第五十八話~帰路~
イマイチが部屋を退出した後、優人達は解散した。
優人は自分達の部屋に戻ると、ベッドに横たわった。
昨日の夜から始まった戦闘は夜を明け、日の出まで続き、今は昼前だ。
たった一夜だが、本当に長く感じた。
優人が目を覚ましたのは夕方だった。
周りを見ると綾菜とミルフィーユの姿も見当たらない。
優人は起き上がると、部屋を出て、綾菜達を探す。
もっとも、綾菜とミルフィーユがどこにいるか想像は付く。
問題は、『そこがどこにあるのか。』である。
ミラルダを見付けるのが手っ取り早いが、恐らくミラルダもそこにいる。
優人は城内を歩き回り、兵士を見つけだして、ウエイブが待機していた場所を聞く。
優人は兵士に教えてもらった城内の中庭へと足を運んだ。
そこには、ウエイブの死とともに誕生したムルエナと、3人の人影がある。
予想通りだ。
ミルフィーユが自分よりも大きなムルエナの頭を怯えながら撫で、綾菜とミラルダがミルフィーユの援護をしていた。
「やっぱりここにいたか。
ムルエナは、羽毛も落ち着いて来てるね?
毛の艶からして、健康そうで安心した。」
優人はムルエナに近付き、ムルエナの頭を撫でる。
ムルエナは気持ち良さそうに目を閉じた。
瞼は普通の鳥類と同じで下瞼もある。
「優人さん、改めて有難うございました。
本当に・・・優人さんがウエイブの破水に気付いてくれなかったらと思うと・・・。」
ミラルダが優人に深く頭を下げる。
「いやいや。猫や犬の出産に立ち会った経験はあったからね。
けど自信は無かったし、ミラルダと綾菜、シンのフォローが無かったらどうなった事か・・・。」
「・・・。」
ここで、ミラルダはうつむき、黙る。
恐らく、ウエイブの事を思い出しているのだろう・・・。
「うん。腹が減ってきたし、飯でも食いに行こうか?
ミラルダ、お勧めの飯屋の案内をお願い出来るかな?」
優人は話を逸らそうと明るく振る舞う。
「いえ・・・。申し訳有りませんが、まだムルエナから目を離せないので・・・。
美味しいお食事処でしたらお教え致します。」
こうして、優人は綾菜、ミルフィーユを連れて、ミラルダの教えてくれた店へ向かう事にした。
「うわぁ~!」
グリンクスの城を出ると、綾菜とミルフィーユが感嘆の声を上げた。
その理由は聞くまでも無い。
優人自身も声が出そうになったからである。
グリンクス王城から真っ直ぐ伸びるメインストリートが美しいのだ。
優人はこの道を何度も通ってはいるが、正直夜遅かったり、早朝であったり、精神的に風景を楽しんだりする余裕も無かったりしていて、この国のメインストリートをゆっくり見た事はなかった。
グリンクス王都グリトルンのメインストリートは綺麗に整備されたアスファルトのような道路で等間隔に街路樹が植えられている。
道沿いに並ぶ店はガラス張りで店内の様子が歩きながらでも伺える造りになっていた。
時間は夕刻。
日が落ち掛け、店内の明かりやステンドグラスで装飾されている街灯が良い雰囲気を醸し出していた。
優人の知っている都市では、日本にある原宿に近いだろうか?
「天上界にこんな都市があったんだぁ~・・・。」
綾菜が感想を述べる。
確かに、この近代的な街並みは優人も考えてはいなかった。
天上界で優人が見てきた国はこれで5か国目になる。
フォーランドの都市は海の田舎町。
サリエステールは山の田舎町。
発展している国でも、エルンは学生が多く、その街並みもお洒落では有るが下町感があった。
ジールド・ルーン王都はそもそもコンセプトが違い、まっ白で統一された、中世ヨーロッパ風の都市。
「凄いなぁ~・・・。グリンクスに来て初めて世界経済の中心と呼ばれる意味が分かった。」
優人も素直に感想を口にする。
「こういう所で暮らしたら、セレブっぽくなれるかな?」
綾菜が優人に目を輝かせながら聞いてきた。
「綾菜は下町てやんでぇ娘が似合ってるよ。」
優人は微笑みながら綾菜に答える。
「あー、そういう事言うんだ?
よしっ!じゃあ私のセレブっぷりをお見せ致しますわ。」
綾菜がまた変な事を言い出した。
「ミルフィーユさん。行きますわよ。」
綾菜がミルフィーユに気持ち悪い話し方をする。
「行くでござる~!」
ミルフィーユも綾菜のマネなのか何なのか分からない、意味不明なノリで答えると2人は手を繋いで街灯に灯された綺麗な街並みを歩み始め・・・。
そして、立ち止まり、優人の方を振り替える。
「あらっ!ミルフィーユさん、見て下さい。
あの和服の殿方ったら女性のエスコートもなさらないのですわ。
これだから、腰に刀を挿してる蛮族は・・・ってゆぅ君!!刀!!」
綾菜が優人の刀に気付き、駆け寄る。
「あっ・・・。」
優人はいつもの癖で普通に刀を挿していたのである。
優人は刀を外すと、綾菜の異次元ルームにしまって貰い、今度は一緒に歩き出した。
「ウインドゥショッピングなんて久しぶり~・・・。」
綾菜が歩きながら嬉しそうに言う。
「確かにな。この雰囲気だけでも良い気分になれる。
車が無いから安全だしね。」
優人が綾菜に答える。
「ママぁ!この石綺麗だよ!」
ミルフィーユがある店の窓に顔をぴったりくっつけながら綾菜を呼ぶ。
「なんだと!?ミルフィーユ軍曹、でかした!!」
言うと綾菜はミルフィーユの元へ走り出す。
一人置いてかれた優人は思った。
セレブ?
