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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第一章~地上界の剣士~
8/59

第七話~遠き心の大鐘~

優人達が王都を出てから1週間経った。


自分の馬車で行こうと思ったが、大森林地域に入り、雷に驚いたヘファイストスが暴れたら馬車だと混乱を招く可能性があるので、他の方法での移動となった。

その方法と言うのが、馬のレンタルだ。

馬を借り、海林地域と大森林地域の間の関所まで行き、そこから歩いて大森林地域を歩くと言う作戦である。

しかし、優人は馬を操作することが出来い。

剣術は使えるが、普通の地上界の人間はもっぱら移動は車である。

馬なんて乗れるわけがないのだ。

もっとも、優人の地元にある乗馬クラブに興味はあったが、高い授業料を払ってまでやる気にはならなかった。

そういう訳で、エナの後ろに乗る形での移動をしていた。


エナの背中は思っていたよりも小さく、華奢である。

女性の体は男の体と比べるとどうしても華奢に感じる。

それはどんなに体が大きく見える女性でもそうなのである。

そしてこの女性の華奢さに優人はいつまでたっても慣れない。

毎回バカみたいに華奢さにびっくりするのだ。

そんな理由で優人はドキドキしながら、エナの腹回りを抱きかかえ、馬に乗っている。

エナの鎧の感覚も、抱いている腹回りの感覚も、髪の匂いも、発情するには十分過ぎる。

こんなにも綾菜が好きで好きで仕方ないのに綾菜以外の女性の温もりで喜んでしまう自分が情けないと自己嫌悪に陥る。

そんな地獄と天国を行き来する1週間であった。

それがやっと終わる。


今優人達がいるのは海臨地帯と大森林地帯を挟む関所手前の小さな村である。

ここで馬を返し、関所まで少し歩くらしい。


「おいおい、ご両人。こんな所を歩いてどこへ行く気だい?」

小さな村を関所に向けて出た直後に数人男たちが優人達に声を掛けてきた。


「はぁ・・・。」

優人は分かりやすくため息を付いた。


確認するまでも無い。

山賊だ。


王都を出、この村に着くまでも散々山賊には襲われた。

山賊と言っても山岳地帯やガルーダ山賊団のように組織にはなっていない山賊だ。

チンピラのカツアゲと言った方が表現としては正しいと思う。

このフォーランドにはこう言った輩がとても多く、優人はいい加減辟易としていた。


「私が誰だか分かってやっているのですか?」

エナは腰に挿しているショートソードの柄に手を置きながら毅然とした態度で山賊もどきに聞く。


ジールド・ルーンから派遣で駐屯している女騎士エナ・レンスター。

彼女はこの国ではかなり有名で、ある程度見識がある山賊はこれで尻尾を巻いて逃げる。

エナ自身が怖いと言うより、そのバックにいるジールド・ルーンとフォーランド王妃スティアナに対する恐怖心によるモノだと思うが・・・。


「知るかよ!エナのフリした女狐め!!」

言うと、山賊の一人がエナに襲い掛かる。

その他のパターンの山賊だ。

つまり、エナの事は知っているが、エナがこんな所にいる訳が無いと思っているパターン。


キィン・・・。


エナは剣を抜き、山賊の持つ剣を弾き飛ばし、山賊の喉元に切っ先を突き付ける。

ジールド・ルーン聖騎士団はジハドと言う神の力を借りる神聖魔法と、基本的な剣術、そして一定以上の体力が入団の条件らしく、その垣根はかなり高いらしい。

実際、エナの剣技は基本に忠実で、教科書通りの体裁きと言っても過言でないくらい正確で確実だ。

当然素人が勝てるレベルでは無い。


「う・・・。」

剣を弾かれた男はエナの剣の切っ先をジッと見ながら微動だにしない。


「エナもどきの女狐でも、勝てないなら結果は同じだと思いますが、やりますか?

こちらの和装の剣士は私より優しくありませんよ?」

エナは怯える山賊の顔を見ながら優しく微笑んで見せる。


しかし、この状況での微笑みほど怖いものは無い。

普通ならここで完全に終わるのだが、今回は少し事情が違う。

数がいつもより多いのだ。


「この数に勝てると思ってるのか?」

別の山賊がニタニタしながらエナに声を掛ける。


確かに、今回の数は10人。

今までのチンピラとは数が違う。


ダンッ!!


優人は今エナを挑発した山賊に一気に距離を詰め、首目掛けて抜刀する。


バシュッ!!


