発展もしている。

街並みは城を含め、全てが白い石で造られており、ゴミが1つも落ちていない。

天上界でもっとも綺麗な街と言う事で有名な王都でもあった。

地上界でもシンガポールと言う街並みの美しさで有名な国があるらしいが、綾菜はシンガポールへ行った事は無くイメージが付かないが、似たようなものなのだろうと思いながら、街を歩いていた。

白い街並みは日光の光を反射し、眩しくも感じる。


「ジハドの息吹を感じられます。

この街は、この国は本当にジハドの国なのですね・・・。」

シリアが反射する日の光に目を薄めながら感想を口にした。


「え~・・・。

ジハドって元々戦神でしょ?

こういう神々しさってどちらかと言えばエルザじゃない?」

綾菜がシリアにツッコミを入れる。


そもそも綾菜は神に興味が無い。

天上界に来てからの10年間、彼女は神話の話が嫌で、経典や聖書から離れて生きて来ていた。

今回、ジハド教を国教としているジールド・ルーンで仕官する事になり、強引にジハドについて勉強させられたのである。

知識はにわかだ。


「我が主、ジハドは最高神になる前は確かに戦神でした。

しかし、慈愛神エルザの夫になるに当たり、己の品格を上げる為、他のどの神よりも品性にこだわったとされています。

戦神の名を息子のブラドに譲ってからの彼の品格は全神の中でも髄を抜いております。」

シリアがほほに手を当て、赤らめながら綾菜にジハドの説明をする。


「へ・・・へぇ・・・。」

綾菜は顔を引きつりながらシリアに返事をする。


ジハドはシリアに取って、ただの信仰の対象ではない。

信仰を通り越し、恋愛の対象にすらなっている。

物語の主人公に恋をする気持ちは綾菜も無くはない。

月9ドラマの主演男優に恋心を持ち、憧れた時期が綾菜にもある。

しかし、ドラマの俳優はあくまで作家が作った話を俳優が演じていただけで、その男優が本当に物語通りの人間では無い。

その実態を知り、幻滅した経験が綾菜にはあった。

経典に出て来るジハドも同じだと綾菜は考えている。

話は盛られているだろうし、ジハドのイメージ画も実物を見て書かれたものだとは思えない。

本当に近くにいて、相手を良く見定めなければ相手の事なんて分からないのだ。

そんな綾菜の心を掴んだのは優人と言う男だけである。


優人は他の男とは違い、恰好を付けない人間だった。

実際、顔は整っていてハンサムだし、スタイルも太り過ぎず、痩せすぎも無い体格で恰好は良かったが、それだけだ。

彼氏としては問題児で、デートはドタキャンするし、ペアリングは3日で無くされた事もあったし、仕事は出来る癖に、プライベートは何か頼りないし・・・。

出無精で1日中パソコンをにらめっこしていたりする男だった。

しかし、綾菜に対する気持ちには絶対に嘘は無く、綾菜の事をいつも真剣に考えてくれる男だった。

多分、口先だけでなく、本気で自分の為に命を投げ出してくれる。

そんな危険性すら感じる程、優人の気持ちは信じることが出来る。

そういう男を綾菜は『本物』だと思っている。

そんな綾菜に取って、ジハドは所詮物語の主人公に過ぎないのである。


ジールド・ルーンの城は港町の高台にある。

その高台から長い坂をまっすぐ下り、突き当りを右に曲がると港に着く。

左に行くと王都を出る。

その3本の道がメインストリートと呼ばれ、その道を主軸に枝のように道が分かれ、店や家が立ち並んでいる。


綾菜は目ぼしい衣服店や、雑貨店をチェックしながら、ヨシュアに連れられて、白い街を歩く。



この日1番の収穫は王都大通り沿いにある喫茶店『ボシュール・ド・カフェ』という店にある、イチゴサンデーであった。