「こういう石にも何か魔力こもってるのかな?」
宝石店の窓におでこをくっ付けて石を見ているセレブな2人に優人は話し掛ける。
「ん~・・・。この石に魔力の反応は無いみたいだけど、どうだろ?
地上界でも時々、持った人を不幸にする石とか誕生石みたいに守ったりする石が有るしね。」
綾菜が優人に答える。
「付与魔法使いと言う専門家の意見としてそれで良いのか?」
優人は綾菜の歯に衣を着せたような言い回しにツッコミを入れる。
「うん。だって、付与魔法は人為的に無機質なモノに魔力を吹き込む魔法だけど、それとは別に念と言う概念があると言うのも認めてるの。
持った人の強い情って言うのは付与魔法とは違った形でモノに込められるわ。
もっとも、その情を強める魔法でサイコメトリーって魔法はあるけど。」
綾菜が追加で優人に説明をする。
「サイコメトリー?あのモノから人の気持ちを読み込む超能力の事?」
優人は綾菜に質問を重ねる。
「うん。あれは付与魔法として説明すると、モノに込められた情を強くして効果を見えるレベルまで高める技術なの。
私はあまり好きじゃないから使わないけど・・・。」
「好きじゃない?」
綾菜の意味深な台詞に優人は反応してみせた。
「うん。私、駄目なの。
例えば今回のデュークさんのモノをサイコメトリーしちゃったら、多分、私もデュークさんみたいになっちゃうんだ・・・。
感受性が強すぎて、その人の気持ちがそのまま私の気持ちになっちゃうの。
だからエルンで私の先生にこういう系統の魔法は実践で使わない方が良いって言われた。」
「成る程。」
優人は満足そうに綾菜に答えた。
確かに綾菜は感受性が強くて優しい性格をしている。
他人の痛みも自分の痛みのように苦しむ事が出来る人間である。
そんな綾菜だからこそ、優人は何度も心を救われている。
「宝石、買うか?」
石を見る綾菜とミルフィーユに優人が聞く。
「私はアリアンスストーンがあるし、ミルちゃんも白竜のアンクレットがあるからもう充分だよ。
このアリアンスストーンをどう加工するかの参考に見てるだけ。」
綾菜に言われ、優人はミルフィーユの白竜のアンクレットに目を送る。
実は優人はウエイブの件について、1つ後悔がある。
ミルフィーユの白竜の存在だ。
白竜の力がどういうものか優人は知らない。
しかし慈愛の女神エルザの神獣である事と『白竜』と言う一般的な認識として、治癒の能力に突出している存在だと予想が付く。
白竜の力を使えばウエイブは救えたのではないか?
しかし、あの時、ミルフィーユを呼びに行く時間なんて無かった。
ただでさえも限界に近かったシンにあれ以上無理をさせられなかった。
もし無理をさせた所で、白竜に思った程の治癒の力が無かったら、ただ全滅のリスクを高めるだけの行動にもなりかねない。
かと言って、白竜について綾菜やミラルダに聞くと、そこに巧妙の光を見いだそうと無理をしたがるのも予想出来る。
あの状況ではウエイブを見殺しにすると言う選択肢が優人はベストだと判断したのである。
バレたら恨まれるのも承知の上で・・・。
「ママ、あの飾り綺麗だね~。」
「うん。あれはプラチナを加工してるのかなぁ~・・・。」
そんな優人の気持ちを知るよしも無く、いまだに店内に入らず外から眺めている小心者のセレブ2人。
こういう所・・・本当に可愛いな・・・。
優人は2人を見て、この事は墓まで持っていこうと決心をした。
「ママ~、あの洋服、ママに似合いそう!」
宝石にやっと飽きたミルフィーユは別の店の窓に顔をくっ付け、綾菜を呼ぶ。
綾菜はミルフィーユの所まで走っていき、ミルフィーユの指差す服を見る。
「あのドレスは私にはちょっと可愛すぎますぜ旦那。」
綾菜がミルフィーユに答える。
優人もそれに付き合い、ミルフィーユの指差す服を見る。
確かに・・・。
淡いピンクのドレスでフリルが裾と言う裾に縫い付けられており、しかもキラキラとラメまで沢山付いている。
あの服のテンションはいくら歳の割に若く見えて美人であっても、三十路の綾菜にはちょっとキツい。
絵里辺りが着るならまだ許せるだろうが、絵里のキャラでもない。
あの服は恐らく、10年後のミルフィーユでやっとだろうか?
優人は特に口は出さず2人のウインドゥショッピングに付き合って歩いた・・・。
そして、一時間後・・・。
優人達はまだ城門の見える場所にいた。
とにかく、2人を野放しにしていると全然歩みが進まないのである。
飯を食いに出掛けたんだよな?