次の瞬間、エナを挑発した山賊の首が吹っ飛び、首から血が吹き出す。

優人は山賊から距離を取り、納刀をする。

突然吹き出す血に山賊たちの視線が集中する。


「さて・・・後、9人。お前たちの選択肢は二つだよ。

逃げるか、死ぬかだ。もう一度チャンスをやる。どうする?」

優人が聞くと山賊たちはジリジリと優人達から距離を取り始め、少し離れると一目散に逃げだした。


「ふう・・・。山賊どもは懲りずに次から次へと・・・。

いっそ、全員斬り殺した方が早いのかな・・・。」

血ぶりをし、納刀しながら優人は愚痴を溢す。


「そうしたとしてもキリはありませんよ。

この国は元海賊の国・・・。国民の大半は元ジークフリード海賊団の船員だったのですから・・・。」

エナが優人に答える。


「もしそれが本当なら国として成り立つのか?

海賊にまともな生活なんて送れないだろ?全員犯罪者じゃんか。」

ショートソードを腰に納めるエナに優人が聞く。


「ジークフリードは・・・実は本当の悪人では無かったみたいなんです。

まぁ、犯罪者ですし、罰せられて当然の事はしていたようですが、彼には彼の正義があったと、シン団長が昔おっしゃっていました・・・。」

エナが俯きながら優人に答えた。

シンとはジールド・ルーンの聖騎士団長の名だ。

化け物じみた戦闘力を誇る聖騎士らしいのだが、その実力はまだ知らない。


エナは優人の顔を一度見直し、話を続ける。

「ジークフリードとスティルは良く似た性格らしいです。

ジークフリードは最後、断頭台で自分の海賊たちに大声でこう言ったそうです。

『泣いたり、妬んだり、怒ったりするな。笑い続ける努力をしろ。それが出来ないなら、死ぬまで戦え!』・・・と。」


「死ぬまで?それは・・・まだ戦争を止めるなって事か?」

優人はエナに聞くが、エナは首を横に振る。


「彼は黙ってジールド・ルーンの属国になるよう皆に伝えています。

自分の死で遺恨を残さないよう気を使ったのだと聖騎士の皆は言いますし、私もそう思っています。

しかし、スティルやこの国の人たちは少し違うように・・・。『自分の命は自分の為に使え。』と捉えています。

つまり、それぞれが生きたいように生きる事。自由である事が彼の遺言だと・・・。

ですから、この国の人たちは奪いたい時に奪うし、平和な生活を送りたければ村に留まります。

その代わり、この国には、村や街の中では奪わないと言う鉄則が根付いているんです。」


エナの説明を聞き、優人はふと疑問が過り、エナにそれをぶつける。

「こないだ王都で起こった亜人商人殺害事件とかはどういう事だ?」


「あり得ない出来事なので、国外の人間の仕業。

第三勢力と言う噂がすぐに浮上したんですよ。

優人さん達部外者もそういう理由で真っ先に疑いました。

実際、関所を奪ったデュークさんはグリンクスの国民でしたし、カルマは元はエルンと言う国の人間です。

フォーランドの鉄則を破るのは外国の人間なのです。」

エナがすぐに答えた。


「なるほど。

そのジークフリードって人のカリスマ性もかなりのモノだったんだな。

だから港を閉鎖して、国外に逃げる術を奪ってたのか・・・。」

エナの説明を聞き、優人は色々と合点が行く。


「はい。

それと、ゾンビが街に出現した時、誰よりも憤ったのはスティルでした。

大好きな父上のルールを破った輩が許せなかったのだと思います。

ってそれでも、これに関しては言い訳っぽく聞こえますか?」

エナがクスリと笑いながら優人の顔を見る。


エナのその質問には優人も思わず苦笑いをする。

街を襲撃されて、真っ先に王宮を飛び出す王。

そんな王はファンタジー小説や少年誌でしか存在しない。

実際は一番安全な所に真っ先に身を潜めるものである。

しかし、それは間違いではない。

王とは、国の象徴であり、頭脳でもある。

それが真っ先に打ち取られれば巨大な組織であればあるほど空中分解の恐れが高くなる。

王は、自分を優先的に守るモノだ。


しかし、それとは別にスティアナのような王の存在への憧れも優人にはある。

国民が苦しんでいる時に痛みを共有しようとする国の長。

痛みを理解できるので他のどの国よりも国民に優しい国になるだろう。


優人の住んでいた日本はその考え方から真逆の組織になっている。

国の政治を取り扱うものは必然的に高給を取り、公共施設の利用を始めとしてかなり良い環境を用意されている。

その癖高い税金を取り、低所得者をより苦しめる。

政治家曰く、高取得だとしてもその給料を選挙資金に回しているので実際は大したものでは無いとの事だ。

しかし、選挙に金を使わず、演説している政治家がいるのならば、そういう人間の方が優人は魅力的に感じている。


弱い立場の痛みを知らない王は王なり得ない。

優人は日本の政治を見て、常日頃から考えている。

もっとも、今回、スティアナの行動を見て、優人は自分の中にある矛盾に気付いた。

スティアナのような行動をする王を優人は死なせたくないと思ったのだ。

逆に、いの一番に安全な場所に避難して欲しいと考えたのである。

実際に一番に逃げる王には逃げるなと思うが、戦う王には逃げて欲しいと考える優人の本心。

ならば何が王として正解だと言うのだろうか?