1個、600ダームでお手軽なのだが味は最高だ。

サンデーグラスの下にはカステラのような甘くてふわふわしたパン生地。

それをふさぐようにびっしりと入れられたバニラアイス。

その上には濃厚なクリームがかけられ、最後に大きなイチゴが4個も乗っていた。

このイチゴはイチゴ単品でも甘い。

それに濃厚なクリームをつけた時の味とたるや、もはや世界最強クラスであろう。

本来であればサンデーには熱い渋茶を飲んで冷えた口を温め、甘味に慣れたところに急に来る渋みの刺激を楽しむのだが、ここには残念ながら渋茶が無い。

代わりに紅茶をストレートで飲む。

ここの紅茶も渋みがあってまぁ、悪くは無い。



ボシュール・ド・カフェを出、綾菜達は城への帰路に着くことにした。

その帰り道の途中、綾菜とシリアは行く途中でチェックしていた、店に立ち寄りながら歩く。


「あの・・・。中々城に戻れないのですが・・・。」

寄り道ばかりする綾菜達に痺れを切らして、ヨシュアが2人を急かそうとする。


「貴方がしつこいからやむなく同行を許してるデス。文句を言うなら1人で帰れば良いデス。」

ヨシュアの横で2人を待っているシノが言う。


「俺は綾菜様の護衛の任に付いている。そんな事できる訳がないだろ?

好きに生きている亜人には分からんだろうがな。」

ヨシュアがシノに答える。


「綾菜は人種差別を嫌うデス。

この国が国教としているジハドも人種差別は禁止していると思ったデス。

人を亜人呼ばわりする貴方は早い段階で他の任務に変わるべきデス。

・・・と言うか聖騎士すらやめるべきデスね。」

シノがジロりとヨシュアを睨む。


「そうやって主人を呼び捨てるのも礼儀を知らぬ亜人の特性か?」と、ヨシュア。


「綾菜は私を奴隷として見てないデス。

その気持ちに答えるのが私の綾菜に対する忠義デス。

何も知らない部外者に知ったような事言って貰いたく無いデスね。」

シノも負けずにヨシュアに答える。


カチャ。


ヨシュアが黙って腰に挿しているショートソードに手を掛けた。

シノもそれに反応し、背中に背負っている斧に手を掛ける。


「同じ前衛の戦士同士で良かったな。俺が勝ったら、金輪際城に入るな。」

ヨシュアがシノに言う。


「私が勝ったら、綾菜の護衛の任を解いてもらうデス。」

と、シノ。


キィン!!


次の瞬間、抜刀したヨシュアのショートソードとシノの大斧がぶつかり合い、火花を散らした。


「さっさとこうすれば良かったな、ちび・・・。」

お互いの武器をぶつけ、力比べをしながらヨシュアがシノに言う。


「臆病者の聖騎士に戦う度胸が無かったから仕方ないデス。」

シノは、ヨシュアに言うとヨシュアの腹部に蹴りを入れる。


ドコッ!


シノの蹴りを食らい、ヨシュアがよろける。

その隙にシノは体制を整え、ヨシュアに大斧を振り下ろした。

それをヨシュアは間一髪で後ろに下がり、かわす。


「聖騎士の鎧を着てても私の一撃は怖いデスか?

ノームはドワーフ程ではありませんが筋力が高いデスからね。」

シノが下がるヨシュアに言う。


「ちびの短い間合いを思い知らせてやるためだよ!!」

答えると、今度はヨシュアがショートソードで突きを放つ。


カンッ!!


シノはヨシュアの突きを大斧の腹で受け止める。

体の小さいシノは斧を自分の体と平行に構えるとほぼ全身が隠れる。

ちょっとした盾代わりになるのだ。


そして、シノは大斧を横に払う。

ヨシュアのショートソードも一緒に弾かれ、ヨシュアの体が開く。


「聖騎士と言っても大したことないデス!!」

言いながらシノは振り払った大斧をヨシュア目掛けて、もう一度振るう。


ドゴォ!


