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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第一章~地上界の剣士~
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第五話~絵里の恋~

デュークと優人の戦闘後、頭不在の山賊はちりじりに撤退した。

冒険者や村人たちはお互いにお互いの無事を褒め、また、関所解放に喜んだ。


酒場に戻り、渡された報酬は800万ダームであった。

内訳はデューク討伐で500万ダーム。

関所解放で300万ダームであった。

デューク討伐とはデュークを殺す事だと思っていたが、大事なのはデュークによる被害を無くす事。

つまり、デューク山賊団の解散をもって討伐と言う依頼は達成された事になっていた。


デューク達は、関所を封鎖し通行人から金品の回収をしていたが、無駄な殺人は行っておらず、深い憎しみを持っている人間はさほどいなかった。

デュークの事情を聞いた村人たちは、今後フォーランドの犯罪を抑止する事に尽力する事を条件に、デュークを許すと言ってくれたのでこの件は落着した。

この近辺の住人は頭は良いとは思わないが、気持ちの良い人間が多いと思った。

優人は300万ダームをそんな村人達で山分けするよう渡し、500万ダームを受け取る事にした。

500万ダームはデュークの義手の代金に300万ダーム。

残りの金額は馬車の購入に充てる。



デュークとの一戦から1日後、優人は山岳地帯の関所のすぐそばの村の酒場の2階のベッドで目が覚めた。

優人が部屋を出て、酒場に下りるとカウンターに義手を付けたデュークが座っている。


「もう義手が出来たのか?」

優人はデュークの隣に座りながら声を掛ける。


「ああ・・・最近の義手は凄いんだ。思った通りに動く。」

デュークは義手になった右腕の指をくねくね動かしながら答え、「しかし、感覚が無いから力加減ができねぇがな。」と付け加え、苦笑いをする。

優人もそれに合わせて、フッと笑って返す。


「どうやれば地上界に行けるんだろうな・・・。」

デュークは不器用な右手でコップをつかみながらつぶやく。


「それが分かればな・・・。」

と優人も答える。


「お前はこれからどうする?

俺は一旦グリンクスに戻って情報を集めようと思っているんだが。

その前にお前に恩も返したい。」

昨日からデュークは優人に異様に恩義を感じている。


あの戦闘で止めを刺さなかったのは、絵里が止めたからだし、奥さんの病気の治療法についても絵里の提案だ。

優人は絵里が助けたいと訴えて来たのを聞いただけである。

その為にデュークがお咎めを受けないよう村人を説得したが、それも絵里の気持ちを優先しての事だ。

義手に関しては優人が切断した右腕のお詫びのつもりだったので、デュークにそこまで恩義を持たれる覚えも無い。

逆に恩義を持っているデュークに申し訳ないとすら思っていた。


「俺は特に予定は無いな。

とりあえず、情報が欲しいからこの国の王都に行ってみようと思ってる。

それより、この国の犯罪抑止の条件はどうするつもりだ?」

優人は基本的に真面目な性格である。

条件を提示し、無罪にしてもらったのなら、約束は果たさなければいけないと思っている。


「俺の山賊の残党の中に、俺の事情を知って付き合ってくれていた連中がいる。

そいつらが、自警団として山岳地帯の保安業務に当たってくれる事になった。

俺はグリンクスでマゼンダの側に居るよう言われちまったよ。

みんなには迷惑を掛けた・・・。

いつか、返さなきゃな・・・。」

デュークがため息交じりに答えた。


山賊なんてやっているから、下品で、いい加減で、強情な奴だと思ったが、デュークは義理堅く、真面目な性格だと言う事が昨日のやり取りで分かった。

元は大国と言われるグリンクスで騎士を務めていたと言う過去の方がデュークと言う人間性を見るには重要である。

デュークは山賊と言うより、騎士なのだ。


「誰もが他人に迷惑を掛けて、助け、助けられて生きてるんだよ。

山賊の仲間達はお前の人間性を見て、助けたいと思ってくれたんだろ?

恩義はいつか返すとして、今は素直に感謝するのが一番なんじゃないのか?」

優人はデュークが自分を追い詰め過ぎないよう、軽く生きるよう促そうと考えた。


「・・・そうだな。

ところで、優人・・・。

王都まで、俺も同行させてもらっても良いか?」

と、デューク。


「かまわんよ。

寧ろありがたい。」

優人は二つ返事で答え、マスターに朝食を頼む。


「あの嬢ちゃんは・・・まだ寝てるのか?」

デュークは絵里の事を聞いてきた。


絵里・・・。


優人は今回、絵里に助けられたと思っている。

地上界に良い思い出の無い優人は地上界自体を毛嫌いしていた。

田中を始めとし、人間が大嫌いなのである。

そのせいか、地上界の良い所すらをも見逃していた。

優人には地上界の医療技術で天上界の人を助けるなんて、思いもよらない発想だった。


あの時、絵里が優人を止めてくれなければ優人はデュークにとどめを刺していた。

それこそ、自分の発想の貧困さ、地上界嫌いと言う理由で・・・。

そう考えると、絵里がいなかった時の自分がむしろ恐ろしいとすら思える。


地上界では辛い思いを沢山した。

しかし、綾菜と出会い、婚約をしたのは地上界である。

ここまで綾菜に固執するのは、それだけ楽しい思い出や幸せな思いもしていたからに他ならない。

そういった良い事も地上界の産物であると言う事を優人は今後自分の戒めとして思い出すようにしようと思っていた。

今回みたいに、地上界嫌いで大切な事まで忘れてしまわないように・・・。


ガチャリ


「を?優人起きてたか!?馬車と馬が来たぞ!!」

酒場の扉を開けて声を掛けて来たのはヘストスだ。

昨日、デュークのボコボコに殴られ、立てなくなっていたが、治癒魔法のおかげで身動きは取れるくらいに回復していた。

もっとも、骨や重要な筋の治療だけしか出来ていないのでミイラ男状態にはなっているのだが・・・。

ヘストスの横には絵里とエシリアもいた。


「おい、もう動いて大丈夫か?」

優人はヘストスの心配をする。


「ああ。俺だって、冒険者の端くれだ。

戦闘で活躍できなかった分、どこかでお前らを見返してやらないといけねぇしな!」

ヘストスがドヤ顔で優人に答える。


ヘストスは先の戦闘で関所の扉を破壊したと言う素晴らしい功績を残している。

しかし、デュークを相手に、手も足も出なかった事の方がみんなの記憶に残っており、昨日酒場で「役に立ってない。」といじられていた。

それを気にしている。


「戦闘でついた汚名は戦闘で返上しなきゃな。」

優人がドヤ顔のヘストスに水を挿す。


「あの程度の腕じゃ、俺や優人より戦闘で役に立つのは何年後だろうな。」

優人に追随し、デュークも言う。


「な・・・お前らとは戦闘の相性が悪いだけだよ!!」

ヘストスが顔を真っ赤にして文句を言う。


そんな3人を見て、絵里がクスクス笑い出す。

「不思議だね?男の人って。」


「え?」と優人。


「だって、昨日、みんな殺し合ってたじゃん?

ヘストスさんだってデュークさんに殺され損ねてたし・・・。

それが今日は3人ともこうやっておしゃべりしてるんだもん。」

絵里が優人に言う。


「確かに・・・だな。」

優人はバツが悪そうに答える。


しかし、この状況はわずか15歳の元不良娘、絵里が優人を止めたから作れた。

ついこないだまではただの女子中学生だった絵里。

そんな絵里がどんどん成長し、今はこんな奇跡に近い状況まで引き起こしている。

これは、絵里の性格なのか、子どもの持つ可能性なのかまでは分からないが、優人は絵里の存在に本当に感謝をしていた。


「おいおい!!

そんな事より馬車と馬を見てみろよ!!

すげぇぞ!!」

ヘストスが子どものようにはしゃぎながら優人達を外へ呼び出す。



外に出ると直径二メートル程度のほろ付きの荷台と栗毛のがっちりした体つきの馬が一頭いた。


「こいつが昨日優人が買った馬車だ!!

荷台の下には浮遊石が付いてて、軽い力で動くようになっている。

しかも・・・何よりすげぇのは馬だ!!

ハクニーって種類の馬で、力と持久力には定評の高い馬だぞ!!

毛並も綺麗だし・・・こいつは良い馬だ!!」

何故かヘストスが自慢げに優人に言う。


優人は馬には全く知識が無いが体は大きく、体長は160センチと言った所か?

優しい目をしている。

ヘストスが嬉しそうに自慢しているので、優人も付き合ってハクニーを撫でてみる。

確かに良い毛並だ。


「名前とかあるのか?」と、優人。


「いや。それは持ち主のお前が付けてやれよ。」

ヘストスが優人に答える。


優人は顎に手を当て、馬を見ながら少し考える。

「ふむ・・・ハクニー種の馬だしな・・・。

ポン太とかはどうだ?」

優人はさりげなく昔買っていたウサギの名前を付けようとした。

動物の名前に優人はいつも『ポン太』と名付ける傾向がある。


「おまっ!ハクニーなめてるな!?

もっとかっこいい名前にしてやれよ。」

テンションの高いヘストスが優人に言う。


「ハードル上げるなよ・・・。」

優人がヘストスをジト目で見る。


「私も名前決める!!」

こういう時にしゃしゃり出てくるのは、やはり絵里。

ヘストス並にテンションが高いのは子どもの特技なの・・・か?

絵里は優人の真似をし、ハクニーをまじまじと見ながら顎に手を添え、考える。


「ヘファイストス!!」

かなりの時間を掛け、絵里が名前を決める。


「ふむ・・・ヘファイストスか・・・。

ギリシャ神話の神様から取ったのかな?

確か、鍛冶の神だっけ?

良いね!!気に入った!!」

優人が絵里の付けた名前を採用すると、「えへへ。」と、絵里が照れる。


「じゃあよろしくね。ハクちゃん。」

絵里がヘファイストスをハクちゃんと言いながら撫で始めた。


ヘファイストスじゃないのか!?

どういうルールだ、これ!?