その矛盾が優人の苦笑いの理由である。


ドーーーーーーーン!!!!


突然、大きな音と共に、地面が揺れた。


「きゃあ!!」

エナが耳を押さえて、しゃがみ込む。

優人は音のする方向を確認する。

音は関所の奥から聞こえていた。


「落雷・・・か?」

優人は大森林地域のあるであろう方向を見ながらエナに聞く。


「はい・・・。

あの関所の向こうが大森林地域です・・・。

本当に・・・行くのですか?」

エナが不安そうに優人に聞く。


「ここまで来て、撤収したらスティルに笑われるよ。」

優人はエナに答え、手を差し出す。

エナは少し迷うそぶりを見せるが、優人の手を握り、立ち上がる。


「本当に、あそこは生きた心地がしませんから・・・。」

エナが優人に言う。


「俺の綾菜を失った後の10年も生きた心地なんてしなかったよ。」

優人はエナに微笑んで見せる。

エナは不満そうに優人を睨むと、気合を入れ、優人と関所の中へ歩いて行った。



関所の中はガランとしており、人気が無い。

関所に待機している騎士が二人いるだけだ。


「こんな所に来るなんて、モノ好きですね?」

騎士の一人がエナと優人に気付き話しかける。


「ええ、スティルの無茶振りです。」

エナは不満そうに答えながら、スティアナが渡してくれた書状を騎士に渡す。


「本物ですね。

スティアナ王妃は遠き心の大鐘が本当に存在するとでも思っているのですかね・・・。

例えあったとしても、落雷に当てられて粉々になってると思いますがねぇ~・・・。」

騎士が書状を見ながらエナに言う。


「私も同感ですが・・・。

慈愛の女神エルザが夫であり我が主、ジハドに無事を伝える為に作ったと言われる神器です。

あるとも信じたい所ですけどね・・・。」

エナは苦笑いをしながら騎士に答える。


「なるほど、ジールド・ルーンの聖騎士らしい発言です。

一時間ほど処理に時間が掛かりますので、あちらのソファーで待っていて下さい。」

騎士はソファーを手で指し、エナに言う。


エナと優人は言われるまま、ソファーへ向かい腰かける。


「疲れましたね・・・。」

ソファーに腰かけると、エナはホッとした表情を優人に見せる。


「確かにね。乗馬もしてたし、少し休んだら?」

優人がエナに言う。


「そうですね。

大森林地域に入ったらゆっくり休む所も無いでしょうし・・・。

何日位さ迷うのやら・・・。」

馬の操作で疲れたのか、エナは話の途中で寝てしまった。

座ったまま寝るとバランスが取れない。

寝ているエナの頭は、少し左右に揺れた後、優人の肩に落ち着いた。


改めて見るとエナはやはり美人である。

美人と言ってもタイプがある。

この世界で優人が出会った女性はみなそれぞれ綺麗で可愛いが、エナはその中でも優人の好みの美人だ。

鼻筋が通っていて、目や口は濃いと言う訳では無いがはっきりしている。

まつ毛も長く、全体的に整った顔をしている。

そして何より上品な雰囲気をかもし出している。

綾菜も似たタイプで、1000人近い女性従業員のいる工場でも噂されるほどの美形であった。


でも、綾菜の方がちょっと健康的かな?


優人は勝手にエナの寝顔を採点する。



待ち時間は2時間と言った所であろうか?