シノの大斧はヨシュアの右脇腹に直撃した。


「ぐぉ!!」

ヨシュアは横に吹っ飛び、地面に倒れる。


「誉れ高き聖騎士の鎧に救われたデスね。

命まで取る気は無いデス。この場を立ち去るデス。」

シノが大斧を肩に掛け、ヨシュアに言う。


「か・・・かはっ。」

ヨシュアは地面に胃液を吐きながら、シノを睨み、右脇腹に手を添え、神聖魔法で治癒をする。


「ジハドの加護はこんな喧嘩でも通用するデスね?安い加護デス。」

シノはヨシュアにゆっくりと近づく。


ヨシュアは一度後ろに下がり、身構えた。

「聖騎士の鎧と治癒の魔法があればお前程度の攻撃ならいくらでも耐えられる。

逆にこの程度の火力しかないパワーファイターで残念だったな。俺の勝ちだ。」

ヨシュアが不敵に笑って見せた。


「勝ち名乗りは勝ってからするものデス!!」

シノが大斧を振り上げ、ヨシュアに向かって走り出した。


「止めなさい!!」

衣服屋から出てきた綾菜がシノに怒鳴りつけた。

綾菜の声と同時にシノが動きを止める。


「あ・・・綾菜。」

綾菜に気付き、シノは大斧を背中にしまった。

それを見たヨシュアも渋々ショートソードを腰に納める。


「なんでこんな事になってたの?」

綾菜はシノに近づき、シノに聞く。


「ヨシュアが絡んで来たデス。」

シノが下を俯きながら綾菜に答える。

綾菜がヨシュアをジト目で睨む。


「あ・・・亜人の癖に由緒正しき城に暮らすと言う事が許せなくて・・・。」

ヨシュアが綾菜に言う。


「さっきも言ったと思いますけど、シノちゃんの事はダレオス陛下の許可を頂いています。

シノちゃんの好き嫌いは勝手にしていただいて構いませんが、それを公務で実行する意味が分かりません。

分別が付かないのなら、私の護衛の任だけで無く、由緒しき聖騎士も止めて頂くよう嘆願する事にします。」

綾菜がヨシュアに言う。


「そ・・・それは・・・。お許しください!!」

ヨシュアが深く頭を下げる。


「分別が付かないのは綾菜も同じデス・・・。」

シノが綾菜に口答えをする。


綾菜は、シノの頬をつねる。

「今、悪い事をしたのは誰かなぁ~・・・?」


「あ・・・綾菜だってその手に抱いている大量のフリル付きの服は何デスか?

買い物なんかしてないでさっさとこの馬鹿を止めるべきデス!!