俺達・・・。
時々店に入っては試着をし、2人で盛り上がっては買わずに店を出、また窓に引っ付きながら道を進む・・・。
2人を見ながら優人は神に祈る。
もし、私達に子どもが授かるならば、男の子にしてくれと・・・。
優人達がミラルダに薦められた店に着いたのは、城を出てから3時間近く経過してからの事だった。
落ち掛けていた日は完全に沈み、月の位置からして恐らくは20時頃だろう。
男の子が産まれたら、教えてあげよう。
女どもを野放しにするのは愚作だと・・・。
ミラルダが紹介してくれた店は淡いオレンジ色のライトが銀色の装飾に反射し、店内を明るくしている店だった。
ヴィンテージ風の椅子やテーブルも店内に上手くマッチしており、ただの飯屋と言うよりは、雰囲気もまとめて楽しむ料理店だと言う事が分かる。
店に入ると、ウエイターが優人達を席まで案内し、椅子を引いてくれた。
綾菜はまたセレブゴッコを懲りずに始めたのか、しおらしくウエイターに会釈をし、ゆっくりと腰かける。
ミルフィーユも綾菜のマネをして座るが、椅子の高さに体が合ってないため、途中でジタバタしていた。
ジタバタするミルフィーユをウエイターが優しくエスコートして座らせる。
そのウエイターの紳士な対応にミルフィーユも頑張って大人ぶった態度を見せていた。
綾菜はウエイターから渡されたメニューに目を向け、分かりやすく固まっていた。
「それでは、御注文が決まりましたら、ベルでお呼び下さいませ。」
ウエイターが丁寧にお辞儀をし、席を離れる。
すると、綾菜がテーブルに身を乗りだし、優人に聞いてきた。
「ゆぅ君、この『夏のエルン風魔法樹のグリンクス仕立て』って何?」
綾菜の質問に優人も苦笑いを浮かべる。
「検討付かねぇよ。夏が旬のエルンに生える魔法樹で心当たり有る物って無いのか?」
優人も小声で綾菜に答える。
「魔法樹って言ったら、アニマライズの世界樹しか知らないわよ。
しかも、魔法樹の癖に夏しか無いってどんな魔法樹なの?
しかもなんで一旦エルン風にしたのをグリンクスに仕立てんだろ?」
綾菜のツッコミが止まらない。
「分かんねぇよ。樹って事はサラダだろ?
綾菜、この際名前には拘るな。
メニューってのは、ある程度グループ分けしてるはずだ。
主食っぽい名前を探して、その周辺でそれっぽいのを選ぶんだ!」
優人が小声で綾菜に言う。
チリーン。
メニューを選びようがない優人は思いきってベルを鳴らし、ウエイターを呼ぶ。
ウエイターはカツカツと歩いてきて注文を聞いてきた。
「あのね、これ何?」
ミルフィーユがウエイターにメニューを指差して聞く。
「はい。『ジールド・ルーンイーストのテンボス卵の潰し乗せ』ですね。
ジールド・ルーンの特産である固いパンにテンボスで作った温泉卵を乗せた料理でございます。」
ウエイターはしれっとミルフィーユに答えた。
聞くと言う手があったかぁーー!!!
優人と綾菜は思わず顔を赤らめる。
つか、それ、ただの卵サンドだし・・・。
「あっ、じゃあ、俺は・・・これは肉ですかね?」
優人や綾菜もウエイターに聞きながら注文を済ませ、料理は無事に届けられた。
「なんか・・・グリンクスって疲れる。」
綾菜が食事を取りながら優人にぼやき始めた。
「何?もうセレブになる夢は諦めたの?」
優人も肉を食べながら綾菜に答える。
「息苦しいんだもん・・・私は所詮、下町てやんでぇ娘です。」
綾菜が優人をジト目で睨む。
「俺も同じだよ。こういうのは無駄に疲れるね。
地上界にいた時は何度かこういう店に来た事あったけどなぁ~・・・。
もう面倒臭いや。」
「あ~・・・。ゆぅ君が連れてってくれた逗子の何とかって言う夜景の綺麗なお店とかね。
あそこも面倒臭かったねぇ~。
襟の付いた服を着てないと入店拒否とか!
味は美味しいし夜景も凄かったけど。」
綾菜が食事をしながら優人に答える。
「良く覚えてたね?
あの時も苦戦したなぁ~・・・。
俺、車なのにワインとか薦めて来やがったし。」
「あったあった!」
綾菜も楽しそうに昔の日本での話に食い付いて来た。
綾菜とこうやって他愛の無い会話をする時間は優人にとっては至福の時間とも言える。
いや、綾菜とミルフィーユの絡みを見てるのも優人に取っては大切な癒しの時間だ。
考えすぎて疲れてしまう優人の欠点を綾菜の性格がいつも補ってくれる。
優人はふと綾菜の気持ちが気になった。
「綾菜は、地上界に戻りたいのかな?
当然、ミルフィーユも連れて。」
優人はふと思った疑問を綾菜にぶつける。
「う~ん・・・。ママとか琴葉の事は気になるけど、無理だし、別にいいかって思ってるよ。」
綾菜はミルフィーユの口の周りを拭いてあげながら優人の質問に答えた。
琴葉とは綾菜の2つ下の妹である。
綾菜とは仲が良く、優人とのデートにまで付いて来る事があった娘である。
「あ~・・・そう言えば琴葉ちゃん、去年・・・ってか一昨年だ。
結婚したよ。会社の同僚だって。
それより、無理ってどういう事?」
と、優人。
考えてみると、こういう話も綾菜としてなかった。
「えっ?琴葉結婚したの!?
そりゃそうか!もうそんなお年だもんね!
旦那さん、カッコいい?優しいのかな?」
綾菜は無理の理由の事は聞き流し、琴葉の事を聞いてきた。
「うん。優しくて頼れる人みたいだよ。」
優人は素直に綾菜に答える。
綾菜は満足そうに笑みを浮かべた。
「良かったぁ~・・・。
きっと、ゆぅ君みたいな人なんだろうなぁ~・・・。
琴葉も幸せそう・・・。」
「俺はそんな出来た人間じゃないよ。」
優人は少し照れながら綾菜に言う。
その後も楽しく、綾菜が死んでからの地上界での話を優人は綾菜に聞かれ、それに優人は答え続けた。
しかし、優人は綾菜が再び地上界に戻れない理由について頭の隅で考え、そして思い出す。
天上界は生と死の間の世界。
この世界に地上界からやって来る人間は『神隠し子』と『ノディ』の2種類ある。
神隠し子は優人や絵里のように生きたまま神隠しにあって天上界に行き着いた人間。
ノディとは地上界で亡くなりあの世へ行く前にたどり着いた人間である。
・・・。
つまり、ノディとは魂が具現化された存在なのだろうか?