1時間と言う話であったが、久しぶりの処理に手間取ったようである。

さすがの優人もいつの間にか寝ていた。



2人は大森林地帯へと入った。

大森林地帯は関所を抜けるとすぐに雨が降っていた。

優人とエナは関所の騎士から渡されたカッパを羽織ると、すぐ目の前にある森に進んだ。

この地帯は全てが森に覆われているらしい。

しかし、雷のストレスのせいか、木々は元気が無く、葉が少ない。

雷に打たれてこげたり倒れたりしている木も多くあり、少し薄気味悪い。

ゴロゴロと空は唸り声を上げ続け、時折ピシャっと光る。

ドドーンと言う爆発音は落雷の音であろう。


これが年中だと思うと確かに怖い。

こんな所に来るのも、住むのもかなり気が引けるが、ここは人はおろか動物もほとんど生息していないらしい。

ほとんどの生き物は亜人地域や山岳地域に移り住んだとされていた。

ただ、雷鳥と言われる鳥の目撃情報だけがあるようである。


「優人さん。一つ説明します。」

森の中を歩きながらエナが優人に話しかける。


「ん?」

突然、エナが優人に話しかけてきた。


「この世界には偉大な功績を残すごとに称号が与えられます。」と、エナ。


「知ってる。ナイトオブフォーランドみたいなのだろ?」


「はい。その称号は国単位の授与ですが、世界的に与えられる称号もあるんです。」


「ほう。」


「その中で討伐称号と言って、倒す事の不可能な生物の討伐を成功させた人に贈られる称号があります。」


「うん。」

優人は興味を持ち、歩くのを止めて、エナの話を本気で聞くことにした。


「まずは、最強種ドラゴン討伐でもらえる『竜殺し』

神の子と言われる巨人族を倒す事でもらえる『巨人殺し』

神の獣と言われる神獣討伐でもらえる『神獣殺し』

この三大討伐称号は戦士の誉れで、憧れです。」


「ほう。エナはもしかしたら神獣殺しがもらえると思って興奮してるのか?」

エナの説明を聞き、この先にいるとされている麒麟を思い出し、優人は目をキラキラさせながらエナに聞く。


「違います!!!!」

エナが雷のような大声で否定する。


きょとんとする優人にエナが一度深くため息を付き、不安を口にする。

「神獣がどれだけ危険かを伝えてるんです。しかも雷なんて、どうすれば良いか・・・。」


エナは本当に苦労人だと思う。

スティアナも優人も平気でこういう無茶をする。

それに対し、エナは臆病と言うよりは良識がある人間なのだろう。

・・・にも関わらず、無茶な上司に従い、無茶をさせられるんだから可哀相だ。


「エナは自分の国に帰らないのか?」

優人はどうして別の国の騎士が他国の王妃にいつまでも従っているのか、ふと疑問に思った。


「スティアナ王妃を王妃として盛り立てたのは私ですから。

無責任なこと出来ないじゃないですか?」と、エナ。


「無責任って言ってもジールド・ルーンの命令でここまで来たんだろ?

だったら他の騎士と変わってもらうとか普通するんじゃないのか?

何故エナ一人でいつまでもやってるんだよ?」

優人の質問にエナが少し黙る。

何か訳ありなのかと優人は思い、エナが口を開くまで黙って進む事にする。



「スティアナ王妃は・・・スティルは我が王より心があるんです。」

エナは意を決したかのように、優人に絞り出す声で答えてきた。


「それだけの事を言うのに普通躊躇うか?

騎士が自分の国以外の王の方が優れていると思うのがいけない事だと思っているのか?」

優人がエナに聞く。


「優人さんはどうも人を見透かしたような質問ばかりしますね?」

優人の質問に少しイラついたのか、目を逸らした。


「エナの事なんて分からねぇよ。

けどな、カルマに言いかけたが、人の上に立つのも楽じゃない。

人は上に立つ人を値踏みするからだ。

従いたくないやつの下についた部下はサボるし、悪口を言って協力的じゃなくなる。

逆に従いたいと思って付いてくるやつは実力以上のものを出す時がある。

しかし、上司はみんなが思っているほど簡単に部下をクビに出来ないし、仕事の責任だけはのしかかる。

だから、自分を常に上の次元へ成長させないと上司は務まらない。」


優人は地上界で商社の部長クラスにまでなった事がある。

その時の事を思い出し、話をした。

良く、部下は上司を選べないと嘆く話を聞くが、実際は逆である。

部下は上司が気に入らなければ、部署の移動も、退職でも選択する余地がある。

しかし、上司は部下を選ぶのは実はかなり難しい。

部下が気に入らないからと、部下の交換を人事に問い合わせれば、「お前の教育不足だ。」と言われ、それを理由に退職なんてもっての他である。

かと言って仕事をしない部下のせいで仕事が遅れればそれも上司である自分に降りかかる。

しかも今の時代は『パワハラ』や『セクハラ』と言う言葉が生まれる事で分かる通り、強く注意する事も出来ない世の中である。

そんな上司の気持ちを考えもせず、自分の都合で手を抜き、サボる部下のなんと多い事か・・・。

それでも、優人はそんな部下たちに気を使いながら、上手くやってきた方だとは思っている。

しかし、本当の意味で社会的に救いが欲しいのは中間管理職と呼ばれる人間たちだと優人は考えている。


「何が言いたいんですか?」

エナが優人を睨みながら聞いて来た。


「お前がスティルの方が良いと思ってここに残るってのは悪い事じゃねぇって言ってるんだ。」

優人の言葉にエナが立ち止まる。

両手で口を押え、目から涙がこぼれている。


え?何か言ったか?