つか、服のサイズがどう見ても私のサイズじゃないデス?」

シノが頬をつねられながら綾菜にツッコミを入れる。


「可愛いでしょ?後で着て見せてね。」

綾菜が顔を赤らめながらシノに言う。


「ヨシュアさん、我が主、ジハドは元は戦神ではありますが、全ての戦いを許すものではありません。

剣を振るう前に、その戦いに正義があるかどうかを考えて下さい。」

シリアがヨシュアを窘める。


「はい・・・。申し訳ありませんでした・・・。」

ヨシュアはバツが悪そうにシリアに答えた。


「それと・・・。

神話の時代にジハドは人間を守り、その他の種族を排したのは、他種族を差別する為ではありません。

人間の非力さは亜人と戦闘するには不公平だと判断しての慈悲です。

ジハドの御気持ちを逆手に取り、亜人を差別する事は綾菜だけでなく、ジハドや、その教えを国政にしているジールド・ルーンまでをも軽視した行動となります。

お慎みください。」

シリアがヨシュアに説教を唱える。


「はっ。」

ヨシュアはシリアの言葉に素直に従う。


「これだから無知は困るデス・・・。」

シノが言いながら、城への帰路へ着く。


「シノ!!」

未だヨシュアを挑発するシノをシリアが怒鳴る。



綾菜は3日に1度はボシュール・ド・カフェへと足を運ぶようになった。

それ以外は特に何事もなく、書物を読みふける。

綾菜は書物を読み書きするのがけっこう好きである。

王城を抜け出し、少し坂を下ると、メインストリート沿いに大きな本屋もある。

綾菜は物語系の本が好きだ。

この世界の物語のほとんどは神話の話が多いのだが、神話嫌いの綾菜はあえて、神話では無い物語を選ぶ。


この世界には色んな国があり、交流もあるが国による文化の違いがはっきりとしている。

その理由は種族の違いによるモノも大きい。

地上界で人種と呼ばれる違いは全部ひっくるめて『人間』と言う括りにされていて、天上界にはそれ以外に亜人と呼ばれている種族が存在する。

亜人にも数多くの種族がいる。

エルフやドワーフと言った地上界でも有名な種族に、シノのようなノームやグラスランナーと呼ばれるマイナーな妖精族。

獣と人間のハーフの獣族。

獣族に関しては昼間は人間で夜は獣になると言った変種獣族と呼ばれる種族等、この世界に住む種族は挙げるとキリが無い位数多くの種族がいる。

種族ごとに特性や考え方の違いがあり、それぞれの生活や文化も異なる。


その異なる種族同士の恋愛の物語が綾菜の好物である。

考え方が違い、仲の悪い種族同士でいがみながら、それでもお互いを理解し合う努力をし、最後は結ばれる。

そんな物語を読むたびに胸が熱くなる。

そういう理由もあり、綾菜は亜人奴隷制度には反対派である。

シノも亜人奴隷として綾菜が買い取ったのだが、綾菜はその日のうちに亜人奴隷の首に付けられているギアスカラーと言う首輪を外し、友達になるようシノに付きまとった。


また、過去に何度か本も出している。

その中に、自分が天上界に来た時に困った事と対応策を、地上界の文字を使って執筆した本が大人気を博した事もある。

実は絵里がフォーランドの麓の村で購入した本であるが、優人は作者は誰だかまで興味を示さなかったので、気づいていない。


今日も綾菜は城を抜け出し、ボシュール・ド・カフェでイチゴサンデーと紅茶を飲みながら本屋で買った書物を読んでいた。

横にはシノとシリアもいる。

シリアはサンドイッチと紅茶を片手にジハドの経典を、シノは肉料理とビールを飲み、その後はボーっとしている。


パタンッ。


読んでいた本を閉じ、綾菜はテーブルに上半身を倒れこませた。

「はぁ~・・・。キュンキュンするなぁ~・・・。エルフの絶世の美女と人間の恋愛話・・・。」

綾菜が満足そうに感想を口にする。