だから、魂が具現化されても、肉体が無いので地上界では存在出来ないと言う事だと考えれば辻褄は合う。
ならば何故、天上界に存在する綾菜には触れる事が出来るのだろうか?
天上界で沢山の命を優人は奪ってきたが、天上界における『死』とは何なのだろうか?
地上界のように、脳死や心臓停止と言う定義では説明が付け辛い。
そう言う事を考えると、目の前で笑っている綾菜の存在がとても儚げに見えた。
「ううん・・・。」
翌朝、優人が起きた時には日が登っていた。
時間にして10時と言った所だろうか?
グリンクス王宮の来賓用のベッドは柔らかくて寝心地が良い。
地上界の低反発のような心地良さである。
優人は度重なる疲労もあり、ついつい、寝坊してしまったのである。
起きると、綾菜もミルフィーユの姿も無い。
王宮の正門の方から何やら声が聞こえたので、優人はゆっくりと立ちあがると準備を整え、正門へ向かう。
そこには、鎧を身に纏った聖騎士や、シン達の姿があった。
「寝坊か?疲れは取れたか?」
優人に気付いたシンが声を掛けて来た。
「ああ。申し訳ない。」
優人はシンに答える。
「馬車が用意してあります。中でゆっくり休めるので、乗って下さい。」
既に馬車に乗り込んでいるクレインが優人に勧めて来た。
優人は頷くと、馬車に乗り込もうと、馬車の扉を開く。
さすが、グリンクスである。
今まで優人が乗っていた馬車は御者台と荷台に幌が付いた程度のモノであったが、今回の馬車はしっかりした椅子やテーブルが設置されており、入り口も木の扉で作られていた。
中には、綾菜とミルフィーユも座っていた。
「シン。お前も早く乗れ。」
ダレオスが外で聖騎士達と会話をしているシンに指示をする。
「ああ、俺は良いよ。
こういう所で楽してると、どこぞの王みたいに体力が無くなるからな。
たかだか2発のチャージシュートでへばるとかみっともねぇしな。」
シンがダレオスに答える。
チャージシュートとは魔力を込めた投槍の事を言うらしい。
どこぞの王とはフレースヴェルグ戦でのダレオスの事であろう。
あの高火力の攻撃は2発放てるだけでも充分脅威だとは思うが、それでも五英雄にとっては落第点のようである。
「なんだとぉ~?
お前こそ、優人の援護がなけりゃ、フレースヴェルグを振り上げる事すら出来なかったじゃねぇか?
パワーファイターが聞いて呆れるぞ。」
そして、シンの挑発に乗らないダレオスでは無い。
シンに言われれば必ずダレオスは張り合う。
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ、相手は魔神じゃねぇか?
そうそう簡単にやれるかってんだ!」
シンがダレオスに言い返す。
「相手がなんであろうと、守り抜くのが騎士の仕事だ!」
「そう言うお前は相手選び以前の問題だがな!」
シンも言い返す。
すると、ダレオスがゆっくりと立ち上り、馬車を降りる。
「ちょ、ちょっと、ダレオス。
騎士達やグリンクスの方々の前ですよ。」
クレインがダレオスを呼び止める。
2人がおでこがくっつきそうな距離で睨み合う。
「どっちがぬるいか、勝負だ。」
と、ダレオス。
「望む所だ。」
シンが答える。
すると、次の瞬間、ダレオスが走り始めた。
「グリステイルまで競争だ!」
ダレオスがシンに言う。
「てめっ!きたねぇぞ!!」
言うとシンも走り出し、ダレオスを追う。
取り残された聖騎士達やアレスがポカンとしている。
「てめぇら、今回仕事してねぇだろ!!
じじぃ2人より体力がねぇとか、緩い鍛練しかしてねぇ奴等に税金で宿なんて取ってやらねぇからな!!」
シンが聖騎士達に怒鳴ると聖騎士達は一斉に走り始めた。
聖騎士達が着ている鎧は全身鎧。
兵種としては重装兵である。
そんな連中が一斉に走り出すと、大きな金属音と地響きがなり、迫力があった。
「をいをい・・・。
あんな鎧を着てグリステイルまでの距離を走るつもりか?
ってグリステイル?ここの港じゃないのか?」
優人は馬車に座りながら聖騎士達を眺める。
「待機中にフォーランド海軍はグリンクスの仕事を引き受けたようでの。
グリステイルと言って陸路で2日ほど離れた街で合流する手はずになっておる。
それよりお主も同じ前衛じゃの?
ならばやらねば、野宿にせねばな。」
馬車に座ってるスティアナが優人に言う。
「えっ?」
優人がスティアナに聞き返す。
「シンもダレオスも化け物じみておるぞ。
早く行かねばお主でもキツかろう?」
「いや・・・2日って、単純に計算して50キロはあるんだけど・・・?」
優人がスティアナに言うがスティアナは目を閉じたままこくりと頷いた。
「ふっざけんなぁ~!!