と優人が困惑する。


「まぁ・・・とにかく、準備も整ったし、行くか!!」

何故かヘストスがしきる。

全員が一様に『えっ!?』と言う顔をする。


「なんだよ?」とヘストス。


「お前、くんの?」

優人が聞く。


「当たり前だろ?」とヘストス。


絵里もそうだが、ヘストスのルールも良く分からん。

優人は「まぁ、どうぞ。」と答え、馬車の荷台に乗り込んだ。


「御者は俺が務めよう。

この右手じゃあ戦闘にはまともに参加出来ないしな。」

デュークは荷台と馬の間にある運転席のような場所に座り、手綱を握る。


「あ、じゃあ私はデュークさんの横に座る。」

絵里もそそくさと乗り込む。


「エシリアさん・・・今までありがとうございました。」

4人を見送ろうと立っているエシリアに絵里がお礼を言う。

そう言えば、エシリアはこの近くの村に住んでいる魔法の先生に蜂蜜の加工をお願いしについてきただけだった事を思い出す。


「絵里ちゃんも元気でね。

優人さんもあまり無理をしすぎないで下さい。」

エシリアが優人と絵里に挨拶をしてくれた。


「おう。ありがとう。

はちみつ入り紅茶、また飲みに来るよ。」

優人もエシリアに挨拶をする。


「お待ちしております。」

エシリアは深くお辞儀をした。


「はいやー!!」

デュークはエシリアの挨拶が終わると、ツナを叩く。

ヘファイストスが歩き出す。


一行は村を後にし、関所を越えて行った。



村を出て、数時間後、優人達は海臨地域に入っていた。

海臨地域と言っても、周りは山岳地域と大差がない。

海が見えるまではずっと森や草原の中を通る街道を進むらしい。

2日ほど進んだところにある街を見て、旅人はここが海臨地域だと感じるとの事である。

海臨地域は貿易を頻繁に行うため、店に置かれている品数が山岳地帯と桁が違うらしい。

優人はそれを聞いて期待をしていた。


「しかし・・・優人もデュークも軽装だよな?

前衛がそれじゃあ、後衛は安心できねぇだろ?」

ヘストスは馬車のなかで暇なのか、優人達を批判し始めた。


「良く言うよ。

ガチャガチャ鉄で体を覆いやがって。

お前こそ、デュークにボコボコ殴られて動けなくなってたじゃんか。

攻撃速度は落ちるわ、敵の攻撃はまともに食らうわ、良い所無かったし。」

優人がヘストスに言い返す。


「う・・・デ・・・デュークはもともと強過ぎたんだから仕方ねぇだろ?」

ヘストスが言い訳をする。


「はぁ?

俺はお前の言う軽装でデュークを倒したじゃんか?

一番当てにならないのはお前じゃね?」

優人がヘストスいじめを始める。


「お前ははったり使ってたじゃんか。

本当はまともに槍使えねぇクセしやがって!」

ヘストスが優人に言い返す。


「はったりも技術だよ。

そもそもあの大剣ってのがチート過ぎるんだ。

デュークの卑怯者が。」

と優人。

そして、二人の悪意の矛先は御者をしているデュークに向く。


「大剣振り回すのは筋力と器用さが必要だ。

優人のやった通り、利き腕を斬り落とされたら、左腕じゃあまともに扱えないくらいにな。

武器には一長一短がある。

それを考慮に入れて選ぶんだから仕方あるまい。

それより、優人。

お前の槍は今のままじゃ意味がないだろ?

俺は警戒心が強すぎたからはったりが効いたが、今後あのお粗末さじゃ逆にお前の隙を生む。」

冗談話に真面目に答える所は本当に山賊と言うより騎士のイメージだ。

しかし、流石、まともに武器についての勉強をしているデュークである。

言う事がヘストスとは違う。


「そこについてなんだけどな。

槍の柄を丈夫で軽い素材のやつに変えたいんだが、何か知らないか?」

優人は比較的軽めの素材の槍を選んだが、それでも片手持ちするには重いと今回反省している。

その問題を解消するには、より強固で軽い素材の柄に変えたいと思い至った。


「素材?お前はいつも変わった事を気にするな?」

と、ヘストス。


「いや。おかしくはねぇよ。ちょっと見てみろよ。」

言うと、優人は腰に差していた居合刀を鞘ごと取り上げ、「ヘストス、斬らないから人差し指出してくれ。」とヘストスに言った。


「斬らないのは当たり前だろ!?

狂人か。お前は?」

文句を言いながらヘストスは指を一本突き立てる。

優人は居合刀を水平にし、その指の上に鯉口の辺りを置き、ゆっくり手を放す。


「え!?」

優人以外の3人は目を疑った。

居合刀はヘストスの指の上から落ちることなく、そこにとどまっているのだ。


「どういう事だ?これは?」

デュークが目を大きくさせて優人に聞く。


「これが居合刀の剣速の秘密だよ。

バランスが良いんだ。

柄部分と刃部分の重さを均等にしてある。

これにより、強く握っても切っ先はぶれないし、安定させて刃を相手に合わせることが出来るんだ。」

優人がデューク達に説明をする。


「そうなのか・・・いや、そうだとしてもそんな事計算して武器を作れるのか?」

デュークが優人に聞いてきた。


「俺の国の人間はお前たちみたいに頑丈ではない。

それこそ、大剣を使えばそれだけで筋を壊す恐れすらある。

その代わり、知恵と技術が高いんだ。

だから日本刀は美術的、技術的に世界の評価が高い。

ちなみに日本刀に使われている鋼も純度が半端なく高いから見た目より堅くて丈夫なんだよ。」

優人が自慢げに説明をする。


「地上界の・・・お前の国は職人も、その使い手もかなりの鍛錬を積んでいるのだな。」

デュークが感心しながら優人に言う。


「凄い鍛冶師に剣士も負けてはいられないからな。

もっとも、鍛冶師の方が使い手より凄いと俺は思ってるけど。」

と優人は言い、説明に区切りを付ける。


「お互いに敬意を持って、持ちつ持たれつって訳だな。良い関係だ。」

と、デューク。


「んで、話は戻すけど、槍の柄を何とかしたいんだ。」

優人は話を戻す。


「世界樹の枝とかはどうかな?」

言って来たのは予想外の絵里だ。


「え?何それ?

つかなんで知ってるの?」

まさかの絵里の提案に優人が少し動揺する。


「エシリアさんに聞いたの。

将来、この四大風水の杖より良い杖が欲しくなったらどうするかって。

そしたら話してくれた。

世界樹の枝って凄く堅くて軽いんだって。

枝の堅さは永久の魔力が込められてるからで、風水魔法の効果を高めてくれるんだって。」

絵里が優人に説明をする。


「しかし、世界樹の枝なんて高価だぞ?

柄だけで500万行くんじゃないか?」

と、デューク。

「また稼がないとダメなのか・・・。」と言う優人に「買う気かよ!?」とヘストスがツッコミを入れる。


「フォーランドの王都には闇市がある。

元来、違法アイテムの販売を隠れてやる市場で大々的に出来ないのだが、この国はもともと海賊の国、世界的に見ても大規模な闇市だ。

そこで探してみると良い。」

と、デューク。


「けど、今は開催してるか?王都は内部戦争中だろ?」

ヘストスが不安を口にする。


関所の村の酒場の情報だと、フォーランド政府は亜人狩り禁止令を出し、それに怒った奴隷商人や冒険者と抗争していると言う事だ。

この世界には人間とは別に『亜人』と呼ばれる種類の人種が存在している。

亜人とは、人間であって人間では無い存在。

獣と人間の混合種や、妖精と人間の混合種といった種族の総称であるらしい。

昔は普通に奴隷制度が天上界にも存在していたが、同じ人間同士で人権を無視するのはおかしいと言う動きがあり、奴隷制度は世界的に廃止された。

しかし、その廃止の対象から亜人は外されており、未だに亜人奴隷と言う制度は生きている。

その為、人間奴隷を解放せざるを得なくなった元雇い主達は穴埋めをする亜人奴隷を欲しがり、亜人の乱獲が始まったとの事だ。

しかし、世界的に禁止はされていないが、人道的にどうかと言う理由で亜人奴隷も禁止している国が増えて来ていると言うのが天上界の時世らしい。


このフォーランドでもその動きがあり、政府側で亜人狩りの禁止を謳い始めた。

それに怒ったのが亜人狩りを生業にしている組織や、その組織からの依頼で飯を食ってきている冒険者達、奴隷商人たちである。

彼らと、フォーランド政府の対立は日に日に激しさを増していて、山賊による関所制圧事件にすら国の騎士を出兵させる余裕が無くなっているのだ。

海臨地域もこの辺はまだ平和だが、この先何があるか分からないのである。


「闇市はやっているだろ?

それが無くなれば国は国益を損じるし、奴隷商人や冒険者も商売先が一気に減る。

そこの被害は最小限にしたいだろうからな。」

とデュークが答えた。


優人達は不安を胸に王都へ馬車を歩かせた。



関所を抜けてから10日が経った。


優人も絵里も、野宿には慣れたが、男所帯の旅は細かい所に気が回らない。

特に辛いのは食事。

毎回の食事が全て保存食丸かじり。

最初、絵里は喜んで食べていたが、一食で飽き、それ以降は食事を抜くこともあった。

時々、途中の村の食堂で食事をするのが一番の楽しみと言う切ない旅路だった。

エシリアが毎回調理をしていてくれていた頃が本当に懐かしい。

時々、山賊等に襲われたがデュークの顔を見ると逃げ出す輩がほとんど。

戦闘になる事もあったが、優人相手に敵うはずもなく、全て瞬殺された。

優人はかなり戦闘慣れし、峰打ちで骨をへし折り、相手を無力化させる余裕も出てきた。

元から戦闘技術があった事もあり、素人に毛が生えた程度の敵は最早相手にならない。

今の優人にとって山賊は挑発とかでなく、本当にただの3万ダームにしか見えなくなっていた。

それでも、懲りずに沸いてくる山賊には辟易としていた。

ヘファイストスはかなりキモが座っているのか、襲われても凛とした態度で攻撃をかわし、程よく敵から逃れてくれるので絵里を安心して馬車に残す事ができた。


優人達は今、王都から約1日程離れた森の中でキャンプをしていた。


「ちぇえええええええええええすとーーーーーーー!!」


ドカッ!

バサササッ!!


すさまじい掛け声と共に何かを激しく叩き斬る音と木が倒れる音がした。


「な・・・何?」

絵里が優人の真横までやって来て、怯える。


「見てくる。」

デュークがすくっと立ち上げる。

優人も刀を差し、戦闘の準備をする。

ヘストスは脱いだ鎧を着るのは面倒だからと、絵里と待機をすることにした。

こんな事を言うのもなんだが、ヘストスは色々と役に立たない。



優人がデュークに追いつくとデュークは木陰から何やら人影を見ている。


「山賊か?」

優人は声を押し殺しながらデュークに聞く。


「いや、剣の稽古をしているっぽいな。」とデューク。


「稽古?