「古代獣のオウレやアムステルの使途で高慢ちきなエルフに取って、ジハドの庇護の元コソコソ生きていた人間なんてゴキブリみたいなもんデス。

そんな本読んだらエルフは鳥肌もんデス。」

シノが心無い一言を綾菜に返す。


古代獣とは、神話の時代に存在していたとされる三大勢力の一角を担うモノの事である。

神話の時代は神々と悪魔の戦記なのだが、その話に必要不可欠な存在として、『力を持つ獣』がいた。

力を持つ獣の中でも、神の勢力に組みした獣を『神獣』、悪魔の勢力に組みした獣を『魔獣』と呼ぶ。

しかし、その力を持つ獣の中には神々の勢力にも、悪魔の勢力にも組みせず、孤立していた獣も存在する。

その中で、神や悪魔に匹敵する力を持つ獣を『古代獣』と呼ぶ。


古代獣オウレは現存する数少ない古代獣と言われており、『万物の種』と言う異名を持っている。

神話の時代に戦争で大地や森林を傷つける神や悪魔を嫌い、平和を愛する亜人達を引きつれ、魔法大国エルンに身を隠したと神話ではなっている。

しかし、10年以上エルンに暮らしていた綾菜ですらオウレの確認情報すら聞いた事が無い。

オウレ生存説は恐らくはデマだと思っている。


実際に生存する古代獣でその存在が確認されているのはアニマフランツの赤竜王『アムステル』と死海の腐王『ダンクダーテ』のみである。

しかし、アムステルもダンクダーテも実際に見た人間はいない。


赤竜王アムステルはアニマフランツと言う、人の住んでいない国にジハドにより縛られながらその国を守り続けているらしい。

アニマフランツには世界樹と呼ばれる奇跡の木が存在しており、その木の枝を求めて人が向かうらしいが、全てアムステルの炎に焼き尽くされていると聞く。

アムステルの炎は数十キロ離れた所から飛んできて、山を一つ吹き飛ばす力があるらしく、対処のしようがないらしい。


また、死海の腐王ダンクダーテは本人は意識はしていないらしいが、自分の周囲10キロ単位のモノを全て腐らせてしまう特殊能力を持っていると聞く。

水が苦手と言う事で、ジハドにより大陸が近くにない小島に幽閉されている。

その小島周辺の海や空は腐っており、異臭を放ち、生物が一切存在していない。

近づこうにも近づけないのでこちらも確認のしようがないのだ。

しかし、それでもこの2体の古代獣が存在されていると言われているのは、伝説通りの証拠が今も健在だからだ。

未だにアニマフランツに近寄れば、どこからともなく巨大が炎に襲われ、死海に近づけば船が腐る。



「シノちゃ~ん・・・。

そういう既成概念をぶち壊して結ばれるからこういう話は素敵なんじゃない?

凄く嫌い合う同族達の反対を押し切ってまでその愛を貫き通すんだよ?

私は素敵だと思うけどなぁ~・・・。」

綾菜がシノに言い返す。


「人間だって、エルフに恋するなんて命知らずはいませんけどねぇ~・・・。

そもそも、エルフの風習に合わせて生きて行くのも大変だと思いますよ。

結ばれるより、その後の事を考えると私はゾッとします。」

シリアも現実的な感想を言う。


「シリアまで!?

あなただって、ジハドが初恋の相手じゃない?

そっちの方が異常じゃない?」

綾菜がまさかのシリアの否定的な意見にびっくりしながら言い返す。


「ジハドは慈悲深き御方です。

好意を無下にはいたしませんし、人間程度の生活に合わせるなんて、彼にとってはなんて事はありません。」

シリアは顔を赤らめながら綾菜に言い返す。


綾菜は『そんなジハドは慈愛神エルザの夫だがな。』と言うツッコミを心の中でした。


「でもさぁ~・・・。

シノちゃんとヨシュア君がくっつくとかだったらどお?

ノームと人間の恋愛ってのも素敵じゃない?」

綾菜がシノに言う。


「じょ・・・冗談じゃ無いデス!!

あんな傲慢で貧弱で偏見の塊みたいな人間!!!