2人の喧嘩に巻き込むんじゃねぇ~!!」
優人は怒鳴りながら馬車から飛び降りて聖騎士達を追い掛けた。
「カッカッカ!!」
そんな優人を見てスティアナは大笑いをする。
「ゆぅ君とダレオス陛下は鎧を着てない分有利だし、大丈夫でしょ。」
綾菜は呑気に紅茶を一口飲んだ。
優人は瞬発力で相手を撹乱する戦い方をする。
その戦い方を可能にするには無駄な筋肉や贅肉を付けないのが条件だ。
それはどういう事かと言うと、トレーニング方法にマラソンは無かったのである。
筋トレ等も実はまともにやってはおらず、ひたすら流派の型の動きや素振りをやりつづけていた。
そうする事で、手の内や刀さばきを正確に覚えるし、体捌きに必要な筋肉も自然に付く。
もっとも、優人は居合いをやる前は陸上をしていたので、走るのは得意ではあるが・・・。
「はぁ・・・はぁ。」
優人は前を走る聖騎士達の背中を見ながら作戦を練る。
聖騎士達、シン、アレスが着ている鎧はパッと見、80キロ近い重量はあるだろう。
腰に着いてる金属製の腰当ては走るのには向いていない。
そもそも、あんなもんを付けてたら足が上がらないはずである。
今は走り始めたばかりなので、脳筋集団の聖騎士達は1人も脱落者は出ていないが、50キロ近い距離を走りきれるなんて到底思えない。
優人は10キロ約40分で走る。
この記録は高校時代で、学年で30位位の早さであった。
しかし、今の自分では1時間は掛かるとする。
走行距離はその5倍。
焦って早めに抜こうとすれば、優人もバテるだろうと想像出来る。
結論、そんなに焦らず同じペースで走り続ければ脳筋軍団は勝手に自滅する。
優人は焦らず、息を整えながら皆を追う事にした。
「・・・。」
走り続けて1時間後。
優人は未だに聖騎士を1人も抜けずにいた。
もう10キロは走っている・・・。
ペースは落ちているのかかなり追い付いてはいるが、まだ抜けない。
100人いて、1人も脱落しない聖騎士達。
日本の自衛官も重りを付けての移動訓練をすると聞いた事はあるが、この聖騎士達と同じレベルなのだろうか?
もしそうなら日本の自衛官もかなりのモノだと思う。
ジワジワと距離を詰め、やっと1人抜く。
死にそうな表情で、それでもなお、その足を止めようとしない聖騎士。
その体力も信じられないが、それ以上に根性にも官服する。
恐らく人間離れしているシンにこの人達が敵う訳が無い。
このマラソンが始まった時点で野宿はほぼ確定だ。
自分ならば手を抜いて楽をしようと考えるが、この聖騎士達はそういう事を考えもしていない。
騎士としての誇りなのか?
いずれにせよ、彼らは国民の税で生活するに足る努力と根性だと優人は思った。
そして、走り始めて3時間後。
疲労でペースが落ちた事も考えて25キロと言った所だろうか?
優人は先頭集団に追い付き、アレスの横を走っていた。
ガチャガチャと同じテンポで鎧の動く音が聞こえる。
それは、アレスのペースが変わっていない事の証明でもあった。
アレスは真っ直ぐ少し離れた所を走るシンとダレオスに目をやる。
まだ、あの化け物2人を抜く気である。
「あの2人・・・本当に人間なのか?」
優人は横を走るアレスに話し掛ける。
「鍛練が・・・違う・・・。」
アレスは苦しそうに優人に答える。
「・・・。」
アレスもかなりキツそうだが、優人の問い掛けに律儀に答える。
アレス達が走り出したのはシン達よりも遅い。
そのタイムラグを考慮すれば、この先頭集団は合格ラインだ。
走り始めて6時間が経過した。
距離としては40キロ位走っただろうか?
山道を登りきり、下り道に入って道が拓けると遠くに海を背景にした大きな街が見える。
走っていなければ足を止めてこの絶景をゆっくり眺めたいと思うが今はそれどころではない。
しかも、今は下り坂。
坂は登り坂は足を上げなければ進めない辛さが有るが、下り坂は余計に足を踏ん張らなければ走る速度が勝手に上がり、速度に足が付いて行けずに転ぶ事がある。
どっちも坂道を走るのは体力的な負担が大きい。
シンの背中をひたすら見続けるアレスとその前を走るシン達はペースを落とさず走り続けている。
前の2人はまだ余裕があることが分かる。
2人の年は70近い。
確実に体力や筋力は衰えているはずだ。
それでもあそこまで走れる事を考えると、絶世期の2人はどれ程凄かったのだろう?