こんな時間に?

こんな所で?」

あからさまに不審人物だ。


優人は隠れるのを止め、堂々と、その稽古中の男に近づき、男の姿を確認する。

稽古中の男も、稽古を止め、優人とデュークに視線を移してきた。


男は優人と同じ和装の侍だ。

日本刀を持っている。

優人の刀は近代剣術の居合刀としてはかなり長い分類の刀なのだが、それよりも長めの刀だ。

野太刀である。

未だに現役で使う人間は初めて見る。


「お?こんな時間に誰じゃ?」

男は納刀をし、優人に声を掛けてきた。


顔つきは若い。

利発そうな顔をしていた。

一見細身に見える体だが、野太刀を振り回す筋力はかなりのモノだ。

そして、一刀で直径十センチほどの木を真っ二つにしている。

剣の腕もかなりあると見て取れる。


「俺は水口優人。あなたは?」

優人は無駄な戦闘を避けようと思い、声のトーンも優しめにして返事をする。


「俺は鈴木虎太郎。

こんなところで何をしとるがじゃ?」

虎太郎と名乗った男は依然、警戒した状態で優人に聞いてくる。


いや・・・不審者はお前だから・・・。


少しムッとしたが、優人は旅の途中で、偶然キャンプをしてたら声がしたと伝える。

優人が説明をすると、虎太郎は素直に信じてくれ、警戒を解いてくれた。

「ふむ・・・それはびっくりさせてしもうたの。

許しとおせ。

して、おんしはどこの藩じゃ?

俺と同じ神隠し子がか?」


この訛りは・・・高知・・・。

いや、土佐藩・・・?


しかし、今の日本に藩なんて存在していない。

この男の素性が分からない。


「ああ・・・俺は千葉県。

虎太郎はどこの藩なの?」

優人は虎太郎にも出身を聞く。


「千葉県?なんじゃ、それは?

わしは・・・薩摩でごわす。」

虎太郎が答える。


をい・・・違和感ありすぎだろ!?


優人は心の中でツッコミを入れる。

しかし、不思議だ。

鈴木虎太郎の出身は方言からして、土佐。

しかし、剣術は薩摩示現流である事が、掛け声と一刀両断にされた樹木を見れば見当がつく。

わざわざ藩をごまかす理由は?

それ以上に、大政奉還と共に廃藩置県は行われている。

藩を聞くなんて事はまずない。

神隠しは時代も関係無く発生するのだろうか?


とりあえず訳ありか?


何も分からないので優人は余計な事を考えるのは一旦止めることにした。


「俺は佐倉藩だよ。

下総の国と言った方が分かりやすいかな?」

優人は幕末の千葉の藩名を言う事にした。


しかし、実は廃藩置県前の千葉は多数の藩が混在しており、その細かい切り分けまでは把握していない。

そこは適当に言う事にした。


「ふむ・・・佐倉か・・・。開国か?討幕か?」

虎太郎は優人の何かを不審に思ったのだろう。

普通は聞きづらい事を聞いてきた。


しかし、嫌な質問だ。

幕末の日本において、この思想の違いで戦争にまで発展している。

今の優人からすればどっちでも良いのだが、虎太郎が幕末の侍ならば、敵か味方かの判断基準になる質問である。

しかも土佐は状況により主義を変えている藩であったので、どっちが正解か分かりづらい。


そこで優人は最初に虎太郎が言った薩摩藩の考えに話を合わせることにした。

「俺は開国派だな。あんたは?」


「俺は・・・。」

虎太郎が口ごもる。

その反応で優人は虎太郎の正体に見当がついた。


「土佐勤王党だな。なぜ、薩摩の剣を使う?」

優人の質問に虎太郎の表情が変わる。


「わしは・・・土佐の下級郷士じゃ。

剣の修行で薩摩に出かけているうちに、薩摩の藩の仕事を手伝う事になったんじゃ。

その仕事が長州討伐じゃった。

しかし長州は土佐勤王党とつながっちょる。

どうしたら良いか分からなくなって、わしは京で逃げようと思ったんじゃ。

そいたらここにおった。土佐勤王党はどうなったがか!?」

虎太郎が優人に説明をする。


しかし、虎太郎の説明には納得が出来ない節がある。

剣術修行で薩摩に行く?

剣術修行で他藩に行くなら、土佐藩君主の許可が必要になる。

しかし、土佐勤王党時代の土佐藩君主山内容堂は薩摩を毛嫌いしていたはずだ。

そんな所に剣術修行に出すと言う事は考えられない。

その前に土佐藩は『郷士は侍にあらず』と揶揄されるほど郷士を差別していた。

そんな郷士を他藩に剣術修行に行かせるだろうか?

また、薩摩に剣術修行に行ったとして、他藩討伐の仕事を他藩の人間に任せる訳も無い。

虎太郎は確実に嘘を付いている。

恐らく、虎太郎の発言で真実なのは、土佐勤王党に所属していたと言う事だけだろう。


「解散したよ。

竹内瑞山は切腹を命じられた。」

優人は歴史に書かれている史実を告げる。


「なんじゃと!?切腹!?なぜじゃ?

先生は土佐の為にやったがじゃ!!

誰が切腹を命じたがじゃ!?」

虎太郎が興奮気味に優人に詰め寄ってくる。


この感じは、やはり、本当に土佐勤王党にいたと判断して間違いがない。

恐らく、党首に深い思い入れがあるのだろう。

・・・と言う事は土佐の下級郷士と言うのも真実だ。


土佐勤王党の党首、竹内瑞山は白旗郷士。

郷士の管理職的な立場で、土佐の郷士達を取りまとめ、君主に尊王攘夷を藩意にするよう呼び掛けた張本人だ。

彼のお陰で、土佐藩で肩身の狭い思いをしていた土佐の郷士の扱いはかなり良くなった。

土佐の下級郷士はその党首を先生と呼び、慕っている。


「お殿さんだよ。

岡田以蔵を使って吉田東洋を討っただろ?

恨みを買ってたんだよ。」

優人は虎太郎に史実を答える。


「そ・・・そんな・・・わしがこんな事をしてる間に・・・。

くそ!!なんでじゃ・・・なんでじゃ・・・。」

虎太郎は地面に座り込んでぷるぷる体を震わせている。


この時代の、特に土佐藩は上下関係が非常に厳しかった。

その切腹を命じられた先生は土佐藩の下級武士の間ではカリスマ的な人物であった。

しかし、土佐藩の君主の命令で幽閉され、最後には切腹をさせられる。


本来であれば切腹を命じた君主を恨めば良いものを、土佐藩下級武士でさんざんいじめられてきた彼らには、それが出来ない。

君主はどこまで行っても君主であり、神なのである。

恨むなんてありえないのであった。


「おい・・・なんなんだ?」

デュークが優人に近づいて小声で訪ねてきた。


「200年前の俺の国の人だ。」

優人はデュークに小声で答える。


「200年?まだ若いよな?

絵里と同じくらいの年に見えるが。」

デュークが優人に聞く。


「タイムトラベルってのも神隠しにあるのかな?」と、優人。


「そんな事、聞いた事が無い。

地上界から天上界に来ると言うパターンだけだ。」

デュークが答える。



「ねぇ?大丈夫?」

今度は絵里が来た。


「ああ・・・。」

優人は答える。


「あれ?お侍さん?泣いてるの?」

絵里が虎太郎に気付き、優人に聞いてきた。


「ああ・・・。」と優人。


「ご飯冷えちゃうから、行こうよ。君もおいで。」

事情を知らない絵里が虎太郎に声を掛ける。


「わしゃあ、いらん!」

虎太郎は絵里にも当たる。


それで「はい、すみません。」と素直に従う絵里ではないのだが・・・。


そんな優人の不安をよそに、案の定絵里はズガズガと虎太郎の所に行き、服を強引にひっぱり上げる。

「優人さん。こいつが剣握ったらぶっ飛ばしてね。」


「お・・・おう。」

絵里は虎太郎をキャンプしている所まで連れて行き、保存食を一枚渡す。


んっ?

さっき絵里はご飯が冷えると言ってた気がするが・・・。


優人は絵里に心の中でツッコミを入れる。


「おんしは男心を知らんがか?」

保存食を渡された虎太郎が絵里に絡む。


「何それ美味しいの?」

絵里が質問に質問を返す。


「知るがか!?」

虎太郎が絵里に怒鳴る。


「あっそ。じゃあこれは美味しいから食べてみて。」

淡々と絵里は虎太郎の口に保存食を詰め込む。


「お・・・おう・・・。」

虎太郎は絵里に怒るのを止め、素直に保存食を食べ始めた。

虚勢を張ってはいるが、虎太郎はまだ若い。

絵里相手にまったく歯が立たず、始終絵里のペースだ。

優人はデュークに目を合わせる。

デュークも絵里に敵わない虎太郎にほのぼのしているようだ。


虎太郎はこれから王都に戻る途中であった。

共に行くか尋ねたが、彼は用事があるとの事でここで分かれることになった。



夜が明け、優人達は王都への旅路を続ける。

王都は高い塀で囲まれ、入口が一つしかないらしい。

もともと海賊のアジトで治安が悪かった為、人の出入りを制限していたと言う事だ。

もっとも、今も亜人狩りの内乱により治安は悪いらしいが・・・。


優人達は案の定入口で呼び止められる。


綺麗な上半身の鎧を身に着け、下はロングスカートのような物を履いている女性である。

顔は上品で整った顔立ちで、長い髪は潮風に揺れていた。

腰に付けている剣は、大きさからしてショートソードだ。

鎧の右胸と剣の柄部分に同じ文様が施されている。


ファンタジーの女剣士にしては露出度低くないか?


優人は心の中でセクハラ発言をしながら、素直に立ち止まる。


「はじめまして。

私は、エナ・レンスターと申します。

今、王都は厳戒態勢を取っております。

申し訳ありませんが、あなた方はどのようなご用向きでいらっしゃったか教えていただきますか?」

海賊の国の騎士にしては礼儀正しい言い回しに優人は少しどぎまぎしながら答える。


「俺は水口優人。

神隠し子で・・・用ってなんだろ?

地上界に戻りたいなと思ってます?」

優人の変な受け答えにデューク、ヘストス、絵里だけでなく、エナまで吹き出す。


くそ、じゃあなんて言えば良いんだよ!!