優人は焦り、エナに近寄る。


「嫌な事を言ったなら謝る。」

優人は焦りながら、エナを気遣う。


「いいえ。嬉しかったんです。私の判断を認めてもらえて・・・。」

濡れる目を拭きながらエナが優人に言う。


感涙かよ!?つか状況考えろや!!


優人は心の中でエナにツッコミを入れながら背中をさすってあげる。

周りはゴロゴロと空が唸り、落雷が落ちている中、2人は近くの木に腰をかけ、少し休んだ。


エナは少しすると落ち着く。

「すみませんでした。行きましょう、優人さん。」


「ああ。」

優人は答えると立ち上がった。


ジールド・ルーン・・・。

聖騎士団長のシンと言う男をエナは悪く言う事は無かったが、この国の王はあまり好きでは無いのだろうか?

話を聞く限りでは国としてはかなり発展しているように感じるが、実際はどうなのだろう?

優人はまだ見ぬジールド・ルーンと言う国に多少の不安を感じていた。


2人は黙々と歩き続ける。

エナは危険の少ない道を出来る限り選びたいと言う。

しかし、優人はもし麒麟が存在し、雷に意志があって生物の侵入を阻止しているのなら、むしろ落雷の被害の酷い方が正解ルートだと主張し、敢えて危険な道を進んでいく。

雷は本当に止むことなく、一日中ひたすら鳴り続けていた。

夜になると休憩をするが、この雷と降っては止む雨のせいで全然休んだ気がしない。

食事は保存食を食べているので腹は減ってはいないが、疲労が日に日に溜まっていく感覚がする。



そんな旅路が3日ほど続いた。


「・・・。」

優人は石で造られた建物が複数ある場所に到着していた。

エナもこの光景を黙って眺めていた。


人や生き物の気配はしない・・・。

朽ちた村だと考えるのが妥当であるが、気がかりがある。


いつまでここに誰かが住んでいたのか?である。


「エナ・・・。ここに人が住んでいたと思うか?」

聞く優人にエナは首を横に振る。


エナの話す神話の話では、慈愛の女神エルザがこの地で、遠き心の大鐘を麒麟に預けたとされている。

大鐘を預けられた麒麟は大鐘を守るため、雷をひたすら鳴らし続け、人の侵入を拒んだと言う。

それが神話の話だとすると、この建物は神話の時代の遺跡と言う事になる。

優人達は注意深く、廃村を歩いて回る。

廃村にある建物には何故か落雷の跡が見当たらないと言う違和感を優人は感じながら各建物を見て回り、廃村の中心にある一際大きな建物の前で歩みを止めた。


「ここは、なんだろう?」

優人は大きな建物を見ながらエナに聞く。


「エルザの教会・・・ですかね?」

エナは建物の中心に大きく刻まれた何かの文様を指さしながら優人に答えた。

矛盾している。

神話の時代の村ならば、まだエルザが女神として崇められる前の話では無いのだろうか?