例え人間を紹介するにしてももう少しまともな人間にしてほしいデス!!」

シノが綾菜に怒る。


「傲慢で貧弱で偏見の塊みたいな人間で悪かったな。」

シノの後ろから声がする。

当然声の主はヨシュアだ。


「来たデスね、傲慢で貧弱で偏見の塊みたいな人間。」

シノがジト目でヨシュアを睨む。


「陰口なら本人の前で堂々と言わないで欲しいがな・・・。」

ヨシュアがシノに言う。


「陰口じゃないデス。事実デス。」

シノが冷たくヨシュアに言い返す。


「ちび・・・。そろそろ本当に怒るぞ。」

ヨシュアがシノに言う。


「安心するデス。私はもう怒りを通り越して呆れているデスから。」

と、シノ。


「はいはい。喧嘩しない。」

2人の間に綾菜が割って入る。


「何かあったんですか?ヨシュア様。」

シリアがヨシュアに話しかけ、険悪な雰囲気を無くす。


「はい。城をすぐに抜け出す不良宮廷魔術師様とそれに付き合う宮廷司祭様に事のついでに付き合っていただきたい仕事が入りまして・・・。」

と、ヨシュア。


「不良で悪かったわね。

弱小聖騎士様一人じゃあ難しい仕事なら仕方ないわ。

お手伝いしてあげましょうか・・・。」

綾菜がテーブルから立ち上がり、答える。



「で・・・何に手間取っているの?」

店を出、王都のメインストリートを歩きながら綾菜がヨシュアに聞いた。


「亜人狩りが王都内で騒いでいるとの通報がありました。

追われている亜人はワーラビット。

脚力と耳の良さがウリのウサギの亜人です。

普段は温厚ですが、亜人狩りに追われ、興奮状態なので発見しても近づかないようお願いいたします。」

ヨシュアが綾菜に説明をする。


「亜人狩りを捉えれば良いのよね?」

と、綾菜。


「はい。」

ヨシュアが答える。


「亜人狩りの数は?」

シノがヨシュアに聞く。


「5人。ショートソードを持っているのが4人に、1人魔術師がいる。

魔術師の種別は不明との事だ。」

ヨシュアがシノに答える。


「ワーラビットなんて初めて~・・・。

可愛いかな?男の子?女の子?」

綾菜が目を輝かせながらヨシュアに聞く。


「女の子らしいです。

そのワーラビットもナイフのような刃物を持っていたらしいから、言うほど可愛くないと思います。」

ヨシュアが綾菜に答える。


ドンッ!


そんな話をしている一行の前にワーラビットが上から落ちてきた。

ワーラビットは綾菜達の方を一目見ると、身をかがめジャンプをし屋根の上へと消えて行った。


「可愛い!!」

ワーラビットの姿を見た綾菜が興奮気味に言う。


白くてフワフワしていそうな短い体毛は全身を覆い、長い耳が頭から生えていた。

顔の作りはウサギを擬人化した顔という表現がちょうど良いだろう。

赤い目が神秘的な魅力をかもし出していた。


「言ってないで追いますよ!!」

シリアが綾菜に言い、走り出した。


「シリア、シノちゃん、ヨシュア君は亜人狩りの足止めをお願い!!