優人は心の中でグチを言う。

優人がむくれていると、エナは笑った事を詫び、通してくれた。



「あれが噂のジールド・ルーンの女聖騎士だ。」

デュークが王都の大通りを歩きながら優人に教えてくれた。


「噂の?」

優人はデュークに聞き返した。


デュークの話によると・・・。

そもそも、この国、フォーランドは国ではなく、ジークフリート海賊団と言う海賊の隠れアジトだった。

世界を股にかけ、旅船を襲い、金品の強奪から殺人まで、ありとあらゆる犯罪を行っていた彼らに世界政府が討伐令を出した。

その討伐令で立ち上がった国が、グリンクス、ジールド・ルーン、エルン、レトナードと言う天上界の四国同盟だった。

しかし、神出鬼没のジークフリート海賊団を相手に、四国同盟は成す術もなく振り回されていた。

そんな時、ジールド・ルーンの軍師エアルと言う男がアジトの特定作戦を成功させ、同じくジールド・ルーンのシンと言う男の手によりジークフリードが討ち取られたとの事だ。

アジトのあった大陸は、討伐作戦で大活躍したジールド・ルーンの領土とする事が四国同盟で決まったが、ジールド・ルーンは本土から離れた土地に興味が無いとこれを拒否。

ジークリード海賊団の娘にその土地を任せ、フォーランドと言う国が建国された。

しかし、それでは再び同じ犯罪が繰り返される可能性があると言う事で、このフォーランドはジールド・ルーンの属国と言う立場になり、ジールド・ルーンの騎士がフォーランド政府を監視する事となったのだ。

そして今、派遣されているのがジールド・ルーンの聖騎士『エナ・レンスター』である。


「エナはいつも進んで面倒臭い仕事を受けるらしい。

おかげでフォーランド建国後、国民の評価はうなぎのぼりだそうだ。」

デュークは一通りの説明をし、最後にそう言って話に区切りをつけた。


「そりゃそうだろうな。美人で働き者の聖騎士様なんざ、憧れるだろうよ。」と優人。


「神聖魔法を使って、怪我人や病人の治療もほぼ無償でしてるらしいぜ。」

とヘストスがにやけながらエナの追加情報を出してきた。


「剣士なのに魔法も使うのか?元素魔法以外の?」

優人は聖騎士の有能さに少し驚く。


「この世界で言う聖騎士ってのは、神の加護を受けた騎士の事だ。

剣の腕も半端じゃない。どう戦う?」

今度はデュークが優人に聞いてくる。


「戦わないよ。意味の無い戦闘はしない。」

優人の返答にデュークは満足げな笑みを浮かべる。


優人達は大通り沿いにある、馬車小屋のある酒場を当分の拠点にすることにした。

ヘストスはここで一旗挙げたいと優人達と別れ、街の雑踏に消えて行く。

酒場でヘストスを見送った後、カウンターのマスターから情報を入手しながら食事を取ることにした。


「マスター。何か軽食を三人分おねがいします。」

優人が椅子に座りながらマスターに声を掛ける。


「おお。待ってろ。」

言うとマスターは台所に行きすぐに食事を持ってきてくれた。

「見ねぇ顔だな?さっきうちの馬車小屋を借りた一行か?」


「はい。実は神隠し子でして、地上界への戻り方を探しながら旅をしています。」と優人。


「神隠し子か・・・大変だな。

良くここまで来れたもんだ。

今の王都の状況でも聞きたいのかな?」

酒場のマスターが優人の興味のある事を言い当てる。


「はい。お願いします。」

流石都会でマスターをしているだけの事はある。

一言で色んな所まで分かってくれる。

優人は酒場のマスターから王都の最近の出来事を聞いた。

内容は以下の通りである。


まず、この酒場の名前は『ヘルガラント』。

オーナー兼マスターを営んでいるのは『ガラント』で、その名前を取った店名だそうだ。

また、ガラントは酒場を経営する前は冒険者をやっており、色んな国に仲間がいるので、他国の裏事情などについても詳しく知る事が出来るらしい。

その冒険者時代に入手した武具や貴重なアイテムなどの販売もしているとの事。


次にこの王都での近況なのだが、やはり政府軍と亜人狩りとの間での内争が一番大きな問題である。

もともとここ、フォーランドには確固たる法律が無く、亜人捕縛からの奴隷売渡は冒険者やハンターからしてみれば、当たり前の仕事だったらしい。

そこにジールド・ルーンという大国が倫理的理由により亜人狩りの禁止令を発令させた。

生活の糧を失ったハンターや稼ぎ口が一気に減った冒険者達が団結し、王政に対してテロを行っているのが現状である。


闇市に関して。

フォーランドがジールド・ルーンの属国になり、早20年。

国としての成長が目覚ましく、諸外国に対しての発言力を持ち始めているこの国だが、元海賊アジトだった強みは健在で、裏ルートを使った商品の確保も出来るらしい。

逆に、国力と相まって、裏ルートの充実さはルクネークと言う犯罪国家に引けを取らないとの事だ。

世界レベルで見てもかなりの珍品に巡り合えると言う事で、外国の偉い方々がお忍びで来る事もしばしばある程の規模の市場らしい。


逆に小さい問題として、犯罪が多彩化されており、騎士が対応しきれなくなってきているらしい。


「その闇市で世界樹の枝を買いたいのですが、売ってますかね?」

優人は早く改善したい槍の柄の話も添えてガラントに相談する。


「世界樹の柄は止めた方が良いな。

確かに堅くて軽いが加工が出来ない。」

ガラントが顔をしかめながら優人に答える。


「加工が出来ない?なぜです?」と、優人。


「特殊な魔法を使わなきゃ切る事すらできねぇんだよ。

そしてその魔法が使える人間で、俺が知っているのは魔法大国エルンに住んでる魔法使いが一人だけだ。

少なくともこの国には一人もいねぇ。

ちょっと待ってろ。」

言うとガラントは奥の物置のような所に行き、一本の棒を持ってきて、優人に手渡す。


優人はガラントから棒を受け取る。

「軽い!そして良く滑り、良く止まる。」

この棒を柄にすれば優人のイメージ通りの槍の扱いが出来ると感じた。


「メシュール銀って言うフォーランドの山岳地帯でしか取れない特殊金属だ。

気に入ったなら、その棒は俺には使い道が無いからやるよ。」とガラント。


「ありがとうございます!!」

優人はガラントの気前の良い台詞に立ち上がり礼を言う。


「ただ、そいつを加工できるのは、闇市で受け付けをしているフーガと言う男くらいだ。

今夜、闇市でフーガに頼んでみな。

俺の名前を出せば話は早いはずだ。」

と、ガラント。


「ありがとうございます。」

優人はガラントにもう一度礼を言う。


「私も何か見たい!!」

絵里が一番はしゃいでいる。


「珍しいモノが沢山出回っているなんて楽しみだな。」

とデュークも少し楽しそうだ。

優人達はヘルガラントで夜を待ち、闇市へ行く準備を整える。



夜になり、優人達が酒場に降りると、見覚えのある和装の剣士がガラントと話をしていた。


「虎太郎!?」

いち早く反応したのは絵里。


「え!?絵里?

なんでおまんがこげな場所におるんがか?」

名前を呼ばれた虎太郎は絵里に気付き、少し驚きながら聞く。


「冒険者だもん。何してたの?」と絵里。


「俺は倒した山賊の報酬を受け取ってたがじゃ。」

と虎太郎は絵里に素直に答える。


「いくらもらったのよ?」

絵里は虎太郎の脇腹を肘で突っつきながら聞く。


「今回は80万位かの。」

平然と答える虎太郎。


「ええ!?どんだけ狩ったのよ?」と絵里。


「俺は戦闘以外、能がないからの。

山賊を倒して稼ぐしか無いがじゃ。」

虎太郎は少し照れながら絵里に答える。


「ふ~ん・・・あっ!!

これから優人さん達と闇市行くの。

一緒に行こうよ。」

絵里が誘うと虎太郎は少し躊躇ったが、一緒に行くことにした。



優人達は夜の街を闇市へ向かって歩く。


手前に絵里と虎太郎が並んで歩き、少し遅れて、デュークと優人が付いて行く形だ。

天上界に来てもう一か月は経ってると思うが、まだ夜は少し肌寒い。

この温度はこの国特有の気候なのだろうか?

暑がりの優人にはこの少し肌寒い気候が心地良い。


「ねぇ、虎ってどうやって80万ダーム分の山賊を倒したの?」

優人達の前を歩く絵里は虎太郎に話しかける。


「一晩掛けて近辺の山賊を狩ってただけだよ。

その代わり、日が昇ったら寝ちゅうが。」

虎太郎は絵里の質問に答える。


「何で夜?昼間の方が明るくて安全じゃない?」

と、絵里。


「昼より夜の方が山賊が活発に動くから都合が良いからじゃ。

やり過ぎて、昨日一晩で山賊団一つ全滅させてしもた。」

虎太郎が残念そうに答えた。


「山賊団を一人で壊滅させたの?」

優人が話に割って入る。


「いや・・・仲間がいるきに。」

虎太郎は優人の方を向きながら答える。


薩摩の剣は強いのは知っている。

虎太郎の剣撃の破壊力も昨晩見た。

虎太郎の強さは本物だと優人は思っている。

しかし、虎太郎の素性の矛盾が優人は気になって止まない。


土佐の郷士だったはずの虎太郎が剣術修行で薩摩に渡る・・・。

そのまま、薩摩の仕事を受ける・・・。

それを土佐が許す訳がない。

ならば脱藩して薩摩に渡ったのだろうか?

しかし、それも納得いかない。

虎太郎は土佐勤王党の党首に強い思い入れを持っている。

土佐勤王党の尊王攘夷と真逆の開国を藩意にしている薩摩に脱藩してまで行く理由が分からない。

薩摩藩転覆作戦でも考え、作戦中に失敗でもして、薩摩の考えに洗脳でもされたか?