今でも勝てる気がしないが、絶世期の2人との戦闘なんて考えるだけでゾッとする。
「まだ・・・行けるなら、来いよ。」
シンは苦しそうに優人に言う。
言われた優人は軽くアレスの肩をポンッと叩くと、走る速度を少し上げて2人を目指す。
下り坂を下りきると、道はすぐに平坦な農道になる。
「もやしみてぇな体格の癖に粘るじゃねぇか。」
シンの横を走る優人にシンが話し掛けて来た。
「鎧を着てここまで走るお前に言われたくないわ・・・。
鎧を脱がれたら俺は誰にも勝てないぞ。」
優人は息を整えながらシンに答える。
「鎧は走れねぇ理由にはならねぇよ。
聖騎士が戦う時は鎧で身を守るもんだ。
トレーニングで鎧を着けたくねぇなら、実践でも鎧を着けるなと俺は言う。
このマラソンの順位は実践の戦闘力の序列に近い。
鎧を着けずに戦うお前が鎧を着ないで走るのはハンディでも何でもない。
俺の横を走るお前はやはり相応に実力があるって事だ。」
走りながら良くペラペラとしゃべれるものだと感心する。
「聖騎士達は、野宿なのか?」
優人は必死に後ろを走る聖騎士達の事を聞く。
「そう言う話しだしな。」
シンは答える。
「みんな、かなり頑張ってるぞ。」
「戦争で頑張ってる奴は殺されないってルールはねぇな。」
シンは優人に答える。
「優人はあめぇんだよ。
スールム戦争のジールド・ルーン国境砦救出戦を思い出せ。
うちの騎士達を救ってくれた事は感謝するが、絶世期の俺やシンならば小細工なしで8000人なぞ斬り捨てた。
瞬発力と頭のキレは認めるが体力不足はお前の弱点だ。」
ダレオスが優人に説教を始める。
「・・・。」
返す言葉が無い。
優人は黙る。
「着いたぁ~!!」
街の門を潜るとシンが大声をあげる。
優人は地面に倒れ込み、ゼエセエと呼吸をする。
「さてっ、野宿の準備するか!」
走りきったシンはすぐに枝を拾いに近くの河原に向かって歩き始める。
「えっ!?シンも野宿するのか?」
優人は起きあがり、シンに聞く。
「そりゃそうだろ。
俺が言い出した事だしな。」
これは・・・。
俺も野宿だな・・・。
優人はゆっくりと立ち上がり、シンの後を追おうとする。
その時、アレス達も到着した。
「おい、アレス、ちょっと付き合え。」
着いたアレスを休ませる事なくダレオスが呼び出し、街の中へと入って行った。
他の聖騎士達も息を整えながら、シンに習い、野宿の準備を始める。
「やっぱり団長には勝てねぇな。」
「もう少し、走る訓練もするかな。」
「川で魚捕まえるついでに汗も流すか。」
野宿に愚痴る人間もいない。
ジールド・ルーン聖騎士団。
体力や筋力が高いだけでは無く、神聖魔法まで使い、しかも努力を惜しまない集団。
それだけでも敵に回すとかなり厄介だが、それ以上に団結力や絆の強さが脅威的である。
この強さの元は、引退はしたが未だにそのカリスマ性を誇示し続けている、豪傑すぎる男『シン』の存在があっての事であろう事は見て取れる。
天上界最強の陸軍。
ジールド・ルーン聖騎士団はそんな部隊だと優人は思った。
潮風の香る街並みをコツコツ歩く2人の人影。
ダレオスとアレスである。
走り終わったアレスを連れ、ダレオスは何処かへと歩いていた。
「陛下、どちらまで行かれるのですか?」
アレスは早歩きをするダレオスを小走りをしながら追いかけていた。
「役所だ。」
ダレオスがアレスに答えた。
「役所?」
アレスがダレオスに聞き返す。
「ああ。グリンクスは法治国家だ。
細かい法律や規則が数多くあるんだよ。
そんな国で鎧を着た騎士達が無許可で街の外で集まって火を焚いてみろ。
大騒ぎになるのは火を見るより明らかだ。」
ダレオスがアレスに答えた。
「ああ・・・。成る程。
しかし、でしたら父上にクギを刺した方が良いのでは?
父上は物事を深く考えない節はありますが、わざとトラブルを起こしたい訳では無いと思いますが・・・。」
アレスがダレオスに言う。
しかし、ダレオスは機嫌良さそうにアレスにシンの意図を話す。
「聖騎士達を出陣させといて、聖騎士達を使わなかった。
そんな聖騎士達をしごき、税金の無駄使いをしないように仕向けたのはあいつなりの国民に対する詫びだ。
そして今夜恐らくキャンプファイヤーをすると思うが、それは今回の遠征に来てくれた騎士達に対するせめてもの謝罪でもある。
そんな事を考えてくれているあいつに何てクギを刺せば良い?」
ダレオスの説明にアレスは少し黙り、そして考える。
そんなアレスにダレオスは話を続けた。
「良いか、アレス。
わしらはそろそろ隠居する。
前線に出ることも無くなるだろう。
その後このジールド・ルーンを守るのは我が愚息のトロッコ。
そしてお前やシリア、綾菜と・・・フォーランドの騎士だが、優人達だ。
だから、アレスよ。
真面目でお堅くなくて良い。
周りに迷惑を掛けても構わない。
父のように、国を思い、部下を思い、そして友を思える男になれ。」
ダレオスがアレスに言うとアレスは力強く頷いて見せた。
ダレオスは満足そうに微笑むと、役所に行き、聖騎士達が今夜街の外で騒ぐ旨の報告と謝罪をした。
・
・・
・・・
「釣れてるか?」
川のほとりで釣りをしていた聖騎士を見付け、シンは薪を拾う手を止めて話し掛けた。
「はい。まぁ、まだ100人分には到底及びませんが・・・。」
聖騎士がシンに答える。
「1発衝撃波ぶつけて気絶させちまった方が早くねぇか?」
シンが実も蓋も無い事を言う。
「いえ、これは人間と魚の戦いですので・・・。」
聖騎士は顔をひきつらせながらシンに答えた。
「戦いだったら尚更手を抜くのは失礼だ。
本気でやるべきだな。」
シンが聖騎士に言う。
「心理戦だよ。そんな強引な戦いじゃない。」
立場があるのか、聖騎士が少し困った顔をしていたので、横にいた優人がシンを嗜める。
「ふぅん・・・。」
シンは何やら釈然としない表情をしながら川面に視線を移した。