私がワーラビットを追うわ!!」

綾菜が皆に言うと、魔法を唱え始めた。


「コール、インプウィング!!」

綾菜が言うと、綾菜の背中に黒い悪魔の羽が現れた。


部分召喚。

召喚魔法使いは魔獣そのものを召喚する事も出来るが、その魔獣の体の一部だけを呼び出すことも出来る。

こうする事で、魔力の消耗を抑える事が出来る。



綾菜はインプの羽を使い、空へ飛ぶと、屋根の上を飛び回っているワーラビット見つけ、後を追う。


「ちょっと、君!!待って!!」

綾菜は飛びながらワーラビットに声を掛けるが、ワーラビットは止まる事無く、逃げ回っている。


狩られてる途中なんだから当たり前か・・・。


綾菜はワーラビットを追い抜き、目の前で降り立つ。

さすがに、ワーラビットは立ち止まり身構えた。


「私はジールド・ルーン宮廷魔術師の綾菜。あなたの名前は?」

綾菜はワーラビットの赤い目を見ながら聞く。


「黙れ、亜人狩り!!」

ワーラビットは綾菜にナイフを突き刺そうと、襲い掛かる。


「ちょっ!!」

綾菜はその攻撃を横にかわすが、屋根から足を滑らせ、地面に転がり落ちた。


「・・・つぅ・・・。」

地面に落ちた綾菜は起き上がり、風水魔法で自分の治癒を行い、ワーラビットのいる屋根を見上げる。

ワーラビットは綾菜を少し見、また逃げ出した。


「もうっ!!」

綾菜は苛立ちながら、もう一度インプの羽を出し、ワーラビットを追おうと空に飛ぶ。

綾菜が逃げるワーラビットを見付けると、ワーラビットに火の玉が直撃した瞬間だった。

ワーラビットは火の玉の直撃を受け、吹っ飛んで地面に落ちた。


綾菜はワーラビットの周囲を警戒する。

ショートソードを持った男が2人、地面に落ちたワーラビット目掛けて遠くから走り出しているのが見えたが、火の玉を放った魔法使いが見つからない。


「センスオーラ。」

綾菜は魔法を唱える。


犯罪を犯す魔法使いは良く自分の姿を消して行動する。

姿を消す魔法は風水魔法なら光と風の風水を使う事で出来るし、古代語魔法ならインヴィジブルという姿を消す魔法がある。

いずれにせよ姿を消す魔法があり、魔法を使うと言う事は魔力を使っている言う事になる。

センスオーラとは、魔力痕跡を探す魔法である。

この魔法を使う事で、魔力を輩出しているモノを見付ける事が出来るのだ。

綾菜の目には姿を消している魔法使いの姿が緑色に光って見えている。

ワーラビットから少し離れた所を歩きながら向かってきている。


綾菜は倒れているワーラビットの元へ下りて行き、治癒の魔法を施す。

傷が消えたワーラビットはきょとんとしながら綾菜の顔を見てきた。


表情が可愛い・・・。


綾菜はこんな時でもワーラビットの可愛いらしさに勝手に癒される。


「あ・・・ありがとう・・・。」

ワーラビットは綾菜に礼を言う。


「いいえ。それより、これから魔法使い一人とショートソードの男が2人、こちらに向かって来てます。

魔法を封じる事も出来るけど、あなた、肉弾戦は出来る?」

聞く綾菜にワーラビットは首をふりふりと横に振る。


ん~・・・。可愛い・・・。


これから、魔法使い1人と剣士2人を相手にしなければならない最悪の状況なのだが、ブレない綾菜だった。


「仕方ない・・・。私から離れても他の亜人狩りがいるかも知れないから、戦闘中上手く逃げ回ってね。」

綾菜はワーラビットの頭を撫でると、亜人狩りの方へ歩いて行った。


「魔法使い・・・。何者だ?」

剣士の1人が綾菜に気付き、声を掛けてきた。


「もう1人、姿を消しているのがいるでしょ?

魔法使い相手にそんな事しても無駄だと思うけど、まだかくれんぼするつもりかしら?」

綾菜が緑色の光に向かって話しかけると、ボゥッと光が強まり、魔法使いが姿を現した。


古代語魔法か・・・。


綾菜は魔法解除の光加減で何の魔法使いか検討を付けた。



「ジールド・ルーンにいる宮廷魔術師いはクラインだけと聞いていましたが・・・。

貴女が噂の新しく来た宮廷魔術師ですか・・・。」

魔法使いの男は綾菜を見て、余裕の表情を浮かべる。


それを見て綾菜はホッとする。

魔法使いとは魔法をある程度のレベルまで上げるのにかなりの時間を使う。

普通に考えると魔法使いは年寄りが多いのだ。

それにも関わらず、綾菜は歳はまだ30にもなっていない。

そんな綾菜を見て勝手に油断する魔法使いはけっこういる。

しかし、それは魔法国家エルン以外の国の話である。

エルンは若いうちから魔法の英才教育を受けている人間が多いので魔法の熟練度は歳とは関係がない。

歳で相手を判断するなんて愚の骨頂なのだ。


この魔法使いは綾菜を歳で判断している。

それはつまり、エルン出の魔法使いではないと言う事を物語っている。

エルン以外の魔法使いのレベルはエルンと比べ、かなり低い。

それが綾菜がホッとした理由だ。


亜人狩りの魔法使いが魔法を唱え始めた。

古代語魔法の詠唱である。


火の・・・玉・・・。


魔法使いの詠唱を聞きながら綾菜はこの魔法使いの使う魔法に検討を付け、風水魔法の詠唱を始めた。


「ファイアボルト!!」

亜人狩りの魔法使いが先に魔法を発動させる。


「ファイアストーム!!」

綾菜が魔法使いの放った魔法の炎を媒体に火の嵐を巻き起こした。

亜人狩りの出したファイアボルトはその場で炎の渦に変わり、亜人狩りに向けて方向転換をした。


「・・・融合魔法!?」

亜人狩りの魔法使いが焦るが、炎の渦は問答無用で亜人狩りの3人を飲み込んだ。

炎の渦が消えると、全身火傷した亜人狩りが地面に倒れている。


綾菜はその3人に歩いて近づき、しゃがみこんだ。

「情報だと、後2人いるみたいだけど、どこにいるの?」


「し・・・知らん・・・。」

魔法使いが綾菜に答える。


「綾菜!危ない!!」

突然遠くからシノの声が聞こえる。


「えっ?」

油断した綾菜が振り向くと、1人の男がショートソードの切っ先を綾菜に向け、突進してきていた。


「しねぇえええええ!!」

襲い来る剣士に綾菜は反応しきれない。


「きゃあ!!」

綾菜は立ち上がり回避をしようとするが、後ろにバランスを崩す。


キィン!