そうなら土佐勤王党に対する気持ちも無くっているはずだと思うが・・・。


鈴木虎太郎・・・。


優人はこの名前にわずかだが思い当たる節がある。

土佐藩で起こった井口村刃傷事件である。


郷士と上士で肩がぶつかった事が原因で口論になり、上士が郷士を斬り捨てた事が発端して起こった事件である。

土佐ではこれ位の事は日常茶飯事だったらしいが、問題はこの後起こった。

斬り捨てられた郷士の弟が、近くの川で刀の血を洗っていた上士を斬り殺したのだ。

「敵討ちは武士の誉れ。それを悪と言う上士はおかしい!」と郷士達はいきり立ち、「郷士が上士を斬るなんて言語道断」と上士達も怒った。

郷士と上士は戦争直前までなったらしいが、上士を斬った郷士が切腹をする事で話は終結されたとされている。


・・・この事件で上士を斬ったと言う郷士の名と虎太郎の名が似ている。


似ているとはどういう事だろうか?

名前を変える必要があったと仮説を立てるとどうだろうか?


この事件で切腹をした郷士は2人いて、1人は埋葬まで話が出ているが、虎太郎に似た名をしている方については『切腹した』としか記載されていない。

その先の事が不明なのだ。

本当は切腹をせず、土佐を離れ、名を変え、生きていたとしたら・・・。

虎太郎が流れ着いた先が薩摩で、自分を受け入れてくれた薩摩に恩義を持つ事になる。


土佐勤王党はこの事件の後に結成されている。

虎太郎は土佐勤王党に参加したいと言っていたが、参加はしていないと予測できる。

薩摩で土佐勤王党の話を聞き、居ても立ってもいられなくなり、薩摩を抜け出した先で神隠しにあった・・・。


そういう話ならば辻褄が合う気がする。

郷士を斬った上士は腕の立つ人間だったらしいが、その上士を斬り殺した郷士の腕もかなりのモノだろう。


「仲間・・・か。虎太郎君、この世界の人間は君の時代の人間と比べてどうかな?」

優人は虎太郎に探りを入れてみる事にした。


「地上界と大差ないきに・・・。

人間は亜人を人として見ない。

土佐を見てるようじゃきに・・・。」

虎太郎は奥歯を噛み締めながら優人に答えた。

その瞳の奥に憎しみがこもっているように優人には見えた。


「土佐って何?」

絵里が話に割って入ってきた。


「土佐は、今でいう高知県だよ。」

優人が絵里に答える。


「え?虎は高知出身なんだ?高知って四国だっけ?」

絵里が優人に聞く。


さすが不良少女だ。

高知県が四国にある事すら自信ないらしい。


「ああ・・・。四国だよ。

土佐造りは今でも人気のつまみだよな。」

優人は虎太郎も答えられるような質問をする。


「土佐造りは俺の得意料理ぜよ。

今度、作っちゃる。」

虎太郎が優人に言う。


「でも、カツオなんて天上界に無いだろ?」

優人が虎太郎に答える。


「・・・そうじゃった・・・。」

虎太郎は顔を少し赤らめて照れる。

その表情にはまだあどけなさが残っている。


まだ、虎太郎は年齢的には子どもだ。

今の日本では守られるべき立場の人間である。

それなのに、苦労の量は今の優人よりも多いのかも知れない。

幕末の人間には恐れ入ると優人は思いながら、照れる虎太郎の横顔を見ていた。


そんな話をしているうちに闇市に到着する。


闇市はまだ国の法で禁止されてはいないものの、世界的には違法らしい。

しかし、凄く賑わっていて、出店のような物も沢山出ていた。

地上界のフリーマーケットを彷彿させる。


「うわ~・・・お祭りみたい。」

絵里が闇市に入って感想を言う。


「ふむ。祭りにその恰好はないのぉ~・・・。おしっ!!

わしが浴衣をこうてやろう!!」

虎太郎が絵里に言う。


「え?あるの?って悪いよ。」

絵里は遠慮するが、

「ええんじゃ。ええんじゃ。80万稼いだがじゃ。着たくないがか?」

と虎太郎が笑いながら絵里に答えた。


「着たい!!」

絵里は嬉しそうに虎太郎に答える。


「おしっ!!じゃあ、仕立て屋に案内するがじゃ。

優人さんたちも付き合いとおせ。」

優人達は虎太郎に言われるがまま着付け屋まで案内される。



『フーガ仕立て店』


「え?フーガ??虎太郎君。

ここって武器鍛冶もしてるのか?」

優人はガラントに言われた人名と同じ名前なので念のため聞いてみる。


「お?なんでそんな情報しっちゅうがか?

ここのフーガさんは国内で一番の鍛冶職人で有名がじゃ。

俺のこの刀。『一虎』の打ち直しはいつもここでやってもらってるがじゃ。」

虎太郎が野太刀を抜き、眺めながら答えた。


偶然だがいきなり目的地に着いた。


店に入ると色んな種類の服が多数置いてあった。

その中に和服のコーナーが少しだけだがあり、絵里と虎太郎はすぐさまそこへと向かった。


優人とデュークは店主に声を掛け、ガラントに聞いてここに来た旨を話す。

店主はすぐに話を理解し、優人の槍と棒を預かってくれた。

槍の完成には一週間かかると言う事だ。

料金は10万ダームで済んだ。

今の優人にとって10万ダームはポンッと出せる金額である。

その場で支払う。


少しすると絵里と虎太郎が戻ってくる。

「じゃーん!!」

絵里はピンクの浴衣とオレンジ色の帯を選んだようである。

ご丁寧に雪駄まで買ってもらったようだ。

それを優人とデュークに見せに来たのだ。


「おお・・・。」

デュークが歓声をあげる。


「うん。似合ってるじゃないか。可愛いよ。」

優人が絵里に言う。


「優人さんありがとう。

ほらっ!虎も今の優人さんみたいなの言えないの?」

絵里は横にいる虎太郎の脇腹を肘で突きながら言う。


「わ・・・わしぁ・・・そういうのは言わん!」

虎太郎の照れる反応は、優人が思ってる以上に絵里が可愛いと言ってるようなものだが・・・。


「ねぇ、優人さん。ちょっと虎と回って来て良い?」

虎太郎に良く懐いている絵里が優人に聞く。


「ああ。あまり遅くなる前にヘルガラントまで帰って来いよ。

虎太郎君・・・ってか俺も虎って呼んで良いかな?」と、優人。


「かまわんぜよ。」

虎太郎は即答する。


「じゃあ、虎。絵里を宜しく頼んでも良いかな?」

と聞く優人に、「分かったがじゃ。」と虎太郎が答えると、絵里は今まで来ていた服を優人に渡し、二人は店外へと歩いて行く。



「年が近いと仲良くなるもんだな。」

デュークが2人の背中を見ながら感傷に浸っている。


「俺たちも少し回ってから帰るか?訳ありおじさん2人散歩だな。」と、優人。


「笑えねぇよ。」

デュークは優人に応える。

そして二人も闇市へと向かった。



闇市は日本の祭りに似ている。

所狭しと立ち並ぶ屋台は綿菓子やりんご飴、くじ引きや型抜きといった見慣れた店も多くあり、活気ある町並みは、見ているだけで心が躍る。

絵里は虎太郎の手を引きながら、目につく屋台を一つ一つ見て歩いていた。


「ちょっ、絵里!公衆の面前で手をつなぐとか・・・破廉恥じゃき、それはやめとおせ!」

虎太郎は顔を真っ赤にして絵里の手を振りほどく。


「え~・・・。手をつなぐとか普通じゃん?純情にもほどが無い?」

絵里は腹を抱えて虎太郎を笑う。


「あ・・・あほか!

武士は公衆で女人とは手は繋がないんじゃ!!」

虎太郎は顔を赤くしながら絵里に怒る。


「ここは虎のいた幕末じゃないよ。私も幕末の人間じゃないもん。

そんな変なルールや常識なんて守って無いで、楽しもうよ。」

絵里は虎太郎にもう一度手を差し出す。


「お・・・お前・・・。

地上界の女子はこんなに開けっ広げな性格になってるがか?」

虎太郎は文句を言いながら絵里の手を取る。


「いたっ!!」

緊張した虎太郎の握力は強く、絵里の手が潰される。


「あっ、すまん!」

虎太郎が絵里に謝る。


「もう・・・。女の子の手は優しくつなぐもんだよ。」

絵里は自分の手を撫でながら、虎太郎に文句を言う。


「許しとおせ・・・。」

頭を掻きながら虎太郎は絵里に詫びる。


そんな虎太郎が絵里には可愛く見える。

絵里はニコッと笑い、もう一度虎太郎の手を握り、歩き出す。



「さぁ!こいつに一本取ったら、ここにある景品の中で好きなものを選べるよぉ~!

1回500ダームだ!挑戦する勇敢な奴はいないか!!」

立ち並ぶ屋台の中でひと際目立っていた所で、虎太郎と絵里の足は止まった。


絵里は景品を眺め・・・髪飾りに目が止まる。


「ねぇ、虎!!あれ欲しい!!」

絵里はりんご飴を食べながら虎太郎に髪飾りを指さし、ねだる。

虎太郎の剣の腕は今の所分からない。

しかし、優人ですら天上界の人間はまともに攻撃を当てることが出来ない。

生まれた時からひたすら剣をやってきた虎太郎はもっとすごいだろうと絵里は思っていた。

その、虎太郎の凄さを絵里は見たかったのだ。


「木刀での立合いか・・・。」

虎太郎はあまり乗り気では無いが、ねだる絵里に根負けして、参加する事にしてくれた。


「小僧、ケガはしても文句いうなよ。」

木刀を軽く素振りながら、調子の確認をしている虎太郎に木刀を持った大男が挑発してきた。

虎太郎はビビる様子も無く、素振りを止め、大男を見返す。


「いや・・・おまんの方こそ、ケガさせても文句は言わないでくれよ。」

虎太郎は相手を挑発する訳では無く、本気でトラブルの方を心配しているようだった。

そんな虎太郎に大男は大笑いをして「かまわない」と答えた。


二人は向かい合う。

客の呼び込みをしていたおじさんの「はじめ」と言う合図で立合いが始まる。

大男は木刀を背中に担いでいて、虎太郎は木刀をだらりと下に降ろしている。


「はじめ!!」

おじさんの掛け声で戦闘が始まる。


「ぬおぉぉぉぉぉ!!」

掛け声と共に、大男は両手で木刀を持ち、虎太郎に上段から切り下す。

虎太郎はそれを見切り、右に体を少しずらしてかわす。


大男は振り下ろした木刀を袈裟に切り上げる。

虎太郎は一歩後ろに下がり、間合いから外れる。


大男は振り上げた木刀で今度は虎太郎に突きを放つ。

その突きも虎太郎は左に体をずらし、軽々回避し、大男の膝を蹴り付け、離れた。


「はぁはぁ・・・。」

剣の打ち合いは体力の消耗が激しい。

大男はもう息を切らしている。


「おまん・・・。次の攻撃でまともに動けなくなるが、まだやるがか?」

虎太郎が突然変な事を言う。


「何言ってるんだクソガキ。

今の軽い蹴りで勝った気か?」

大男は虎太郎に不敵に笑って見せる。


優人が剣の説明の時に、斬る時は踏み込みに力が入ると言う話をしていた。

虎太郎は大男が踏み込めなくなる程度のダメージを足に与えたのだろうと絵里は思った。


「ぬおぉぉぉぉ!!」

大男が虎太郎に攻撃を仕掛ける。

虎太郎は今度は、大男を回り込むように後ろへと避ける。

それに釣られ、大男も急いで振り向こうとする。


グキッ!!