「シン。釣りは狩り目的だけじゃない。
邪魔をするなよ。」
優人がシンを牽制する。
それに気付いたシンは視線を優人に戻し「フンッ。」と鼻で笑うと、また巻き拾いを再開した。
「ゆぅ君、シンさん!!全滅したの?」
薪を広い始めた優人とシンに後から追い付いて来た綾菜が馬車から声をかけてきた。
「ああ。今夜はキャンプだよ。」
優人が綾菜に答えると綾菜は馬車から飛び降りた。
「綾菜さん!?」
突然の綾菜の行動に一緒に馬車に乗っていたクレインが声を出した。
「私も準備手伝いますから、気にしないで下さい。」
綾菜がクレインに答えるとクレインは困惑した表情を浮かべる。
「あははっ!」
そんな綾菜を見て、ミルフィーユも馬車から降りて優人に飛び付いた。
「はぁ・・・。優人一家とシンさんが絡むと振り回されますね。」
言うとシリアも馬車の入口の扉を開け、馬車から降りた。
「クレイン。馬車を返したら私達も野宿しなければいけない雰囲気ですね。
今夜は諦めましょう。」
ラッカスがクレインに言う。
「では、わらわとエナも準備を手伝うかの。
今夜はキャンプファイヤーじゃな。」
スティアナが楽しそうに言いながら馬車を降りた。
「シリアさんの気持ちと同じです。」
エナもため息を付くと、馬車を降りた。
「では、馬車を戻したら合流します。
シン、私達が来るまで大人しくしてて下さいよ。」
ラッカスがシンに釘を刺すと2人は馬車を街へと走らせた。
「ラッカスが来たら暴れても良いって事か?」
街へ向かう馬車を見送りながらシンが呟いた。
「アホ言うな。」
優人がシンに突っ込む。
こうして、ジールド・ルーンメンバーは今夜は全員で盛大なキャンプファイヤーをする事になった。
優人はキャンプファイヤーの中心に木を組み、その組み木の回りに四本の長い木材を突き刺して補強した。
100人を越える人間が集まるので、少し離れた所に数ヶ所焚き火も焚いた。
「懐かしいな・・・。」
準備が整うと優人はキャンプファイヤーの会場を見ながら感想を口にした。
「懐かしいか・・・。ゆぅ君、キャンプ良くしてたもんね。」
綾菜が優人に答える。
「いや。キャンプファイヤーは小学校の頃の林間学校以来かな?
うちの地元でやってたどんどんぴに似てると思ってね。」
「どんどんぴ?何それ?田舎のお祭り?」
綾菜が優人に聞く。
「そんなもんだな。竹をこうやって組んで、餅を焼いて皆で食べるんだ。」
「竹を?」
綾菜が優人に聞く。
竹を焼くと、各節に入っている空気が膨張して、パンパンと音を立てて竹の破片が弾けて飛んでくる。
それが当たると痛いのだが、小学生だった優人はその破片をかわして餅を取ると言う無理ゲーをクラスメートとやって楽しんでいた。
もっとも、元素魔法を覚え、ミッションドライヴと言う技を身に付けた今の自分ならば出来るかも知れないとは思うが、それはあえて口にはしない。
もう大人ですから!!
騎士達が集まると、組み木に火を付け、皆で食事をする。
何故持っているのか不明だが、綾菜が異次元ルームからアコーディオンを取り出して曲を弾き始める。
その曲に合わせてミルフィーユが意味不明な踊りを始め、聖騎士達も釣られて踊り始める。
その踊りの集団はいつから火を囲むように移動し始め、まるで櫓を囲む盆踊りを彷彿させる。
「どいつもこいつも馬鹿で呑気な愛くるしい連中ばかりだろ?」
シンが遠く離れた所に座って、魚を頬張っていた優人の元へ来て話掛けてきた。
「本当にな。大国ジールド・ルーンって名前からは想像出来ない位アットホームな国だと思うよ。」
優人がシンに答える。
シンは満足そうに微笑む。
「国を思う人間が国を作る。
国は人である以上、人を思う人間が国を作るとも言い換えられる。
国に愛された人間は自分を思ってくれる国を思う。
大国なんざ、そんな人間が多いってだけだと俺は思う。
少なくともジールド・ルーンはそうやって大きくなったと思ってる。
俺達五英雄も国に愛され、今は国を愛してる。
そう言うもんじゃねぇのか?」
シンの言葉はいつも真っ直ぐで飾らない。
この発言は恐らくはシンの本心なのだろうと思う。
優人はシンの言葉を聞きながら日本を思う。
日本の政治家はどうだろう?
国民の血税を使い、私腹を肥やす。
国を思うより己の為に弱い人間を追い詰める。
国民を守る為の法律が暴力と化してるとすら錯覚する。
では、シンのような人間が日本の政治家になったらどうだろうか?
・・・炎上しまくるだろうな・・・。
海外の賓客には暴言を吐くし、定例会議では毎回乱闘騒ぎ。
外国に行けば勝手にキャンプファイヤーをやる男である。
しかし、シンの信者は確実に出来るとも思う。
「優人さん!!」
突然、若い女の声に優人は呼ばれ、立ち上がった。
振り向くと、そこにはシャルロットの姿があった。
「シャル!!どうした、こんな所で?」
優人がシャルロットに反応する。
シャルロットの横には猫の商人のミッケと娘のミィ。
バルバルトもいた。
「いやいや。聞きましたよ、優人さん。
大暴れしましたね?」
ミッケが優人に話し掛けてきた。
「ミィちゃんだぁ~!!」
ミィに気付いたミルフィーユが踊りを止めて、走ってミィに飛び付く。
「ミルにゃん、久しぶりだにゃ!」
ちっちゃい2人が熱い包容をし始めた。
「水の件。すみませんでした。
せっかく清水器具を作って貰ったのに・・・。」
優人はバルバルトに詫びを入れる。
「いえいえ。
水は水不足の国に売れますし、塩は世界的に需要が高いですからね。
フレースヴェルグの毒に対する保険で作っただけですし、販路には困らないと判断しての事ですよ。」
バルバルトが優人に答えてくれ、優人は少しホッとした。
「そんな事より、シャルの問題の方が優人さんには深刻だと思いますよ。」
バルバルトが苦笑いをしながら優人に言った。
シャルロットの問題?