綾菜は尻もちを付き、剣士の方を見上げると、ヨシュアが間一髪間に合い、剣士のショートソードを受け止めていた。


「亜人奴隷禁止法違反、都内傷心罪、公務執行妨害だ。

大人しくお縄に着くなら良し。さもなければ斬り捨てる。」

ヨシュアが亜人狩りを睨みながら言う。


「知るか!!」

亜人狩りの剣士はヨシュアの剣を振り払い、ヨシュアに剣を突き立てようとする。


ドゴォ!!


ショートソードを振り上げた亜人狩りの背中に飛んできた大斧が直撃する。


「ぐはぁ!!」

大斧に背中を切り裂かれ、ショートソードの亜人狩りは地面に倒れこんだ。

倒れた亜人狩りの元までシノが歩いてきて、その大斧を抜く。


「綾菜!!一人で行くなんて危険すぎるデス!!」

シノが綾菜を叱る。


「ふ・・・2人とも、ありがとう。後、1人は?」

綾菜はヨシュアとシノに礼を言うと、後1人の心配をする。


「捕まえてますよ。」

聞く綾菜の元にシリアが縄に縛られた亜人狩りを1人連れて来ていた。


「良かったぁ~・・・。」

綾菜はホッとして笑顔を見せた。



「あの・・・。ありがとうございました。」

さっきまで逃げていたワーラビットが申し訳なさそうに綾菜達の元にやってきた。


「ううん。ケガは無い?大丈夫?」

綾菜がワーラビットに優しく話しかける。


「は・・・はい・・・。

それと・・・私はこの後どうなるんでしょうか?

ここは知らない土地で・・・。」

ワーラビットが不安そうに聞いて来た。


「知らない土地?」

綾菜はワーラビットの状況が理解できず、聞き返す。


「亜人狩りに捕まって、この国に連れて来られたんだろ・・・。

それで、奴隷商人に引き渡しのタイミング辺りで逃げ出してきたんじゃないのか?」

と、聞くヨシュアにワーラビットは頷いた。


「あなたの国は・・・どこ?」

綾菜は立ち上がり、ワーラビットに聞く。


「エルンです。」

とワーラビット。


「じゃあ、エルンに強制送還だな。

安全な村まで俺の部下を2人同行させる。

それまで、聖騎士の駐屯所で休ませる。

亜人狩りどもは生きてるやつらは全員捕縛します。」

ヨシュアがワーラビットに言う。


ヨシュアの采配に綾菜の顔に笑みがこぼれる。

普通であれば、不正入国も禁固刑になるのがジールド・ルーンの法である。

当然、頭の固いヨシュアはそういう対応を取ると思っていたのだ。


「ヨシュア君、ありがとう!!」

綾菜はヨシュアの手を握り、例を言う。


「い・・・いや、宮廷魔術師様が指示しそうな対応を考えただけです。

彼女は不正入国と言うよりは誘拐なので・・・。

後は、私の方で処理しますので、城にお戻り下さい。」

ヨシュアは照れながら、綾菜に言う。


「分かった。」

言うと、綾菜とシノ、シリアは城に向かって歩き出した。


「あ・・・。」

途中で綾菜は立ち止まり、亜人狩りを縄で縛り始めているヨシュアの方を振り向く。


「ヨシュア君、私の事は綾菜と呼んで。

一々綾菜宮廷魔術師様とか呼んでたら舌噛んじゃうから。」

綾菜はヨシュアに言うと、ふり向き、城への帰路に着いた。

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