しかし、虎太郎に蹴られた足が上手く動かず、大男はその場で地面に倒れこんだ。


「っぐ・・・。」

大男は両手で自分の体を起こし、虎太郎を睨み付ける。


「この勝負は木刀で殴れば終わるがか?」

虎太郎が大男に聞く。


「い・・・いや、参った!!小僧、強すぎだ!!」

大男は潔く負けを認めた。

虎太郎は一度肩の力を抜き、絵里の元へと戻った。


「つ・・・強すぎない?」

絵里は虎太郎の強さに少し引く。

優人でも虎太郎のように体裁きだけで敵を倒すのを見た事が無い。


「俺の剣は殺人剣じゃき。木刀でも本気で振ったら骨折程度じゃ収まらんちゃ。」

虎太郎は優しく微笑み、絵里に答える。


「それより、ほれ、これが欲しかったんじゃろ?」

虎太郎は貰った景品を絵里に渡す。


「ありがとう・・・。虎が私に着けてよ。」

絵里が虎太郎に頭を差し出して頼む。

虎太郎は照れながら、絵里の髪に髪飾りを付けてくれた。



「虎と優人さんが戦ったらどっちが強いかな?」

闇市を歩きながら、絵里はふと思った疑問を口にする。


「どうかの?優人さんは体幹がしっかりしちょる。

具足を着けちょるから良くは見えんかったがじゃ、恐らく足のふくらはぎの筋肉も発達しちょる。

上半身は兎も角、下半身はかなり鍛えとる。

剣撃はそこそこ強くて、剣速も早そうじゃき・・・まともにやりあったら苦戦しそうじゃな。」

虎太郎が絵里に答えた。


虎太郎が優人の体のチェックをしていた事に絵里は驚いた。

優人やデュークも出会った人の体や武器の確認を必ずしている。

剣士とはそういう生き物だろうか?


「虎は優人さんと戦う事を考えてるの?」

絵里は優人やデュークに聞こうと思いつつ、聞いてない質問を虎太郎に聞く。

そんな絵里に虎太郎は笑いながら答える。


「優人さんと戦う事は今の所想定はしてない。

けど、自分以外の戦士がどういう戦い方をするのかは興味あるの。

特に優人さんのように俺の国と同じ国の剣士となれば興味は大きい。」

虎太郎の返答に絵里は満足する。


虎太郎と歩く闇市はとても楽しい。

虎太郎は少し古臭い考え方をしていているが、強くて優しい。

学校の授業で幕末の話は何となく知っている。


米国の黒船が浦賀にやって来て、開国を迫ってきて、それにより日本が混乱した。

何百年にも及ぶ徳川幕府は開国をしようと考え、それに対して色んな人たちが反対をし、外国人を撃ち殺したと聞く。

しかし、幕府もその反抗勢力も日本の未来を思い、真剣に考え、命を懸けて動いていた時代だと認識している。


その時代を生きていた虎太郎はきっと頑固で人の話を聞かない人間だと絵里は思っていたが、実際は絵里の知っている日本人と基本的に同じだ。

ただし、現代日本人より、強くて、優しい。

虎太郎の純和風の男らしい顔が好みだと言うのもある。

絵里は虎太郎に惹かれ始めている自分に気付き始めていた。



2人でブラブラと闇市を買い食いしながら歩いていると、虎太郎がまた途中で足を止め、今度は厳しい表情をしながら1つの店を見つめ始めた。

絵里も釣られ、虎太郎の見ている物を見る。

そこは、大きな牢屋の中に人が入っていた。

牢屋の人は皆、薄い布切れのような物を着ていて、うつろな目をしている。


「あの人達・・・犯罪者?」

絵里は虎太郎に小さな声で聞く。


「いいや。亜人じゃ。良く見てみ。

耳が尖ってたり、体格が小さかったり、毛深いのもおるじゃろ?

天上界は奴隷制度は禁止されとるがじゃ、しかし、亜人は人として認められておらんちゃ・・・。」

虎太郎が牢屋の人を見ながら絵里に説明をしてくれる。


「えっ、つまり、あれって奴隷屋なの?」

絵里が聞く。


「そうじゃ。

俺は、亜人も人間も同じだと思っちゅう。

それを亜人だからって人権を無視するっちゅうがは許せん。

俺の藩を見てるみたいで気分が悪い・・・。」

虎太郎の言葉には憎しみがこもっている。


絵里は幕末の虎太郎の境遇は詳しく分からないが、土佐藩と言う所で酷い仕打ちを受けていたと言うのは優人と虎太郎の会話で想像は付く。

虎太郎は亜人と自分を重ねているのだろうか?


虎太郎は一度深くため息を付くと、絵里に優しく微笑んでくれた。

「そろそろ戻ろうか?」


「うん。」

虎太郎の笑顔に少し安心した絵里は素直に答える。



優人達は一時間程闇市を周った後、ヘルガラントへ戻り、カウンターでつまみと酒をちびちびやりながら絵里達の帰りを待っていた。

それから三時間ほどして、絵里達も帰ってきた。


「おっ?帰って来たか?虎も少し付き合うか?」

優人は二人の姿を見ると声を掛ける。


「いや。許しとおせ。

わしぁ、ちと用事があるがじゃ。

またここに来るから、その時でもよかがか?」

虎太郎は優人に申し訳なさそうに答える。


「うん。分かった。」

言うと虎太郎は何度もお辞儀をしてヘルガラントを出て行った。

絵里は虎太郎に手を振っている。

仕草と行動が付き合いたてのカップルの様で、見てる優人が少し照れる。


「あー、楽しかった。」

優人の横に座り、絵里が満悦の顔をしながら言う。

幸せそうな絵里の顔を見て、「地上界の片思いの同級生は?」といじわるな質問をしてやろうかと優人は思ったが、絶対に嫌われるので思い留まった。


「虎ね、可愛いの。

一生懸命強がるんだけど、虚勢ってばればれで。」

絵里は思春期の特技『惚気』を優人に始める。


「まぁ、あれくらいの年の男の子は時代とか関係無くそうだろうな。

虎に惚れたか?」

優人が絵里に紅茶を頼みながら聞く。


「む~・・・。どうかなぁ~。虎、子どもだしなぁ~・・・。」

カウンターに肘を付いて言う絵里。


うぜぇ・・・。お前も子どもだよ!!


優人は心の中でツッコミを入れる。


「ねぇ、優人さん?虎って私の事・・・好きかな?」

絵里が優人に聞いてくる。

これも恋する乙女の常套句だ。


絵里と虎太郎の絡みを見てない俺より、ずっと一緒だったお前の方が分かるだろ?


と心の中で思う優人だが、ここは適当に話を合わせる。

「好きじゃなきゃ、浴衣なんて買ってくれないんじゃないか?」


「だよねぇ~。」

絵里が嬉しそうに体を捻じらせる。

「虎ねぇ・・・明日の夜も遊びに来てくれるって。」


「良かったね。」

優人は適当に相槌を打つ。


「ねぇ、土佐の郷士と上士って何?

土佐って、確か坂本龍馬の故郷だよね?

土佐とか、薩摩とか何?」


中学2年って事は授業でやっているはずだが、興味を持たずに強引に詰め込んだ知識なんて役に立つわけが無い。

優人は一つ一つ絵里に歴史の授業を始める。


「まず、徳川幕府の始まりの話を少ししよう。関ヶ原の合戦は知ってるかな?」

優人はまずは上士と郷士についての説明をしようと、そこから説明を始めた。


豊臣秀吉の死後、その息子を跡取りにする派閥と、徳川家康を立てる派閥で対立し、それが日本を両分するほどの規模の戦争へと発展した。

その戦争で勝利した徳川は協力してくれた武将に、豊臣の土地を分け与えた。

その時、戦争で負けた武士達を郷士、徳川に付いていた者たちを上士と呼び、差別をした。

その関係を分かりやすく言うと植民地にされた現住人と侵略者の関係である。

当然、郷士に対する扱いは酷かったらしいのだが、その中でも特に差別が酷かったのが、土佐藩。

土佐藩では、郷士は日傘や下駄を履く事を禁止すると言う事から始まり、同じ罪を犯しても上司はお咎めなしなのに対し、郷士は斬首されると言う話がある位徹底的に差別されていた。