「エルザは神話の時代から女神として崇められていたのかな?」

優人はエナに聞く。


「いいえ。神話のエルザは全王ヒースクリフの娘とされています。

神話の世界での話をするならば、彼女は姫だったと思います。」

エナが優人に答えた。

優人は考えていても仕方ないと思い、大きな建物に向かっていった。


「ちょ・・・優人さん!!」

エナは優人を追いかけた。



優人は両開きの朽ちかけた扉を開け、中を見る。

中は暗くて良く見えない。


「ホーリーライト。」

後ろからエナが魔法で明かりを付けてくれた。


ホーリーライトは確か、死後者の動作を封じる魔法だと思っていたが・・・。


優人は疑問に思ったが口にせず、エナに会釈をし、中に入って行った。

大きな建物の中は玄関のようになっていて、そこから廊下が真っすぐ伸びている。

廊下の左右には何か所か入り口のような隙間が空いており、その入り口の先には子部屋があった。

元は扉があったのだろうが、朽ちて無くなったのだと優人は予想した。

廊下をまっすぐ進むと、広い部屋があり、その部屋の奥には五段ほどの階段、その先に石の椅子が二つ並べられていた。


「ここは・・・玉座・・・ですかね・・・。」

エナが優人に言う。


「教会の造りってこうなのか?」

優人がエナに聞く。


「いえ・・・教会と言うより・・・お城ですかね・・・。

でも、お城にしては小さい気がします。」

エナが最初の間違いを訂正してきた。


「何だと思う?エルザの紋章の付いた城って?」

優人がエナに聞く。


「私は、ジハドの聖騎士ですから・・・。

エルザの伝承にはそんなに詳しくはありません。

でも・・・考えられるのは、ここはエルザの宮殿だった場所かと・・・。

エルザは質素や倹約を象徴する女神だとも言われていますし・・・。」

エナの説明に優人も頷く。


ここは神話の時代のエルザが住んでいた城下町跡だと仮定する。

ならばエルザの神獣である麒麟はこの村に雷を落とさない事に理由は付く。

王族が自分の家の目立つところに家紋を入れるのも良くある事だろう・・・。

だから教会では無く、人の住める造りになっていると考えても問題は無さそうだ。

そうなると、伝説とされる『遠き心の大鐘』の存在も可能性が高くなる。


優人は五段程度の階段を上り、椅子に手を置き、考える。


何か、ここの存在をもっと確実に定義付ける物はないだろうか・・・?


「優人さん。」

考えている優人をエナが広間の端の方で呼んでいる。

優人は立ち上がり、エナの方へ行き、エナの視線の方を見る。

そこには登りの階段があった。


「玉間の中にある登り階段は、王族の住処になっている事が多いです。

登ってみますか?」

聞くエナに優人は強く頷き、二人で階段を昇って行った。


二階は、階段を登ってすぐに広場になっていた。

広場の真ん中に腰より少し低い石が四角形に置いてあった。

優人は、そこに近づき、確認する。


どうやら人工の泉のようなモノがあったのだろう。

そうするとここは恐らくサロンか?


「ここは昔は自然が沢山あった、エルザの休憩室だったみたいですね・・・。素敵・・・。」

エナが石に腰かけ、リラックスしたように優人に話しかけてきた。


「そうだな・・・。」

優人はサロンの端にある小部屋に視線を移していた。


・・・となると、あそこは寝室だろうか?


興味を持った優人は奥の小部屋へと進む。

しかし、ここには何も見当たらない。


神話の時代は何年前なのか想像できないが、全ての扉が朽ちて無くなる程の期間が経っている。

扉が木で作られたとして、それが朽ちて無くなる程昔である。

石以外のモノが残っている訳がない。


しかし、宝石と言ったモノがあっても良いと思うのだが・・・。


優人は小部屋を見渡し、一か所違和感を感じる黒ずみに目が止まり、近づいた。

暗くて良く見えないので、手を当て、何が書いてあるのか確認しようと思ったが全然予想出来ない。


「エナ、明かりをくれ。」

優人は石に腰かけているエナを呼び出す。

エナは落ち着いた様子で歩いてやって来て、優人が手を当てている壁に光を当てる。

すると、黒ずみの中から薄い緑色の光が浮かび上がり、何かの文字のようになった。


「なんだ、これ?」

優人は目を凝らして文字を読もうとする。

英語でも漢字でもない。

優人は見た事のない文字である。


「神聖文字ですね・・・。

『鐘の音を親愛なるジハドに送ります。

もしあなたがここに来た時、私がここにいなかったら、私はハクリンと共に聖なる山にいます。』と書かれています。」

エナが文字を読んでくれた。


「ハクリン?聖なる山?どういう意味だろ?」

優人はエナに聞く。


「ハクリンとはエルザに仕えていた白竜の名です。

白竜伝説のある聖なる山と言えば、グリンクスにある白竜山ですね・・・。

誓いの鉱石、アリアンスストーンと言われる石が採れていたと言われる山です。」

エナが優人に嬉しそうに説明をしてくれた。


「誓いの鉱石?」

優人がエナに聞く。


「遠く離れた人に気持ちを伝える石と言われています。

エルザは夫ジハドとそんなに側にいれなかったらしいのです。

ジハドは戦争に赴き、エルザは平和な地で人々を導くと言う役割分担になっていたので・・・。」

エナが優人に神話の話をする。


遠き心の大鐘も、アリアンスストーンも離れた相手に思いを伝える効果を持つ。

エルザは寂しい思いをずっとしていたのだろうか・・・。

まるで、七夕の織姫と彦星のようだと優人は思った。


「しかし、これで確定だな。

この地域のどこかに遠き心の大鐘は存在する!