オレイアの件で何かのトラウマになったのかな?
優人は恐る恐るシャルロットに目を向ける。
「優人さん、結局武力行使だったじゃないですか!!」
優人と目が合うと、シャルロットが優人に文句を言ってきた。
「あ、ああ・・・。」
優人は何の事だか分からず、シャルロットに相づちを打つ。
「あっ!忘れてる!!
私が剣を教えてって言った時になんて言いましたか!?」
シャルロットに言われ、優人はハッとした。
優人はシャルロットに『武力行使より、心で相手を制圧する話』をしたのである。
「あ~・・・。」
優人は返す言葉が見付からず、目が泳ぐ。
「剣・・・教えて下さい!!」
シャルロットが優人に詰め寄る。
「いや、シャル、ここで俺に言うのはどうかと思うぞ?
戦士としては俺よりシンの方が上だから・・・。」
優人はシンを盾に逃げようとする。
「女の細腕で俺の戦い方をやれってか?」
シンが優人に突っ込む。
「う・・・。」
優人は返事に詰まる。
確かにシンは強いが、女・・・と言うか、普通の人間に真似できる戦い方では無い。
シンやアレスの強さはそもそも人間離れした身体能力で成せる技である。
「しかし、俺は夢想神伝流の3段なんだよ。
人に剣を教えて良いのは、7段からって俺の流派で決まっててだな・・・。」
優人は多分説得出来ないと思いながら、日本の流派のルールを説明する。
もっとも、7段と言うのは道場の看板を掲げて良いと言うルールではあるが・・・。
「良いじゃないですか!?
私は戦い方を知りたいだけなんですから!」
シャルロットが優人に食って掛かる。
「まぁ待て、小娘。
優人の流派のルールがそうならそのルールは守らきゃいけねぇよ。
ルールってのは理由があるもんだ。
優人が強くてもまだ教育者になるのに必要な何かをまだ知らねぇって事だ。」
シンが優人を援護してくれた。
「じゃあ、誰が私に剣を教えてくれるんですか!?」
シャルロットは世界のトップ戦士であるシンにも恐れる事なく食って掛かってきた。
ある意味、最強だぞ・・・。
「あ・・・ああ。」
シャルロットの迫力にシンもタジタジになる。
「お~い!エナ!!」
困ったシンは火の回りでアコーディオンを弾いてる綾菜やシリア達と談笑しているエナを呼び出した。
エナは何だか分からず、シンの元へ歩いてきた。
「シンお義父様、なんですか?」
エナは呑気な声を出す。
「エナ、ちょっと助けてくれ。」
シンがエナに助けを求める。
「はい?」
事情知らないエナは取り敢えず返事をする。
「えっ!?女流騎士ですか?
優人さんやシンさんと同じくらいの実力があるんですか!?」
シャルロットがエナを見て失礼な事を言う。
「えっ?いきなり何ですか?」
エナが戸惑う。
「この娘に剣を仕込んでやってもらいたいんだよ。」
シンがエナに言う。
「ええっ!?
私、優人さんに一太刀も入れられませんでしたよ!?
先生やるなら優人さんの方が良くないですか?」
エナがシンに言う。
「優人さんに歯が立たないんじゃないですか!!
私、強くなりたいんですよ!!」
シャルロットも優人とシンに怒り出す。
「いや。エナってのは悪く無い案だよ。」
優人が焦りながらシャルロットに言う。
「優人さんより弱いのにどうしてですか?」
シャルロットがエナに失礼な事を言う。
「エナが俺に一太刀も入れられないのはセオリー通りの正しすぎる剣だからだよ。
フェイントの使い方や剣筋も教科書から1ミリの狂いも無くて、動きが読みやすいからなんだ。
でも、逆に基礎をしっかり身に付けるならエナ程の適任者はここにはいない。
俺の使う武器も剣じゃなくて刀だから中々手に入らないしね。」
優人がシャルロットにエナの有能性を説明する。
「ついでにエナは俺とは違って気も長いし、細かい所にも気付ける。
教育者に向いた性格だろう。」
シンが優人の説明と言う名の言い訳に補足を入れる。
「ふむ・・・。」
2人の話を聞いて、腑に落ちない表情を浮かべながら腕を組むシャルロット。
「別に、お断りさせて頂いても宜しいのですが。」
シャルロットの横柄な態度にさすがに気を悪くしたエナが言う。
「シャル、エナから基礎を教わり、それから上を目指したいなら目指せば良い。
剣を扱う事すら出来ないシャルは扱える人間に敬意を持ち、教わる姿勢がまず必要だ。」
優人がシャルロットに厳しめに注意をする。
すると、シャルロットは組んだ腕をほどき、エナに深く頭を下げた。
「私に、剣を教えて下さい。」
「ええ~・・・。」
突然、シャルロットが素直になり、今度はエナが困惑する。
「頼むよ。」
優人もエナに頼む。
するとエナは諦めたようで、引き受けてくれた。
エナの条件は3つ。
稽古はフォーランドでやる事。
エナの言うことを素直に聞く事。
決して許可なく剣を振るわない事。
である。
こうして、優人達のグリンクスでの課題は全て終わった。
キャンプファイヤーから放たれる光は暖かく周囲の人たちを巻き込み続けていた。