そういった理由から、尊王攘夷思想の土佐勤王党は早い段階から土佐では無く、他の藩の人間とつながりを持ち、その勢力を持っていた。

その功績を認められ、時世が尊王攘夷に傾いている間は土佐の郷士であっても上士に理不尽な差別を受けづらくなってきていた。

しかし、尊王攘夷思想を藩意にしていた長州藩の雲行きが悪くなるにつれ、尊王攘夷思想を持つ土佐勤王党もその力を失う事になり、最後には党首は斬首される。


しかし、虎太郎はそんな歴史の流れから外れ、どういう訳か、開国を藩意にしている薩摩藩にいた。

薩摩藩は土佐勤王党からしてみれは敵だったはずである。


「ふぅん・・・虎は郷士だったって事は、虐げられていたのかな・・・。」

絵里は悲しそうな顔をしながら優人に聞く。


「だろうな。

俺も想像が付かない位の理不尽に耐えて生きて来てると思うよ。」と優人。


「可哀想・・・。」

絵里が泣き出しそうな顔をしながら紅茶を眺めている。


絵里は感受性が強い。

他人の痛みを自分の事のように考える事が出来る子だ。

それが片思いの相手になると、思い入れは尚更だろう。


優人は絵里の頭をポンっと軽く叩く。

「時代ってのはずっと続いてる。虎達の犠牲の元に今の日本がある。

虎を思うなら、虎の思いを組みながら、今の日本と向き合う事だな。」

優人が絵里に言うと、絵里は黙って頷く。


「じゃあ、俺はそろそろ休むな。」

デュークは話のタイミングを見計らい、逃げたした。


「あ・・・じゃあ俺も休むかな?絵里も寝ろよ。」

優人も逃げ出し、訳ありおやじどもは全員逃げた。


「うん。おやすみ。」

絵里は訳ありおやじどもを見送ると少しカウンターに残っていた。



翌朝、優人は起きてヘルガラントの酒場で朝食を取る。

デュークはヘファイストスの顔を見てくると馬車小屋へ行った。

絵里はまだ起きてこない。


おそらく虎の事を考えて一人で悶えていたんだろうと優人は思っている。

呼び出して、また惚気を聞かされても疲れるので、そのままそっとしておくことにする。


ヘルガラントは一泊での泊まりもできるが、週泊まりの契約も出来る。

優人達は少しここに留まるつもりだったので週泊まりで部屋を借りることにしている。

ここでの週泊まりは三食の食事もついているので、一度週泊まりをすればお金の心配はいらない。


優人は食事を済ませ、コルクボードの依頼書を見る。

お金が欲しいわけではないが、槍が出来るまでは遠出も出来ないので暇つぶしになればと思っていた。


依頼書を見た限り、亜人狩りの動向はおとなしいな・・・。


依頼書には山賊狩りや狼狩り。

闇市の店番や闇市に行くにあたっての護衛依頼が主流である。

依頼書を確認してる感じでは、内争はさほどひどくは感じられない。


「ガラントさん。この国の内争って最近は冷戦状態なんですか?」

優人がガラントに聞く。


「ああ。

それより、今朝入った情報なんだが、昨日の夜も亜人の奴隷商人が襲われたらしい。

国は闇市に関してはノータッチだから、国以外の何者かで亜人奴隷に反対している組織があるんだろうな。

奴隷は解放され、奴隷商人は行方不明。

山賊もそうなんだが、最近は遺体の行方不明事件ってのも起こってるんだ。」

ガラントが優人に最新の情報をくれた。


「行方不明?」

優人はガラントの変な言い回しが気になった。


遺体が行方不明というのが何か引っかかる。


「ああ。

一昔前まで良く見かけていた亜人狩りどもを最近見なくなったんだ。

国を潰してでも亜人狩り禁止令を撤回させると息巻いていた亜人狩りの活動がいきなり減ったんだよ。

国との内争で海外に逃げたとも考えづらい。」

ガラントがいぶかしげに優人に状況を追加で話してくれる。


「国が亜人狩りを大量に逮捕している訳じゃなくて?」

優人は普通に考えられる可能性を口にする。


「そうなら良いんだが、昨日のように奴隷商人があからさまに襲われ、行方不明にもなっている。

最近では第三勢力の噂がささやかれているんだ。」と、ガラント。


「第三勢力?どんな連中なんですかね?」

優人は嫌な予感がし始めていた。


「わからねぇ。だから気持ち悪いんだ。

結構な人数の亜人狩りや山賊が行方不明になってるんだよな。」

と、ガラント。


確かに気持ち悪い。


亜人狩りと言う勢力は国とやり合う規模の組織だと考えられる。

だから内争が成り立つ。

しかし、その組織の人間が勢力が落ちるレベルの行方不明・・・。


「少し、街を歩いてきます。」

優人はこの王都で何が起きているのか気になりだした。

街を捜索し、何か手がかりが欲しいと思ったのだ。


「気をつけろよ。」

ガラントは優人を見送る。



フォーランドの王都は王宮に繋がる大通りを中心に街が広がっている。

毎晩賑わっている闇市も大通りの中心の広い公園の様な場所で開催されている。

昼間に行っても殆どの店が閉まっているが、優人は昨日襲われた奴隷の店を見に行った。


数か所に血が飛び散っているが、遺体は当然ない。

優人は奴隷が入れられていたと思われる牢屋らしき物に近づき、確認をする。

鉄の柵が斬られている。

その切り口は綺麗である。


鉄をここまで綺麗に切断できる刃物は刀以外思い浮かばない。

しかもかなりの強度の刀で、その刀を扱う者の腕もかなりのモノだと想像できる。


「鮮やかな手口でしょ?

昨晩、奴隷商人が襲われていると言う通報を受けて、私が来た時にはもう亜人も商人の遺体も無くなってたの。」

突然の声に驚き、優人は振り向く。


そこには、検問の時に会った女騎士が立っていた。

確か、名をエナ・レンスターと言っていた。


「この切り口は・・・魔法なんですかね?」

優人は切り口について聞いて見る。


「分かりません。

魔力痕跡を調べる術を私は持っていませんから・・・。

でも、もし、これが剣士ならばかなりの熟練者でしょうね。」

エナが牢屋の切り口を見ながら優人に答える。


「そうですね。

遺体も消えているというのはどういう事が想像できるんですか?」

優人はエナの見解を聞く。


「想像が付かないのです。

何のために遺体を隠す必要があるのか・・・。

何か足が付くのを避ける為なのか、他に何か理由があるのか・・・。」

エナが答える。


どうやらフォーランド政府も手に負えず、悩んでいるようである。


「第三勢力の話は伺っていますか?」

優人はエナに今朝聞いた話について聞いて見る。


「それは噂ですね?

でも、私の予想ですと、あるとしたら、国と思想が近くて過激な組織かと・・・。

亜人狩りの勢力の弱体化を考えると、無下に罪人扱いも出来ませんが、ほっては置けませんね。」


結局の所、フォーランドの騎士たちは何も掴めていない状況なのだろう・・・。

優人はエナに会釈をすると、一端酒場へと戻る。



夜になると虎太郎がヘルガラントに遊びに来た。

絵里は嬉しそうに虎太郎を迎える。

まだ10代前半の若い2人が仲良くしているのは見ていて微笑ましい。


何よりも絵里の笑顔が優人には嬉しかった。

そう思う自分に気付き、完全に自分は絵里の父親的な立場になっているのだろうと自覚する。

本当はあまり2人の邪魔はしたくないのだが、気になる事があるので優人は虎太郎に声をかける。


「虎。ちょっといいかな?」

話に割り込む優人に絵里が少しムッとする。


「なんですか?」

虎太郎は優人を快く受け入れてくれた。


「虎は土佐出身なんだよね?実はさ、目測なんだけど200年前の話なんだよ。」と、優人。


「は?わしは200年前の人間って事ですか?」

虎太郎は困惑している。


「優人さん。意味が分からない事をいきなり言わないでよ。」

絵里が優人に文句を言う。


「いや。ちょっと気になるんだ。

絵里ごめんな。

話が済んだらすぐ消えるから少し我慢してくれ。」

優人は絵里に詫びを入れる。


「絵里。わしもちと気になってるがじゃ。

色々良く分からん事が多くてこまっちゅう。」

優人をフォローするように虎太郎も発言してくれた。

絵里は少しさみしそうにコップのジュースを口にする。


「おんしらが200年後の人間っちゅう事は、あの後の事もわかっちゅうがか?

土佐の同志達はどうなったがじゃ?先生同様、切腹させられたがか?」

やはり虎太郎は土佐の仲間の心配が止まないらしい。

そこは優人のイメージ通りの当時の土佐の人間である。


優人は虎太郎が納得するように一つ一つ、虎太郎が聞き苦しいだろうと思う事も説明してあげた。

その話の中には虎太郎の知り合いもいたらしく、優人の話の一つ一つにショックを受けていた。

しかし、最後に話した大政奉還や廃藩置県。

薩長土佐同盟の話には興奮していた。

その辺の話は天地がひっくり返るほどの衝撃と喜びであったであろう。

それらの大仕事をやった中心人物が土佐脱藩浪士の2人であった事を伝えた時には涙を流して喜んだ。


そして、明治新政府樹立後、切腹させられた先生を殺したのは間違いであったと、当時の元土佐の大目付が先生の奥さんに詫びを入れ、先生の正当性も認められていると言う話も付け加えた。



優人は虎太郎の興奮が収まるのを黙って待つ。

絵里も優人の話で虎太郎が喜ぶのを見て満足げだ。


「虎。今度は俺が質問して良いかな?」と、優人は話を変えようとする。


「お?そうじゃそうじゃ。どげんしたがじゃ?」と、虎太郎。


「虎は昼間何をしている?

夜中に用事があると毎回言ってるが、その用事とはなんだ?」

優人の質問に虎太郎は少し肩を落とすが、しばらくして口を開けた。


「実は良く分からんがじゃ。」

と、虎太郎。


「分からない?」

優人と絵里がハモる。


「ああ。俺の世話をしてくれてる人がおって、その人が昼間の太陽の光を浴びると俺は死ぬ病にかかってるって言うがじゃ。

実際に日が昇りそうになると具合が悪くなってくるがじゃ。

だから、昼間は日の光の入らん所で寝ちょる。

用事っちゅうがは、山賊狩りをやったり、その報酬を世話してくれてる人に渡したりしとる。

細かい事を考える頭は無いじゃき、俺は言われた事をするしかないんじゃ。」

虎太郎は首をかしげながら優人と絵里に分かるように必死に説明しようとしている。


「日の光を浴びると死ぬ病?聞いたことがないな。」

と、優人。


「天上界特有の病気かな?可哀相・・・。」

絵里が感想を言う。


「優人さんは俺が何か悪い事しちゅうって疑ってるがか?」と、虎太郎。


「俺はそこまで人を見る目は狂っちゃいないよ。

虎は悪い人間ではない事は分かってる。

だから絵里と2人でデートしてても文句言ってないんじゃないか?」

優人は虎太郎をからかうように言う。


「デ・・・デート!!

そ、そんなんじゃないし!気が早いし!!