『鐘の音を親愛なるジハドに送ります。』と言う文面はどう考えても遠き心の大鐘の事だ。」

優人は伝説の鐘の存在に興奮気味にエナに言った。


ある訳が無いと思っていた神器が存在する。

これは、いるはずの無い綾菜がこの世界にいると言っているように優人は感じていたのだ。

綾菜がこの天上界にいる。

きっとエルザと同じように寂しい思いをしているかも知れない。

もっとも、これは優人の独りよがりで、もしかしたら別の男と幸せになっている可能性も否めないが・・・。


優人とエナはここで一夜を明かし、良く疲れを取ってから、建物を出た。



建物を出ると、優人はエルザの家らしきモノの前で立ち止まり、周囲を注意深く見渡した。


神話によると、エルザは遠き心の大鐘を鳴らしていた。

ここに住んでいたと言う事を考えると、遠き心の大鐘はこの建物からそんなに離れた所には置いていないはずである。

この廃村に残っている石の建物はエルザの家とその周辺に10数軒。

この建物跡はエルザの家を守るように建てられている。

エルザにとって遠き心の大鐘は大切なものだったはずである。

自分ならその大切な鐘を置くならどこに置くだろうか?


「家の後ろだ!!」

優人は言うと建物の後ろに回り、確認をする。


石で出来た道が森へと入って行っている。


「これは・・・。」

エナが森に続く道を見て立ち止まる。


「この先に遠き心の大鐘があるはずだ!!」

言うと優人は小走りをしながら、その道を進んでいった。

道を進めば進むほど、落雷の回数が次第に増えて来る。

まるで、これ以上近づくなと言っているように・・・。

逆にそれが、この道で合っていると言っているようなモノなのだが。

エナは落雷に怯えながら進んでいるが、この落雷は、この道には落ちる事はない。

神獣、麒麟はエルザの大切な物を壊す意思が無いのは無傷な廃村を見れば一目瞭然なのだから。



少し進むと、優人達の目の前に30メートル位、上に続く祭壇の様な物が出現した。

頂上には大きな金色に輝く鐘があった。

そこまでまっすぐに続く階段がある。


「どう見てもここだな・・・。」

優人は祭壇の下から上を見上げる。

あの鐘が神器『遠き心の大鐘』であることは疑う余地が無い。


「本当に・・・あったんですね・・・。」

エナが優人に答える。


優人はよしっと気合を入れて祭壇を登り始める。

エナも優人の少し後ろを付いていく。


ピシャッ!!


「きゃっ!」

一度強く周りが光り、目が眩む。


目を開くとそこには馬とも獅子とも見分けがつかない獣が立っていた。


雷の中をここまで来るとは、何用だ?人間。


テレパシーである。

これを使うやつは信用してはいけないと優人はシエラ以来思っている。


「お前もあれか?演出が大事なタイプか?」

優人が麒麟らしきものにツッコミを入れる。


私の姿を見て察しろ。

私には声帯がないのだ。


「偉そうに言うな。人間以下じゃねぇか?

馬みてぇな面しやがって・・・。」

優人は麒麟を挑発する。


貴様の目は節穴か?

私は龍だ。


「いや!無理がある。どう見ても馬だろ?」

優人は麒麟と言う神獣を地上界で見たことがある。

見たと言っても、絵でなのだが・・・。


古代中国の伝説で有名な青龍、朱雀、玄武、白虎。

それぞれの幻獣は東西南北を守る神獣とされているが、実はその4体とは別に中央を守る神獣が存在する。

それが黄龍・・・。麒麟である。


貴様は神獣をバカにしてるのか?


「とりあえず、鐘を鳴らさせてくれよ。馬の麒麟。」

言うと優人は階段を上り始める。


私は龍だ!!


言うと麒麟は優人に突進する。

素早さは雷そのものである。

優人は反応する事すら出来ず、麒麟の体当たりを直撃する。

しかし、優人は吹っ飛ぶ訳では無く、麒麟の体は優人をすり抜けた。


「かっ・・・。」

優人の口から煙が出る。


優人は麒麟の体当たりにより、体に物理的なダメージを食らったのではなかった。

雷を受けたのである。

しかし、耐雷の腕輪のおかげなのか、電気のショックは無い。

問題は熱だ。優人の口から焦げた臭いがするのが分かる。


臓器が焼けたか?