何言ってるの優人さん!!」

虎太郎より絵里が先に動揺する。


絵里は虎太郎の恋愛ネタになると本当に面倒さくなるな・・・。

まぁ、恋する乙女はめんどくさいのは良く知ってはいるが・・・。


「じゃあ、井口村刃傷事件は知ってるかな?」

優人は絵里が落ち着くのを待ち、一番気になっていた質問をする。


優人の質問に虎太郎の顔色が分かりやすく真っ青になった。


「あ・・・あれは・・・上士が悪いと思っちゅう・・・。」

虎太郎があからさまに動揺する。

その表情で優人は自分の仮説が大方当たっている事を悟る。


「安心してくれ。

俺は幕末には関わり無い人間だし、ぶっちゃけるとあの事件は当時の土佐の郷士達に勇気を与えた事件だと思っている。

あの事件が土佐勤王党結成のきっかけだと思っているし、そこから始まった時代のうねりが大きくなって大政奉還にまで至ったとまで考えている。

大政奉還の立役者2人が土佐の脱藩浪士なのは偶然じゃない。

井口村刃傷事件を経て、必然的にそうなった。」

と、優人は虎太郎の素性を理解したうえで、フォローを入れる。


「それは、ほめ過ぎじゃき。

俺は・・・何も考えず敵を討っただけのべこのかぁじゃ・・・。」

虎太郎は俯きながら優人に答える。


「それは1つの過ちなだけだよ。

俺は、歴史はほんの数人の力で動いているとは思ってない。

その過ちも含め、色んな人の、色んな気持ちが複雑に絡み合って出来上がっていくと思ってる。

虎はしっかり自分のすべき事をしたんだ。バカじゃない。

俺は今の虎の気持ちも含め、当時の土佐の仲間の力になっているんだと思う。」

優人は虎太郎の肩を叩き、慰める。


「優人さん・・・良い人じゃの。」と言う虎太郎に「それこそほめ過ぎだ。」と優人は答えた。


「さて、俺はそろそろ立ち去るね。あまり長居すると絵里にかみ殺されそうだから。」と、優人が絵里を見ながら言う。


「そんな事しないよ。優人さん。ありがとう。」

なぜか絵里に礼を言われたが、優人は絵里に手を振り、ガッツポーズを見せる。

絵里は顔を真っ赤にしてうつむく。

優人は2人を残し、自分の部屋へ向かう。



優人は部屋で虎太郎の話を思い出す。


日の光を浴びれない体で200年前の人間が現代をうろつく。

虎太郎はゾンビか幽霊の類だと考えるのがこの世界では妥当だろう。

虎太郎の世話をしている人がもし、死体をゾンビ化させる力のある人間であるとする。

戦闘力の高い虎太郎に山賊や亜人狩りを狩らせ、依頼報酬で金設けすると同時に、遺体を集めていたとすると何が考えられるだろうか?

虎太郎と同じように、山賊や亜人狩りをゾンビ化させているとしたら・・・。

もし第三勢力とやらが本当に存在して、虎太郎の世話している人がその幹部であるなら、かなりの数の勢力が国に刃を向ける可能性がある。


絵里にあまり深入りさせないようにするべきか?

しかしまだ優人の予測であって、確固たる証拠がない。

もし確固たる証拠があったとして、絵里位の年の女の子に真実を話しても聞き分けるとも思えない。

最悪、絵里のいない所で虎太郎を斬る可能性がある・・・。

優人は部屋から夜空を見上げ、自分の嫌な予感が外れる事を強く祈った。



翌日、優人はガラントに頼んでゾンビや幽霊の類に詳しい魔法使いを紹介してもらい、会いに行くことにした。

その魔法使いは暗黒魔法と言う魔法を使う人らしい。

もしかしたらその人が黒幕の可能性もあるので、優人は第三勢力の疑いとか、虎太郎の名前を出さず、暗黒魔法に興味がある剣士という設定を自分につける。



家は、フォーランドの王都から少し離れた小さな一軒家だった。

入り口の扉を叩くと、すぐに分厚いローブを身にまとった男が出てきた。

フードを深くかぶり、顔も見えない。


「ガラントさんからお聞きしました。

暗黒魔術に興味おありなんですか?

珍しいですね?

お話を致しますので、中に入って下さい。」

分厚いローブを着た男は気さくに優人を出迎え、家に入れてくれてくれた。


家の中は日の光が入らないように窓と言う窓を潰していて、魔法の光で家内を照らしているだけだった。

客間に案内され、優人はソファーに腰かけて待っていると、先ほどの男がフードを外してお茶を持ってきてくれた。

男は、思ったよりも若く、爽やかなイメージの男であった。


「せっかく外は晴天なのに、こんなに締め切っていたら勿体なくないですか?」

優人はお茶を入れてくれる男に礼を言い、話を振る。


「いえ、暗黒魔法の力の媒体は悪魔でして・・・。その悪魔が日の光を嫌うんですよ。」

男は気さくに笑いながら優人に答えた。



悪魔が日の光を嫌う。

それには理解出来た。

しかし、玄関に優人を迎えに来た時、深くフードを被っていた事を優人は見逃していない。

この男自身も日の光が苦手なのだろう。


虎太郎と同じ、日の光を浴びると死んでしまう病気なのだろうか?


「あっ、自己紹介がまだでしたね。

私は炎の魔神イフリートを信仰している暗黒魔法使いのカルマと申します。」

カルマと名乗った男は丁寧にお辞儀をしながら優人に自己紹介をしてきた。


「あっ、俺は地上界からの神隠し子、優人と申します。」

優人も釣られて自己紹介をする。


魔神イフリート・・・。

地上界のゲームでも良く聞く名前の魔神だ。

地獄の炎で相手を焼き尽くすイメージがある。


「暗黒魔法にご興味をお持ちと言う事ですが、何か成し遂げたい希望などがあるのですか?」

カルマはお茶を一口飲みながら優人に聞いてきた。

優人もお茶を一口飲む。

天上界では珍しく、紅茶では無く緑茶だ。

虎太郎の事を詳しく知りたいから暗黒魔法を聞きに来たのだが、それを口に出す訳に行かない。

優人は少し別の理由を考え、カルマに答える。


「はい。実はついこないだ魔訣だけは開けて貰って、元素魔法だけは何となく扱えるんですけど、それだけだと何となく心もとないと思いまして・・・。」

優人は本当にぼんやりした理由をカルマに述べる。


「なるほど・・・。暗黒騎士と言いまして、暗黒魔法を使う騎士は実際に存在しますしね。

攻撃に特化した魔法を良く覚えています。」と、カルマが説明をしてくれた。


「暗黒魔法で、死者蘇生とかは可能なんですか?

実は十年前に死別した彼女と再会したくて・・・。」

優人は綾菜を引き合いに出し、虎太郎の蘇生についても聞いて見る。


「いいえ。死者を本当の意味で生き返らせる事は出来ませんね。

それは、次元魔法と呼ばれる伝説の魔法と付与魔法と呼ばれる魔法の融合魔法でしか成し得ないと思います。

ただ、魂の消えた肉体に魔力を吹き込み、動かす事や、少し高等の魔法になりますが、遺体にその人の魂を入れる事は可能です。

クリエイトゾンビという魔法です。

しかし、これも高度な魔法技術と、魔力を必要とするので駆け出し魔法使いには厳しいですね。」

カルマが優人に説明をする。


「遺体にその人の魂を戻すって生き返すってことじゃないですか?」

優人は素朴な疑問をそのままする。


「いいえ。生命反応は消えたままです。

遺体に魔力を吹き込んで動かすのはゾンビと言って、考える力が無くなっています。

魂を戻すと元の自我も復活し、己で考えて動くことが出来るようになります。

しかし、どっちも魔術を発動させた者からの魔力供給が無くなるとただの死体になりますし、遺体の劣化は進むので管理が大変になります。

結局、この世を去った人を悼む位なら、生きている隣人を大切にするのが一番大切なんですね。

悪魔に身を落とした私が言うのもなんですが・・・。」

カルマは爽やかに優人に微笑みかける。


中々身に染みる事を言うと優人は思った。

本当に、カルマの言う通りだ。

優人も、将来の事ばかりに気を取られ、病気の綾菜を一人寂しく死なせた。

どんなに悔やんでも、苦しんでもその傷の痛みは治まらない。

生きている今を大切にする。

本当に大切な事だと思う。


「なるほど・・・。」

優人は色んな意味で納得させられ、素直な気持ちを口に出した。


「最後に、風水魔法は自然の力を、古代語魔法は古代の言霊をエネルギー変換しますが、暗黒魔法は人の魂や自分の生命力をエネルギー変換いたします。

そう言った意味では元素魔法に近く、元素魔法よりもリスクは高いと思います。

しかし、神に祈りを捧げ、神の奇跡を起こす神聖魔法よりも圧倒的に難しい奇跡を起こせるのも暗黒魔法です。

神は人の好意に対し好意を返すのに対し、悪魔は契約による対価として力を貸してくれますので。」

カルマは丁寧に暗黒魔法について享受してくれた。


優人はカルマに礼を言い、カルマの家を後にした。

結局何がしたかったのか自分でも分からなくなっていた優人はおずおずとヘルガラントに戻る。

夜になると夕食を食べた後、絵里が闇市で虎太郎と待ち合わせをしていると言う事で、出かけて行った。

今の優人は虎太郎がゾンビやリッチの類でない事を祈る事しかできない。

優人の気持ちをよそに絵里の虎太郎への思いは日々強くなっていく・・・。



夜になり、虎太郎は地下の部屋から地上に出、絵里と約束の場所へ向かおうとしていた。


「虎太郎さん?」

そんな虎太郎を黒いローブを身にまとった男が呼び止めた。


「んっ、どうかしましたか?」

虎太郎は玄関の前で足を止め、ローブの男に振り向く。


「ここ2、3日まともに狩りをしてないようですが、毎晩何をしているんですか?」

ローブの男は素朴に疑問に思い虎太郎に質問をしてきた。


「絵里っちゅう友達が出来たがじゃ。

中々面白い娘で、楽しゅうてな。

死体が足りないがか?」

虎太郎がローブの男に聞く。


「友達?女の子ですかね?年はいくつ位ですか?」

と、ローブの男。


「確か・・・15とかだったと思ったが、何か問題あるがか?」

虎太郎にとって、このローブの男の発言は絶対である。

この男だけが虎太郎の命を引き留める術を知っている。


「いえ・・・。特に問題はありません。

せっかく与えられた命です。

死体の件は気になさらず、楽しんで下さい。」

ローブの男が虎太郎に優しく答える。


「ありがとう。カルマさん。

また何かあったら言ってくれっちゃ。

カルマさんに協力するがは恩義に応えるのと同じじゃ。」

言って虎太郎は夜の街へ出かけて行った。


悪魔トハ、人間ノ負ノ感情ヲ好物トスル。

十代ノ娘ハ感情ノ起伏が激シク、特ニ恋心ガ絡ンダ旨味ハ絶品デアル。


カルマは虎太郎のいなくなった部屋で1人、不敵に微笑んだ。

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