優人はあまりの激痛にしゃがみ込み、自分の体の状況を確認する。

上手く呼吸が出来ない。

肺が一気に熱くなり、息を吸うたびにゴホゴホと咳き込む。

麒麟は再び優人の上に移動し、優人を見下す。


分かったか。

人間よ。

貴様に鐘は鳴らさせん。

そうそうに立ち去れ。


エナは階段の下から急いで優人に回復の魔法を打つ。

少し優人が回復する。


「さすが、馬だな。足が速いこって・・・。」

優人がまだ挑発する。

今の一撃で優人は理解した。

相手は雷の塊。

勝てる訳が無い・・・。

しかし、ここで引くわけにはいかない。

作戦を練る時間が欲しいのだ。


私は龍だと言っているだろう?


「どこが龍なんだよ・・・。前足が蹄じゃねぇか?」

優人は必死に話を続けさせようとする。


この方が早く走れるのだ。

訂正しろ。

私は龍だ!!!


エナは二人のやりとりを聞きながら思う。

『どうでも良い。』と。

優人は一歩階段を上る。


来るな!!


もう一度麒麟が優人に突進する。

今度は優人も抜刀する。


雷は動きは速いが、何もなければ真っすぐに進む。

しかし、実態の無い麒麟を斬れるはずが無く、再び直撃する。


「かはっ!」

優人の口から血を吐き、階段から転げ落ちるが途中でエナが優人を支えてくれた。

今のショックで居合刀を地面に落としてしまった。


やべぇ・・・真面目に何も出来ない。


優人は体の中が焦げてる感覚に気を失いそうになる。

痛みと苦しみが優人を襲う。

立てる気がしない。

優人は右腕を階段の手すりに掛け、よじ登ろうとする。

エナが優人を支えながら必死に回復を打ってくれている。


「優人さん!無茶です!!戻りましょう!!」

エナが優人を説得し始める。


帰れ!!


麒麟が優人に突進する。

優人は麒麟が動き出すと感じたと同時にエナを後ろに投げた。


バチッ!


耐雷の腕輪が許容量を超えたのか、ひびが入る。

優人は倒れそうになるが、手すりにしがみつき、耐えた。

口からは煙が出ている。

体の中はもうミディアムレア位には熱が通っているのであろう。

今なら美味しくいただけそうである。


優人は手すりから手を離し、槍を抜き、投槍の構えをする。


鐘を鳴らすだけだろ。それ位なぜさせてくれない・・・。


元素魔法を槍に込め始める。


無駄だと言っているだろう!


麒麟は優人に何度も突撃を繰り返す。

耐雷の腕輪がパリンと音を立てて崩れる。

麒麟の電撃の直撃を繰り返し受け、優人の体は痺れて動こうともしない。

体中は焦げ、焼ける臭いが鼻を付く。


俺の四肢・・・根性を見せろ。

ここで死んでも構わない。

鐘を鳴らすだけで良い。

それまで持ってくれ!!


優人の視線は麒麟には向かなくなり、一直線に階段の上にある大鐘に向けられる。


貴様!?

まさか!?


普通はここで麒麟を倒してから鐘を鳴らすのだろう。

しかし、優人は神獣殺しなんて称号に興味が無い。

欲しいのは鐘の音。

綾菜とのつながりである。


止めろ!!


麒麟の突進は尽きることなく優人を襲う。


しかし、優人は構えを解くことは無い。

止まらぬ優人に麒麟は今度は優人の足の下にある階段の破壊をしてきた。


「届けぇええええええ!!」

麒麟の攻撃と優人の攻撃はほぼ同時だった。

優人の手から槍が放たれると同時に踏み場を破壊された優人は祭壇の下へと落ちて行く。

しかし、放たれた槍はまっすぐ鐘へと向かう。

どうにもならないと悟った麒麟は槍と鐘の間へと入り込み実体を表す。

身を挺して鐘を守るつもりだ。


ドーン!!


優人の槍は麒麟を巻き込み、鐘に当たる。


ゴーン


ゴーン・・・


激しく当たった鐘は、優人の思いを乗せてか乗せずか、その美しい音色を奏でる。


ゴーン


ゴーン



・・


・・・


綾菜・・・。

俺はここにいる・・・。

階段を崩され、落ちながら、優人は薄れゆく意識の中で綾菜を思う。


ゴーン


ゴーン・・・



フォーランドから遠く離れた国。

ジールド・ルーン王都から少し離れた森の中。

そこには聖騎士の一団が進軍していた。

皆、武装をし、これから戦争に行く面持ちである。


その中に不似合いな女性が4人いた。

1人はジハドの紋章を付けたローブを羽織った女性。

1人は大きな斧を持った人の半分ほどの大きさの女性。

1人は赤い翼に、赤い尻尾と小さな角を一本を生やした女の子。

そしてもう1人・・・魔術師風の女性である。


その魔術師風の女性が急に足を止め、振り返った。


「鐘・・・の音・・・?」

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